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結び

 これまで世界史構成の背景となる理論を考察してきた。その結果、第1章では日本とア メリカ合衆国の「世界史」教科書の構成原理として近代化理論があり、それが多くの問題 点を含んでいることを指摘した。すなわち、ヨーロッパやアメリカ合衆国といった先進国 が近代史の主役であり、歴史の最先端に位置するということ。また日本はそうした先進国 の仲間入りをしたという点で特別な地位を与えられているということ。それとは逆に、第 三世界を始めする大多数の国々は歴史の背後に追いやられ、ネガティヴな存在としてしか 描かれないといったことなどである。日本の「世界史」教育は、系統主義的性格が色濃い ため、こうした歴史構成の原理がそのまま生徒の認識の原理となる。近代化理論を背景に 持つ歴史構成では、現代の国際化した社会には対応できない。

 それに対して、第2章では従属理論と世界システム理論を分析した。しかし第三世界を 歴史の主役に置き、その低開発化への道筋を先進国との対比で見ようとする従属理論は、

近代化理論に代わるモデルとしては欠点が多いことも明らかである。「第三世界から見た」

歴史構成を可能としても、先進国の歴史の役割を否定的に扱い、第三世界の現状の貴任を すべて先進国に帰す。そのためこうした第三世界の「現状」からの回復は、世界規模の資 本主義世界システムからの離脱によってしか成し得ず、世界史はネオマルクス主義的な革 命へと進むべきであるといった価値注入に陥りやすい。すなわち、第三世界を主役にした 歴史構成は可能となるが、逆に先進国や両者の中間に位置する国家が主役とは成り得ない のである。こうした欠点を補い、世界をまさに主役とした歴史理論として、世界システム 理論があった。 しかもこれは従来の「文化圏学習」とは異なり、支配と被支配のダイナ

ミックな世界関係も同時にカバーするものであった。しかしVallersteinの「近代世界シ ステム」は、近代の始まりを16世紀のヨーロッパに置き、世界がヨーロッパによって統 合され一体化していくところがら描き出すため、近代化理論と同じ欠点を有するヒととな

った。

 これらの分析を基礎に、第3章では多元的価値を意識した世界史構成の原理をいくつか 紹介した。これらをモデルとして世界史を構成した場合の概念図が図の3である*1。これ

らの図の横軸は地理的な広がりを表し、縦軸は時間を表している。 (1)と(2)は、従 来の「文化圏学習」に基づいたものである。 (1)は16世紀まで世界の諸領域を文化圏

として扱い、16世紀の「地理上の発見」以来を近代として構成している。また(2)は 近代の始まりを18世紀後半に置き、ヨーロッパを中心とした「列強」によって世界が一 体化していく時点にまで後退させている。しかし両者とも、世界の一体化と近代とを特別 なものとして位置づけ、ヨーロッパ中心の世界史認識を覆すことには成功していない。

  (3)はA.G. Frankのプロジェクトを基にしたものである。点線の内部はヘゲモニーの 移動する領域を表し、18世紀までは複数のヘゲモニー拠点がこの中を移動する。これは、

世界システム理論の持つ世界を主役とするということと、支配と被支配との関係をヘゲモ ニーの変遷によって表そうとするところに特徴がある。最初から世界を一体化したものと して描き、近代と前近代との間の断絶は無い。ヘゲモニーの変遷はユーラシア大陸の中央 から東を中心に動き、最後にヨーロッパから北アメリカに至る。その中で世界の諸地域は 有機的に関係しあい、相互交流を行っている。

 (4)はHodgsonの理論を下敷きにしたものである。外側の実線枠はアフロユーラシア 複合体を表しており、時間とともにそれが広がっていく。このモデルでは、アフロユーラ シア複合体が歴史の主役となり、中世においてはイスラムが中心として位置づけられる。

Frankとは異なり、Hodgsonの場合は近代と前近代との間は完全に断絶している。しかし それは、近代化理論のようにヨーロッパが中心となって世界を一体化していったというの ではなく、世界はすでに一体化されており、ただ質的な転換が起こったのだと見る。いわ ばアフロユーラシア複合体全体としての近代への移行であり、これを大転換期と名づけて いる。このモデルは、主役としての世界が空間的に成長していくという所に特徴があり、

オセアニアやアメリカ大陸などがその中に参入するのはどうしても16世紀以後となる。

そのため世界全てを始めからカバーしょうとするFrankのモデルに比べると、世界史とし ての完成度はやや劣るものと思われる。

 (5)は、次元の異なる複数の世界システムを想定したJ.0.VoUを基にしたモデルであ る。これは世界システム理論の概念を拡張したもので、資本の蓄積や交換を中心としたシ ステムの他に、 「社会倫理的シンボル」としてのイスラムを仲立ちにした世界システムを 想定している。近代以後、 「資本主義世界システム」が我々の生活の中心を占めているの に対して、イスラムという異なるシステムの存在を畢起することによって、ヨーロッパ中 心主義を相対化したものと言えよう。しかし、実際に歴史構成するためには、このモデル では二つの異なるシステムを並列させて描くこととなり、混乱をまねくおそれがある。

 (6)は「地域世界」を設定することによるモデルである。それぞれの「地域世界」は

今までの「文化圏」とは異なり、相互に交流可能な流動的なものとして表される。そして それらの間にある「文化交流圏」が仲立ちとなり、交流はより活発なものとなる。ユーラ シア大陸の中央はそれぞれの「文化交流圏」で表され、東と西を結び付ける独自な領域を 表現している。また、原田智仁の理論に基づき19世紀末をもって世界の一体化としてい

る。 (3)〜(5)のモデルとは異なり、これは世界そのものが「諸地域」の集まりとし て表現される。 「東アジア文化圏」と「アメリカ文化圏」、また「オセアニア文化圏」の 間の「文化交流圏」は、今後の研究によってより明らかにされるであろうが、現在はそれ ほど明確ではない。このモデルでは、「文化圏学習」の特徴である「諸地域」の文化的独 自性が、他のモデルよりも強調されることとなる。異なる文化的な特質には優劣がなく、

すべてが相対化される。と同時に、相互の地域的交流に着目することによって支配と被支 配のダイナミックな関係にも留意している。

 しかし、現代に至って世界が一体化するという構成はヨーロッパ中心主義を弱めるもの ではない。世界の一体化はヨーロッパを中心とする諸列強の植民地分割によって完成し、

それ以前は世界は分裂したままだったというのでは、現代が歴史のゴールとなってしまう からである。歴史の到達点における位置が、それぞれの国家の価値を決定してしまう。第 三世界の立場にある国家は、歴史のゴールにおいて第三世界という位置に置かれることと なるのである。それまでの華々しい文化的伝統も、歴史的役割も、こうしたゴールの前に 立っては意味を半減させてしまう。その意味では、現代も歴史の経過点に過ぎないのだと いう立場が必要である。先進国や第三世界といった意味づけを相対化させるのは、現在と いう地点を相対化させることに他ならない。現在も歴史の中の一地点であり、通過する経 過歪なのだという見方である。この見方に近いものは、 (3)〜(5)に掲げたそれぞれ のモデルであろう。これらはすべて、世界をあらかじめ一体化したものとして想定してお

り、歴史の動きが過去から変化を繰り返し、現代もまた変化する可能性を持ったものとし て描いているからである。

 しかし「現在」が過去と同じく相対化され、今生きている我々もその中の一部に過ぎな いといった見方は有効なのであろうか。現代社会を特徴づける科学技術の進歩や生活の利 便性などは、過去のどの時代にもなかった特別なもρではないのか。歴史を単に静的な時 間の流れの中に位置づけてしまい、進歩や発展、世界の急速な一体化なども、循環史観の ように生態的に扱うことがはたして正しいのか。このような疑問は当然おこるであろう。

近代と前近代との違いをHodgsonは「加速化」(acceleration)という言葉で表現している

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