第4章 全体的考察と今後の課題
それぞれの方には 16 年から 50 年前の記憶であるが,すぐ最近の出来 事であるかのように私に錯覚させる辛い語りであった.医師は専門家と
と思いながら,すごいショックだった.また,その女医さんが憎たらし いいい方するの.向こうは医者だから,淡々としていうんだけども.何 ていうかな,やーな感じ.『結局,ちっちゃいときの遅れていうのは,
最初このぐらい遅れていても,だんだんだんだん,この平常値に移って 行くんですけれども,知恵遅れのこどもというのは,ついていかないん ですよね,このままなんですよね』こういういい方して.その時聞いた のはわたし一人.帰りに悔しくてさ.(泣く)今でも覚えてる,私….
あんまりもう,思い出さないんだけどね.人にはいわないの,あんまり.
あんまりいわない方かな,あんまり.私ほら,馬鹿だから,いうと涙が 出るんだ.だから,いわない.」
それぞれの方には
16年から
50年前の記憶であるが,すぐ最近の出来
という隅にあった訳なんで,その先生がはっきりおっしゃって下さった ことでその日は真っ暗でしたけれども,数日後には私,それならそれで がんばるって,私が神様からもらった子どもなんだって,割と早く思え ましたね.思いきりはよかったと思いますよね.持って生まれた性格も あると思うんですけど.」
子どもの誕生後,障害を持っていることがわかると親は児童相談所へ 行く.大体の方は保育園や療育機関ヘ通っている.小学校の入学以前に 早期発見早期治療が重要とされ,親たちはそこで同じ障害を持つ子ども の親同士で仲間になり,心理的な援助を多く受け取っている.親にして みれば,家族以外にその事実を知らせていない場合がある.家の中に閉 じこもり,発達に必要な刺激を十分に与えられない子どももいる.しか し,仲間ができるとショック状態であった自分を客観的にみることがで きるようになっていく.仲間の存在はこの時期とくに重要であると考え る.親の心情を偽りなく吐露できる場所が十分ではないわが国の現状で は,この関係はピアカウンセリング的な効果をもたらすと考えられ,隅 に押しやられるべきではないと考える.しかし,この関係性はよい面だ けではない.地域生活からみると,親同士が何十年も付き合うことにな り,関係がまずくなってしまった場合は,その息苦しさを何十年も感じ て地域で暮らしていかなければならない.
さらに,入学してからは学校での教師の対応が親に関係性の問題を発 してくる.
「養護学校の先生も,変えなきゃいけないという先生がいっぱいいる
中に乗せりゃよいというもんじゃないでしょ.それから,行事ばっかり にこだわりたい先生.それからハートで接しない.いや,接する先生も いましたよ.…高等学校には,特殊学級からも人がいっぱいきちゃうか ら,すごい能力差が,格差がありすぎてしまって,重度の子と軽度の方 とのあまりのクラスの組み合わせの開きに,重度の人,親も慣れなくて ショックを受けたり.いままで細かにやってきて下さった指導が全部そ こで打ち切られちゃったんですね.
すごく教育部分では一貫教育がいいかな,というのは,私の非常の残念 さが一つあります.」
「担任の先生がね.教育者としても人間としても非常に立派な方です.
ひじょうに障害を持つ子どもに対して,ひじょうな愛情と熱意で指導し てくださって,親たちの心の支えにもなってくださったもんですから.
私は,その先生にお会いしたことが一生のありがたいことだったと,今 でも思っております.連絡帳にいろいろ親の思いを書くと,かならずそ こに,先生がアドヴァイスとか,こどものいいところを見つけて,それ をこまごまと書いてくださるもんですから,それが一番の支えでしたね.
主人によく笑われて,ラブレター書いているみたいだと.こどもも伸び
ましたし,親が救われたという思いをいたしましたね.学校へ入ってか
ら文字もいっぺんにすぐに覚えましたし.算数,一所懸命で教材作って
下さいましてね.夜も寝ないでやってくださったんじゃないかと思うん
ですけど.その頃は手作りで,謄写版でいっぱい作ってくださって.子
ももちろんありましたけども.大恩人,一生の恩人だと思っておりま す.」
このように二人の親には相違点がみられる.相違点はこれからの援助 を考えさせる.次のPさんのことばは簡単なようでいて,実際行ってい るところは少ない.専門家の方法として縦ではなく横のつながりを作り 出すところに,援助の今後があると考える.いいかえれば,現場での工 夫次第で親への援助は変化していく.
「こういう子が仮にいるじゃないですか,まあ,どこの学校にも一人 や二人.だから,この人専用の,
1年からの記録じゃないけど,先生達,
申し送りじゃないけど,なんで,ファイルかなんかにつづって,つない でくれないのかなという,そんなのは思ってましたね.」
学校を卒業する頃になると,必ず次にいった場所で今までのことを根 掘り葉掘り聞かれる.それが子どものこれからに必要な作業なら親はど んなことをしても取り組むだろう.親にとっては,今までを思い起こす 重苦しい作業から相手がどれだけ受け取るのか見極められないからこ そ,嘆いている.専門家の役割について問題を提起する一言である.
現在の教育制度では,養護学校高等部で最終学歴となる知的障害者は
多い.最近では,普通高校に行きたいという希望を持つ人もいて,夜間
クラスを卒業する人がいる.学校を終えるとほとんどの人が,就労もし
くは在宅の形をとる.就労は企業に普通に就職する一般就労と福祉法人
が運営する作業所などに行く福祉就労とにわけられる.一般就労してい
ドキュメント内
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