第1節 就学における3点の課題へのまとめ
本研究においては、障害のある子どもの就学が当事者にとってどのような経験があった かということを、それぞれの生活背景を併せて分析を行うことで、当事者の就学の実際を 描き出すとともに、障害のある子どもの就学について問い直しを行うことを目的として研 究を行った。本章では、語りの分析を通して明らかになったこと、そこから導き出された 新たな知見について述べ、本研究のまとめを行う。
まず初めに、現在の障害のある子どもの就学における3つの課題を整理し、当事者の語 りから明らかになったことをまとめる。先行研究から出された障害のある子どもの就学に 関する 3 つの課題とは、「保護者に就学後の学校生活へのイメージがなく、就学してか ら問題が顕在化する」、「保育者と小学校教諭の間で、子ども観や発達観が異なるため連 携がとりにくい」、「就学支援ツールの利用が奨励化されることで逆に就学が困難さを示 す」ということである。
1点目の、保護者に就学後の学校生活へのイメージがなく、就学してから問題が顕在 化するという課題について、本研究では母親は学校生活へのイメージはあったものの、就 学後に問題が出現するという結果が見られた。母親は、子どもの就学先について悩みを抱 えていた。それは特別支援学級に関する具体的なイメージを保持していなかったからだと 考えられる。その後、自身の特別支援学級でのボランティア経験を契機として、子どもの 障害特性に合わせた指導が行われているという実際に触れたことにより、特別支援学級へ の就学を決定している。現在、特別支援学校や小学校でも学校見学が行われているが、特 別な行事として実施するのではなく、保護者が通常の授業場面に参加できるような形態で 実施することで、子どもが学ぶ姿を想起しやすいことが挙げられる。
2 点目の課題である、保育者と小学校教諭の間で子ども観や発達観が異なるため連携 がとりにくいことについては、本研究では、連携について保育者や小学校教諭から互いの 子ども観などの差異について語られることはなく、この課題については明らかにはならな かった。しかし、母親の語りに、保育者と小学校教諭の対応方法の違いが現出した。保育 者は自らの話を聞き相談に乗ってくれる存在であったのに対し、小学校教諭は助言してく れる相手であった。平成20年改定の保育所保育指針では、「保育士等が一生活者としての 視点や感覚を持ちながら毎日を営む中で、家庭や地域社会と日常的に十分な連携をとり、
一人一人の子どもの生活全体について互いに理解を深めることが不可欠」とされている。
保育者には、保護者の隣に並び立ち連携をとる中で、互いに理解を深めることが求められ
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ている。小学校には保護者に対する関わりが明文化されたものはなく、文部科学省のホー ムページに保護者対応に関する項目が見受けられるのみである(文部科学省,2009)。そこに は保護者からの苦情対応マニュアルが掲載されており、保育者に求められている内容とは 一線を画する。保育者と小学校教諭の対応の違いは、保育所・小学校というそれぞれの保 育・教育の場で実施されてきた保護者支援の方法と言える。
3点目の就学支援ツールの利用が奨励化されることで逆に就学が困難さを示すという 課題に関して、本研究でもツールが使用されたにもかかわらず、実際の就学では実体のな い連携に留まっていた。対象児の就学では、母親作成の就学支援ファイルと保育者作成の 就学支援シートの2つのツールが使用されていた。小学校教諭からは、支援ツールからの 情報が授業準備に活かされたことが語られている。しかし、対象児に登校渋りが見られた 際に、保育者と小学校教諭の間で、問い合わせや相談は全く行われていなかった。この背 景には、ツールを使用し連携を取っていたが、保育者、小学校教諭それぞれが匿名性を保 ち、形式的なやりとりに終始していたことが考えられる。本研究の事例は、保育所幼稚園 から小学校の就学には、単にツールを使用して情報伝達するだけでは伝わらない事象が存 在することを示唆している。
122 第2節 当事者の就学の経験
次に、それぞれの当事者に、就学においてどのような経験があったかということについ てまとめを行う。
ユウキ君からは小学校が楽しい場所でなかったことが挙げられた。保育所時代には、友 人と遊ぶことが楽しい時間となっていたようであるが、B小学校就学後は、交流学級での 学習も行えず、特別支援学級に同級生もおらず友達と呼べる存在が皆無であった。
母親のサチコさんからは、多くの就学準備をしたにもかかわらずユウキ君の就学がスム ーズにいかなかったことが挙げられた。また、マユミさんはじめ保育所の職員に非常に丁 寧な保育を受けたという印象であり、就学後にはユウキ君の障害特性に適した方法による 教育を望んでいた。学校側の対応が、就学前に聞いていた話とは異なっていたことで不信 感を感じることがあったようだ。併せて、サチコさんからは、授業においてプリント学習 ではなく、教科書を使用することへの要望が何度か語られた。ここには、我が子が教科書 を使用して授業を受けさせたいというサチコさんの願望が見受けられるとともに、小学生 になるということへのイメージがうかがえる。
保育者のマユミさんからは、自らの障害への知識が少ないことから十分な対応が出来な かったということが話された。就学については、就学支援シートを作成して小学校に持参 するなどしているものの、サチコさんと小学校の間に既に良好な関係が構築されている雰 囲気を感じ取り、自分が介入する必要はないと思ったということである。
小学校教諭のミドリさんは、これまでの障害児への豊富な実践経験を基にユウキ君の教 育を行っていたようであった。ミドリさんからは、サチコさんから得た情報を基に、プリ ント作成などの授業準備が可能となり、ユウキ君の状態に合わせた指導が行えたというこ とが語られた。実際に、ミドリさんによって作成されたプリントを使用した学習では、ユ ウキ君はその多くの設問に正答しており、プリントがユウキ君の学習意欲を高める教材で あったことが考えられる。しかしそれは、教科書を使用した授業を希望していたサチコさ んの考えとは全く異なるものとなってしまっていた。ユウキ君に見られた登校渋りは、子 どもにはよくあることで大きな問題ではないと捉えていた。
ユウキ君の就学では、ある当事者にとってはそれほど重要なこととして扱われていない ことが、別の当事者にとっては大きな問題となっていることがあったと思われる。
本研究では、それぞれの当事者が子どもの就学に対して、懸命に取り組みを行っていた ことが明らかになった。しかし、結果的には登校渋りという事象が見られるなどスムーズ な就学とはいえない状態があった。このことからは、障害のある子どもの就学には、当事 者それぞれがどれほど入念な就学準備を行っても、そこには抗うことのできない困難さが 存在することが明らかになった。スムーズな就学を目指し準備を行い、丁寧な保育や教育 実践を行っても、子どもの就学においては、越えることのできない困難さがあったという ことは、本研究で得られた重要な知見であると考える。
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第3節 ドミナント・ストーリーとそれぞれのモデルストーリー
先行研究の 3 つの課題からは、障害のある子どもの就学に関するいくつかのドミナン ト・ストーリーが浮かび上がる。1 点目は「障害のある子どもは、スムーズな就学を指向 し、就学支援ツールなどを活用した就学準備が重要」というストーリーである。本研究に おいては、母親は、姉がいたことで就学先を何度も訪問することができたことから、学校 へのイメージを保持しやすく、学校を何度も訪問する機会もあった。また母親や保育者は 就学支援ファイルなどを作成し、入念な準備を行っている。就学準備に関して、母親から は「(発達障害の)子どもに対して、小学校の先生はとってもシビア、そのものズバリ言わ れるって。先生に言われるのもあるけど、保護者とか同級生からも言われるとかね、もう、
うわぁって感じで。準備だけはしておかないといかんなと。」、小学校教諭からは「母親や 保育者が作成した就学支援シートなどが授業準備に非常に役立った」というようなドミナ ント・ストーリーに合致する語りが見られた。ところが、保育者からは就学支援シートの 作成に関して、「X市では去年から、支援の必要な子どもさん全員に作るようになりました。
(略)私は初めてで、保育所内に去年作ったっていう人がいたんですけど、大変だったい うのを聞いて、私も『あ~これはエライ仕事やなぁ』と(笑い声)。保育所内の書類だとい いんですけど、小学校の人が見るでしょ。ちょっと緊張しますよね。でも、作らないわけ にはいかないし。(略) 割とスムーズに。まぁ・・書面上だけの・・・簡単なものなのかな・・
と思ったり。」というような母親や小学校教諭とは異なる語りが表出した。
保育者にとって就学支援シートは業務上の義務であるから作成しているものの、子ども の就学に役立っているとは実感されておらず、「就学準備を行うことが重要」というドミナ ント・ストーリーには回収できない語りが見られた。この語りは、就学における保育者の 在り方を表顕している。保育者は、子どもの就学前には、就学準備として就学支援ツール などの作成を求められ、保護者の相談に乗るなどの役割が要求される。一方、就学後、子 どもの様子については特に大きな問題が表出しない限り周知されることはなく(本研究の 事例においては、公的には子どもの登校渋りが伝えられていなかった)、自らが行った就学 準備がどう活かされたのかということを知る術がない場合が多い。保育者には「この就学 準備がよかった」と具体的に語れる経験を持っていなかったことがうかがえる。
つぎに、障害のある子どもへの保育や教育に関するドミナント・ストーリーとして「専 門的な知識や豊富な経験がある方が好ましい」ということが挙げられる。本研究では、小 学校教諭には豊富な特別支援教育への経験があったが、保育者にはその経験がなく、その ことが保育者自身の負い目ともなっていた。母親からも、「うん・・・あの・・それは担任 のマユミ先生のやり方に、ちょっとって思うようなこともあったんですよ。障害の子のこ と知らんからかなっていう部分で。」という語りも見られている。しかし同時に、母親から は子どもにとって良質の保育が受けられたというドミナント・ストーリーと適合しない語 りも見られた。母親は保育者の子どもへの関わりで気になることがある場合、「私は言うん