第 3 章 仮説
3.1. 抑制の作用範囲
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る(月元, 2007)。例えば,Anderson& Spellman(1995)ではアクセス可 能性の低下に言及しているが,Anderson & Neely(1996)では利用可能 性の低下に言及している(月元, 2007)。アクセス可能性が記憶の利用し やすさを表している一方で,利用可能性は記憶の有無を表している。つ まり,アクセス性及び活性化は利用可能性が保証されていることが前提 になければ成立しない。利用可能でない状態は記憶が消失している状態 を指すため活性化はしない。抑制を記憶の脱活性化の作用と定義するの であれば,抑制の直接的な働きは利用可能性の消失ではなく,アクセス 可能性が低下することと考えなければならない。したがって,利用可能 性にまで言及するのであれば,活性化の低下が記憶の存在の有無にまで 影響するような過程を別に組み込む必要があると考えられる。
抑制の影響が利用可能性にも及んでいるのかを検討するため,月元・
川口(2006)は単語完成課題による検証をおこなっている。単語完成課 題では,単語を構成する文字の一部を抜き取ったフラグメントと呼ばれ る刺激を提示する。参加者はフラグメントを適切に埋めた場合の単語を 報告することが求められる。例えば,“し_ぶ_し”というフラグメント に対して“しんぶんし”と回答することが求められる。この課題では,
刺激に対してその単語の記憶が利用可能であれば,正しい反応をおこな うことができる。実験の論理は,テストフェーズで単語完成課題を実施 した場合,利用可能性が低下していなければ,Nrp と Rp-の差が認めら れないというものであった。実験の結果,単語完成課題の成績はNrpと Rp-に差はなく利用可能性の低下が否定されるものであった。
また,反応時間により活性化の程度の測定を試みた実験でも,アクセ ス可能性の低下を支持している。再認反応時間を指標とした実験では
(Veiling & van Knippenberg, 2004, Experiment 1),Nrpに比べRp-の反応
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時間が遅いことを報告している。また,語彙判断課題を用いた実験でも
(Veiling & van Knippenberg, 2004, Experiment 2),検索フェーズ直後に実 施した場合において条件間の差が認められている。これらの研究から,
アクセス可能性の低下が起こっていることと,利用可能性は低下してい ないことを示唆している。以上より,抑制の働きをアクセス可能性の低 下と定義することは妥当であると考えられる。
しかしその一方で,持続性に関する研究は,抑制の影響が利用可能性 の低下にまで及ぶ可能性を示唆するものと考えられる。検索誘導性忘却 は比較的長い期間持続することが多く報告されている。検索経験パラダ イムを考案したAnderson et al.(1994)の最初の実験をはじめ,標準的手 続きでは検索フェーズから 20 分の遅延後にテストフェーズがおこなわ れる。この手続きにおいて安定して検索誘導性忘却が観察されるという ことは,抑制の効果は少なくとも20分以上は持続していると考えられる。
さらには,より長期にわたり忘却が示されることが報告されており,丹 藤・仲(2007)とStorm, Bjork, & Bjork(2012)では24時間後や1週間 以上の遅延後にも検索誘導性忘却を見出している。
第2章で挙げたように,このような長期的な忘却の持続をアクセス可 能性の低下から説明することは難しいと考えられる。活性化は一時的で あり時間の経過に伴い減衰すると考えられているため,検索経験パラダ
イムでは Rp-の活性化が抑制により急激に低下し,Nrp の活性化が減衰
により徐々に減衰するはずである。そのため,Nrp と Rp-の差は時間経 過によってベースライン,もしくは活性化されていない状態に収束する ことが予測される。検索フェーズから20分後に語彙判断課題によりアク セス可能性を測定したRacsmany & Conway(2006)では,NrpとRp-の 差が認められないことを報告している。同様に,再認反応時間によりア
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クセス可能性を測定した玉木・内藤(2012)の実験でも,遅延5分で認 められた条件間の差が遅延10分では認められなかった。これらの実験か ら両条件間のアクセス可能性の差は時間経過によって検出されない程度 まで縮小することが示唆される。この予測に反して忘却が持続するとい うことは,記憶のアクセス可能性以外の側面,すなわち利用可能性が抑 制の影響を受けている可能性がある。
これらのことから,記憶検索が競合記憶の脱活性化をしてはいるが,
忘却は単なる活性化の低下のみが原因ではなく,何らかの長期的な記憶 の変化による可能性が考えられる。実際,Anderson(2003)では,活性 化の低下が構造的な変化を引き起こすため,記憶が活性化されづらくな り長期的な検索誘導性忘却につながると論じている。しかし,抑制が記 憶の構造的変化を引き起こすメカニズムまでは言及されておらず,今の ところアクセス可能性と利用可能性への持続時間が異なる理由を説明す る仮説も提示されていない。
そこで,抑制の影響範囲を推定するために,持続性の問題を手がかり とし,テストフェーズで用いられる課題の特徴に焦点を当て,これまで の知見を整理する。課題の処理過程を考えると,テストフェーズで用い られている課題は二つの種類に大別できる。区別される基準は,判断を おこなうために学習したという情報が必須かどうかによる。この区分は,
Tulving のエピソード記憶と意味記憶の区分に対応する。Tulving による
と,エピソード記憶とは,学習時の時空間的情報を伴う記憶であり,意 味記憶はそれ以外の記憶を指す。時空間的情報は文脈情報と呼ばれるこ とから,言い換えると,エピソード記憶は学習時の文脈情報を伴った記 憶であり,意味記憶は文脈情報を伴わない記憶である。
標準的手続きの手がかり再生と再認課題は,学習したかどうかを判断
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するためこれらは学習文脈の情報が必須となる。これに対して,語彙判 断課題では(Veiling & van Knippenberg, 2004; Racsmany & Conway, 2006),提示される刺激が単語であるか非単語であるかを判断する。また,
単語完成課題は(Tsukimoto & Kawaguchi, 2006; Ikier, Yang, & Hasher, 2008),提示されるフラグメントに一致する単語を回答する。よって,単 語完成課題と語彙判断課題では学習文脈の有無が課題の遂行に求められ ることはない。
この違いを考慮すると,持続性に関する先行研究は一貫した傾向を示 している。エピソード記憶のアクセス可能性のみを反映すると考えられ る再認反応時間では,検索フェーズ直後で認められた Nrp と Rp-の差は
(Veiling & van Knippenberg, 2004),検索フェーズ後5分の遅延では再現 されたが,10分の遅延後には消失した(玉木・内藤, 2012)。一方,同じ くエピソード記憶に依存する手がかり再生の再生率と再認課題の正再認 率では,最低でも20分は安定して忘却が観察される。つまり,エピソー ド記憶においてはアクセス可能性の低下は一時的であり,忘却の原因は 記憶の利用可能性によってもたらされている可能性がある。
同様に,意味記憶へのアクセスを求める語彙判断課題では,検索経験 直後では条件差が認められるが(Veiling & van Knippenberg,2004),20 分の遅延後 には検出 されないこ とが報告 されている (Racsmany &
Conway, 2006)。一方,3分の遅延を挟んで実施された単語完成課題では,
Nrp と Rp-の差が認められないことに加えて,学習フェーズで提示され なかった単語に対応するフラグメントに対する正答率よりも高いことが 示されている。つまり,意味記憶に関して利用可能性が低下していない と考えられる。これらをまとめると,標準的手続きに反映されるエピソ ード記憶においてのみ持続性が認められることが分かる。
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しかし,抑制の理論は(Anderson, 2003; Hasher & Zacks, 1988),意味記 憶とエピソード記憶の区分を想定しておらず,これらの効果の持続性の 違いを説明できない。そのため,抑制処理のメカニズムを検討するため には,これらを区分できるような枠組みを導入する必要があると考えら
れる。Tulvingによるエピソード記憶と意味記憶の定義に従い,両者を区
別すると,エピソード記憶は文脈情報を伴った記憶であり,意味記憶は 文脈情報を伴わない記憶でなる。ただし,月元(2007)が指摘するよう に,記憶の特徴は全て想起を通じて観察されるものであるため,意味記 憶とエピソード記憶に関して確実にいえることは,意味記憶は文脈情報 を伴って検索されない記憶であり,エピソード記憶は文脈情報を伴って 検索される記憶ということになる。抑制が,意味記憶へは一時的なアク セス可能性の低下のみを引き起こすのに対して,エピソード記憶では忘 却が持続するほどの効果を示すということは,抑制の結果,記憶が文脈 情報を伴った検索ができなくなってしまうという可能性を示唆している。
つまり,抑制の結果,文脈情報が失われるという記憶構造の変化がおこ っている可能性が指摘できる。
このように考えると,持続性は次のように説明することができる。抑 制は活性化を低下させるために,アクセス可能性もしくは活性化を測定 する課題では,一時的にアクセス可能性の低下が示される。このアクセ ス可能性の低下は,統制条件の記憶の活性化が減衰することで一定の時 間で検出されなくなる。しかし,抑制の効果は,文脈情報を消去させる 働きを持つため,アクセス可能性が収束した後も,エピソード記憶とし て検索することができず結果として手がかり再生率の低下が持続する。
一方,意味記憶課題は文脈情報の影響を受けないため,持続性は認めら れない。