第6章 統計と分析:3拍子系舞踏種 メヌエット、パスピエ、サラバンド
3拍子系の舞踏種は、メヌエット、パスピエ、サラバンドの3つを分析した。メヌエッ トとパスピエが常に類似しているという観点から研究がされるのに対し、サラバンドは遅 い舞曲として独立的に取り扱われる傾向が強い1。リトルのメトリック・レヴェルでは、メ ヌエットとパスピエが I-3-2型と捉えられているのに対し、サラバンドはIII-2-2型として 捉えられていることからもこの傾向は明らかである。この研究状況は、リゴドンが常にブ ーレとの比較で論じられ、その両者がガヴォットと対比されている状況と類似している。
先行研究でこれら3つの舞踏種の区別は、持つとされる性格やテンポ、舞踏種の名を冠 したステップとの関連、拍の打ち方といった演奏解釈の相違の側面が強調されてきた。最 も大きな違いは、それらに求められているテンポであり、急速なパスピエ、中庸なメヌエ ット、遅いサラバンドという区別が言説研究をもとになされてきた。La Musique Theorique
(匿名出版:Borinによるとされる)ではこの関係が図式化されており([Borin] 1722: 29)、 現在においてバロック舞曲を区別する際は事実上この著作が念頭に置かれていると見てよ
い(LJ 1991: 69)。それぞれ指し示す性格についても言及され、気まぐれ(fickle)なパス
ピエ(LJ 2001: 234)に対し、サラバンドはまじめで荘重という性格が当時の言説や、当時 の振り子装置を基にした記述から拾い出されて結び付けられてきた。一方でステップでの 差異に関しては、そもそも現存する振り付けの種類が、パスピエのものが舞踏会用、サラ バンドのものが劇場用のものに偏っている(FLC: XLVIII, LII)上に、メヌエットには定型 的な踊り方の存在が広く知られているため、それに基づいた考察ばかりが行われてきてい る2。そのうえ、現状の舞踏譜からの分析ではサラバンドとメヌエット・パスピエの区別は ある程度付く一方で、メヌエットとパスピエの区別は十分に付かないことも明らかになっ ている。ステップから区別が付かないために、メヌエットとパスピエの違いとしてテンポ ばかり注目されているともいえる。
形態的側面からの区別は、アウフタクトの長さと用いられる拍子記号、特徴的リズムと いった観点から考察が行われてきた。事典項目などを総括すると、拍子記号については曖 昧な区分ではあるものの、メヌエットとパスピエが3/4または3/8、サラバンドが3/4また
1 サラバンドはむしろ、本論では取り扱わないシャコンヌやパッサカイユ、フォリアといった 舞踏種との関連で論じられることが多い。これは特徴的とされるリズムや、現存する舞踏譜で 用いられるステップが共通するためである。
2 尚、メヌエットには定型的な踊り方で用いられる固有のステップとしてパ・ド・ムニュ(pas
de menuet)が存在するが、パスピエとサラバンドには舞踏種の名を冠したステップは存在しな
い。
は3/2 に相当する拍子を用いるとされている。アウフタクトについてはパスピエが「アウ フタクトを持つ」とされる一方で、メヌエットやサラバンドは「多くの場合アウフタクト を持たない」とされる。そして特徴的なリズムに関しては、サラバンドにおける「サラバ ンド・シンコペーション」、およびパスピエにおけるヘミオラが挙げられる。ただし、個々 で示されたそれぞれの舞踏種を特徴付ける要素は、しばしば他の舞踊種でも用いられてい ることが指摘されていることにも注目せねばならない。すなわち、ヘミオラやアウフタク トを持つ楽曲はメヌエットにもサラバンドにも存在し(LJ 1991: 70, 98)、サラバンド・シ ンコペーションの音形はメヌエットでも観察されるのである。先行研究はこの事実を踏ま えてなおこれらの違いを説明するために、テンポの違いや、メトリック・レヴェルでの区 別が前面に押し出されているように見える。
以上のように先行研究では、3つの舞踏種が言説研究や現存する舞踏譜でのステップの 当てはめ方などから区別されている一方で、実際にこれらがどれほどそれぞれに固有のも....
の.
といえるのか、より厳密に言えば、テンポや性格などの発想記号ではない、楽譜テクス トから区別可能なものであるかは十分な検証が行われているとはいえない。したがって本 論では、それぞれの舞踏種で特徴的とされる要素が他の舞踏種において.........
は.
どれほど用いら.......
れるのか....
を観察し、これら3種類に音楽的内容に差異がどれほどあるものかを検証するこ とに主要な着眼点を置いた。
6-1 3拍子系舞踏種の総論
本論で取り扱う3拍子系舞踏種の研究対象楽曲の総数は、A基準の楽曲はメヌエットが
149(うち楽曲の冒頭のみしか記載されていないものが1曲)、パスピエが 105、サラバン
ドが50(うち楽曲の冒頭のみしか記載されていないものが1曲)存在した。パスピエとサ ラバンドには分析上2曲に分けて統計を取るものが計3例含まるため、実際に分析した数 は異なる。これに B基準の楽曲を含めると、メヌエットが210、パスピエが110、サラバ ンドが75になる(表 6-1)。
表 6-1:本論の研究対象楽曲一覧:3拍子系(表 4-1より抜粋:一部詳細化)
A基準(単) B基準(声) B基準(器) 合計
Menuet 148 (+1) 56 5 209 (+1)
Passepied 105 [106] 3 1 109 [110]
Sarabande 49 [51] (+1) 23 0 72 [74] (+1)
第6章 統計と分析:3拍子系舞踏種 メヌエット、パスピエ、サラバンド
他の拍子の舞踏種に比較してコーパスが圧倒的に大きいことは特筆すべきである。メヌエ ットの148曲は他の舞踏種に比較して突出しており、それに次ぐパスピエも百を超えてい る。この中で最も数の少ないサラバンドさえも、他の舞踏種に比べると多い。ルイ14世治 世下のオペラ座では、これら3拍子系の舞踏種が非常に好まれていたことが推察される。
B基準に相当する楽曲は声楽曲が殆どで、メヌエットとサラバンドで多く観察された。
これに対しパスピエのB基準が少ないことから、テンポが遅いとされる2つは声楽曲とし ても成立させやすく、他方速いパスピエは器楽的な性質が強かった可能性が示唆される。
6-1-1 アウフタクト
本論のコーパスで観察されるかぎり、アウフタクトの長さは3種類に分けることができ た。すなわち、アウフタクト無し、パルス1つ分のアウフタクト、パルス2つ分の長さの アウフタクトである。複合拍子系の舞踏種で観察されるタップ1+パルス1の長さのアウ フタクトは、3拍子系舞踏種では一切観察されなかった。尚、マザーは小節の第1拍で開 始されるメヌエットとサラバンドをビート1つ分の長さのアウフタクトと捉えているが
(Mather 1987: 72)、ビートの単位は3拍子の場合には小節およびスキーマそのものと重な ってしまうためにアウフタクトとして認知しにくい。したがって本論ではこのようにみな すことはせず、アウフタクトがない楽曲として扱う。このほか、複合拍子で記譜されてい るパスピエの一部では、スキーマより長いアウフタクトの存在も確認された。これらは全 てがビート1つとパルス1つをあわせた長さであった。
これらの統計結果を舞踏種ごとに比較した結果、メヌエットとサラバンドの殆どがアウ フタクトを持たない一方で、パスピエの殆どはパルス1つ分のアウフタクトを持っていた。
(表 6-2)。ここではパスピエのスキーマより長いアウフタクトは、スキーマ1つ分を引 いた長さの列に含めた上で、その数を括弧書きで示す。
表 6-2:3拍子系舞踏種の楽曲冒頭のアウフタクトの長さ なし パルス1 パルス2
Menuet 141 6 1
Passepied 22 (12) 94 (3) 0
Sarabande 47 3 1
統計の結果は、舞踏種ごとに傾向が収束しており、先行研究で曖昧に指摘されていたこ とに対する数値的な裏づけを提示するものとなっている。メヌエットとサラバンドは原則 としてアウフタクトを持たないという記述は当を得た表現といえる。一方で、アウフタク
トを持つとされるパスピエに関しては、アウフタクトを持たない楽曲もある程度まとまっ た数があるという結果になった。
6-1-2 リズム型
3拍子舞踏種全体で使用されるリズム型の割合は、どの種類も突出したものが無いこと を示している。10種類のリズム型で40%を超えるものは存在しなかった。3種類で共通し て均等型( )は 20%を超えている。これ以外ではメヌエットは長短系のタイプに属す る型の使用率が若干高く、パスピエはパルス1+タップ4の型( )の使用率が他に比 べて多く、サラバンドはサラバンド・シンコペーション( / )とソティヤン( /
)が同程度に高い割合で用いられている(表 6-3)。
リズム型の表に含まれない特殊なものとして、タップのレヴェルの付点が唯一サラバン ド1曲で確認されたが、ここでは2拍子系の均等型と同じように、付点が無い状態のタッ プのレヴェルに変換した上で統計をとる(本論p. 123参照)。
表 6-3:3拍子系舞踏種でのリズム型の使用率3
全拍 短長系 両義的 長短系
/ /
Mn 14% 14% 5% 5% 22% 2% 1% 1% 15% 19%
Pp 6% 9% 4% 23% 37% 5% 9% 3% 10% 2%
Sb 10% 1% 25% 2% 22% 1% 1%未 1%未 25% 8%
いずれの舞踏種でも均等型が優位に用いられる傾向があるが、他のリズム型と比べても 突出したものとはいえない。舞踏種間の比較では、サラバンドでサラバンド・シンコペー ション( )とソティヤン( )の使用率がいずれも他の舞踏種に比べて10%ほど高い ことがわかるが、どちらも楽曲全体の 1/4 にとどまっているため、サラバンドを特徴付け るリズム型とみなせるほどではない。どの舞踏種においても特定のリズム型の使用率が半 数を超えないことは必然的に、少なくともスキーマ1つずつの単位では支配的なパターン が見られないということも示している。
6-1-3 旋律のヘミオラ
旋律のヘミオラは、3拍子系の舞踏種全てで観察された(表 6-4)。コーパス全体に対 してこれが現れる曲の比率は括弧で示している。ただし出現する頻度は舞踏種によって異
3 この表での音符によるリズム型の種類はスキーマのレヴェルを付点二分音符に置いた場合で 示している。「1%未」は1%未満を表す(以下同様)。