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船の操縦性は,造船メーカーだけではなく,船舶の操船者ならびに運航管理者,海上交通センターの管制 官およびオートパイロットメーカーなどにおいても関心があると思われる.造船メーカーは,これまでに提 案されている方法1)5)を使うことによって,設計の初期段階から高精度でその船の操縦性能を把握すること ができる.しかし,造船メーカー以外の人々にとっては,既存の方法を用いることが難しい.したがって,こ れらの人々にとっては,船の詳細なデータを入手することが困難であることから,手軽に入手できる情報か ら,ある程度信頼できる操縦運動予測モデルで使われる操縦流体力微係数の推定値があれば非常に有益であ る.ところで,「船舶操縦性予測モデルの標準化に関する研究委員会」においては,操縦運動予測モデルとし てMMGモデルに着目し,過去に実施された模型実験(CMT)の結果が統一された形で再整理された6).本研 究では,これらのデータを用い,手軽に入手できる情報として船体の主要目に着目し,MMGモデルで使わ れる操縦流体力微係数の新しい簡易推定式を提案する.

6.2.2重回帰モデル解析法7)

一般に,m個の説明変数x1,· · ·,xmがあるとき,目的変数yの値を次のように表現するモデル

Model(x1,· · · ,xm) :y=a0+a1x1+· · ·+amxm+ε (6.2.1) を重回帰モデルと呼ぶ.ここで,εは,残差と呼ばれ,平均0,分散σ2 の正規分布に従うと仮定する.

n組のデータ{(yi,x1i,· · · ,xmi);i=1,· · ·,n}が与えられるとき,重回帰モデルの尤度(データのモデルへの当 てはまりの良さを表す統計量)L(θ)は

L(θ)=

( 1

2πσ2 )n/2

exp {

− 1 2σ2

n

i=1

(

yia0

m

j=1

ajxji

)2}

(6.2.2)

となる.ただし,θ=(a0,a1,· · · ,am, σ2)である.(6.2.2)式の対数尤度l(θ)≡logL(θ)は

l(θ)=−n

2log 2πσ2− 1 2σ2

n

i=1

(

yia0

m

j=1

ajxji

)2

(6.2.3)

となり,a0,a1,· · ·,amの最尤推定量aˆ0,aˆ1,· · ·,aˆm









n

x1i . . . ∑ xmi

x1i

x21i . . . ∑ x1ixmi

... ... ... ...

xmi

xmix1i . . . ∑ x2mi

















a0

a1

...

am







=









yi

x1iy

∑ ...

xmiy







 (6.2.4)

の解として得られる.また,σˆ2 は σˆ2=1

n

{∑n

i=1

y2iaˆ0

n

j=1

yi

m

j=1

ˆ aj

n

i=1

xjiyi

}

(6.2.5)

で与えられる.これらを(6.2.3)式に代入して最大対数尤度は l(ˆθ)=−n

2log 2π−n

2logd(x1,· · ·,xm)−n

2 (6.2.6)

となる.ただし,d(x1,· · ·,xm)は x1,· · ·,xmを説明変数と仮定したときのσˆ2 である.

この重回帰モデルに含まれる自由パラメータ数はm+2個であるから,x1,· · ·,xmを説明変数とするモデル のAICは

AIC(x1,· · ·,xm)=n(log 2π+1)+nlogd(x1,· · ·,xm)+2(m+2) (6.2.7) となる.したがって,統計的に最も良いモデルとしてはAICが最少となるモデルを選択すればよい.

6.2.3データ解析の結果

Table 6.2.1 Principal dimensions of each model used in the analysis L(m) B(m) d(m) Cb

2.500 0.4819 0.1340 0.5220 2.500 0.4194 0.1403 0.6978 2.500 0.4658 0.1558 0.8350 2.500 0.4091 0.1000 0.7141 2.500 0.4355 0.1573 0.8023 2.500 0.3861 0.1300 0.5664 2.500 0.3760 0.1579 0.6511 2.500 0.4082 0.1714 0.7727 2.500 0.3670 0.1023 0.5572 2.500 0.5556 0.1833 0.8210 2.000 0.3220 0.1080 0.6910 2.350 0.4450 0.1120 0.5300 2.500 0.4000 0.1070 0.5290 2.500 0.4077 0.1620 0.8291 3.500 0.6344 0.2111 0.8047 3.500 0.6344 0.2111 0.8022 3.500 0.6344 0.2111 0.8037 2.909 0.5273 0.1891 0.8101 2.909 0.5273 0.1891 0.8098 3.000 0.4350 0.1629 0.5721 3.046 0.4265 0.1430 0.6507 3.000 0.5367 0.1367 0.5479 4.290 0.7313 0.2435 0.5075

わせを半自動的に抽出した.その後,決定係数(相関係数の2乗値)が小さかった微係数yr,yvvv,nr および nvrrに関して,新たなパラメータBdCb/L2および非線形項を追加して,再度,重回帰モデル解析を行った.各 微係数に関して得られた推定式を(6.2.8)式から(6.2.19)式に示す.

yv =−0.362(2d/L)−0.076(B/d)+0.327 (6.2.8) yr =10.2(BdCb/L2)+0.0329(L/B)−0.218 (6.2.9) yvvv=−267(BdCb/L2)−70.7Cb+59.6C2b+0.0907(B/d)2+18.7 (6.2.10)

yvvr=5.17Cb+0.68(B/d)−5.95 (6.2.11)

yvrr=2.62Cb+0.200(B/d)−3.02 (6.2.12)

yrrr=0.276Cb+0.026(L/B)−0.378 (6.2.13)

nv=0.0263(L/B)+0.03(B/d)−0.367 (6.2.14) nr =7.00(BdCb/L2)+0.0252(L/B)+0.0257(B/d)−0.327 (6.2.15)

nvvv=1.38Cb+0.144(L/B)−1.92 (6.2.16)

nvvr=1.42Cb−1.36 (6.2.17)

nvrr=−0.0141(B/d)2+0.155 (6.2.18)

nrrr=0.204Cb−0.0164(L/B)−0.361(2d/L)−0.279(CbB/L)+0.0384 (6.2.19)

6.2.4結果と考察

(6.2.8)式から(6.2.19)式を用いて推定した値と実験値との散布図をFig.6.2.1(a)∼(l)に示す.図は横軸が実験

数は0.3以上であることがわかる.これらを相関係数に換算すれば,相関係数はすべての微係数で0.58を超 える.

Table 6.2.2 Coefficient of determination in each maneuvering hydrodynamic derivative yv yr yvvv yvvr yvrr yrrr

0.417 0.372 0.451 0.535 0.895 0.706 nv nr nvvv nvvr nvrr nrrr 0.625 0.349 0.459 0.741 0.340 0.845

能に関する諸データ8),9)が揃っているSR108船型とした.操縦流体力微係数をTable 6.2.3に示す.Table 6.2.3 において,”Measured”は実験値であり,”Estimated”は推定値である.ここで,推定値は(6.2.8)式から(6.2.19) 式を用いて算出した.船速24(kt)で航行している際に舵角(+)35°で右旋回した際の航跡を数値的に求めた.

結果をFig.6.2.2に示す.図中において,○印は操縦流体力微係数として実験値を使用した結果,▲印は操縦

流体力微係数として推定値を使用した結果をそれぞれ示している.この図から,推定値を用いて予測した船 の旋回軌跡と実験値を用いて予測した船の旋回軌跡は,旋回が始まる初期すなわち船の進出距離が無次元値 X/Lで2程度までは概ね同様な傾向を示しているが,それ以降では大きく異なっていることがわかる.この 差を定量的に把握するために,同時刻における二つの航跡の差をとった.その結果をFig.6.2.3に示す.この 図において,X方向の偏差が正の場合は実験値に基づいて計算した位置が推定値に基づいて計算した位置よ りも船首側にあることを意味しており,Y方向の偏差が正の場合は実験値に基づいて計算した位置が推定値 に基づいて計算した位置よりも右舷側にあることを意味している.この図から,50秒位までは両者の位置が 一致しており,その後徐々にX方向およびY方向の偏差が大きく変化していっていることがわかる.この場 合において,X方向の最大絶対偏差は約220mであり,Y方向の最大絶対偏差は約300mであった.一例とし て検討したSR108船型の場合の予測能力は,実験値を用いた予測と推定値を用いた予測とで時間が経過した 後において明らかな差がある.したがって,ここで提案した推定式を用いて操縦運動を予測する場合は,お およその傾向を把握することができるものの,その結果の評価に関して注意する必要があるといえる.

Table 6.2.3 Coefficient of determination in each maneuvering hydrodynamic derivative Measured Estimated Measured Estimated

yv -0.2478 -0.2690 nv -0.0791 -0.1060 yr 0.0605 0.0546 nr -0.0500 -0.0531 yvvv -2.2443 -2.7950 nvvv -0.1977 -0.1390 yvvr -0.6786 -1.1750 nvvr -0.8730 -0.5480 yvrr -0.8339 -0.9870 nvrr 0.0321 0.0542 yrrr -0.0283 -0.0410 nrrr -0.0472 -0.0434

6.2.5おわりに

本研究では,船舶の操船者ならびに運航管理者,海上交通センターの管制官およびオートパイロットメー カーなどに対して,船体の主要目のみを用いたMMGモデルで使われる操縦流体力微係数の新しい簡易推定 式を提案した.その予測性能は簡単な数値実験に基づいて検証した.その結果,ここで提案した推定式を用 いて操縦運動を予測する場合は,おおよその傾向を把握することができるものの,その結果の評価に関して は注意する必要があることが確認できた.近年,実船データのモニタリングを種々の機関で行われるように なってきている.実船のデータを得ることが出来れば,ここで提案した推定式による値を初期値として,逐 次データ同化が行えるので,実船の操縦性能推定という意味では信頼性の高い操縦流体力微係数が同定でき る可能性がある.

謝 辞

本研究を行うに当たっては,「船舶操縦性予測モデルの高度化に関する研究委員会」の委員各位から多くの 助言を賜ったことを付記し,ここに感謝の意を表します.

参 考 文 献

1) Inoue, S. Hirano, M. and Kijima, K. : Hydrodynamic Derivatives on Ship Maneuvering,Intl Shipbuilding Progress, 28( 325), 1981, pp. 207–222.

2) 貴島勝郎,名切恭昭:船尾形状を考慮した操縦流体力の近似的表現,西部造船会会報,第98号,1999,

pp. 67–77.

Fig.6.2.2 Comparison of the turning trajectory of the ship

Fig.6.2.3 Comparison of the deviation of the result of measured coefficients and estimated one

3) 貴島勝郎,名切恭昭:船舶操縦性推定のための実用的計算法に関する研究,西部造船会会報,第105号,

2002,pp. 21–31.

4) 青木伊知郎,貴島勝郎,古川芳孝,名切恭昭:実船の操縦性能推定に関する研究,日本船舶海洋工学会論 文集,第3号,2006,pp. 157–165.

5) 山口善寛,古川芳孝,武藤博之,貴島勝郎:肥大船型を対象とした操縦流体力微係数の推定に関する研究,

日本船舶海洋工学会論文集,第10号,2009,pp. 105–113.

6) 船舶操縦性予測モデルの標準化に関する研究委員会:船舶操縦性予測モデルの標準化に関する研究委員会 報告書,日本船舶海洋工学会,2012.

7) 坂元 慶行,石黒 真木夫,北川 源四郎:情報量統計学(情報科学講座A・5・4),共立出版,1983.

8) 安川宏紀,芳村康男:船体運動–操縦性能編(船舶海洋工学シリーズ3),成山堂書店,2012.

9) 孫 景浩,野本謙作:高速コンテナ船の操縦運動と横揺れとの連成挙動,日本造船学会論文集,第150号,

1981,pp. 232–244.