第5章 金融理論とその政策の事例
5.2 新銀行東京の計算的装置
5.2.2 融資商品「ポートフォリオ」の失敗
主力商品である金融商品「ポートフォリオ」の消滅過程は、米国の計算的装置のアルゴ リズムの布置を生成することができずに、米国との相違に対して対処しながら日本の既存 の金融市場に取り込まれることであった。新銀行東京は、クレジットスコアリングが機能 しないため、データの修正ではなく、クレジットスコアリングに用いる計量モデルそのも のを変更した。それでもクレジットスコアリングが機能しないため、米国で主流のトラン ザクション型の銀行貸出をあきらめ、日本で主流のリレーション型の銀行貸出に再構成す ることになった。最終的に、新銀行東京は、トランザクション型の銀行貸出という新たな 金融市場を創出できずに、日本の金融市場のアルゴリズムの布置に取り込まれた。
2005 年 4 月に開業した新銀行東京は、開業から4カ月経過した 8 月、東京都が策定し た『新銀行マスタープラン』の経営理念を踏襲しつつも、開業から3カ月を経過した7月 時点で、計画よりも少ない融資・保証の実行件数約1100件、実行額200億円を踏まえて、
独自に業務戦略ならびに財務計画を『中期経営目標』として立案した。中期経営目標では、
初年度、融資・保証残高を2580億円とし、3年後の目標として融資・保証残高を7380億 円と設定した(新銀行東京, 2005)。
この結果、融資・保証残高が目標とされ、デフォルト率が軽視された。それにもかかわ らず、2006年3月末、新銀行東京は開業以来、1930億円の融資・保証を行うが、中期経 営目標に達しなかった。そこで、融資・保証残高を増加させるために、二つの対策を行っ た。①主要な貸出先を変更した。具体的には、それまで売上高 50 億円以上の企業から 5 億円以上の企業へと修正し、融資の小口化を試みた。②従来のインバウンド営業中心から、
アウトバウンド営業の強化を進めた。全店舗にそれぞれ3人程度のオペレータを配置し、
範囲が拡大された企業へ一件づつ電話をかけ、融資を募る(新銀行東京, 2008a)。この行 為は、目標額達成には有効であるが、計量モデルの母集団データの信頼性を損なうものと なった。
「ポートフォリオ」のデフォルト率の増加の事態を受けて、新銀行東京は、2006 年 6 月、クレジットスコアリングの支援システムの見直しを検討した。デフォルトを抑制する
ために、支援システムの調整を行う上で、予想デフォルト率を算出するためのパラメータ が固定されており入れ替えができないこと、各パラメータにセットされている係数の重み づけの変更が困難であること、また、信用格付、自己査定における管理体制と支援システ ム業務フローの不整合など、ユーザーがモデルを変更することを考えていないシステムで あることが問題とされた。この問題を解消するために、支援システムの見直しの検討が進 められた。A 社が提供した計量モデルから、B 社が提供する計量モデルに注目した。B 社 のモデルは、ベースデータとして、導入先の信用金庫のサンプル(17万社)を用いた結果 をセットし、それを自由にカスタマイズできるものであった。2006年11月、自行の融資 実績によるデータ修正ではなく、スコアリングモデルそのものを変更した(東京地方裁判 所, 2010)。
しかし、新銀行東京は、2007年3月期の決算において、不良債権比率6.4%、利益余剰 金849億円の赤字を計上した。新銀行東京は、想定を大幅に上回る不良債権が発生した理 由を、クレジットスコアリングに依存した融資運営を行っていたこと、収益が圧迫されて いる理由を当初想定していた事業規模が課題であり、これを実行する組織・システムの構 築の結果であるとして、2007年度から 2009年にかけた『新中期経営計画』を策定した(新 銀行東京, 2007)。
新中期経営計画では、事業規模について、不良債権沈静化まで慎重経営を行い、採算の 確保できる規模に資産を圧縮し、経費を抜本的に削減することとした。中期経営目標で 2007年度に1兆3270 億円と計画していた総資産の目標を、2009年度に 4553億円へと、
採算が確保できる適正な規模に圧縮し、良質資産へ組み替えることを計画した(新銀行東 京, 2007)。
デフォルトの圧縮では、顧客管理・与信管理の体制を変更した。新銀行東京は、人件費 のかからないトランザクション型志向から、人件費のかかるリレーション型の観点を加味 し、クレジットスコアリングに頼らない体制へと再構築した。したがって、2006 年末で 62名である営業推進担当者を110名まで増加した(新銀行東京, 2007)。
さらに、経営体制のガバナンスを強化するため、2007 年 6 月、取締役会議長に元東京 都副知事である大塚俊郎、代表執行役に元りそな銀行常務である森田徹が就任し、開業後 概ね2年間の経営状況に関し、経営悪化の主因とされる不良債権を増加させた融資業務の 管理を中心に調査し、経営悪化を招いた原因究明を行うため、新銀行東京調査委員会を設 置した。
2007年 9月期の累積損失が936億円になることが明らかとなり、2007年11月に代表 執行役に、東京都において『新銀行東京マスタープラン』の作成に携わり、その後、東京 都港湾局長を務めた津島隆一が就任し、東京都に対して、400億円の追加出資を要請した。
あわせて『新銀行東京再建計画』を発表した(新銀行東京, 2008b)。
2008 年 2 月、追加融資を依頼された東京都は、東京都議会に対して、新銀行東京を支 援する方針を説明した。東京都議会予算特別委員会および経済・港湾委員会で審議に入る
(東京都議会, 2008a)。新銀行東京は、3 月、東京都に対して新銀行東京調査委員会の調 査報告を行った。その報告は、「極めて不適切な業務執行」、「時期を逸した経営の舵取り」、
「事実の隠蔽や楽観的見通しの報告」、「代表執行役への権限の集中」を、経営悪化をもた らした原因として特定した(新銀行東京, 2008a)。
東京都議会では、400 億円の追加融資に対する説明は、BIS規制による自己資本比率の 確保のためとされた。審議は、知事の政治責任をはじめ、クレジットスコアリングにも及 んだ。これらの議論の多くは、賛成および反対の会派ともに、リレーション型の銀行貸出 を主流とする日本の金融界の考え方を基にするものとなった。出資に賛成する会派も、本 当に大丈夫かという不安も強く、審議は難航を極めたが、2008 年 3 月、都議会は、新銀 行東京への出資を議決した(東京都議会, 2008b; 2008c)。東京都は、新銀行東京への経営 監視や支援機能を強化するため、産業労働局に金融管理室を設置した。また、2009 年 9 月に東京都議会に「株式会社新銀行東京に関する特別委員会」が設置された。
金融庁は、新銀行東京に対して2008年12月、業務改善命令を出し、翌年 1月、新銀行 東京は業務改善報告をした。さらに、金融庁は新銀行東京の事業展開に対する批判が寄せ られたため、クレジットスコアリングの利用を推奨項目から外した44(金融庁, 2008a, b)。
新銀行東京が発表した『新銀行東京の再建計画』では、2011年度に黒字化し、経営目標 は中小企業支援の推進とした。主な取り組みは、東京の発展を支える幅広い産業・技術の うち、今後、更なる成長が期待される分野・業種への支援、事業意欲の高い既存顧客等に 対する継続的な支援、地域経済の活性化を目的とする東京都との連携を前提とした支援を 行うこととした(新銀行東京, 2008b)。
2008 年 3 月、新銀行東京は、無担保・無保証融資を原則廃止することを発表し(日本 経済新聞, 2008)、2009年8月、四代目の代表執行役である寺井宏隆の下、主力であった
44金融庁は,2003年3月,リレーション型の銀行貸出の機能を強化する手段の一つとしてクレジットス コアリングの活用を推進した(金融庁, 2003).
融資商品「ポートフォリオ」の新規申込受付を終了した。