第2部 研究
3.1 研究 1 の目的
研究1では,職業的自尊心が安全行動意思を促進するという仮説を検討した。産業現場 で強い生産圧力のもと,作業者は安全行動をとることと生産目標を達成することの間で 葛藤にさらされている。それでも多くの作業者が安全行動をとりつづける心理メカニズ ムとして,自らの職業に誇りを持っていること,すなわち職業の社会的価値とその実現を 社会から負託されていることの認知が職業を評価する態度となり,安全行動意思の生起 を促していると考えられるからである。
職業的自尊心から安全行動にいたるメカニズムを分析する仮説として,職業的自尊心 が安全態度に促進効果を持ち,安全態度が安全行動意思および安全行動を導くという安 全行動の要因モデルを設定した。なお,本研究では質問紙法を用いて,各要因について回 答者の主観的評価を求めた。安全行動要因を分析モデルに投入するためには,行動が実行 されたことを測定する客観的に指標が必要だが,本研究ではそのデータは扱わなかった。
よって,本研究における仮説を職業的自尊心–安全行動意思モデルとした(Figure 3-1)。
Figure 3-1. 職業的自尊心–安全行動意思モデルの概念図。
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3.1.1 職業的自尊心–安全行動意思モデル
職業的自尊心–安全行動意思モデルは,職業的自尊心が業務推進意欲と安全態度を介して 安全行動をとろうという意思が促進されるという仮説を示している。計画行動理論(Ajzen, 1991)を援用して,安全行動の先行要因として安全行動意思を設定し,安全態度とともに安 全行動に関する主観的規範,安全行動の知覚された制御可能性が安全行動意思の形成を促 すとした。
職業的自尊心は,業務を高いあるいは期待される水準で遂行しようという業務推進意欲 を促進するであろう。この仮定は,自己についての自尊心が高い人は自己価値を高めるよう な行動に対してモチベーションを持つという知見に基づく(Kaplan, 1975)。よって,業務推 進意欲を要因モデルに加えた。なお,本研究では業務推進意欲を,作業者が自分の責任と裁 量において果たすべきととらえている日常的な業務の遂行に関するものとする。
意欲は態度に影響を与える(Gagne & Deci, 2005; Omoto & Snyder, 1995)。よって,業務推 進意欲は安全態度になんらかの影響を与えていると考えられる。しかし,業務推進意欲が安 全態度を促進すると一意に仮定することはできない。生産目標の達成と作業予定の厳守は,
組織成員としての労働義務であり仕事の責務の一環である。作業者はこれらの行動を実行 している。しかし,これらの行動がしばしば安全行動の実行を阻害している実例が多くの産 業現場でみられる。一方で,不安全な業務遂行は,災害を生じた場合にはその仕事が社会か ら負託された職業価値を損ねる。よって,職業価値を実現するという業務推進意欲は安全な 業務遂行を志向させるだろう。業務推進意欲が安全態度をどのように促進するか抑制する かは,探索的な検討課題とした。
3.1.2 計画行動理論
生産効率を求める圧力のなかで,安全行動は正のフィードバックが認識されにくく,おろ そかになりがちである。行動に先行する要因を検討することと,介入などによる行動変容を 提唱している計画行動理論は,「行うことの利益は理解されているが,同時に,行うことの 不利益あるいは行わないことの利益が認識されやすい行動」の分析に効果があると考えら れる(Ajzen, 2017)。
計画行動理論とは,個人がある行動を実際に起こすまでの過程仮説である(Ajzen, 1991;
Fishbein & Ajzen, 2010)。計画行動理論は,行動の実行に先行して行動しようという意思が生
成されることを前提としている。望ましい行動が実行されない場合,行動意思が生成されて
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いない,あるいは意思の生成を阻害する要因があると考える。行動意思を導く要因として当 該行動についての肯定的な態度,主要な他者が持つと行動者が主観的に感じている規範,当 該行動についての知覚された制御可能性を設定している。
Singer et al.(2001)は1980年以降のスポーツ心理学研究をレビューし,態度,主観的規
範,行動の知覚された制御可能性の3要因で行動意思の分散の40―60%が説明されると述 べている。行動の先行要因の予測力の検討に計画行動理論が用いられている研究領域は,公 衆衛生(有馬・矢山・三上・谷川・嶺岸・田中・千崎・大石・荻原,2010; Martin, Usdan, Nelson, Umstattd, LaPlante, Perko, & Shaffer, 2010; Sieverding, Matterne, & Ciccarello, 2010),交通行動
(Choocharukul, & Fujii, 2007),災害リスク関連行動(大友・広瀬,2007),職場の安全態度
(Jeffries,2011) などである。
職場の安全行動についても作業者個人の安全行動に肯定的な態度,職場における安全行 動の主観的規範,職場での安全行動について知覚された制御可能性が,行動意思に先行する と考えられる。作業者がもつ職場での安全行動の主観的規範とは,職場で安全行動が支持・
評価されるという認知である。安全行動について知覚された制御可能性とは,職場で自分が 安全行動をとることができるという知覚である。
本研究では計画行動理論を援用し,安全行動意思に先行する要因として,安全行動に肯定 的な態度,職場における安全行動の主観的規範,職場での安全行動について知覚された制御 可能性を設定した。
まず,予備調査1,予備調査2において,モデルの要因を測定する尺度を作成した。
先行研究の知見から観測項目を検討し,質問紙調査を実施して項目を特定した。次に,
本調査では,予備調査で作成した尺度を用いて質問紙調査を実施し,職業的自尊心,業 務推進意欲,安全態度,安全行動の主観的規範,安全行動について知覚された制御可能 性,安全行動意思を要因とする職業的自尊心–安全行動意思モデルの妥当性を構造方程 式モデリングにて検討した。
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