- 30 -
緒言
植込み型左室補助人工心臓(Left Ventricular Assist System: LVAS)は,長期の移植待 機を想定した Bridge to Transplant(BTT),また移植を前提としない Destination
Therapy(DT)を適用として使用される.
最近のLVASの技術革新により LVASの安全性・有効性は向上し,BTTを目的とし た使用では,移植前にLVASを装着した患者の死亡率は,VADを装着しなかった患者 の死亡率と比較して差は無く,1年生存率は,移植した患者の1年生存率に迫っている.
29)
また最近は,移植適格の有無を判断する前にLVASを植込み,植え込んだ後に移植も 含めて治療方法を考えるBridge to Decision(BTD)という治療戦略も普及した.より 長期で多様な治療方法が普及してきた背景には,デバイスの信頼性が向上し,また臨床 現場で広く認められてきたためと考えられる.30)
LVASは患者の血流を維持する機能を担うため,LVASが故障で運転停止することは 患者の重大な健康被害に直結する.
特に体内に植え込まれるコンポーネントは修理や交換に手術を伴うため,2,3年間 の連続駆動で故障することは許されない.前臨床試験の段階で,LVASはin vitroで十 分な耐久性があることを確認する必要がある31)32).従来,デバイスの耐久性試験は,前 臨床試験として特定の期間,信頼性,故障の発生しない確率を求めてきた.
National Clinical Trial Initiative Subcommitteeのrecommendationでは,移植を 前提としない恒久使用(Destination therapy:DT)の臨床試験を開始する前に,1年 間で信頼性(Reliability) 0.8,確からしさ(confidence level)が0.6が妥当であると 述べている33).しかしながら,1年間の耐久性試験では不十分で,過去の第一世代の試 験では2年目に故障が多発するという例も見られた(HeartMate XVE).前臨床試験で は,なるべく実使用に近い負荷をデバイスはこの信頼性を確保し,証明することは必須 である.34)
現在,多くのデバイスが前臨床試験を終えて臨床で使用されるステージに移り,長期 間使用される中で,耐久性試験の目的としては信頼性の数値を証明するという目的のみ ならず,どのようなデバイス故障が起きるのか,その兆候がどのようなものであるのか を知ることが重要となる.
目的
本研究の第一の目的は,補助人工心臓EVAHEARTが,確からしさ90%で,生物学 的に妥当な拍動流や圧力の条件下で,2年の運転期間を完遂する信頼性が80%以上であ
- 31 - ることを証明することである.
拍動負荷を再現する試験装置に接続して EVAHEART の長期連続運転を行い,故障 が発生する確率を確認する.
本研究の第二の目的は,補助人工心臓 EVAHEART の長期連続運転を行い,発現す る故障モード,あるいはその兆候を確認することである.
試験の概要
非定型試験の選択
補助人工心臓の血液ポンプは体内に植え込まれ,生命維持装置として常時補助循環を 行うことを目的としたデバイスである.故障による停止は許されず,メンテナンスのた めにポンプを一時停止したり,植え替えたりすることは事実上不可能である.血液ポン プが運転停止することを許容しない,連続運転を前提とした耐久試験とすることが必要 である.ただし,血液ポンプを駆動制御する外部システムについては,臨床使用と同じ メンテナンスを行う.
一般の機械部品や電子部品の場合など,主要な故障モードが明らかになっており,そ の故障モードを惹起する負荷の種類が明らかな場合は,その負荷のみに着目した信頼性 試験ができる.また,その負荷が実使用で加えられるレベルとその影響が解っている場 合は,過酷な条件を設定し,時間や負荷の条件を変えた加速試験ができる.今回,
EVAHEARTの血液ポンプについては試験開始時には臨床使用は行われておらず,故障
の実績がなかった.新規性が高い製品や,フィールド情報が少なく故障モードや故障メ カニズムが明確でない製品,構成要素間の相互作用や波及故障が問題になる機械系のよ うな製品,さらには故障の発生確率が低いうえに複合故障が問題になる製品については,
実際の条件をシミュレートした非定形の耐久性試験が行われる.35)
EVAHEARTの血液ポンプは,例えばメカニカルシールでは回転数が大きい方が潤滑
膜に生じる圧力が大きくなり,摩擦が少なくなる一方で消費電力が高くなり,発熱など が生じて他に影響を与えうる.さらに,メカニカルシールのかじりや焼き付きという偶 発故障については,回転数がどのように影響するかは分からない.よって,一つの要素 に着目した過酷条件を設定するのではなく,システム全体の負荷を考えて実際の条件を 模擬するのが妥当と判断した.
非定形の耐久性試験は,実際の駆動状態をシミュレートする装置が難しい,加速しな いため実働と同じ時間をかける必要がある,試験の実施や維持管理の工数が掛かるなど の問題がある.しかしながら本試験は,生命維持装置である補助人工心臓の血液ポンプ が試験対象であり,実際の仕様で故障が起きた場合に患者の生死に影響をするため,今
- 32 -
回の耐久試験は実際の条件を再現した連続運転試験とした.
目標とする信頼性
植 込 み 型の デ バイス の 信 頼性 の 目標と し て ,National Clinical Trial Initiative Subcommitteeのrecommendation では,移植を前提としない恒久使用(Destination therapy:DT)の臨床試験を開始する前に,確からしさ(confidence level)が60%で,
1 年間で信頼性(Reliability) 80%以上あることが妥当であると述べている 33).国内 のガイドラインとしては,平成19年の経済産業省から発出された体内埋め込み型能動 型機器分野(高機能人工心臓システム) 開発ガイドライン 200734)によれば,「耐久性 試験の試験条件と期間については,最低限 80% reliability, 60% confidence level で 6 ヶ月 の試験 が必 要であ るが,国際 ハーモ ナイゼ ーシ ョンの 観点も 勘案 し,80%
reliability, 80% confidence level で6ケ月以上の試験について検討することを推奨す る.」との記載がある.
日本での移植待機期間が長いことから,運転期間を2年とし,国際的なガイドライン に目標を定めて確からしさ(confidence level)が60%で,2年間で信頼性(Reliability) 80%以上あることを目指し、これを上回る確からしさ80%で信頼性90%を目標とした.
信頼性の数値
これらのガイドラインは共通して,ある期間中に発生する故障の分布が二項分布
(binomial distribution)であることを仮定している.二項分布によるデータ解析は,
サンプル数が少なくまた故障数が少ないことが予想される場合に用いられる.
信頼性の統計解析において,信頼性(reliability)とはアイテムが与えられた条件の 下で,与えられた期間,故障せずに,要求できる遂行できる能力のことと定義される.
36)
また,確からしさ(confidence level)は信頼水準のことであり,同じ母集団からサン プルを繰り返し抽出する場合に母数が含まれる区間のパーセントを表す.
二項分布は,信頼性がpの製品に対して,サンプル数nでこの試験を実施し,f個の 不合格と(n-f)個の合格を結果として得る確率を表す.確からしさをCとすると,以 下の式が成り立つ.31),37), 38)
1−C=� 𝑛𝑛!
𝑘𝑘! (𝑛𝑛 − 𝑘𝑘)! (1− 𝑝𝑝)𝑘𝑘𝑝𝑝(𝑛𝑛ーk)
𝑓𝑓
𝑘𝑘=0
C:試験の確からしさ(confidence level) p : 信頼性(reliability)
(2.1)
- 33 - f:故障数
n: 試験のサンプル数
例えば,サンプル数を8として1年の信頼性試験を行い,試験プロトコルが定める故 障がなかったと仮定する.上記の式でn=8,f=0を入れ,また製品の信頼性を80%と仮 定すると,
1−C =𝑝𝑝𝑛𝑛
= 0.88 = 0.167 C = 0.83 となる.
本試験では,80%の確からしさで 90%以上の信頼性があることを証明することが目 的である.1台の故障を許容する場合は,式(1)にp=0.9,f=1を代入してCが0.8より も大きくなるnを求めると,18以上のサンプル数が必要となる.表2.1にサンプル数 18の場合について故障数を変え,確からしさを計算した結果を示す.
試験サンプル
EVAHEART LVAS7),8)のリスク分析結果
EVAHEART LVASの機器説明は,前章に記載した通りである.
前述の通り,血液ポンプの内部は血液ポンプ室とモータに分かれる.血液ポンプ室に はインペラが配置され,モータから延びる回転軸に接続されている.回転軸とポンプの 基部の間には,血液用メカニカルシールが配置され,血液がモータへ漏れることを防い でいる.
また,コントローラにはクールシールユニットと呼ばれるコンポーネントが内蔵され る.このクールシールユニットから経皮貫通ドライブラインを通じて血液ポンプに純水 を循環させている.
純水は血液ポンプ内のメカニカルシール,軸受に潤滑液として供給され,これらの機 械部品の駆動を安定させている.EVAHEARTの血液ポンプのメカニカルシールは,良 好なトライボロジー特性をもつセラミックスの水潤滑を用いている 39 ).想定される動 作範囲内では流体潤滑が保たれるよう設計しており,故障の発生頻度は極めて低いと考 えられる.
しかしながら ISO14971 リスクマネジメントの手法に基づきリスク分析を実施した 結果,この血液ポンプの構造において,壊滅的な故障モード(Catastrophic Failure
Mode)として類推されるのが,メカニカルシールの密封性能低下,異常摩耗などである