• 検索結果がありません。

サチコさんが経験したユウキ君の小学校への就学

ドキュメント内 障害のある子どもの就学に関する研究 (ページ 52-80)

第1節 インタビューまでのサチコさんとのやりとり

サチコさんと「私」は知り合ってから、何か月に一度の割合で、メールで姉のユミさん やユウキ君の近況報告があったり、「私」の方からサチコさんの様子伺いのメールをするな どの付き合いが継続していた。5 年前に知り合ったきっかけは、ユウキ君のことを心配し たサチコさんから相談の依頼があったことであるが、時間の経過とともに「私」がサチコ さんの子育てに対して何かアドバイスをするというようなことはなくなり、どちらかとい うと友人付き合いの様相を呈していた。それは、サチコさん自身がいろいろな勉強会など に積極的に参加をし、そこで知り合った小学校教諭や医師、療育施設の支援者などとの出 会いがあり、良好な関係構築がなされていた。そのため離れた場所に居住する「私」が特 に助言をするということよりも、サチコさんが話をしたい時に話を聞くという立場の方が ふさわしいと考えたからである。ユウキ君の就学に関しては、いろいろな準備をしていた のに、就学後登校渋りが開始し、困惑しているということがメールにて連絡があった。そ の際、「私」から電話をして一時間程度話をした。サチコさんからはユウキ君の様子が話さ れた。その際、学校に関する話は特になかった。その後、ユウキ君が1年次の間に、1度 サチコさんから電話があり、1度「私」から電話をし、それぞれ30分程度話をしている。

インタビュー当日、3年ぶりの再会であったものの、時々電話やメールをしているせいか お互い特に緊張などもなく、自然と話が開始された。

50 第2節 Ⅰ期:年長児12月まで

サチコさんは、ユウキ君が広汎性発達障害の疑いがあるという診断を受けた際、「すっ きりしたというか、何か手立てがあるということで、こうしてはいられない」と感じたそ うだ。県内で開催される親の会や大学主催の講演会や勉強会に積極的に参加した。仕事と 子育てをしながらの参加は時間の調整が難しいこともあった。しかし、勉強会に参加する ことで障害に対する知識を得て、学んだことからユウキ君の様子に合せて対応をすると、

徐々にユウキ君の様子の変化を感じた。ユウキ君の多動さや行動の意味が理解できず、育 児に悩みを抱えていたサチコさんにとっては、ユウキ君に適した子育ての方法があると理 解できることで自分自身が精神的に落ち着いたということである。また、勉強会に参加す ることで同じような境遇の母親と出会い、経験談を聞くことも自身の子育てに大きな影響 を与えたということである。そのような中、小学校に就学した子どもたちを育てる母親ら が、子どもが就学先の学校と馴染まないことなどで苦労をしている話を耳にするようにな った。

ユウキみたいな子ども(発達障害児)の場合、(障害が)目に見えん分苦労することがある なぁと。大声で騒いで困るとか、〇君がいるとクラスが落ち着かないとか言われたりする って聞いてね。幼稚園とか保育所でもそういうことってやんわり自分(母親)が分かる感 じやけど、小学校の先生はとってもシビア、そのものズバリ言われるって。先生に言われ るのもあるけど、保護者とか同級生からも言われるとかね、もう、うわぁって感じで。準 備だけはしておかないといかんなと。(20XX 年9月 12 日の語り)

保育所と小学校の違いを事前に知ったサチコさんは、ユウキ君が4歳児クラスの頃から、

特別支援学校、小学校など複数の学校を見学した。特別支援学校は自宅から通いやすいと ころに見学にいったものの、在籍している児童の障害の程度が重く、ユウキ君には適して いないと感じた。小学校は、通常学級にするか特別支援学級にするかについて考えようと 思い、A保育所の校区にあるA小学校を見学した。自宅近くのB小学校は姉が通っている ために、参観日や行事の時に訪問することができるため、特に見学に行くことはしなかっ た。A小学校に特に悪い印象を持つことはなかったものの、その時点ではまた就学先を決 定するところまでは至らなかった。実際に特別支援学級に就学することへの決定について は、ユウキ君が年長児クラスの時に行った自身のボランティア活動が契機となっていた。

私、趣味でフラワーアレンジメントをやっていて、それで友達に頼まれて O 小学校の特 別支援学級に継続して教えに行ってたんですね。そこで、いろいろ見て、ユウキにはこう いうところがいいなというか、こういう支援をしてもらう必要があると感じました。やっ ぱり丁寧でしょ、支援学級って。子どもたちも楽しそうやしね。こうイキイキっていうか。

51

苦手なところを分かった上で個別的に指導してるっていう部分が、やっぱり通常のクラス とは違うなぁと。ユウキはやっぱりそういう支援をしてもらって勉強ができるようになる と思いました。(20XX+1年 3月4日の語りより)

同じX市にあるO小学校の特別支援学級の様子を見たことで、ユウキ君の特別支援学級 への就学を決定したサチコさんであった。A保育所からそのままA小学校特別支援学級に 就学するか、自宅近くのB小学校特別支援学級に就学するかということを、先輩母親らに 相談をすると、「長年特別支援をやっている先生がいるので B 小学校がいい」、「A 小学校 は特別支援教育担当の先生が異動をしてきたばかりで、あまりよくない」という情報を得 た。B小学校は、自宅の校区であるために通常の手続きで就学できること、姉が通ってい るために日常的に学校の様子を知ることや、教員と話をすることも容易であるという利点 があると思った。また、サチコさん自身がB小学校の卒業生であったことも影響があった。

サチコさんは、B小学校に対して、少人数で丁寧に指導してもらっていたといういい記憶 があった。そのためユウキ君の就学についても、B小学校がいい教育をしているという情 報を得てホッとしたということである。

ユウキ君の就学先決定については、保護者ネットワークからの情報がサチコさんに大き な影響を与えていたと思われる。渡邊(2011)によると、障害のある子どもを育てる保護者 は、かつて同様の問題を抱えていた先輩の保護者の話を聞くことで、自らの現状を将来に 向かう道程の中に位置づけられるようになるという。サチコさんも先輩保護者からの小学 校の情報を非常に頼りにし、就学という目下の大きな問題に向かおうとした。学校は教員 の異動などにより、数年間で環境が変化する可能性があるために、我が子に少しでもよい 環境の下、学校生活を過ごさせたいと願う母親にとって、実際に経験をしている先輩保育 者からの情報は、拠り所となっているのであろう。情報の真偽は不明であるものの、他に 学校生活について知る術がない母親にとっては、それに頼るしかない現実があると考えら れる。

B小学校特別支援学級に就学をすることは、夫、A保育所のマユミさん、所長に相談し た他、以前から関わってもらっていた大学教員や医師、勉強会で知り合った療育センター 職員にもそれぞれ相談した。夫は、ユウキ君のためになる就学先であればどこでもいいと いう考え方であったため、すんなりと納得したということである。保育所所長やマユミさ ん、療育センター職員からは、特に意見はなく、それぞれサチコさんの考えに賛同した。

大学教員からは特別支援学級でなく通常の学級への就学を検討することも勧められたもの の、O小学校で見た子どもたちとユウキ君の様子が類似していたことで、個別指導がある という点で特別支援学級を選択しようと考えた。B小学校での就学時健診の受診に関する 書類が届き、ユウキ君を連れて行った。その後、特別支援学級に就学したいということを、

姉の参観日に行った際に学校側に伝え、併せて、A保育所所長よりB小学校に電話にて伝 えてもらった。姉のユミの時と同様に、1月くらいにB小学校への就学通知が届いた。障

52

害児を育てる先輩母親らからは、就学指導委員会が開催されるということを聞いていたが、

我が子に関しては、そういうこともなく、就学後もユウキ君のB小学校への就学がどうや って決定したのかいうことについては疑問を感じている。サチコさんは就学についてのシ ステムをよく理解しておらず、「よくわからないが、希望通りの就学となったのでよかった」

という状態であった。ユウキ君の就学準備に熱心に取り組んでいたサチコさんですらこの ような現状であり、就学決定の際のシステム説明が、保護者に十分行われていないことが 考えられる。

小学校にはね、キャラバン(筆者注:発達障害のことを啓蒙するための保護者グループで の活動)で行くこともあって、その時にやっぱりいろいろな先生を見たんですね。熱心に 話を聞いてくれる人もいれば、表面的にだけ話を聞いてるなという先生もいたし、あから さまに嫌な顔をする先生もいました。やっぱり校長先生がキーパーソンだなっていうのを その時に感じて、校長先生がユウキみたいな子どもたちに理解があると、先生たちも動い てくれるというか、動かないといけないようなことになるんやと思います。逆に、「みんな そうですから」っていう校長だとアカンよね。ユウキはね、どうやって B 小学校の支援学 級に決まったという所が私もよくわからないんよね。先輩ママたちに聞くと、なんか話し 合う場があって、そこで親の希望とか聞かれたりして、その後、特別支援学校に来てくだ さいっていう通知が来たっていうんよね。まぁ私は、ユミの参観日とかに行ったときにい つも支援学級覗いてて「4 月からお願いしたい」って言ってたんやけど、いつ話し合う場 があるのかなぁと思ったり。でも、なんかすんなり通知きたしね。よくわからんのです。

(20XX 年9月 12 日の語り)

サチコさんは、ユウキ君が年中児クラスの頃に、先輩保護者らが就学支援ファイルを作 成しているのを見ていたことから、自身でもそれを作成することが当然と捉えていた。年 長児クラスの 10 月くらいから仕事や家事の合間を縫って、ユウキ君の生育歴や得意なこ と、苦手なことについてまとめたファイルを作成した。ファイルの作成にあたっては、元々 文章を書くことは苦手ではなかったこともあり、作成することで我が子がスムーズに就学 後の生活を送れるのであれば、と思うとそれほど苦にならなかった。保育所の方でも、マ ユミさんや所長が就学支援シートを作成してくれており、家庭と保育所の両面を小学校に 伝えられるという点で安心感を覚えた。

サチコさんはユウキ君に障害があることが判明してから、いろいろな勉強会などに参加 し、その中で学んだことを応用し、我が子に適した方法で伝えたり、対処することで子ど もの様子が変化するという経験をしている。サチコさんの場合は、発達障害かもというこ とを告げられた時、落ち込んだりすることはなく、むしろ姉や他児らと同じような方法で は子育てが上手くできない理由があることがわかり、「すっきりした」ということで、その 後すぐにいろいろな場所での勉強会などに参加したようだ。

ドキュメント内 障害のある子どもの就学に関する研究 (ページ 52-80)