今日、地域資源を地域に還元するための方途として、市民参加によって地域計画や条例 等を作成する取り組みがなされつつある。その際、現代の諸条件に応じた科学的な判断や 技術的な判断が、不可欠な問題として生じる場合がある。以下では、原理的には科学や技 術、工学の領域で結論を出すことが可能であるが、地域の人々の日常的な経験に基づいて 形成されるエートスの共有が問題解決に導く好個の事例を論証したい。
なお、問題を解決するために議論の場を設置する場合、形式的な参加を調えるだけでは 合意形成は不十分であるとの前章までの結論を踏まえ、本章では問題を抱える人々に風土 のエートスがどのように合意形成プロセスへと作用するのかに主眼を置いている。したが って、本章では円卓会議方式ではない会議を抽出した(「6-3」参照)。単なる市民参加 型会議の「手法」の比較として取り上げたわけではないことを、予め断っておきたい。
6-1 沿岸域環境の流れ
日本では中世以降、埋立や干拓が行われ、特に戦後の土木技術や経済需要の進展に伴い、
利便性を重視した国土形成の取り組みが行われて来た。その問題点、地域への影響につい ては既に、第3章『三番瀬再生計画検討会議』で述べたので、再度ここで説明すことはし ない(「3-1」参照)。そこで本節では、戦後の日本各地で海岸づくりのために実施され てきた、大規模な沿岸改変の流れを簡単にみていく(表6-1)。
6-1-1 環境修復としての海岸づくり
島国である日本は、多くの沿岸海域を埋立て、漁港や工業地域、産廃地、空港等の用地 として利用してきた。しかし戦後から高度経済成長期にかけて、多発する台風や津波とい った自然災害に対処すべく、沿岸域の法律の制定と環境に配慮した法改正も進んだ。併せ て行政上の政策としては、1987 年の「第 4 次全国総合開発計画」によって、日本の沿岸 域は「資源としての利用」「自然としての利用」「空間としての利用」の 3つの方向性が示 された186。沿岸を多面的に利用して地域振興の促進を図ろうというものである。
だが、次第に河川改修や砂防事業をはじめとする沿岸機能を高める公共事業にも力が注 がれるようになる。ところが、このような対策目的で作られた突堤や堤防といった構造物 は、住民の側から見れば、第 5 章で触れたように、海岸の風景を一変させる(「5-1-
4①」参照)。例えば、陸上への波の侵入を防いだり、海岸の砂が沖に流出することを防い で背後に砂をためるための離岸堤は、ほぼ海岸線と平行に設置することから、風景を阻害
186 この計画には、「貴重な国土資源である海洋・沿岸域を適切に保全しつつ、自然とのふ れあい、資源、空間としての多様な役割、豊かさを今日に生かし、かつ、子孫に継承す るため、海洋・沿岸域の総合的、計画的な利用を進め、新たな海洋時代にふさわしい沿 岸域を形成する」とある(国土庁計画・調整局監修 1991:169-177)。
する恐れがある。また、これらの構造物の性能も、巨大台風の激浪を防ぐことは難しい。
海岸の侵食は砂浜を減少させ、波の流れを変えて、波の打ち上げ高を増大させる。そして 更なる、砂浜の侵食を引き起こす悪循環の要因ともなる。
1990年代後半になると、沿岸環境を開発するのではなく、環境を修復する方向へと計画 の見直しされるようになった(水産庁漁港部1999)。この環境修復については、今ある沿 岸環境の利用可能性を高める観点から改善を目指す発想が根底にある。だが、利用の可能 性を示すほとんどが海岸生態系の質的低下を招く恐れを含むことになり、更なる開発問題 が生じるとの批判もある(風呂田1996)。そして修復の観点から自然環境を守り、自然と 共存しながら人々にとって必要な利用環境を実現していくことが目指されるようになって きた。それが、1999年に改正された「海岸法」である。
表6-1 戦後の沿岸に関する政策
西暦 沿岸政策 国際会議
1949 漁業法制定
1950 港湾法制定
1956 海岸法制定
1964 河川法改正
1970 水質汚濁防止法制定
海洋汚染防止法制定
1980 第1回ラムサール会議(ほぼ3年毎)
1992 地球サミット「アジェンダ21」
1993 環境基本法制定
1994 環境基本計画策定 第1回生物多様性条約会議(ほぼ2年毎)
1997 河川法改正
環境基本計画策定
1999 海岸法改正
2000 港湾法改正
2001 漁港漁場整備法制定
水産基本法制定
2002 新・生物多様性国家戦略策定
2007 海洋基本法制定
2008 海洋基本計画制定
2011 水質汚濁防止法改正
((清野2009)を参考に一部加筆修正)
6-1-2 海岸づくりと海岸法の改正
改正「海岸法」では、旧「海岸法」の目的である「被害からの海岸の防護」に、新たに
「海岸環境の整備と保全」及び「公衆の海岸の適正な利用の確保」の2つの目的が加えら れた187。また、地方分権の面から、「市町村の発意による海岸の管理」も新たに加えられ た188。経済性と利便性を優先させてきた公共事業を疑問視する住民らの意識も、次第に高 まりを見せはじめ、海岸を地域で考える機運も生まれてきた。
しかし法制度という外形的仕組みが変わっても、それまで「防護」のみに徹してきた海 岸を、「防護」「環境」「利用」の 3 つの目的が調和するような海岸にすることは容易でな い。例えば「環境」には、越境する渡り鳥やウミガメ等の自然環境だけでなく、漂着ゴミ や漂流ゴミといった人間の生活環境とそのあり方も含まれる。また、海岸をどのように「利 用」するかについても、後述するように様々な利用形態がある。ただし、ここで注意した いのは、「海岸法」の指す「利用」には、漁業が含まれていないことである。漁業には、「漁 業法」が適用される。そのため「海岸法」が規定する「利用」は、あくまでも「公衆」、す なわち人間の海岸の適正な利用についての内容を意味している。だが、地域の人々が目の 前に広がる海岸を議論する場合は、生活文化の息づいた漁業と、人々の「利用」を包括的 に捉えるのであって、漁業を切り離して考えるわけにはいかない。「海岸法」に沿って議論 をすることが、地域にとってより良い海域をもたらすとは言えないだろう。
以下では、多様な価値観や世界観が存在する中で、海岸をどのように捉えるかについて 議論した、鴨川沿岸の事例を追いたい。
6-2 鴨川沿岸における会議設置の経緯
本節ではまず、鴨川海岸が位置する千葉県鴨川市の全体像を簡単に述べておく。鴨川市 は、北側の山並みを残す農村地帯と、「日本渚・百選」にも選ばれた南側の前原海岸と東条 海岸(以下、「鴨川海岸」と記す)の2つの海岸が開けている。鴨川海岸は延長約3.8㎞で、
2 つの岬に挟まれた凹型状のポケットビーチと呼ばれる海浜形状は、本来であれば比較的 安定した沿岸である。鴨川漁港は、利用範囲が全国的な第三種漁港に指定され、国の港湾 整備長期計画に基づき、防波堤などの整備が計画的に実施されている。
鴨川市は古来より漁業に支えられてきた。海岸に関わる商業の割合、海洋に関わる分野 の従事者の割合は共に高い。また、近年の地域産業の目覚しい特徴で言えば、医療地域と
187 「海岸法」の第1条「目的」には、「この法律は、津波、高潮、波浪その他海水又は地 盤の変動による被害から海岸を防護するとともに、海岸環境の整備と保全及び公衆の海 岸の適正な利用を図り、もつて国土の保全に資することを目的とする」とある。
188 「海岸法」の第5条「管理」には、「・・・市町村長が管理することが適当であると認 められる海岸保全区域で都道府県知事が指定したものについては、当該海岸保全区域の 存する市町村の長がその管理を行うものとする」とある。
しての発展がある。鴨川市の亀田総合病院一帯は、周辺を医療地域の基幹病院エリアとし て整備し、多くの外来患者、見舞い客等が県内、県外から足を運んでいる189。
房総海岸の中でも鴨川は、既に明治期には海水浴をしに夏場になると、「東京客が多」190 く訪れている。俳人、鈴木真砂女(1906-2003)の生家である吉田屋旅館(現、鴨川グラ ンドホテル)をはじめとする旅館の賑わいは、房州鴨川を一大観光地へと大きく発展させ ていった。
1970年代以降、沿岸には大型ホテルやレジャー・観光施設が多く立ち並び始めた。波の 良好な環境に支えられ、特に日本のサーフィン発祥の地とも言われる東条海岸沿いには、
現在も大勢のサーフィン客が訪れている。
生活資源としての沿岸が次第に様相を変え始めたのは、1980年代後半である。1987年 の「第4次全国総合開発計画」に合わせて、鴨川市もリゾート開発の一環として海岸の南 端に位置する鴨川漁港と加茂川をはさむ形で新たな観光資源が模索された。1987年に制定 された「総合保養地域整備法」191、通称「リゾート法」の流れを受け、フィッシャリーナ
192の造成を本来の目的とした、新漁港の造成工事が行われた。漁業者の一部やサーファー からは、工事による海岸の地形の変化や生態系への影響を危惧する声が上がる中、長引く 経済不況も影響し、海岸に突出した形のフィッシャリーナが完成したのは 1990 年代後半 に入ってからである。だが、危惧されたとおり、2001年度に開業したフィッシャリーナに よって海岸の地形は大きく変化した。造成の影響により、漁業の基盤である漁獲高も目に 見えて減ってきた。
長年、鴨川沿岸の侵食被害を抱えてきた鴨川市であったが、鴨川沿岸を中心とした追加 の改修工事に迫られた。改修工事の計画にあたって「きれいで安全で利用しやすい海岸」
を目指すこととし、海を利用する全ての人が意見を言える場として2003年11月、鴨川市 は『鴨川沿岸海岸づくり会議』を設置した。
6-3 鴨川沿岸海岸づくり会議の概要
この会議の参加者には特別の要件はなく、テーマとなる鴨川海岸について関心を持って
189 1995年、隣接地に診察室約100室の亀田クリニックを、2004年には亀田リハビリテ
ーション病院を次々と開業している。
190 1910年7月10日・読売新聞・朝刊
191 「総合保養地域整備法」の第1条には、「この法律は、良好な自然条件を有する土地を 含む相当規模の地域である等の要件を備えた地域について、国民が余暇等を利用して滞 在しつつ行うスポーツ、レクリエーション、教養文化活動、休養、集会等の多様な活動 に資するための総合的な機能の整備を民間事業者の能力の活用に重点を置きつつ促進す る措置を講ずることにより、ゆとりのある国民生活のための利便の増進並びに当該地域 及びその周辺の地域の振興を図り、もつて国民の福祉の向上並びに国土及び国民経済の 均衡ある発展に寄与することを目的とする」とある。
192 漁港を漁船と漁船以外のヨットやプレジャーボート等との利用調整をする為の総合 施設。