第7 回CPC 平成17 年7 月20 日(水)
第6 回CPC 平成17 年5 月18 日(水)
先人の跡を師とせず先人の心を師とすべし。 この言 葉は赤痢菌の発見者、志賀 潔先生が昭和25 年、当時の金 沢大学結核研究所に書き残されたものである。私たち後 輩は、新しい研究・診療機器を手にして、先人を凌ぐ成 績を効率よくあげているわけだが、常に先人の心に思い を致し、謙虚に研究、臨床を進めたいものである。
学問を続けないと取り残される。 医師という職業は、
常に勉強し続けないとすぐ集団から取り残される。学会 発表や診療中に、先輩の言っていること、していること は少なくとも10 年以上かけて身につけたものだろう。そ れを思えば一度くらい見聞したのみでは遅れてしまう。先 輩は翌日からも進化し続けているのだ。
前項の続きになるが、学術集会には出よう。 教室か ら離れると年に5 〜 6 回は地方会や研究会に演題を出し、
発表もするが、次の段階は7 〜8 回出席だけとなる。その あとは 1 回おきになり、やがて顔をみせなくなる人が多 い。少し分かりにくい内容でも、やがて分かってくるか ら出席したいものだ。そのままだとさらに取り残されて しまう。
一度入院しよう。 患者さんの気持を知るには実体験 が必要だ。そこで私は定年前に人間ドックに入った。医 者の不養生、紺屋の白袴、髪結いの乱髪、などの批判か ら逃れるためもあったが、とにかく一度だけ入院してみ たかった。本人としては年齢なみに正常だろうとの思い で気楽な2 泊3 日だった。しかし、はっきりとした病名を 告げられたり、手術の日を告げられて天井の模様を眺め ている患者さんは気楽どころではないだろう。研修医は 何でもいいから入院体験をすべきだ。
患者さんには安心してもらいたい。 医師としては採 血などの検査結果では異常所見の方が診断上で気になる が、一方、正常値を患者さんに伝えないことがある。「血 糖値は正常でした」ただそれだけを告げるために病室へ 行く。患者さんの喜びはまた一入のようである。ベッド の中で採血の結果はどうだったか? 待っているのである。
4 つの H。 先輩から学んだこと:医者らしい人格と は、1. 物分かりがよい、 2. とっつきやすい、3. こだわら ない。医師に必要な4 つのH とは、1. Humility :謙虚、 2.
Honesty :正直、 3. Humanity :人間性、 4. Sense of Humor : ユーモアの精神、とある。いずれもよくわかる。
問診から診察、説明まで。 医師はまず既往歴から聞 き始めるが、その前に診察室の扉から前の椅子に腰掛け
るまでに、患者さんの歩き方や態度を観察し問診に入る。
既往歴とは患者さんの過去と現在を結ぶ大切な情報で、
現病歴は現在そのものである。自分の思い込みに合わせ て誘導質問をしてはいけない。次に診察や検査から診断 への根拠を得る。診察のコツのひとつとして 視、打、
聴、触診において左右を比較すると参考になる場合が多 い(心・肝など例外もあるが)。次に未来すなわち予後を 推定し、具体的な治療方針へ進む。途中で患者さんとそ の家族に病状の説明をすることになるが、この時はナー スも同席し、分かり易く、医学用語や外来語はできるだ け減らす。
ここで注意すべきは患者さんや家族の理解度である。
私の経験だが87 歳のおばあさんが心不全で入院、下腿に 浮腫があり指で抑えるとその部分がはっきり陥没する。
呼吸も苦しそうである。家族には現況を説明し、「お見舞 いにはたびたび来てください、これはご本人にとって何 よりも良い治療ですから」と付け加えた。好物を聞くと
「梅干と海苔の佃煮」と答えた。「それは塩分が多いので 病気に良くないですよ、むくみがとれませんから」と本 人と家族に十分に説明し、「これからは病院の食事だけで すよ」で全員納得した。家族が帰ったあと、栄養部に減 塩食を依頼した。数日後のこと、家族が見舞いに来て置 いていった物、即ち風呂敷包みが気になる。ナースが調 べたところ、中は、おばあちゃんの好きな漬け物各種で、
それを深夜おいしそうに食べていたそうだから驚いた。要 は家族が何もわかっていなかったのだ。これで全身に浮 腫が増強して死亡、病院の管理が悪いとされ、テレビで お辞儀、マスコミの一斉フラッシュではたまらない。も う一度よくお話して病院食のみを守ってもらったら、胸 のあたりはすっかり楽になり足の浮腫も消えた。同様の 話で糖尿病で入院した上司にケーキを持っていって、ど えらく叱られたという間の抜けた話もある。医者の常識 は必ずしも患者さんおよび家族の常識と思ってはいけな い。花束もそうだ。最初は窓際、やがて患者さんのベッ ドに近づき花で囲むに至っては患者さんの命運自ずから 定まるというものだ。
薬師寺棟梁の言葉。 薬師寺金堂の再建にあたり、全 国から多数の宮大工が集まったことはよく知られている。
その時親方が言ったそうである。「一意専心親方を乗り越 えることを工夫せよ、これは匠の道だ」と、医道も同じ だ。先輩を乗り越える気構えで毎日研修してほしい。医
名誉教授・泌尿器科学 津 川 龍 三
先輩から研修医へ
師の場合は「匠」のみではすまないが、棟梁と宮大工た ちの心意気を持ってほしい。
ホンダ技研でのやりとり。 新エンジン開発にあたり、
本田社長はこれでビッグスリーと並ぶことができると言 った。それに対し若い人は、「自分らは会社のためにやる のではない、社会のためにやるのだ」と反発した。心意 気や良し。基礎・臨床研究にあたり、やる気が出る。
親孝行はまず親の死亡年齢を健康で超えることにあ る。 私の父は軍医で満州事変(1931)から始まり、中 国各地、ジャワ、チモールまで行ったらしい。余談だが 日本軍の戦死者は直椄戦闘による戦死より伝染病や飢餓 による戦病死の方が多かった。父は敗戦時内地にいたが、
マッカーサーの公職追放で国立病院を辞し内科を開業、
それらの疲れか66 歳で心筋梗塞で死亡した。兄も私も70 を超えた。墓は小立野にあるので近くで見守ってくれて いるように思える。
親が子を思う心は子が親を思う心に勝る、親は千里を 往くとも子を忘れず、墓に布団は着せられず。 少しち がうが 親は苦労し 子は楽らくをし 孫は乞食とある。いず れもよくわかる。親の意見と冷や酒はあとになるほど効 いてくるというのもある。また、親に反抗ばかりしてい た者は、将来自分の子に手ひどく反抗されることになる。
人間万事塞翁が馬。 人生を送る中ではこれで良しと 思っていても、案外逆の結果を齎す場合があり、決まっ たものではないという話である。私にとっては癒しの諺 として、しばしば助けられているのでご紹介したい。
昔、中国の国境近くに一人の老人が住んでいた。ある とき彼の馬が逃げて胡の国へ行ってしまった。人々が慰 めると、老人は「これがまたどんな幸いにならぬでもな い」と言って平気でいた。すると2、3 カ月して、その馬 が胡の駿馬を引き連れて帰ってきた。人々がそれを喜ぶ と老人は「これでとんだ災いにならぬものでもない」とい う。しばらくすると老人の子が馬から落ちて足を折った。
人々がお悔やみを言うと「これが幸いにならんともかぎ らぬ」と言った。それから1 年ほどして、この地方に胡人 が攻め込んだので、若者がみな徴集され、十中八九戦死 したが、この子は足の怪我から跛であったため徴兵を免 れることができたという諺(准南子 人間訓)である。
(胡:中国西域の国)
とにかく薬が多い。 現在私は老人施設で非常勤なが ら診療しているが時々新規に入院がある。そのとき前医 D 先生の処方のほかC、B、A 先生の処方も少しずつ加わ っているから相当な量の薬が持ち込まれる。なかには1 カ 月分としてデパートの袋で持ち込む家族もおられる。
これは食事の量に匹敵し、薬を食べる結果になってい る。食欲不振の原因になる。老人の自然治癒能力を奪っ てしまうのではないか? どうしても要る薬を残して、あ とはやめた方が良い。私の経験だがDCBA 諸先生の処方
には、種類は違うがいずれも向精神薬が入っていた。入 院以来昼間も寝てばかり、そこでまず一種類をはずした。
次に別の薬 1 日 3 錠を2 錠とした。すると患者さんは昼間 は目をあけるようになった。次はどれをはずそうか考えて いる。
食生活の問題。 朝食は生きるため、昼食は働くため、
夕食は死ぬためというのがある。研修生諸君はキチンと 朝食を食べてきてほしい。昼食は? もしテンヤモノだっ たら、置かれてどれだけ時間が経ったのか? 不安もある。
できればカバンにお弁当など入れて持って来てほしい。緊 急手術前に武士としての腹ごしらえがすぐできる。医師 は常在戦場、あわててパンなど買いに行くのはドジな奴 だ。夕食は食べてバタンキューにならぬよう適当な時間 を作りたいものだ。
今の青年層は将来糖尿病になりやすいという予測があ るが、諸君たちは回避してほしい。シネマコンプレック スへ行くとポップコーンにコーラ、ハンバーガーショップ だと「ポテトチップスにコーラはいかが」とニッコリされ る。考えてもみてほしい。もう糖尿病は目前だ。子供た ちはもっと危ない。
余談だが、現在金沢市の教育委員の関係で学校視察に 行く機会が多いが、2 年前、授業中なのに運動場をうろつ いている児童がいた。あとで校長からの話では両親が離 婚、母は夜遅い仕事、児童が学校へ出かけるころは睡眠 中、当然朝食なし、学校給食のみが唯一バランスのとれ た食事。それを食べに来ているだけなのだとのこと、索 漠たる思いがした。家庭がしっかりしないと子供がダメ になる。教育は学校、躾は家庭なのだ。家庭といっても 本当に充実しているか? を自己チェックする必要がある。
カアチャンは子供の遠足に自分の手でお弁当を作ってい るか? これは親子の絆にも関わるものである。否ならト ウチャンは叱れ。作ってもらわなかった子供がやがて親 になった場合、「お弁当を作ろう」という発想すら湧かな いだろう。とにかく現在は子育てを放棄しているダメ親 が少なからずいるのが残念だ。
論語を読もう。 言うまでもなく、中国春秋時代に生 きた孔子の言葉を弟子たちの口伝えで、漢代にまとまっ たものである。孔子は自分の言葉を弟子や周囲の人、後 世の人がどのように受け取ろうと、それは「任意」とい うことで、押しつけがましくないところが、二千余年を 越えての今日、読む人の琴線に触れるのだろう。研修医 諸君、大いに論語を読もう。(谷沢・渡部 人生は論語に窮 まる PHP 刊 1997.)
医師という職。 人を喜ばそうと努力し、その結果人 が喜んでいるのをみて自分も嬉しいと思えるのは幸せだ。
医者はそれができる職業なのだ。自分がその職にあるこ とに感謝しよう。そして大いに研鑽しようではないか。