1節 本研究における結果の考察
本研究における仮説は、自閉症児は乳児期に示す感覚異常のために、母子相 互交渉が阻害され、その結果としてアタッチメントの形成が困難であるという
ものであった。結論からいうと、本研究結果により得られた結果は仮説を支持 する結果であり、従来の自閉症児を参加者として行われた研究によって示され た「自閉症児にもアタッチメントはある」 (Dissanayake&Crossley,1996,
1997;Roger s, et aL,1991,1993;Shapiro, et aL,1987;Sigman&Mundy,
1989;Sigman&Ungerer,1984)という結果とは矛盾したものであった。そこ で、過去の研究結果と本研究によって得られた結果の矛盾している点や、本研 究によって新しく示された点をみることによって自閉症児にアタッチメントは あるのかという問題と、アタッチメントと社会性の発達に関して考察を加える ことを本章の目的とする。
〈自閉症児にアタッチメントはあるのか?〉
本研究は、過去の研究のほとんどがStrange Situation法を用いて行われた という問題点をふまえ、アタッチメントQ分類法を用いてアタッチメントの評 価を行った。その結果、Figure 1(41頁参照)に示されているように、自閉症 児のアタッチメント安定性得点は、健常児群と精神遅滞立山と比較して低い得 点であった。つまり、自閉症児は日常生活場面においては、アタッチメント行 動をあまり示しておらず、母親との間に安定したアタッチメントを形成できて いないということが示された。この結果は、自閉症児の母親はあまりアタッチ メントを感じていないというHoppes&Harris(1990)らの研究結果を支持す るものであり、従来の自閉症児を参加者として行われたアタッチメント研究の 結果は支持しないものであった。このような結果が得られた理由としては、用
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いた手続きの違いが挙げられる。
図9(次頁参照)に示したように、Strange Situation法とアタッチメントQ 分類法において観察されるアタッチメント行動は、母親への接近や接触行動、
母子相互交渉行動などであり、方法によって大きな違いはみられない。しかし ながら、それらの行動が観察される文脈は大きく異なっている。Strange Situation法においては、新奇な場面設定において見知らね人(Stranger)が 現われるという乳児にとって非常にストレスフルな状況において観察される。
それに対してアタッチメントQ分類法は日常生活場面という自然な文脈状況 において、アタッチメント行動が観察される。
このように観察される文脈が異なることによって、アタッチメント行動の生 起要因に大きな違いが生じてくることが考えられる。嫌悪的な状況におけるア タッチメント行動の生起要因としては、嫌悪的な状況を少しでも快適な状況に 変化させるという要因が大きいと考えられる。また、非嫌悪状況におかれてい る場合には、アタッチメント行動の生起要因としては母親との相互交渉や他者 との相互交渉においてどの程度強化を受けてきたのかという過去の強化歴が重 要であると考えられる。つまり、Strange Situationにおいて観察されるアタ
ッチメント行動は、母子相互交渉におけるSurvival lnteractionを反映する行 動であり、アタッチメントQ分類によって観察されるアタッチメント行動は
Social lnteractionを反映する行動であると言える。
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Survival Interaction
Strange Situation
探索行動
Strangerとの相互交渉 母親との相互交渉 泣きの程度
接近行動
嫌悪的状況
接触行動
Social Interaction 母親との相互交渉 他者との相互交渉
探索行動
アタッチメントQ分類法
非嫌悪的野況
図9 Strange Situation法とアタッチメントQ分類法の違い
このように考えると、過去の研究においては自閉症児の嫌悪状況における行 動からアタッチメントを評価し、本研究においては非嫌悪状況における行動か
ら評価を行ったという違いがあるのである。この違いが本研究結果と過去の研 究結果が矛盾した大きな要因であると考えられる。本研究においても、Figure 3(43頁参照)、Figure 4(44頁参照)に示されるように、母親がいなくなる
というような嫌悪状況における行動である母親に対する接近行動や接触行動に 関して自閉症児群と比較群の間に差がみられなかった。つまり、嫌悪的な状況 における行動のみをみると「自閉症児にもアタッチメントがある」ということ ができるのである。
しかしながら、Figure 2(42頁参照)やFigure 5(45頁参照)に示される ように、社会的な行動である母子相互交渉行動や他者相互交渉行動に関しては
自閉症児群と比較群との間に大きな差がみられた。アタッチメントの評価を行 う際には日常生活場面における行動観察が非常に重要である(Ainsworth,
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1987;近藤,1993)ということを考えれば、自閉症児にアタッチメントはある とは言い難い。
以上の考察から、自閉症児のアタッチメントは健常児と比較して、安定して いないという結果が得られた。しかしながら、嫌悪状況においては母親に対す る接近行動や接触行動などのアタッチメント行動を示しうることが示された。
〈アタッチメントと社会性の発達〉
過去の研究結果から、Rogersら(1991,1993)は自閉症児の社会性のなさ とアタッチメントは関係がないとしている。しかしながら、アタッチメントQ 分類の下位分類の母子相互交渉行動や他者相互交渉行動に関しては自閉症児群 と比較群との間に大きな差がみられた。この結果はアタッチメントと社会性の なさとの関係を示唆する結果である。
このような矛盾する結果が得られた理由については、前述したようにアタッ チメントの評価方法の違いが挙げられる。社会性の発達は母子相互交渉におけ るSocial Interactionによって促進されると考えられるために、非嫌悪状況に おける行動観察が重要となる。それにも関わらず、Rogersら(1991,1993)
は嫌悪状況における行動観察しか行っていないために矛盾した結果が得られた
と思われる。
しかしながら、自閉症児のアタッチメントが健常児とは異なった処理過程を 経て形成される(Rogers, et al.,1991)のであれば、自閉症児の示す社会性の なさとアタッチメントは関係がないのかもしれない。そこで、自閉症児のアタ
ッチメントの形成に関する問題について考察を加える。
アタッチメントの形成過程については、健常児についても明確な研究はなさ れていない。しかしながら、アタッチメントQ分類の下位分類としては、母子 相互交渉行動、母親への身体接触行動、母親への接近行動、他者相互交渉行動 がある。これらの行動は、健常児の研究においてアタッチメントの形成におい て重要であるとされる行動であり、下位分類と安定性得点との関係を分析する ことによって、何らかの示唆が得られるのではないかと思われる。もし、自閉
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症児が健常児と異なった処理過程を経てアタッチメントを形成するのであれば、
アタッチメント安定性得点と下位分類の得点との関係は、比較群と異なるもの になることが予想される。また、下位分類のなかでも最も社会性に関連してい る他者相互交渉とアタッチメント安定性との関係をみることによってアタッチ メントと社会性の発達との関係がみられると考えられる。
Figure 6(46頁参照)に示すように、自閉症児の下位分類における得点とア タッチメント安定性得点との相関値は有意な比較的高い正の相関を示している。
このことによって、自閉症児は健常児と同様に母子相互交渉や母親への接触な どを介してアタッチメントを形成するということが示唆される。また、他者相 互交渉得点とアタッチメント安定性得点との関係をみると、自閉症出面も比較 群と同様に有意に比較的高い相関が示されている。つまり、自閉症児であって もアタッチメント安定性得点の高い者は他者相互交渉における得点が高い、つ まりは社会性が高いということが示唆される。
さらに、Figure 7(47頁参照)に示されるように母子相互交渉行動と他者相 互交渉行動の得点の間において、自閉症児群は有意な比較的高い正の相関を示
している。この結果のみでは、母子相互交渉行動得点が高いと他者相互交渉行 動得点が高くなるのか、あるいはその逆であるのかについては明確ではない。
しかしながら、乳幼児期における母子関係を改善することによって自閉症児に 特徴的である社会性の障害(Rumsey, et aL,1987)の軽減が可能であるという 示唆は得られたのではないかと考えられる。
そこで、自閉症児のアタッチメント形成を妨げる要因について考察を加える。
〈アタッチメントの形成を妨げる要因〉
本研究では、自閉症児のアタッチメントに関する理論的仮説として、感覚異 常によって母子相互交渉が阻害され、その結果としてアタッチメントの形成が 困難であるという仮説を立てた。その仮説を検証するために、母親に対して乳 児期に示す感覚異常に対するRetrospectiveなアンケートを施行し、アタッチ
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