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若者の生活世界:上昇志向に関する読者投書の分析

前節では、1978年~1984年の『中国青年』雑誌の関係記事を考察して、当時の社会に備わっ ている文化装置の役割について分析し、以下の結論を出した。

当時の文化装置では、(1)「四つの現代化」という国家目標を設定し、その中で若者はこ の目標の実現に貢献すべく、知識の習得に努力すべきだという位置づけをもってその役割を期 待された。(2)一方、この論理を通して個人の努力が奨励されるようになったが、その努力 の動機は国家という「公」のためか、それとも個人の生活という「私」的なもののためか常に 選定が行われており、「私」的な動機は批判・規制されていた。若者の上昇志向に関するエ ネ ルギーは、この文化装置によって国家目標の実現という公的なものに収斂されようとしたであ る。また、この文化装置の論理によれば、階層の存在、社会構造的に不平等があるということ 自体が否定されていた。

しかし一方、若者はこのような社会地位の上下関係の存在を敏感に感知していたのである。

そして、自分自身の社会的地位上を改善しようと、強い上昇志向を表した。

本節では、『中国青年』に掲載された若者の投書から、そのような公的な文化装置とは違う 論理で動いている若者の生活世界にアプローチし、当時において彼らは社会区分についてどの ように認識していたか、その認識に基づきどのように上昇移動を果たそうとして、またその中 でどのような悩みを持っていたかなどの点を確認したい。そこには、「売店の店員」など平凡 な仕事を続けることに感じるもどかしさ、(大学入試を通して)教育達成できない場合に生じ る不安などに悩まれる若者たちの姿があった。

本節では、『中国青年』に掲載された読者の声を「学業」「職業」「恋愛・結婚」という三 つの分類にしたうえで、①階層ヒエラルキーの存在に関する認知はどのようなものであるか、

②どのようにして上層移動を果たそうとして、そしてどのような悩みを持っていたか。即ち人々 にとっての階層の持つ実存的意味とはどういうものであるか、③社会秩序のあり方に対してど のような解釈・想像を持っていたか、という三つの面から考察していきたいと考える。

1978年~1984年までの『中国青年』では、読者の声を掲載するコラムが同時に幾つか存在し ていた。「青年信箱」「読者からの手紙」「服務台」「鼓与呼」などがあるが、本研究で資料

となった読者の声の抽出の仕方については、前述第二章を参照されたい。

3-1 「登竜門」とされる大学受験――学業に関する読者の声

1970年代末1980年初頭の時代においては、大学入試制度の再開によって、大学進学を通じて

社会上昇移動を遂げることに対する情熱が一気に高まった。この時期の『中国青年』雑誌には 学業に関する投書が大量に見られたが、これらの投書はその内容から分類すると、学習効率を 上げる方法や受験の注意点などのノウハウ型の投書、大学受験に対する受験生の不安や焦燥感 を反映する投書、大学入試の競争の激化による中高生への心理的負担のしわ寄せに関する投書 に大別できる。

3-1-1学習効率を上げる方法や受験の注意点などのノウハウ

この類の投書は、大学入試の前後の過程をめぐって、いかにして学習の効率を上げることが できるか、または大学受験に挑む際に注意すべき点が何であるか、さらには大学生活への適応 などが中心とする。

① 学習の効率を挙げるための疑問

1978年第1号「どのように効果良く脳を利用できるだろうか。」

1980年第3号「一冊を良く理解すれば、ほかのものは全部理解できる」

1980年第12号「どうして私はよく集中できないのだろうか」

投書5-6 「どうして私はよく集中できないのだろうか」(1980年第12号)

私は中学生です。授業中は集中できず、いつも上の空でいます。本当は先生の授業をよく聞 きたいです。でもいつの間にか、気が散ってしまうのです。何を考えていたのか、自分でも良 く分かりません。目を大きくして先生をじっと見るようにしていますが、授業の内容は一向に 耳に入りません。克服したいと思って、いろいろ試してみました。手で頭を打ったり、メモを 取ったりするなど、でも、あまり効果は見られませんでした。そろそろ高校を卒業しますので、

焦っています。苦しいです。アドバイスをいただけたら嬉しいです。

湖北省 丁振君より

② 試験に挑む際の注意すべき点

1979年第6号「試験の時にどのようにすれば実力が発揮できるだろうか」

1981年第10号「どのようにすれば試験の際に慌てずに済むだろうか」

1983年第5号「試験となると、いつもの実力が発揮できなくなる。どうすればよいだろうか」

④ 学生活への適応

1979年第3号「どのように大学生活を早く適応できるだろうか」

1979年第9号「趣味と専攻の食い違いがあるが、どのようにすればいいだろうか。」

1983年第9号「大学に入ってからの危機」

これらの投書から、大学受験という社会上昇移動につながるルートについて、人々は非常に 重要視しており、いかにすればよりよく利用することが出来るかと苦心していることが伺える

だろう。

3-1-2大学受験に対する受験生の不安や焦燥感

この類の投書では、大学受験という社会上昇移動のルートに対して、若者が大きな心理的負 担を抱えながら向き合っていることが伺える。それには、社会階層の存在を非常に明確に認知 しており、より高い階層へ上昇移動したいという強い気持ちが表されている。

一方、これらの問題への編集部による回答は、階層の存在自体を否定しようとする公式の説 教が垣間見える。

以下では、志願選びから見えるホットな専攻への集中、大学受験を控えている際の緊張や不 安、落第した際の悩みや迷いなどの面から紹介しよう。

(1)志願選びから見えるホットな専攻への集中

大学受験に関する悩みは、受験の志願選びから始まる。1979年第5号の「青年信箱」では、

「大学受験に際してどのように志願を選ぶのか」との読者の質問への回答記事が掲載された。

そこでは、各大学の特徴や人材養成の目標の確認、重点大学への集中の回避などの技術的な こと以外に、受験生の志願がホットな専攻ばかりに集中しているという傾向を指摘して批判し た。その一部を確認しよう。

記事5-47(抜粋)

しかし志願選びは、決して単純なテクニカルなことではない。ここ二年以来、全国の受験生 の大学選びは次のような傾向が目立っている。一つ目に、自動化、計算機、電子、物理、数学 などの専攻を選ぶ人が多く、農林、石炭、石油、地質などの大学や専攻を選ぶ人が少ない。二 つ目に、大都会、地域性の大学を選ぶ人が多く、全国性の大学を選ぶ人が少ない。三つ目に、

普通大学を選ぶ人が多く、軍事系大学を選ぶ人が少ない。18箇所の農林系大学の統計によれば、

1977年に合格した大学の新入生7118名のうち、農林系専攻に志願したのは3248人しかいない。

この数字は、新中国が成立して以来、農林系専攻に志願した最も少ない人数である。全国重点 大学である華東石油学院の場合、1978年に北京で53人の募集計画があるが、第一志望で志願し たのは一人しかいなく、第6、7志望で志願したのは少し増しだったが、石油採取、測量、貯 蔵と運輸などの専攻に志願したのは一人もいなかった。また、合格したとしても大学に来ない 人もいる。

ここでは、当時大学の志願選びに存在していた、当時に若者に人気のある専攻への集中との 問題が指摘された。その原因についても、回答者は次のように指摘した。

①計算機、自動コントロール、電子などの専攻に志願したのは、先端技術を身につけたいから あるが、一方、農林、石炭、地質、石油などの専攻は「勉強する価値がない」「人前に自慢 できない」ことであり、ホットの専門のほうが「四つの現代化」への貢献が大きい。

②地元を離れたくなくて、大都会に就職したい。条件の悪い地域に仕事が配属されてしまうこ とが忌避されている。

③子どもを自分の財産だと思い、なかなか親離れさせたくない親の影響が大きい。

ここから、当時若者たちが大学受験に際して、自分が感知した社会への解釈によって選択を 行っている状況が伺えるだろう。当時、軍事系大学、農林系、石油、石炭、地質などの伝統的 な産業に指向する専攻よりも、近代化との関係がより密接な専攻、計算機、自動コントロール、

電子技術などのほうに人気があった。後者に志願した理由は、「四つの現代化」により大きく 貢献できるからだという説を回答者が取り上げているが、それよりも、前者の専攻が「人前に 自慢できない」というのが本心であろう。当時大学卒業後の就職は国家による配属制であった ため、物質的な「条件の悪い」、辺鄙な田舎で働くような職種、職業に就きたくないというこ とも考えられる。

著者は、「どのような専攻を選んだとしても、同じように四つの現代化に貢献できるような 科学技術を身につけることができる」、「理想あり、抱負ありの青年なら、条件の悪い地域、

祖国が最も必要とする地域で自分の青春を捧げることを志とすべき」などの論理で説得してい たが、社会主義の国家イデオロギーに立脚したこれらの言葉は、当時の若者の心に届くことが なかっただろう。

(2)大学受験を控えている際の緊張感や不安、落第した時の悩みや迷い

当時若者にとって、大学合格がまさに「登竜門」であった。大学に入れば、「天の寵児」と 呼ばれ、良い就職も手に入り、順風満帆な人生が送れるという信念が人々の中にあった。一方、

進学率が非常に低く、4%前後しかなかったため、大学受験に際して、多くの若者が大きな緊 張感や心理的負担を抱えていた。

若者たちは、「落第」への可能性に対して大きな心配を持っている。1978年第1号の「青年 信箱」欄には、「大学に合格しない場合、人生に希望があるのか」と題する回答文が掲載され た。これはある若者の疑問に対する返答という形をとっており、若者の投書そのものの内容が 掲載されていないが、大学受験で落ちた若者への助言が述べられた。そこでは、「祖国の四つ の現代化に貢献するとの雄大な志を持っていれば、頑張って独学するとの意志と決心があれば、

どんな仕事でも必ず得るものがある」というふうに、国家的論理を持って激励した。

また、1979年第7号の「青年信箱」コラムには、「志は学歴にあらず」と題する文章では、

次の読者への回答があった。

投書5-7「志は学歴にあらず」(1979年第7号)

暁寧さん

お手紙拝見しました。大学受験で合格できることを目指して今は一生懸命勉強していると のこととか。そうすれば、仕事も、理想も、前途もすべて順風満帆になりうまくいく、もし受 からなかったら、すべてがパーになると。本当の気持ちを率直に話してくれて、うれしかった よ。私の心の中では、あなたは理想あり、抱負あり、一生懸命勉強する青年だ。このような青 年にとって、大学に受かるか受からないかを自分の人生の前途にかかる一大事と見ていること は、全く理解できる。またこれをめぐってあれこれ考えるのも良く分かる。でも、私にも率直 に言わせてもらうと、あなたの考え方にすべて同意できないというしかない。

回答文の続きには、中国の中等教育の現状からして大学進学率が非常に低いのが否定できな い事実であり、大学に受かるどうかが「人材に」なる唯一の道ではないこと、大学に受からな かったが独学を通して副教授になる李慰萱氏、独学で農薬づくりに成功した厳洪華氏、中卒の