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第3章 舞曲を特徴付ける要素とその分析方法

本章では個々の舞踏種を特徴付ける様々な要素について、先行研究での論述のされ方と その妥当性を検証する。そしてそれを踏まえ、本論で統計による分析を行う上でのクライ テリアを設定し、具体的な要素の把握の方法と統計のとり方について論じる。

バロック舞曲の研究および記述では、舞曲を描写し特徴付けるための要素が様々に設定 されてきた。これに関する統一的なものはなく、それぞれの研究の観点や文章の性質によ って個別にクライテリアが設定されている(1-2-1でのLJとMather 1987の記述項目を 比較参照)。さらにこれらは記述方法も漠然としており、一つの研究書の中で詳細さの度合 いが舞踏種によって異なるなど、不徹底な印象を受ける。概ね特定の書法やアウフタクト の長さなどは、単にその存在が指摘されているだけであり、具体的な指摘は殆どなされて いない。

このことは赤塚健太郎も指摘することであり(赤塚2012b: 17)、舞曲というジャンルに 対する研究が遅れていることと関係し、第1章で述べたとおり、舞踏種の形態に着目した 研究が存在せず、各舞踏種を比較する横断的な研究が十分になされていないことに遠因が ある1。したがって舞踏種の特質を論じるにあたっては、先行研究それぞれで独自に立ち上 げられた分析方法や概念を整理した上で、複数の舞踏種にまたがる統一的なクライテリア を設定するべきである。加えて実際には拍子や形式を論じるうえで、現代との記譜法の習 慣の違いから、楽譜テクストを機械的に分析するだけでは統計処理を行えないような問題 が生じる。その上、先行研究で取り上げられていない舞曲を特徴付ける要素にも注意を払 わねばならないだろう。

本論で統計をとるにあたっては、先行研究で曖昧に論じられてきたことに鑑み、各要素 は先行研究でのクライテリアを俯瞰的に捉えなおし、全ての舞踏種を論じる上で共通する 厳密な基準を設ける。楽譜テクストの記述が現代記譜法と相違がある場合には、記述内容 そのものと、それを現代記譜法で捉えなおした場合の結果を分けて考察することとする。

また各要素は有無の問題のみを論じるのではなく、有る場合には具体的な内容まで踏み込 んで統計をとることを心がける。

1 そもそも「舞曲」の定義とは何かを調べるときに、欧米では「ダンス=舞踊」と「舞曲」を 表す語がどちらもDanceに集約されるため、この両者の関係が十分に明らかにされないまま、

漠然と実態が捉えられてきた問題が存在する(赤塚2012b: 17-19参照)。舞曲の研究を行うため には、このような根本的かつ包括的な議論も十分に行われているとは言いがたく、今後の研究 が待たれる。

分析する要素の選択にあたって、本論では楽譜テクスト上から読み取れる客観的事実に 限定する。統計的手段をとるにあたっては、分析においても少しでも主観を含む項目は設 けるべきではなく、その根拠を明確に示し、検証が可能な状態にするべきである。したが って演奏解釈やテンポといった情報は、楽譜テクストに記されていない限りは取り扱えな い。加えて統計を取る対象の条件がそろっている必要があるため、フルスコアには記載さ れているがスケルトンスコアに記載されていないものなど、研究対象資料それぞれから得 られる情報に差が出る要素は統計として出すことができない。

したがって本論で形式、アウフタクト、リズムの要素を把握する際には、原則として旋 律のみに限定して行う。旋律のリズムは実際に楽譜に書き記されている情報から直接得る ことのできる情報であり、統計という手段によって分析することが容易な存在である。分 析対象を旋律やバスに限定する手段は先行研究でも採用されていることである(Mather

1987: 204、赤塚2012b)。とくにバロックの伴奏舞曲においては、最も重視されるべきは旋

律であった。ボーシャン=フイエ式舞踏譜には、振付けられた楽曲の旋律のみが記され、

多くの舞曲の選集でも旋律とバスのみが記載されていた。また、ダンスの練習の際には、

舞踏教師がヴァイオリンで旋律を弾いて伴奏をしたという。作曲の方面から考察しても、

リュリは旋律とバスのみを作曲し、内声部は弟子などの他者の人間に作曲させていたこと が知られている(服部2001: 351)。本論で楽曲の内容という表現を用いる際は、その対象 は旋律のみを指す。

旋律にのみ注目するため、充填的な内声部や和声は原則として捨象する。研究対象以外 の別の資料にあたれば内声が復元できる楽曲は存在するが、その資料が手稿譜であったり、

年代が大きく離れていた場合に、楽曲の同一性がどの程度保たれているのかという問題が 生じる。またスケルトンスコアの場合、バスに通奏低音の数字が付されていない資料も多 い。したがって、これらの要素については統計上取り扱う上で同一の基準を設定すること ができない。本論で内声部について着目するのは、特定の書法およびテクスチュアについ て統計を取る際に限定される。

3-1 拍子(用いられる拍子記号と実質的な拍子)

舞曲の拍子は舞踏種を論じるうえで第一に着目される要素である。舞踏種に関するどの 記述においても拍子記号は必ず言及される。しかし実質的には舞踏種ごとに一般的に用い

第3章 舞曲を特徴付ける要素とその分析方法

られる拍子記号が列挙されるだけで、その根拠も個々の舞踏種で用いられる拍子記号を解 説している18世紀当時の理論書や、有名曲(明示されていない)の例に基づいているよう に思われ、実際の楽曲分析をもとにした詳細な考察は行われていない。したがって拍子に ついての統計は、舞踏種の拍子別の分類がふさわしいかの確認をする意味を兼ねている。

さらに、先行研究でもバロック舞踏種は拍子の系統ごとに大まかに分けられてから、そ れぞれの詳細について論じられている(LJ 1991: 16-18など)。本論でも舞踏種を2拍子系、

3拍子系、複合拍子系の3つに分けているのは、先行研究でおおむね受け入れられている 分け方に準じたものである。しかし統計的な調査が行われていない以上、本来はその正当 性、例えばジーグやカナリーは本当に複合拍子系の舞曲に分類されてよいのか、などとい った根本的な問題は未検証であるはずである。このような当たり前に受け入れられている ことすら再度検証が必要であるという現状については留意されたい。

本論において、拍子は資料から得られる情報として、用いられている拍子記号と、実質 的な拍子、すなわち小節線の引かれる間隔についてのみを統計の対象とする。拍子記号か らどのように演奏するべきかの問題は、拍節の問題として演奏解釈の領域の問題である。

ただし、単純に用いられる拍子の統計をとる上でも、実質的には様々な問題があり、以下 でそれについての扱いを論じる。

3-1-1 拍子に関する諸問題と把握方法

バロック舞曲は、同じ舞踏種で複数の拍子記号が用いられる実態がある。これに関して、

本論で取り扱う楽曲での状況を観察し検証を行うことが、本論において拍子を扱う大きな 意義となる。しかしながらこれ以外にも拍子に関しては、先行研究で重要視されていない 問題がある。すなわち、現代記譜法では用いられない拍子記号の使用、および記譜上の拍 子記号と実質的な拍子の差異である。

まず、現代記譜法では用いられない拍子の使用が挙げられる。本論で取り扱う研究範囲 は、プロポルツィオを用いた古い形式から、サン=ランベールSaint-Lambert(名、生没年 不詳)等が論じた、拍子記号と小節内の音価の長さの関係が現代に近い形式(Saint-Lambert

1702: 35-64)への過渡期であった可能性が高い。一方で舞曲に関する近年の研究では、例

えば2/3 という現代から見れば奇妙な記号が、一部の理論家によって普通に拍子記号とし て用いるべきだとされ、実際にそのように記譜された楽譜が存在することが指摘されてい

る(赤塚2012a: 31)2

さらに拍子記号と実際の拍節の実態が必ずしも一致しない問題も、この記譜法の相違の 問題に根ざすものであると予想される。実際の資料が現代の記譜法と異なるために、しば し ば 現 代 の 記 譜 法 で の 拍 子 記 号 の 概 念 で は 説 明 で き な い 例 が 存 在 す る 。 例 え ば

1693.02/Pp1aは1693.02DID/1693sでは「6/4」と記譜されている(p. 58)が、実際の譜面で

の表記は現代の記譜法の規則に照らせば6/8 である。この点に関して現在までの研究は、

用いられる拍子について観察する際には記譜上の記号に着目しながら、実際の音楽の内容 は小節線の間隔から判断した実質的な拍子に基づいて議論が進められてきた。この曖昧さ を排除するために、本論の分析においては、楽譜テクスト上に記譜された「拍子記号」お よび小節線・音符と、実質的な「拍子」を区別して考察する。

3-1-2 本論での拍子記号の扱い

本論で拍子は、使用される拍子記号と実質的な拍子に分けてそれぞれ統計を取る。まず、

記譜された拍子記号に関しては、どの拍子記号で記譜されることが多いかという統計を取 るに留める。そして実質的な拍子は、小節線の間隔に基づいて算出し、現代的な楽典の規 則に照らし合わせた場合に2/2、3/4、3/8、3/2、6/4、6/8、12/8のいずれの拍子で記譜され ているかの統計を取る。記譜上の拍子記号と実質的拍子が現代的な感覚から見て一致して いないとみなされる場合は、コーパス内でのそれぞれの対応関係を表にして示す。これら の結果が既存の記述と矛盾する場合にはその点を指摘するに留め、経緯の考察や真正性の 問題など、それ以上に踏み込んだ研究は行わない。

3-2 形式

楽曲の形式は本論において、それ自体が舞踏種で用いられる傾向を明らかにするための 統計の対象になる。バロック・ダンスがリヴァイヴァルする以前から、バロック舞曲の記 述において形式は大きな関心事とされていた。楽曲それぞれの楽式や調構造を分析し、舞 曲に期待される「古典的均整」がどれほど保たれているか(ないしそこからどれほど逸脱 しているか)が注目されてきていた。特にメヌエットは古典派の多楽章形式の作品の楽章 の一つとて取り入れられていたため、その形式美にもっぱらの関心が寄せられていたとい

2 本論の研究対象楽曲でのこのような例については4-3-1(特にp. 108)参照。