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第 3 章 統合失調症者の社会機能に陰性症状が与える影響

3.1 研究 1 体験症状因子と感情表出因子が社会機能に与える影響のモデル化

3.1.5 考 察

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たことが伺える.Greenら52)の先行研究によると罹患期間は24.2年±11.3と本研究の対象 者と大きな差は認められないが,陽性症状の重症度を示すBPRSの1項目あたりの平均得 点は,先行研究では2.2であったのに対して,本研究では0.87と陽性症状の得点が大幅に 低い傾向にあった.よって,本研究の対象者は慢性期の統合失調症者の中でも,陽性症状 が軽度であり,幻聴や妄想などがあったとしても陽性症状から一定の距離をおける対象者 が中心であったことが考えられる.これらのことから,本研究のパスモデルは統合失調症 者の中でも慢性期にあり,陽性症状が軽度である群を対象とした結果を示しているという ことが言える.

2)先行研究と仮説モデルの関連および本研究の新規性について

本研究では対象者の社会機能を予測する上で認知機能と動機付けが重要な役割を果たす ことが示された.そして,本研究の結果は,Quinlan ら 57)の陰性症状が社会機能に与える 影響をモデル化した先行研究と同様,二重経路モデルを示していた.この研究では能力(個 人が最適な環境で発揮できる能力82))⇒社会機能と体験症状因子⇒社会機能の二重経路モ デルが示されている.認知機能は,本人の能力と強い関連を示すということが報告されて おり8),認知機能がLASMIで測定した社会機能に直接的な影響を与える因子であるという ことは容易に想像できる.また,認知機能と同様にセルフケアや趣味活動,対人関係など を含む社会参加に対する動機(どれだけこれらの活動を行いたいと感じることができるか)

が社会機能に対して重要な役割を果たすことが示された.

さらに,本研究では思いや意志などの感情表出を含むコミュニケーション上の表現力の 程度が社会的な行動に対する動機付けを損なうということと感情表出因子⇒体験症状因子 のパスは認知機能と別個に社会機能に影響を与えているということが明らかになった.感 情表出因子の一つである感情鈍麻は表情やジェスチャーなど非言語的な感情表出の障害で あり,会話の貧困は発話量・流暢性など言語的な感情表出の障害である.状況に合った感 情表出ができないことは,他者との情緒的な関係性を損なうだけでなく,他者からの誤解 を生み,対人的な失敗を経験させる.これら社会的な失敗体験は社会参加を含む社会的な

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行動に対する動機づけを損ない,就労やセルフケアを含む広範な社会機能の障害につなが る可能性がある.

3)仮説モデルから得られた心理社会的治療への示唆

感情表出因子の障害が重度になれば,それに伴い,思いや意志を含む感情表出が上手く いかなくなり,結果的に社会的な行動に対する動機づけを阻害する.そのため,心理社会 的治療を行う際の言語的,非言語的な感情表出を促す支援・サポートは社会的な行動への 動機づけを高め,社会機能を改善させる可能性がある.医療職として,対象者の気持ちや 思いを傾聴することは当然の支援だと思われるが,特に,対象者への支援については支持 的精神療法89)のように対象者の表出を促し,サポートすることが社会的な行動に対する動 機づけを高める可能性がある.安田ら90)の対象者への援助に関する質的な研究では,訪問 看護師の援助技術の一つとして,対象者が気持ちを打ち明けられる存在となるようサポー トし,現実的・具体的な行動へと導入することを挙げている.地域で生活する対象者の支 援に向けて,まずは思いや気持ち,意志など感情表出をサポートすることが現実的かつ具 体的な行動へ対処しようとする動機を醸成する可能性を示唆する.また,Travelbeeは,思 考や感情を言葉で伝えることが孤立感を減らし対人的なかかわり合いを増やすようになる と言及している91).本研究で得られた結果は,これら経験的に得られた支援技術を量的に 明らかにしたものと考える.

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