第2部 研究
4.4 考 察
本研究では,作業者の職業的自尊心がその人の安全行動をとる意思を支えるという職業 的自尊心–安全行動意思モデルに組織的公正と情緒的コミットメントが及ぼす効果を加え た拡大版モデルを検討し,有効性が確認された。
組織的公正が職業的自尊心と情緒的コミットメントを促進する効果が検証された。また,
組織的公正は安全行動に関する主観的規範を支えていた。
業務推進意欲の技量工夫因子に対して,職業的自尊心と情緒的コミットメントの両方が 促進効果を示した。一方,職業的自尊心が業務推進意欲の作業予定厳守因子を抑制していた のに対し,情緒的コミットメントから促進効果が見られた。作業予定厳守因子は安全態度の 個人行動重視因子を抑制する効果があるために,安全行動の阻害要因になりうる。
4.4.1 仮説およびモデルの検証
組織的公正から職業的自尊心に対する促進効果
構造方程式モデリングの結果から,組織的公正が職業的自尊心を促進する効果が検証さ れた。職業的自尊心に対する促進効果については,組織的公正の認知は「所属組織が公正さ という社会的価値を実現している」という認知を生じさせ,所属集団についての自尊心が生 成される。本研究の対象者がすべて組織成員であったことから,所属集団についての自尊心 を中核として自分の職業全般に対する自尊心を持ったと考察される。
組織的公正が情緒的コミットメントを促進する効果も確認された。情緒的コミットメン トへの促進効果については,組織的公正の認知はその組織に所属していることの心理的利 益と一致することから,組織への愛着や一体化が促進されることは了解される。情緒的コミ ットメントに比べて職業的自尊心への効果が小さかったことは,組織的公正が職業的自尊 心に対して部分的促進効果をもつという仮説を支持していると考えられる。
職業的自尊心と情緒的コミットメントの関連
職業的自尊心と情緒的コミットメントには,組織的公正の影響を制御しても相関関係が みられた。職業的自尊心が職業の主観的な価値認知であるのに対し,情緒的コミットメント
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は組織に対しての情動的なつながりである。対象は職業と所属組織というように異なるが,
同じ仕事環境に対する肯定的な感情を伴う概念であることから,相関関係が見られたと考 えられる。
職業的自尊心および情緒的コミットメントから業務推進意欲と安全態度に対する効果 構造方程式モデリングの結果から,職業的自尊心が業務推進意欲の技量工夫因子を促進 し作業予定厳守因子を抑制する効果が検証された。情緒的コミットメントでは,技量工夫因 子と作業予定厳守因子への促進効果が見られた。安全態度の個人行動重視因子に対する総 合効果をみると,職業的自尊心が強く促進し,情緒的コミットメントは弱く促進していた。
効果の様相には,業務推進意欲に対する効果,安全態度に対する直接効果,業務推進意欲か ら安全態度への効果,およびそれらの合算である総合効果があるので,それぞれについて検 討する。また,職業的自尊心と情緒的コミットメントが安全行動意思に及ぼす影響について も考察する。
業務推進意欲に対する効果 なぜ職業的自尊心は業務推進意欲の技量工夫因子を促進し,
作業予定厳守因子を抑制するのか。職業的自尊心が高い場合は,職業的自尊心の源である職 業価値をより実現したいと動機づけられる。なぜならば,自己についての自尊心と同じく,
自らの職業についての自尊心が高い状態は快であり,作業者は快方向に志向性を持つ。職業 的自尊心が高い状態は職業価値に自覚的であることを内包し,職業価値の自覚は高いレベ ルでの職業価値実現を促すからである。職業価値の実現にあたって技量工夫意欲が刺激さ れる理由は,技量工夫の対象が仕事そのものであることにあると考えられる。作業予定厳守 因子の場合は,それによって実現される価値は仕事そのものではなく,仕事の進行である。
組織にとっては重要な価値だが,それによって仕事の質が損なわれる可能性があれば職業 価値の実現を阻害する要素ととらえることができる。その場合に職業的自尊心による抑制 効果が働くことは了解できよう。業務推進意欲の作業予定厳守因子を抑制する効果は職業 的自尊心の重要な特徴である。
また自律性の観点から考察すると,技量工夫因子は自律性が高い動機づけである(研究 1)。Deci & Ryan(1995)は自己についての自尊心について,自律性の充足が自尊心の獲得 につながるとしており,自律的な業務達成努力は自己についての自尊心を高めると考えら れる。一方,作業予定は外部から与えられる拘束性の強い要素であるために,作業予定厳守 因子は本質的に作業者の自己決定に依拠せず,自律性が低い外発的動機づけと考えられる。
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観測項目「本音を言えば,仕事は質よりスピードだ」が示すように,作業予定厳守因子は仕 事の質や過程への軽視を含んでいることから,自律性の充足を阻害し,ひいては自己につい ての自尊心の獲得を妨げることが考えられる。これら自己についての自尊心に基づいて考 察される現象が本研究において職業的自尊心の効果としてみられたことは,自己について の自尊心と職業的自尊心の関連を示唆していると思われる。
一方,組織への同一化と関与を示す情緒的コミットメントは,組織の存続と目的遂行を是 とする態度を内包している。業務遂行において技量工夫をすることは組織の目的遂行に沿 うものであり,情緒的コミットメントが高い場合に技量工夫意欲は促進される。また,情緒 的コミットメントは作業予定厳守因子に促進効果が見られたが,作業者が作業予定厳守を 優先する仕事のやり方を組織の目的達成の手段と受け止めているならば,促進効果がみら れることは妥当と思われる。
安全態度に対する直接効果 安全態度の 2 つの要因に対する直接効果は,職業的自尊心が 個人行動重視因子を促進する効果のみがみられた。情緒的コミットメントが個人行動重視 因子を抑制し,システム重視因子を促進するという仮説は支持されなかった。
安全態度の個人行動重視因子の観測項目群は産業現場で望ましいと考えられる作業者の 態度を表しており,回答の平均は高得点であった。職業的自尊心が個人行動重視因子に対し て促進効果を持っていたという結果は,作業者が自分自身の認知・行動を安全に配慮したも のにすることが職業価値の実現に沿っていたためと考えられる。一方,情緒的コミットメン トは個人行動重視因子に影響を及ぼさなかった。組織への愛着や同一化が自分の安全態度 を良好にすることと結びつかないという結果からは,作業者が受け取っている組織の価値 観すなわち組織文化において安全態度が推奨されていない可能性が考えられる。この点は,
組織文化の測定とともに検討することが必要だろう。
安全態度のシステム重視因子は,「安全管理の主体は組織・上司・設備やシステムにある」
という態度であり,回答の平均得点はほぼ中庸であった。職業的自尊心と情緒的コミットメ ントはともに安全態度システム重視因子に影響を及ぼしていなかった。安全が組織システ ムによって担保されるとする態度は,システムへの信頼ないし責任の委託に基づいており,
職業価値や組織への愛着から直接に促進されていないことは了解できよう。
業務推進意欲から安全態度への効果 業務推進意欲から安全態度への効果は顕著であった。
業務推進意欲の技量工夫因子は安全態度の個人行動重視因子のみを強く促進し,システム
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重視因子には影響がなかった。作業予定厳守因子は個人行動重視因子を強く抑制し,システ ム重視因子を促進していた。
技量工夫因子は自律的な動機づけであり,同じく個人の自律的な態度である個人行動重 視因子と強く結びついていた。この結果は,自律性という観点において業務推進と安全態度 という異なる要因が一人の作業者の中で協同しうることを示唆していると考えてよいだろ う。他律的な動機づけである作業予定厳守因子は作業予定を優先させる態度を含むが,これ を全うするためには作業予定厳守に関わらない自己投資は少ないほど望ましい。よって,作 業予定厳守因子が個人行動重視因子を強く抑制し,システム重視因子を強く促進したとい う結果は了解できる。
安全態度に対する総合効果 安全態度の個人行動重視因子に対する総合効果をみると,職 業的自尊心は強い促進効果を与えており,情緒的コミットメントは弱い促進効果を与えて いた。これは,両要因が業務推進意欲の技量工夫因子に対してはともに促進効果を持ってい た一方で,作業予定厳守因子に対しては職業的自尊心が抑制し,情緒的コミットメントが促 進するという異なる効果を持っていたためである。
職業的自尊心と情緒的コミットメントは,一人の作業者の中で心理的な意味が異なって いた。この結果は,職業的自尊心の性質を示唆している。すなわち,職業的自尊心はその職 業や仕事の社会的価値という組織目的以外の基盤をもっているために,作業者の態度や行 動を内的な価値基準に従う方向に,あるいは自律性の充足を求める方向に向かわせる。一方,
情緒的コミットメントは所属集団への愛着と同一化という親集団的な基盤を持っているた めに,集団の目的達成に沿って態度や行動を方向付ける,と考えられる。
安全行動意思に及ぼす影響 安全態度の個人行動重視因子が安全行動意思に対する促進効 果は強く,システム重視因子の促進効果は弱かった。これは自律性の高い意欲に支えられた 態度が行動意思に結びつきやすいためと考えられる。また知覚された制御可能性の主体的 行動因子を介した間接効果の有無を考えると,「安全管理の主体は自分自身だ」と思う個人 行動重視態度をもつ作業者では「自分は安全行動がとれる」と思う制御可能性の主体的行動 因子が高まっていたが,「安全管理の主体はシステムや組織だ」という態度は「自分は安全 行動がとれる」という認知と関わらなかった。これは,自分の外界への働きかけの能力を知 覚するには,まずその力を発揮する場面に意識が向けられなければならないためと考えら れる。主体的行動因子は行動計画理論から想定されたように安全行動意思を高めていた。