−第一原理計算を用いた hcp-Zn/fcc-Fe 界面エネルギーの評価−
5.1. 緒言
本研究の第2章から第4章ではHSにおけるGAのLME挙動をラボ実験で調べてきた.
それらの調査の結果によれば,LME により地鉄にクラックが発生・伝播するためには,地鉄 の結晶粒界(γ粒界)に液体Znが侵入することが必要条件であることがわかった.それでは液 体Znがなぜ地鉄の結晶粒界に侵入するのか,その駆動力について定量的に解析した例は 少ない.本研究の中でも地鉄の各結晶粒界の粒界性格により,液体 Zn 侵入の難易が異な る可能性が,第3章にて示唆されている.
そこで本章では液体金属と多結晶からなる固体金属の接触界面において,液体金属の 固体金属の結晶粒界への侵入要件を提案したSmithの研究1)をもとに,液体金属であるZn が固体金属の Feの結晶粒界に侵入する要件について検討した.具体的には液体金属と固 体金属の界面エネルギー(以下 Eint)を第一原理計算により求め,固体金属の粒界エネルギ ー(以下 Egb)と比較した.
Smithの提案した考え方1)をFig.5.1を用いて説明する.液体金属と接する多結晶金属粒
界において,Fig.5.1 に示す粒界溝の形成を仮定する.ここで粒界溝は二面角を想定する.
界面におけるエネルギーの釣り合いから,粒界溝のなす角θと,EintおよびEgbは式(5.1)のよ うに釣り合う関係にあると考える.ここで式(5.1)の左辺は最大で 2Eint(この時 θ=0 となる)なの で,式(5.2)が成り立つ場合,液体金属は固体金属の表面ではなく固体金属の結晶粒界に 存在する方が,エネルギーが小さくなるため,液体金属が固体の結晶粒界に侵入すると考 える.
2Eint cos(θ/2)=Egb (5.1)
2Eint ≦Egb (5.2)
本研究の対象とする界面は液体Znと地鉄から構成されることから, EintはZn/Fe界面の
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Fig.5.1 A schematic illustration of the energy balance at the triple point of solid metal grains and liquid metal. LME occurs when the liquid metal/solid metal interface energy becomes lower than the solid metal grain boundary energy.
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界面エネルギーである.Eint を実験により求めるのは困難であることから,第一原理計算によ り評価を試みた.計算の複雑さおよび計算に要する時間を考慮し,計算は絶対零度を前提 として行った.hcp-Zn/fcc-Fe界面のEintを求め, fcc-FeのE gbの文献値と比較し議論するこ ととする.
5.2. 計算方法
hcp-Zn/fcc-Fe界面のEintを現実的な計算時間で求めるためには,扱える原子数が100個
程度でかつ実時間も10-15秒オーダーに制限される.hcp-Zn/fcc-Feの界面を想定する場合,
液体原子の位置はランダムであるため,扱える原子数が 100 個程度では計算上不充分と推 定される.そこで以下の前提をおき,簡略化した界面構造モデルを用いて計算を行った.ま ず絶対零度での固体のhcp-Zn(以下 Zn)とfcc-Fe界面の平均結合エネルギーをEintとした.
平均結合エネルギーを採用した理由は,液体は原子位置が固定されておらず,界面での固 体原子(この場合はFe)と隣接する液体原子(この場合はZn)の位置関係は常に変化すると考 えられるためである.そこで Zn 原子の位置を種々設定し,それらの界面エネルギーの平均 値を第一原理計算で求めて Eintとみなした.求めたEintを fcc-Feの Egb文献値と比較し,液 体Znが結晶粒界に侵入するかどうかを判断した.
計算は以下(i)〜(v)に示した前提条件と手順によった.
(i) 構造が時間的に変化する液体Znは,低温で安定であるhcp-Zn結晶として扱う.Feは LMEが課題となる温度で安定なfcc-Fe結晶とする.
(ii) 界面構造をモデル化するため, Zn層とFe層とがFig.5.2に示すようc軸方向に交互に 積層された超格子を考える.この時,格子定数の異なる hcp-Zn とfcc-Feでは周期性を 持たない非整合界面となるが,数値計算を可能とするため,界面に平行な格子面の格 子定数すなわち a軸およびb軸長が同一長かつ一致するよう超格子を歪ませた.超格 子の中でFig.5.2に点線囲みで示したZn/Fe界面2箇所,Zn層6層そしてFe層6層 を含むc軸方向の周期構造,格子を歪ませてZn/Fe界面で一致させたa軸,b軸方向 の周期構造を計算対象の単位胞として抽出した (Fig.5.3). a軸の格子定数a(Å)にお
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Fig.5.2 The alternately stacked superlattice of hcp-Zn layers and fcc-Fe layers.
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Fig.5.3 A schematic unit cell of the hcp-Zn/fcc-Fe superlattice and the interface used in this study
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いて歪んだ超格子の形成エネルギー Etotal(a) を計算する.このとき a 軸に垂直な c 軸 の格子定数も変化させ,形成エネルギーの最小値をEtotal(a)とする.
(iii) hcp-Znおよびfcc-Feの歪エネルギーを補正するため,(ii)と同様にa軸の格子定数a(Å) におけるhcp-Znとfcc-Feのバルクの形成エネルギーEZn(a)およびEFe(a)をそれぞれ求 める.(ii)と同様にa軸に垂直なc軸の格子定数を変化させ,各結晶の形成エネルギー の最小値をEZn(a)およびEFe(a)とする.
(iv) (ii)および(iii)の計算結果を用いてhcp-Zn/fcc-Fe界面のEint(a)を下式(5.3)から求める.
Eint(a)=Etotal(a)−EZn(a)−EFe(a) (5.3)
Etotal(a)を求める場合の原子数と,EZn(a)と EFe(a)をそれぞれを求める場合の原子数を一
致させる.
(v) hcp-Zn/fcc-Fe 界面において,fcc-Fe 表面のFe 原子と接する Zn原子は様々な位置を 取り得ると考えられるので, Fe原子と Zn原子の相対的な配置を Fig.5.4 に示すように 変化させ,各位置のEint(a)を求める.
計算は第一原理計算ソフトウェア VASP を用いた 2)~5).VASP は各元素に応じた擬ポテン シャルを用いて,価電子の波動関数を平面波基底で,シュレディンガ方程式を行列形式で それぞれ表し,行列の固有方程式を解くことで波動関数を求め,各原子に加わる力を計算 するプログラムである.原子位置の最適化のため,任意の位置で各原子に加わる力をシュレ ディンガ方程式を解くことで求め,共役勾配法に基づき各原子を力の方向に少し移動させ,
再びシュレディンガ方程式を解くという手順を繰り返す.その過程を通じて系の形成エネル ギーが最小となる構造とその形成エネルギーが求められる.初期構造の選び方によっては,
エネルギーが最小とならず極小となるエネルギーで計算が収束する場合があるため,計算 結果によって初期構造を選び直した.また fcc-Fe は高温で常磁性であり,スピンはランダム に配置するが,第一原理計算ではこの取扱いが難しく反磁性として扱われることがあることか ら,本計算では当初は反磁性として計算した.しかし極小値で計算が収束したりしなかったり したので,常磁性を近似する方法の一つである非磁性として計算を行った.計算精度は
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Fig.5.4 A schematic illustration of relative atomic positions of Zn atoms and Fe atoms at the interface between Zn layer and fcc-Fe layer.
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cut-off エネルギーとk点の数で定まる基底の数に依存しており,誤差がほぼ0.01eV以下と
なるように,cut-off エネルギーを 277eV,k 点を 15×15×2 とした. VASP で fcc-Fe および hcp-Znで安定なa軸長を計算した結果,fcc-Feはa=2.425 Å となり,hcp-Znはa=2.610 Å と なったことから,a軸の格子定数の範囲は,a=2.425〜2.610 Åの範囲で変化させて計算を行 った.
5.3. 計算結果
5.3.1. 超格子の形成エネルギー計算結果
格子定数a が2.500 Åの場合,超格子の総c軸長が超格子の形成エネルギーEtotal(2.5) におよぼす影響を Fig.5.5 に示す.なおここでの総 c 軸長とは,Fig.5.5 の横軸に記載のよう に,hcp-Zn/fcc-Fe超格子において,Zn 層6層分とFe層 6層分からなる超格子の総c軸長 を示している(Fig.5.3 参照).まず総 c 軸長が約 27 Å 強にて超格子の形成エネルギー
Etotal(2.5)が最小値をとることがわかる.また通常の原子間ポテンシャルのように,エネルギー
が最小となる総 c 軸長より短い総 c 軸長で急速に原子間の反発量が増大し,Etotal(2.5)は増 大する.なお Fig.5.5中の矢印で示したプロットは,それを挟んだ総 c 軸長の大きい側と小さ い側のプロットに比べてわずかに大きな値を示した.本プロットにおける計算結果は,形成エ ネルギーが最小値ではなく極小値の構造に計算が収束した結果であることを付記する.
5.3.2. 歪んだ hcp-Zn および fcc-Fe バルクの形成エネルギー計算結果
格子定数aが2.500 Åのバルクのfcc-Fe 6層分の形成エネルギー(EFe)と,格子定数aが
2.500 ÅのZn 2層分の形成エネルギー(EZn)におよぼす総c軸長の影響を計算した結果を
それぞれFig.5.6およびFig.5.7に示す.形成エネルギーにおよぼすa軸長の影響を計算し
た結果をEFeについてはFig.5.8に,EZnについてはFig.5.9に示す.fcc-Feではaが2.425 Å,
Znはaが2.610 Åの場合,形成エネルギーはそれぞれ最小となった.
5.3.3. Zn/Fe 界面エネルギー計算結果
Fig.5.4に図示したfcc-Fe原子位置に対し,Zn原子を相対的に異なる位置とした場合の超
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Fig.5.5 Formation energy of the Zn/fcc-Fe superlattice corresponding to the six layers of Zn and fcc-Fe as a function of total c-axis length of the Zn/fcc-Fe superlattice.
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Fig.5.6 Formation energy of fcc-Fe lattice corresponding to the six fcc-Fe layers as a function of total c-axis length of the six fcc-Fe layers.
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Fig.5.7 Formation energy of Zn lattice corresponding to the two Zn layers as a function of total c-axis length of the two Zn layers.
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Fig.5.8 Formation energy of fcc-Fe lattice corresponding to the six fcc-Fe layers as a function of total a-axis length of fcc-Fe lattice.
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Fig.5.9 Formation energy of Zn lattice corresponding to the two Zn layers as a function of total a-axis length of Zn lattice.
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格子の形成エネルギーを,a 軸長を任意に変化させて計算した.具体的には,Fig.5.4 にお けるZn原子位置がnormal,S1,S2にて,a軸長が2.425, 2.445, 2.500, 2.550, 2.610 Åの場 合の形成エネルギーをそれぞれ計算した結果を Fig.5.10 に示す.この結果と,EFe (Fig.5.8 参照)およびEZn(Fig.5.9参照)の計算結果を式(5.3)に代入してEintを求めた.Zn/Fe界面エネ ルギーEint(a)におよぼす超格子のa軸長の影響をFig.5.11に示す.Fig.5.11からZn原子が Fe原子に対して相対的に離れているnormalとS2でのEint(a)が低く,相対的に近いS1で高 いことがわかった.また同じ原子位置であれば, a 軸長が大きいほど形成エネルギーが小さ くなった.Fig.5.4に示したZn原子位置APにおける計算結果はFig.5.11で比較していない が,APとS1はほぼ同じ計算結果であった.超格子のa軸長が3通りのケースで他のZn原 子位置(normal,S1,S2, AP)における計算結果と合せてTable 5.1で比較した.Zn原子が相 対的にFe原子に対して近いS1と,Fe原子の直上にZn原子が位置するAPでの計算結果 を比較すると,ほぼ同等の形成エネルギーであることがわかった.
5.4. 考察
Fig.5.10 で示したように,界面エネルギーは超格子の a 軸長が大きいほど小さくなる傾向
にあった.これは界面に平行な結晶軸の格子定数が大きいほど界面の Feと Znとの原子間 距離が小さくなり,Zn とFeの原子間の金属結合が強くなるためと考えられる.液体金属およ び固体金属の界面では原子間は自然長を保つと考えられる.そこで液体のZnとfcc-Feの界 面エネルギーは,様々な相対的位置にあるZn原子とFe原子間の界面エネルギーの平均値 と仮定し,この平均値と fcc-Feの粒界エネルギーの文献値を比較する.なお比較しやすくす るため,Fig.5.11の結果を単位面積当たりの界面エネルギーに再計算した結果をFig.5.12に 示した.Fig.5.12の結果とTable 5.1に記載した結果を含め,a軸長が2.425〜2.610 Åの範囲 で求めたZn/Fe界面エネルギーEintの平均値は約1.1 J/m2となった.得られたZn/Fe界面の Eintとfcc-Feの粒界エネルギーEgbについて以下にて比較する. Shibutaらは分子動力学計 算を用いて fcc-Fe の一般粒界に近い高角対称粒界の粒界エネルギーを求め,最大約 1.6 J/m2であることを示した 6).この数値は前記Eintの平均値の約 1.5倍となった.この結果を元 にEint および Egbについて以下比較を行った.Eintの平均値を約1.1 J/m2とし,Egbは文献6)
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Fig.5.10 Formation energy of Zn/fcc-Fe superlattice corresponding to the six layers of Zn and fcc-Fe superlattice as a function of a-axis length of Zn/fcc-Fe superlattice.