第 6 章 総括
現在 CO2排出量増加による地球温暖化への懸念,および自動車の衝突安全性向上ニー ズから,自動車用部品に対し高強度化が強く求められている.これらの対応手段として鋼板 のさらなる高張力化と成形性向上,および部品の後熱処理強化が合わせて進められてきた.
後者は様々な焼入強化法が検討されたが,部品強度・部品形状・生産性の観点からホットス タンプ(Hot Stamping:HS)に収斂し適用が拡大している.今後はHS部品の生産性および高 機能化といった観点から,めっき鋼板の適用が拡大していくものと考えられる.
一方 Zn めっき鋼板は従来から建材・家電・自動車用途として広く用いられ,各国・各社に 生産ラインが多く設けられていることから,そのHSへの適用はHS部品の拡大に合わせて必 要であった.課題の液体金属脆性(Liquid Metal Embrittlement:LME)が克服されたことで,
2003年わが国で初めて HS用途への実用化1)2)がなされ,その後自動車部品の軽量化と高 強度化に貢献してきた.一方で Znめっき鋼板 HS時の LMEに関する機構は,現在も研究 や議論が進められており,統一的な見解が提示されていない状況である.
本研究はこのような認識をベースとして行ったものであり,加熱時のめっき皮膜の液体 Zn 生成,成形時のZnの粒界侵入,LMEクラックの発生・伝播という,Znめっき鋼板のHSにお ける一連の LMEプロセスに関して機構解明を試みたものである.またZn とFeの組合せに 限らず LME 現象を統一的かつ総合的に説明する機構が示されていない状況を踏まえ,本 研究では ZnとFeの組合せを取り上げ LME現象を説明するために計算科学的なアプロー チを用いる取組を行った.以下各章の内容について総括する.
第1章では自動車用部品の高強度化技術であるHSについて概説した.その上でHS部 品のスケール対策や耐食性向上を目的として開発・実用化されているHS用めっき鋼板の概 要について述べた.Znめっき鋼板のHS時の課題であるLMEに関し,その概要,実例,機 構を説明した.また本研究の対象である液体 Zn と鋼の組合せの LME が原因で生じる「Zn めっき割れ」,およびZnめっき鋼板HS時のLMEについて,過去の研究例を中心に説明し た.それらの説明を基に本研究の目的, 本論文の構成を記した.
第2章ではZnめっき鋼板として合金化溶融亜鉛めっき鋼板(GA)を用い,HS加熱時のめ
116
っき皮膜変化とLMEクラック発生との関係を論じた.GAを加熱炉温度900 °Cで系統的に 時間を変化させ加熱を行った後 V 曲げを行いクラックの発生箇所を詳細に調べた結果,地 鉄の旧 γ粒界に沿ってめっき皮膜から Znが直接侵入したことを示した.加熱時の最高到達 温度とめっき皮膜の Zn濃度の関係が,Fe-Zn 二元平衡状態図における液相固相二相共存 域内にある場合クラックが発生すること,めっき皮膜に液体Znが存在した痕跡となる高Zn濃 度部を確認したことから,めっき皮膜に生成した液体Znが地鉄のγ粒界に侵入しLMEによ りクラックを発生させたことがわかった.また LME クラックの最大深さが,めっき皮膜の液体 Zn量に対応することも明らかにした.
第3章ではLMEクラックの起点とその伝播機構に関して論じた.LMEクラックの起点は,
めっき皮膜のFe-Zn ferrite粒間と地鉄の旧γ粒界が,めっき皮膜と地鉄界面で一致する幾何 学的条件を満たしていたことから,Fe-Zn ferrite粒間の液体Znがめっきと地鉄の界面に接触 しているγ 粒界に侵入しLMEクラックを発生させたことがわかった.一方で幾何学的条件を 満たした箇所の2〜3割でしかクラックが発生しないことも判明した.このことから液体Znのγ 粒界侵入には例えば粒界性格のような要件を考慮すべきことが示唆された.LME クラックの 伝播に関しては,多くのクラック底部が円弧状でありかつ底部付近に軟質な層状組織が確 認されたことから,成形時にγ粒界に沿ったクラック伝播が停止した後,底部が塑性変形を受 けたことがわかった.これらの結果からクラック伝播がγ粒界先端へ供給される液体Znにより 促進される機構を提案した.
第4章ではLMEクラックにおよぼす成形ひずみの影響について論じた.めっき皮膜に液 体Znが残存する条件下でGAを加熱後,パンチ先端半径を変化させたV曲げを行い,試 料の真ひずみ(以下 ひずみ)を0.04〜0.45と変化させた.ひずみが0.12を境界として低ひず み領域ではクラック底部の地鉄に軟質な層状組織はほとんど見られなかった.一方,高ひず み領域では層状組織が確認された.また低ひずみ領域では最大クラック深さがひずみ量と 相関したが,高ひずみ領域ではひずみ量によらず最大クラック深さはほぼ一定となった.こ の結果から低ひずみ領域でのクラック伝播速度はひずみ量に依存し,高ひずみ領域ではク ラック伝播速度は上限に達し一定となったことがわかった.すなわちLMEクラックの伝播は,
ひずみエネルギーが律速する領域(低ひずみ領域)と,γ 粒界への液体 Zn の侵入が律速す る領域(高ひずみ領域)に分かれることが示唆された.さらに低ひずみ領域ではクラック形成
117
頻度も高ひずみ領域に比べ少なくなったことから,Zn侵入を受けるγ粒界性格によりクラック を発生させるためのひずみの臨界値が異なる可能性が示唆された.
第5章ではLMEそのものである液体金属の固体金属結晶粒界への侵入現象を説明する ために計算科学的アプローチを試みる取組を行った.液体金属と固体金属間の界面エネル ギーが,固体金属の結晶粒界エネルギーを下回ると,液体金属が結晶粒界に侵入するとし たSmithの考え方3)を元に,ZnとFeの組合せについて検討した.具体的にはhcp-Zn/fcc-Fe の界面エネルギー(以下 界面エネルギー)を第一原理計算で求め,文献記載のfcc-Fe結晶 粒界エネルギー(以下 粒界エネルギー)と比較した.界面エネルギーは文献の粒界エネル ギー最大値の約 1.5 倍でありほぼ同オーダーのエネルギーであった.計算結果によれば界 面エネルギー項が粒界エネルギー項を上回ることから,引張応力が印加されないと LME が 起きないという第2章から第4章に記載の実験結果に対して妥当な結果が得られた.一方本 結果を元にLMEによるZnの粒界侵入の可能性を検討した結果,界面エネルギーと粒界エ ネルギーの最大値がほぼ同オーダーの値をとることから,結晶粒界に引張応力が印加され ることで粒界エネルギーが増大し,Smith の式にしたがい粒界溝角度が狭小化することで,
液体Znが固体金属結晶粒界に侵入し得る可能性があることがわかった.
参考文献
1) K. Akioka, K. Imai, S. Sudo, M. Ichikawa and A. Obayashi: Materia Jpn., 51 (2012), 70.
2) K. Akioka, K. Imai, M. Matsumoto, T. Nishibata, N. Kojima, T. Takayama, H. Kikuchi and Y. Yoshikawa: Proc. JSAE Annual Congress (Spring), Yokohama, Japan, 21-11 (2011), 1.
3) C. S. Smith: Trans. Am. Inst. Min. Metall. Eng.,175 (1948),15.
以上