第 2 章 研究課題
2.3. 考察: 定義とパラダイムの対応
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制が実行機能であり資源を消費する処理であれば,実験条件の成績は統 制条件を下回る。Roman et al.(2009)の実験では,通常の検索経験パラ ダイムを実施した統制条件と検索フェーズに二重課題を課した実験条件 の検索誘導性忘却を比較したものであった。抑制が競合低減を目的とし た実行機能であれば,二重課題時には抑制,つまり検索誘導性忘却が消 失するという仮説であった。実験の結果,二重課題条件では検索誘導性 忘却が示されず,彼らは,抑制が競合低減を目標とした実行機能によっ て働いている考えを支持する結果と結論している。
しかし,この結論には議論の余地が残されている。抑制理論では手が かり再生の遂行に抑制が必須と考えている。抑制が二重課題により阻害 されれば,検索フェーズでの手がかり再生は失敗することが予測される。
このため,実行機能によって抑制が制御されているのであれば,二重課 題条件では手がかり再生率が低下するはずである。しかし,彼らの実験 において検索フェーズの手がかり再生率は二重課題条件と統制条件の間 に差が認められていない。つまり,実験の結果は両条件とも抑制が働い ていることを示しており,抑制が実行機能ではないことを示唆している と解釈できる。したがって,Roman et al.(2009)の結果は,Munakata et al.(2011)やMiyake & Freidman(2012)の抑制が実行機能の直接的な機 能ではないという知見を実験的に支持したものと考えられる。
これらのことから,抑制のメカニズムを検討するためには,抑制が実 行機能であると仮定することで生じる前提を除いて検討する必要がある と考えられる。
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概念の曖昧さがあると指摘している。概念の曖昧さは実験手続きとその 解釈にも直接影響するものと考えられる。これは抑制メカニズムを検討 する上で議論を複雑にしている可能性がある,そこで,第三の問題とし て,抑制を測定するために用いられる実験手続きと抑制の概念の対応に 関する問題点を挙げる。
これまでの実験課題の多くは,抑制を間接的に測定する課題が多くを 占めている(cf; 順向干渉課題,検索経験パラダイム)。これらの課題で は,先行する試行において抑制されたと考えられる情報に対してテスト 試行でアクセスを求める。その反応時間や再生率に反映されるアクセス 可能性あるいは活性化が,抑制を受けない情報にアクセスする統制条件 に比べて低下することを以って間接的に抑制の証拠とみなす。これは同 時に,抑制されたと考えられる条件と統制条件間で差が認められない場 合,抑制は起こらなかったと解釈することを意味している。
例えば,順向干渉実験の一つであるA-B/A-Cパラダイムでは,アイテ ム A とアイテム Bの連合学習をおこなった後に,アイテム A とアイテ ムCの連合学習をおこなう。この後,アイテムAを検索手がかりとして アイテムCの再生を求める。そして最後にアイテムAを手がかりに,ア イテムBの再生を求める。この課題では,学習時にはアイテムBとアイ テムCが共にアイテム Aと結合されワーキングメモリ内に維持される。
しかし,アイテムCの再生を求められたことで,アイテムCが課題関連 情報となり,アイテムBが抑制により排除される。そのため,後続のア イテムBの再生率はアイテムCに比べ低下すると考えられている。
ただし,間接的に抑制を測定する実験手続きにおいて,アクセス可能 性の低下を抑制の証拠とみなすためには,ある前提が成立する必要があ ると考えられる。それは,従属変数の測定に先行して抑制が働き,その
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効果が後続の測定時点まで持続することである。例えば,先の順向干渉 課題では,先行するアイテムCの想起フェーズ時にアイテムBが抑制さ れ排除される。この抑制の効果はアイテムBにアクセスを求められるテ ストフェーズまで持続していると考えている。このように,これらの解 釈の前提として,理論上抑制による活性化の低下が持続することを想定 しなければならない。
しかし,Hasher & Zacks(1988)の理論においてもAnderson et al.(1994) の理論においても,記憶の脱活性化が持続することは想定されていない。
これに対して,記憶の活性化は,抑制されない場合であっても,ある程 度の時間が経過すると減衰すると考えられている。つまり,抑制されな い統制条件の情報も時間的な経過により活性化は徐々に小さくなる。よ って,統制条件の減衰の程度によっては,抑制される実験条件と活性化 の差が認められなくなることが予測される。仮に抑制の効果が持続する としても,統制条件の活性化の差が検出される程度に維持されている時 間間隔のみに限定して反映されるものと考えられる。
つまり,持続性を仮定して抑制を観察することには二つの限界が存在 すると考えられる。一つめは,抑制メカニズムのタイムコース上のどの 時間を切り取っているのかが不明な点である。反応時間や再生率の差を 抑制が働いた証拠とみなす間接的な測定では,統制条件の活性化が相対 的に高い期間にアクセスを求めた場合に限って抑制の証拠が得られる。
つまり,抑制が働いていたとしてもすでに統制条件の活性化が減衰して いる場合は,抑制が働かなかったと解釈されてしまう。そのため,実験 的に抑制条件と統制条件間に差が認められず,抑制が働かないと解釈さ れたとしても,それは抑制が働いていないのではなく,統制条件の活性 化が減衰してしまった可能性が残っている。
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二つめに,測定された従属変数が必ずしもアクセス可能性の低下を反 映しているとは言い切れないことである。上述のように,間接的な測定 方法では,再生率や反応時間の遅延をアクセス可能性の低下と解釈して,
これを抑制の証拠と考える。しかし,再生率の低下は,常にアクセス可 能性の低下を示していると一意に結論できるものではない。Tulving&
Pearlstone(1966)によると,再生を規定する記憶構造の要因として,ア クセス可能性と利用可能性の二つを挙げている。アクセス可能性は記憶 へのアクセスのしやすさ,利用可能性は記憶痕跡があるかどうかを意味 している。これらの関係は,利用可能性は記憶痕跡の有無であり,アク セス可能性は利用可能性が担保された記憶に対するアクセスのしやすさ の程度についての連続的な概念として解釈できる。再生の場合,ある記 憶が再生できるかどうかは,その記憶痕跡が存在するかどうかにも依存 する。加えて,再生率は,正答数を総刺激数で除した割合が指標とされ るが,実際の反応は再生できたかできなかったかという二値的なもので ある。再生率に反映されるものは,アクセス可能性の低下の効果が再生 に反映されるほどに表れた記憶の割合であり,純粋な効果を反映してい るとは言い切れないと考えられる。
したがって,再生率の低下を指標とした場合,それがアクセス可能性 なのか利用可能性なのかを結論づけることが困難である。そのため,こ れまで抑制及び抑制効果の持続の証拠として扱われてきた再生率の低下 は,活性化の程度ではなく,利用可能性の有無を反映しているとも考え ることができる。実験条件と統制条件の再生率の差が利用可能性を反映 しているとすれば,その現象は記憶構造を変化させるような作用が働い ていると解釈することが妥当であると考えられる。
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