第 5 章では、学部留学生のエンパワーメントについて考え、また、フレイレによって提起 された「課題提起型教育」について論じた。本章では、エンパワーメントの視点から、二つ の事例研究を通して、学部留学生の「自律学習」について検討したい。
第 1 節 自律学習とは
6‐1‐1 自律学習(autonomous learning)とは何か
自律学習とは、確立された教授法ではないため人によって様々な解釈が存在する。
1998 年版の国立国語研究所監修日本語教育専門用語集では、自律学習(autonomous learning)を「学習者自身が自己の学習に主体的に関わり学習を孤立化せず、教授者や教材 や教育機関などといったリソースを利用して行う学習」と定義した。
また、青木(2001)は、学習者が自分で自分の学びの主人公となり、学習の目的、内容、
方法について選択する能力、さらにそれに基づいて計画、実行、評価する能力を自律的学習 能力(学習者オートノミー learner autonomy)と呼び、自律学習とはこの能力に基づいた 学習であるとしている。
さらに、廣森(2013)は、「自律(学習)という概念には唯一絶対の定義が存在するわけ ではない。」、「しかし、『自律を促す/自律を促進する』といった場合、自律(学習)を持つ 意味を明確化しておく作業は非常に重要となる。」と自律に関する代表的な研究を整理し以 下のようにまとめた。
表 6‐1 自律に関する定義の分類例(廣森 2013:290)
焦点を置く側面 具体的な内容 代表的な研究例
認知的側面
‐ ability - Cotterall(1995) - capacity - Holec(1981) - skill - Little(1991,1999)
- Littlewood(1996)
情意的側面
- attitude - Bond(1988) - readiness - Dickinson(1992) - self-confidence - Wenden(1991) -responsibility
メタ認知的側面
- Setting goals - Benson(1996,1997) - Planning learning activities - Little(1991) - Monitoring learning progress - Winne(1995)
社会的側面
- Working in cooperation with others - Cotterall(1995)
- Dam(1995)
- Van Lier(1996)
廣森(2013)は、応用言語学における自律の概念に関して、以下のようにさまざまな定義 づけが存在することを言及した。
もっとも一般的な定義としては、Holec や Cotterall のように学習者が「(実際に)何 かができるか否か(=ability)の観点に焦点をあてるものや、Little や Little wood のように「(潜在的な)能力、あるいは可能性(=capacity)」までを含めるものが挙げ られる。情意的側面から自律を捉えようとする研究者らは、学習者が自らの学習に携わ る決断やその履行に関して責任(responsibility)を持っている状態、あるいは責任を 持つ学習者が学習に対して示す態度(attitude)といった観点から自律を概念化しよう と試みる。一方、より行動的な側面、例えば、自己調整学習(self-regulated learning)
の立場から自律を捉えようとする研究者らは、学習のメタ認知プロセス(計画を立てる
(planning)、行動をモニタリングする(monitoring)、結果を振り返る(evaluating)) に焦点をあてる傾向があるのに対して、Vygotsky などの社会文化的アプローチに影響 を受ける研究者らは、他者との共同作業(working in cooperation with others)など といった社会的側面から自律を捉えようとしている。自律という概念をより正確に捉 えるためには、どれか 1 つの側面に偏るのではなく、包括的な観点からとらえる必要が
あるということである。このような統合的・包括的視点に立って考えると、自律学習の 先導的研究者である Benson(2001、20112)によれば、自律とは「自らの学習をコントロ ールする能力(the capacity to take control over one’s own learning)」であり、
そのコントロールする対象として、(1)学習の心理、(2)学習行動、(3)学習状況を挙 げている。つまり、学習動機、学習方略、と学習内容(指導方法)に言い換えられる。
この三つの要素を自らうまくコントロールする学習は自律学習と言えよう。
以上、自律学習に対して、様々な解釈があるが、財団法人国際日本語普及協会の調査報告
(2009)では、自律学習について(青木,2006;Little,1991;Little,2004)の論述での共 通する主要な要素は以下のようにまとめている。
①学習者が自分自身でコントロールする学習 ②学習者が自分自身のためにする学習
③仲間や支援者、その他のリソースと協力し、交渉しながら社会的営みとして行う学習 ④知識や技術を教師からもらうではなく、自らが構築していく学習
6‐1‐2 自律学習の歴史的流れ
言語教育における学習者の自律学習という概念は、1960 年代のヨーロッパで生まれたと 言われる。財団法人国際日本語普及協会の調査報告(2009)によると、1960 年代後半以降、
ヨーロッパでは、移民労働者の増加等による第二言語学習者の多様化が進み、従来の学校型 言語教育では、対応できなくなり、学習者の生涯学習の必要性や支援者としての教師の役割 など新しい教育観に基づく考えや実践が提案された。その後、Holec(1981)は、成人教育 における理論に言及し、人が自分の人生の著者であるためには自律的学習能力(学習者オー トノミー)が必要だと述べている。
そして、日本語教育においても学習観の変化がみられた。佐々木(2006)は、その変化を 2 回のパラダイムシフトという観点からまとめている。第一のパラダイムシフトとは、1980 年代に入り、それまでの文型積み上げ式の学習から、実際にコミュニケーションを重視する コミュニカティブ・アプローチが広範に紹介され、「学習者中心主義」の考えが強くなった。
コミュニカティブ・アプローチは学習者のニーズ分析が重視されたが、全ての学習者の学習 特性や事情に合ったコースを用意することはできない。また、教師が学習者の生涯学習を手 伝うことは不可能である。そこで、90 年代後半から、第二のパラダイムシフトである学習 者が社会との関わりの中で自ら自律的に構成していく構成主義的学習観が支持されるよう になった。その第二のパラダイムシフトへの変容について、佐々木(2006)は、以下の三つ の要因を挙げている。①国内の多言語・多文化化の進展:近年日本に滞在する外国人の入国
者数が著しく増加傾向にあり、中には短期の滞在者だけではなく長期滞在者(留学生・就労 者など)、また、特別永住者もいる。「これらの人々に対する日本語学習支援の動き、あるい は地域自治体の多言語化への動きは、これまでとは異なる日本語教育の枠組みを必要とす るものである」と佐々木氏が指摘している。②学校教育における教育理念の変容と日本人の 価値観の多様化:「教育」を考える時、かつての日本の教育は質のいい教育水準の高い人々 を生み出すとして、高い評価を得ていたが、近年は、個性が尊重され、自立した個人が自己 責任の下に多様な選択を行う教育の理念が重視されるようになった。③教育機器の発達:最 近の Skype、YouTube、Podcasting など使った ICT 技術の利用によって、教材、学習速度な どを学習者自身の手でカスタムマイズ化することができるようになり、自律学習の可能性 が一段と広がることになった。
6‐1‐3 自律的学習能力(学習者オートノミー)
青木(2011)では、自律的学習能力(学習者オートノミー)について、その定義が厳密に されていないと述べ、さらに、学習者オートノミーの理解を深めるために、自律的学習能力
(学習者オートノミー)についての誤解にも言及した。
Little(1991)の解説によると、自律的学習能力(学習者オートノミー)にまつわる誤解 が五つある。一つ目は、学習者オートノミーとは、独習(self-instruction)の同意語であ るという誤解である。青木(2001)は、この誤解について、「独習用の教材はほとんど内容 や順番が決まっているため、学習者自身がその内容や順番を変える余地がない。そういう点 では、学習者オートノミーによる学習と独習とは全く別物だと認識できる。」と強調してい る。二つ目は、学習者オートノミーとは、教師がすべての主導権とコントロールを手放すと いう誤解である。青木(2001)は、この二つ目の誤解について、「学習者オートノミーを育 てようとする実践が最終的に目指すのは学習者が教師なしでも学習できるようになること だが、そこに到達するまでに教師がやらなければならないことはたくさんある。」と強調し ている。三つ目は、学習者オートノミーとは教授法であるという誤解である。青木(2011)
では、この三つ目の誤解に対して、「学習者オートノミーを育てるためのアプローチは多様 であり、そのどれかが最も優れているというものではない。それぞれの社会、それぞれの教 育機関に適したやり方があるであろうし、一人一人の学習者に適した働きかけのしかたも あるだろう。」と説明している。四つ目は、学習者オートノミーは学習者による特定の行動 を指すものだという誤解である。青木(2011)では、この四つ目の誤解に対して、「学習者 オートノミーは能力である。人は能力があっても行動に移さないこともある。また、能力を どのように使うかも人様々である。学習者オートノミーを発揮する人々の行動の形は一様 ではない。」と説明している。最後に五つ目の誤解は、学習者オートノミーとは、到達でき