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ホットスタンプにおける合金化溶融亜鉛めっき鋼板の 液体金属脆性 (LME) におよぼす成形ひずみの影響

ドキュメント内 著者 ?橋 克 (ページ 72-96)

4.1. 緒言

第 2 章と第3章では Znめっき鋼板として合金化溶融亜鉛めっき鋼板(GA)を用いて,HS に相当する加熱後,V曲げ成形を行う実際のHSを模擬した実験を行った.使用したV曲げ 金型のパンチ先端半径は0.5 mmであり(Fig.2.2),V曲げにより付与された試料の真ひずみ

は0.45 と加工度の大きな条件であった.HSは様々な自動車用部品に適用されてきており,

その部品毎に加工度は異なるものの,Znめっき鋼板のHSにおける加工度すなわち成形ひ ずみが LME クラックにおよぼす影響について系統的に研究された例はない.HS 部品の品 質の観点で,Znめっき鋼板の HSにおける成形ひずみが LMEクラックの発生・伝播におよ ぼす影響について知見を得ることは重要であると考えられる.

Nicholasらは1)液体GaによりAl単結晶に発生するLMEクラックの伝播速度が,加工時

のひずみ速度に相関する例を示している (参考文献 1) Fig.3).したがって Zn めっき鋼板の HS の LME における成形ひずみの影響について調べることは,LMEクラック発生の観点で HS 部品に適用される加工度限界把握のための検討に留まらず,特に LME クラック伝播速 度におよぼすひずみ速度の影響といった観点でも有益であると考えられる.

そこで本章ではめっき皮膜に液体 Zn が残存する条件でGA を加熱後,パンチ先端半径 を変化させたV曲げ成形を行い,試料の真ひずみを0.04〜0.45の範囲で変化させた試験を 行った.試料に発生した LME クラックの深さ・幅の測定とクラック周辺の金属組織解析を行 い,HSにおけるLMEクラックにおよぼす成形ひずみの影響を調べたので報告する.

4.2. 実験方法

鋼板は第2章,第3章と同様の板厚2.6 mmのGAを用いた.鋼板の試料調整,加熱,V 曲げ成形は第2章と同様の方法で行った.本章では成形ひずみがLMEクラックにおよぼす 影響を調査するため,加熱および成形時の温度が包晶反応温度よりも高温でかつめっき皮

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膜に液体Znが残留する条件として、加熱炉温度として900 °C,加熱時間として180 sを選択 した.V曲げ成形時の金型のパンチ先端半径(以下rとする)を0.5, 1.5, 3.0, 8.0, 10, 15, 25,

30 mmと変化させた.成形に使用した金型の模式図をFig.4.1に示す.本章の実験ではダイ

ス寸法は変えずパンチ先端半径 r のみを変化させたので,r がより大きいパンチを使用する ほど成形時のストローク長は短くなった.また成形速度は第 2 章に記載の条件である 100 mm/s から変えていないので,成形開始から下死点までの時間は,パンチ先端半径rが大き くなるほど短くなっている.このように成形条件を変化させた際に,試料に付与された真ひず みを第2章と同様の方法で調査した.すなわち予め鋼板試料にビッカース圧痕を付与し,成 形前後の圧痕の変形差を計測し真ひずみを求めた.

試料の調査も第2章と同様の方法で行った.すなわち試料は切断,樹脂埋め込み,断面 研磨と順に行い,試料のV曲げ外側面を,走査型電子顕微鏡を用いてその反射電子像(以 下 BSE像)と二次電子像(以下 SEM像)を撮影した.まず断面研磨を行ったままの試料の BSE像を撮影した.撮影は試料のV曲げ外側面の中央部を挟んだ曲げ部の長さ約6 mm について行った.その後断面研磨試料をピクリン酸でエッチングしてから金属組織を観察し た.めっき皮膜と地鉄の界面および試料に発生したクラック周辺の地鉄のビッカース硬さ測 定を行った.荷重は0.03 kgf (0.294 N)とした.また第3章にて行った金属組織解析,LMEク ラック数,めっき皮膜と地鉄界面における特徴点・長さの計測も,一部試料にて行った.なお r が 0.5 mmの試料は第2章で使用した加熱時間180 sの試料と同条件で作成したもので あり,かつ調査解析を行った試料も同一であることを付記する.

4.3. 実験結果

4.3.1. 成形ひずみがクラック深さ・幅におよぼす影響

パンチ先端半径rを変化させ成形した試料の加熱時間,最高到達温度,成形開始温度お よび V 曲げ頂部で測定した真ひずみを Table 4.1 に示す.最高到達温度は 885 °C 〜

892 °C の範囲で,成形開始温度も 784 °C〜799 °C の範囲であり,包晶反応温度である

782 °Cを上回っていた.またrが大きいほどV曲げ部の真ひずみは小さくなった.次にrを

変化させた試料のV曲げ外側面のBSE像をFig.4.2 に示す.rが0.5 mmの試料ではめっ

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Fig.4.1 Schematic illustration of the hot V-bend test.

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Table 4.1 Experimental conditions upon heating and hot stamping

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Fig.4.2 Cross-sectional BSE (backscattered electron) images of the tip-surfaces of V-bent specimens heated for 180 s.

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き皮膜の厚さを上回るクラックが地鉄に発生しており(Fig.2.3参照),rを1.5 mm, 3.0 mm, 8.0

mm, 10 mmと順に大きくしてひずみを小さくしても,クラック頻度と深さは共に小さくならなか

った.一方rの増大によるひずみの減少を反映してクラック幅は小さくなった.またクラック底 部の形状もrが0.5 mmの試料で見られる円弧状から,通常LMEに関する文献等でみられ る稲妻状に変化した(参考文献2)写真4参照).第3章で説明したrが0.5 mmの試料で生じ たクラック底部で成形時に塑性変形が生じたことがこの結果からも良く理解できる.パンチ先 端半径rをさらに15 mm, 25 mm, 30 mmと大きくすると,クラック幅は小さくなりクラック頻度と 深さも減少した.ただしrが最も大きい30 mmの試料においても,クラックは地鉄に発生して いる様子が確認された(Fig.4.2 (h)中の矢印参照).これらの現象を明確にするため,各試料 についてめっき皮膜と地鉄界面から地鉄に発生したクラック深さおよび幅を計測した.計測 はクラック深さが5 μmを超えるものに限定した.クラック深さおよび幅の定義はFig.2.7に示し た通りである.得られたクラック深さ測定結果とrの関係をFig.4.3に示す.図中の●は最大ク ラック深さを示す.深さが5 μm超から100 μmを超えるクラックが発生した.Fig.4.3で見られ るように,最大クラック深さはrを0.5 mmから10 mmまで変化させても110〜120 μmの範囲 にあり大差がなかった.さらにrを15 mm, 25 mm, 30 mmと大きくすると最大クラック深さは減 少する傾向となり,Fig.4.2の断面観察結果と対応した.次にクラック幅とrの関係をFig.4.4 に示す.図中の●は最大クラック幅を示す.クラック幅は数 μmから200 μmに近いものが観 察された.Fig.4.3に示した最大クラック深さの傾向とは異なり,rに対する最大クラック幅の変 化は,rの増大とともに徐々に小さくなる傾向が見られた.ここでFig.4.3の最大クラック深さと

Fig.4.4の最大クラック幅を,試料のV曲げ中央部で測定した真ひずみとの関係で整理した

結果をFig.4.5に示す.最大クラック深さは真ひずみを0.45から0.12まで小さくしてもほとん

ど変化しないが,最大クラック幅は徐々に小さくなった.真ひずみを0.12より小さくすると最大 クラック深さと幅は共に減少する傾向が見られた.

4.3.2. 成形ひずみがクラック周辺部の金属組織と硬さにおよぼす影響

第3章では金属組織解析とLMEクラック数の計測,めっき皮膜と地鉄界面の特徴点の観 察・分類を通じて,LMEクラックの挙動を考察した.これら特徴点と界面長さに関する模式図

をFig.3.1  とFig.3.2に示した.本章でも成形ひずみすなわちパンチ先端半径rの影響を,

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Fig.4.3 Changes in the tested specimen crack depth as a function of punch tip radius.

Numbers in the figure designate the maximum crack depth. Closed marks show the maximum crack depth, whereas open marks indicate the respective depth of cracks that penetrated the metal substrate.

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Fig.4.4 Changes in the tested specimen crack width as a function of punch tip radius.

Numbers in the figure designate the maximum crack width. Closed marks show the maximum crack width, whereas open marks indicate the respective width of cracks that penetrated the metal substrate.

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Fig.4.5 Changes in the maximum crack depth and crack width of the tested specimens as a function of measured true strain. Numbers in the figure designate maximum crack depth and width respectively. Closed marks show maximum crack depth, whereas open marks indicate maximum crack width.

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同様の手法で解析した.解析に用いた特徴点と界面長さの定義を以下に再掲する.観察範 囲はV曲げ外面側の中央部を挟んだ曲げ部長さが約6 mmのめっき皮膜と地鉄の界面であ る.

“L”  「液体Zn痕跡部」

液体Znが存在したと考えられるFe-Zn ferrite粒間の隙間

“A” 「クラック侵入起点」

地鉄に発生したクラックの起点

“B”  「一致点」

界面で旧γ粒界と“L”が一致するが,クラック発生がない点

“Z” 「Zn侵入点」

“B”の一部でクラック発生はなく開口していないが, “L”から旧γ粒界にZnの侵入が観察

される点

“R” 「界面長さ」

加工後のめっき皮膜と地鉄の界面長さ

上記の特徴点と界面長さを計測した結果をTable 4.2に示す.パンチ先端半径rの増大に 伴い,界面長さ“R” が増加した.これはrが大きいほどクラックの開口幅が小さくなることから クラック幅が占める割合が小さくなり,その結果クラックが発生していない部分の幅の占める 割合が相対的に大きくなることを示している. LME クラック侵入起点である “A”点と, Zn 侵入点“Z”およびLMEクラックが生じる条件を満たしながらクラックが発生しなかった一致点

“B” の計測結果を同一表内に示す. パンチ先端半径rが0.5 mmから10 mmまでの試料 では,クラック侵入起点“A”とZn侵入点“Z”の数に大差ないが,rが15 mmから30 mmの試 料で両方の点数は大きく減少し,一致点“B”もやや増加したことが判る.Table 4.2 では各試 料で界面長さ“R”が異なることから “A”,“B”,“Z”の各点数の多少を比較できないため,界 面単位長さあたりの頻度として再整理した結果をTable 4.3に示す.LMEクラックが生じる条 件を満たす特徴点の発生頻度を示す(“A” +“B”)/“R” は,r が増大してもさほど変化しなか った.一方でZnが旧γ粒界に侵入した特徴点の頻度を示す(“A” +“Z”)/“R”は,パンチ先端

半径rが10 mmから15 mmへと大きくなると半減した.LMEクラックが生じる条件を満たす

特徴点に対し,実際に旧γ粒界にZnの侵入が見られた特徴点の割合を示す (“A” +“Z”)/

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Table 4.2 Number of characteristic points at the Zn-coating/metal-substrate interface of respective cracked specimens. See Fig3.1, Fig.3.2 and Fig.3.9 for nomenclature.

(bent portion of 6 mm width)

"Z"

s mm - μm mm pts pts pts

180 0.5 0.45 108 4.19 32 7 56

180 3.0 0.25 121 4.88 28 10 47

180 10 0.12 110 5.46 39 7 55

180 15 0.08 65 5.79 15 3 66

180 25 0.05 70 5.92 12 6 75

180 30 0.04 46 5.89 15 3 78

Heating time in combustion

furnace

Pucnh tip radius

r

Maximum crack depth

Total length of "R"

Number of chracteristic points

True Strain

"A" "B"

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Table 4.3 LME-cracking frequencies at the Zn-coating/metal-substrate interface of cracked specimens. See Fig.3.1, Fig.3.2 and Fig.3.9 for nomenclature.

s mm - pts/mm pts/mm

-180 0.5 0.45 21 9.3 44%

180 3.0 0.25 15 7.8 51%

180 10 0.12 17 8.4 49%

180 15 0.08 14 3.1 22%

180 25 0.05 15 3.0 21%

180 30 0.04 16 3.1 19%

Heating time in combustion

furnace

Pucnh tip radius

r

True Strain

("A"+"B") /"R"

("A"+"Z") /"R"

("A"+"Z") /("A"+"B")

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(“A” +“B”)も, パンチ先端半径rが10 mmから15 mmへと増大することにより半減した.す

なわちrが10 mmから15 mmに大きくなることで,最大クラック深さと旧γ粒界にZnが侵入

した特徴点,加えて旧γ粒界にZnが侵入し得る幾何学的条件を満たす箇所の中で,実際に γ粒界にZn侵入が生じた特徴点の割合が共に減少したことがわかった.

第3章ではr が0.5 mmの試料に発生したLMEクラックの底部が円弧状を呈することを

報告した.クラック底部で引張方向に伸びた層状組織が見られたこと,クラック底部の硬さが クラックの側壁部に比べて小さかったことから,クラック底部がマルテンサイト変態に先立ち塑 性変形を受けたことを明らかにした.今回の試験ではパンチ先端半径rを大きくすることで成 形ひずみを小さくしたため,クラック底部の塑性変形挙動が異なることが予想された.そこでr が0.5 mm, 3.0 mm, 10 mm, 30 mmの試料について,Fig.4.6に示す箇所,すなわちめっき皮 膜と地鉄界面直下とクラック底部の地鉄,加えてクラック先端部先の地鉄のビッカース硬さを 測定し比較した.またクラック周囲とクラック底部付近の地鉄の金属組織を観察した.V 曲げ により試料に付与された真ひずみは,パンチ先端半径rが接触した鋼板のごく限られた箇所 での測定値であるが,今回の観察部位全体が受けた成形ひずみを示す値と仮定して検討を 進めた.Fig.4.6に図示した部位のビッカース硬さの測定結果をFig.4.7に示す.まずFig.4.6 にて“Metal-side interface”で示されためっき皮膜と地鉄界面の地鉄側の硬さにおよぼす成 形ひずみの影響を検討する.結果を Fig.4.7 中に○プロットとして示した.真ひずみが最も大

きい 0.45 の試料のビッカース硬さの平均値は 488 であったが,ひずみが小さくなるとともに

463 まで漸減した.なおこの部位には成形による顕著な塑性変形は付加されていないと考え られる.したがって硬さが小さくなった理由としては,r の大きな試料ほどダイスとの接触圧が 小さく,結果冷却速度が緩慢となり焼入れの程度が小さくなったか,Ms 点以下の冷却速度 が緩慢となり,いわゆる「自動焼き戻し現象」が生じたか 3),のいずれかによると推察される.

一方“Crack bottom”と示されたクラック底部とクラック先端部の先の地鉄の硬さの測定結果を

Fig.4.7中に△プロットとして示した.真ひずみが最も大きい0.45 の試料でその平均値で425

と,めっき皮膜と地鉄界面のそれより顕著に小さくなった.しかし成形ひずみが小さくなるとと もに硬くなり,真ひずみが 0.25 と0.12 の試料で450 程度にまで硬化した.クラック底部での 地鉄の軟化は,クラック底部が受けた塑性変形の影響を受けているものと考えられることから,

真ひずみが0.25の試料ではクラック底部の塑性変形の度合が,真ひずみ0.45の試料に比

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