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「学習者参加型評価」について

本論文の第 6 章で述べたように、日本語教育では 90 年代から学習者が社会との関わりの 中での「自律学習」を重視する構成主義的学習観が支持されるようになった(佐々木、2006)。 大学における日本語教育でも学部留学生の自律的学習能力の養成が注目され、「学習者参加 型」日本語教育が提案された(細川、2002)。

その中、従来の教師主導的評価に替わるものとして、「学習者参加型評価」に注目が集ま った。「ポートフォリオ」評価は、「学習者参加型評価」の一つであり、ヨーロッパの言語教 育の中では広く使用されている。日本ではやや遅れて 21 世紀に入り、学校教育への「総合 的学習」の導入に伴い、学校現場で注目された(横溝、2002)。そして、日本語教育の世界 でも様々な試みが行われた。しかし、すでに本論文の第 5 章で述べたように「ポートフォリ オ評価」について、挙げられた自己評価に対する信頼性問題は学習者の自律学習を促進する ためには軽視できない。その解決策として、学習者の自己評価の機会を多く与え、そして正 しく自己評価を行うトレーニング以外に、学習者の自己評価と他者評価の併用も考えられ る。また、その学習者による評価の信頼性や妥当性を高めることも不可欠である。そのため に、従来の教師主導による評価と違って、学習指導の一環とする教師による評価を一種の他 者評価として、学習者の自己評価と仲間同士による他者評価と同時に導入する「総合自他評 価」の必要性も考えられる。

本章では、事例研究を通して日本の大学における学部留学生の日本語教育に「ポートフォ リオ評価」、および「総合自他評価」という二つの「学習者参加型評価」を導入する有効性 について分析し検討したい。

第 1 節 「ポートフォリオ」評価について 8‐1‐1 「ポートフォリオ」評価とは

第 5 章ですでに述べたように、「ポートフォリオ」は学習者の学習成果を蓄積して振り返 りに使うファイルである。社団法人日本語普及協会の報告書によれば、日本語教育に影響を 与える「ポートフォリオ」の例として、ヨーロッパ言語ポートフォリオ(European Language Portfolio : 以下「ELP」)がある。ELP は行動中心主義を背景とするヨーロッパ言語共通参 照枠(CEFR)46の理念を現場で役立てるために開発された学習ツールである。その ELP のも つ教育的機能の中心部分となるのは言語学習記録である。言語学習記録は、最初にコース終 了時点の到達目標についての学習契約を結ぶことによって学習を意識化させ、そのプロセ スで週や月ごとのチェックリストを使用し、できるようになったことを書き込んでいく。そ

46 欧州統合の動きの中で人の移動を言語教育の面で保証することをめざし、欧州評議によって作られた複 言語主義・複文化主義に基づく言語学習・評価のための枠組み。

して、このファイルには、学習内容、目標設定、達成の記録、制作物、録音資料、記録写真 などが蓄積される。学習者にとっては、自分自身の詳細な振り返りのための資料として教育 機能を持ち、同時に第三者にとっては、学習の能力を提示する報告機能を持つ。ヨーロッパ 日本語教師会(2005)は、「ELP は言語学習のプロセスを学習者により分かりやすく提示す ることで内省と自己評価の力を育て、自分自身の学習に、より責任を持てるようにする」と 主張している。

8‐1‐2 ELP の特徴

国際交流基金の「ヨーロッパにおける日本語教育事情と Common European Framework of Reference for Languages」調査によれば、ELP の構成には、報告的機能(reporting function)

と教育的機能(pedagogical function)の二つの機能が存在する。その二つの機能が担う役 割は以下のようになっている。

報告的機能

・公的試験で与えられる言語に関する資格を補足するものとして、ELP 所有者の具体的 な言語学習経験、外国語の熟達度、到達度を示す

・学校教育内、学外両方の言語学習を記録する 教育的機能

・複言語主義、複文化主義を促進する

・ 言語学習過程を ELP 所有者に、より分かりやすく示し、自律学習(learner autonomy)

を育成する

ELP は言語パスポート、言語学習記録、資料集の三つから構成される。言語パスポートは、

ELP 所有者の言語に関する資格、Common European Framework(以下 CEF とする)参照レベ ルを基盤とした自己評価や教師を含む他者による評価を記入する用紙である。言語パスポ ートは学習開始時と終了時に記入を行えばよいが、言語学習記録は、ELP 所有者が学習目標 を設定し、自己の学習過程を観察し、重要な言語学習、異文化経験を記入する用紙であり、

学習期間中に一定のペースで記入していくものである。言語学習記録は、内省学習を重視 し、教育的観点から見た場合、ELP の中心的な役割を担っているものである。最後に、資料 集は、学習内容のまとめ、プロジェクトワーク、教師からのフィードバックなどを保管して いくものである。言語パスポートや言語記録に記入してある言語学習、文化学習において達 成したこと、経験したことの記録を保管していくことができる(国際交流基金 2005)。

そして、ELP の質や妥当性、透明性が判断される認定基準は以下のようになる(Council for Cultural Cooperation 2000a,p.2 & Language Policy Division 2004, pp.3-4 より国

際交流基金報告書訳)。47

・ELP は、複言語主義および複文化主義を促進するツールである ・ELP は、その学習者の所有物である

・ELP は、正規の学校教育かどうかに関わらず、学習者が習得した言語的および文化的能 力、経験を評価する

・ELP は、自律学習を促進するツールである

・ELP は、学習者が言語学習過程を観察する助けとなる教育の機能、言語熟達度を記録す る報告的機能、両方を兼ねそろえたものである

・ELP は、CEF 参照レベルを基盤とする

・ELP は、学習者の自己評価(通常教師の評価と併用)と教育関係当局および試験期間に よる評価を奨励する

・ELP は、ヨーロッパで認識および理解されるための最低限の必要な要素をそなえる ・ELP は、ある一連の ELP 学習者が生涯を通し所有できる。また、学習者の年齢、目的、

環境に応じ、そのニーズを満たせるものを提供する

8‐1‐3 大学の日本語教育における「ポートフォリオ」評価

日本語教育の分野でも「ポートフォリオ」に対する注目度が増しているが、現場では未だ に試行錯誤の部分が多い。聖田(1996)はポートフォリオを通して、教師と学習者の会話に よって学習者の内省を促し、自分の学習についてより深く自覚するための事例研究を行っ た。また、斎藤他(2000)は大学の自律学習支援システムにおいて「ポートフォリオ」を活 用した。この二つの研究について、「ポートフォリオ」は学習者のためではなく、指導者で ある教師が指導の手がかりとして使用していたと思われる。2000 年代に入り、川村(2005)

は大学の留学生の作文授業で「ポートフォリオ」評価を実施した。その授業内容やフォロー アップインタビューによる調査の結果から、学習スタイルによって、学部留学生の内省活動 が積極性・自律性の促進につながる学習者とそうでない学習者がいると報告している。ま た、船橋(2005)は、大学の学部留学生を対象に会話授業において「ポートフォリオ」評価 を実施した。他にも「ポートフォリオ」評価による事例研究が数多く行われている。その多 くは、学習者の自己評価などにポートフォリオ評価の仕組みを利用し、結果的に「ポートフ ォリオ」評価がその学習者の自律的学習能力を高めるのに有効であると報告している。

しかし、ヨーロッパ日本語教師会(2005)は、「ポートフォリオ」評価について、一般的 にあげられる課題の一つには、自己評価に対する信頼性の問題がある。ELP についてもこの

47 ELP の認定基準は国際交流基金の報告書の翻訳文を引用した。

点が懸念され、学習者、教師双方が自己評価を正しく行えるためのトレーニングが必要であ るという報告がされている」と指摘している。自己評価は「ポートフォリオ」評価の核心で ある。その自己評価が正しくできるということは自分自身の学びに対する深い内省を通し て課題を見出し、その解決のための適切な学習方法を選択できるということであり、つま り、自律的学習能力の向上に直結する非常に大切な要素である(社団法人日本語普及協会、

2009)。これに対し、里見(2011)は、海外の大学における語彙学習の授業で「ポートフォ リオ」評価を実施し、教師や学習者同士によるフィードバックが学習者の自律的学習能力を 高めるのに有効であると報告した。

第 2 節 事例研究 5

本章では、以上の先行研究を踏まえ、日本の大学における学部留学生の日本語授業に「ポ ートフォリオ」評価を導入する有効性、また、学部留学生の仲間同士による他者評価も同時 に行うことによって「ポートフォリオ」評価の核心である学部留学生の自己評価にどのよう な影響を与えるのかについて、以下の日本語授業の事例研究を通して観察し、分析した。

8‐2‐1 研究対象

研究対象は、東京都内某私立大学における 2012 年度後期の「口頭表現」を受講する 9 名 の学部留学生である。全員経営学部の 1 年生で、日本語上級レベルに達している。具体的に は女性 5 名、男性 3 名、国籍は中国 3 名、韓国 5 名である。

8‐2‐2 授業内容

授業内容は以下のようにまとめてある(表 8‐1)。