第1節 インタビューまでのマユミさんとのやりとり
日程調整をするために、「私」がマユミさんの勤める X 市の保育所に電話をすると、年 配女性が出てその地方の方言で、自分が所長であること、サチコさんより話を聞いている ので「私」からの電話を待っていたこと、この保育所では就学についていろいろな取り組 みをしているので是非話を聞いてもらいたいと思っていることが話された。また、日程に ついても、マユミさんの勤務時間中に実施してもらいたいので、平日、園児が午睡をして いる時間帯であればいつでも構わないことが告げられ、「私」は所長と日程調整を行った。
当日、指定された日時に保育所を訪れると、事務室にいた女性が笑いながら出てきた。
「先日はどうも」と言う言葉から、電話で話をした所長だと気づいた。マユミさんが保育 室から来るのを待つ間、事務室の一角にある椅子に座るように勧められた。まだ子どもた ちが寝付いていないので少し待ってほしいということで、その間、所長から「私」に対し て、いろいろと質問された。その中で「私」が以前、この保育所の近隣にある私立保育園 で勤務していたことに話が及ぶと「あ~、あの保育園で働いとったんや」、「それだと先生
(「私」のこと)は保育のことはよく分かっとるわな」と、より砕けた言葉遣いになった。
15分程してマユミさんが事務室に来ると、所長が「この先生、保育園で働いてたんやって」
「マユミさん、いろいろいっぱい話したげてよ」と告げ、事務室を出て行った。
マユミさんは、物静かな話し方であった。話を聞くうちに 40 代ということが分かった が、丸顔で、化粧っ気のない様子からは年齢がよく分からず、もう少し若いのかと思うよ うな雰囲気を漂わせていた。ユウキ君の就学の話題に入る前に、マユミさんから「私」の 保育者時代のことについて尋ねられ、そこから「いい保育とは何か」という話題になり、
2人で10分程そのことについて話をした。マユミさんは、「元気いっぱい」というよりは、
穏やかで安心できる存在という印象であった。話をするときは、「う~ん」とその都度考え、
言葉を選んで話してくださった。子どもが 2 人いるということだったので、「怒ることあ るんですか?」と尋ねると「怒ります、怒ります。我が子にはものすごいですよ」と目を クルクルさせながら笑っていた。
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第2節 マユミさんの小学校就学に関する考え方やこれまでの経験
マユミさんが年長児クラスを担任した経験は、ユウキ君のクラスで2回目であった。以 前担任をした時よりも、小学校との連絡が比較的取りやすくなってきているという印象で ある。X市では、4月に中学校区にある保育所、幼稚園、小学校、中学校が集まり、顔合 わせをしたり、就学前の子どもの様子を伝えたり、就学後の子どもの姿を聞いたりする機 会が持てるようになっており、X市や学校が熱心に連携に取り組もうとしている雰囲気を 感じたということだ。年長児クラスは、子どもだけでなく保護者にとっても、保育所の最 終年度という期待があるので、やりがいもあるが大変な部分もあるということである。一 方、就学に向けてと言う面では、子どもが無理なく就学できるサポートができたらいいと 考えている。話が聞けるようにしなければいけないとか、文字が書けるようにしなければ ということは、保育所での子どもの生活や遊びの中で必要な事であると考えている。その ため、就学準備というような考え方への疑問を感じていた。
よく言われるでしょ?あの、小学校行ってから話が聞けるように、保育所や幼稚園でしっ かり座る時間作るとか。私はちょっとそういうのは違うって思ってて。小学校の準備のた めっていう所に疑問を感じるんよね。それって、保育の中で大事なことだし。あの~、「話 が聞ける」っていうことでなくて、「何を話してるん?聞きたい、知りたい」っていう意欲 なんよね。なんていうのかな、その・・興味というかそういう部分ですよね。それで、そ ういう部分を育てるのって、お母さんとか保護者に受け止めてもらって、気持ちが安定し てて、自分の話も十分聞いてもらえる経験してるっていうような、そういう所が育ってな いと、難しいんですよね。恰好だけ前に向いて話を聞かせることは出来るけど、意味がな いですよね。(20XX+1 年 2 月 15 日の語りより)
この語りには、マユミさんの保育観が色濃く表出していると思われる。マユミさんは保 育所が小学校の就学準備の場になることへの疑問があり、話を聞くということは子どもの 興味関心に基づく行為であるべきで、見せかけだけ整えて「話が聞けた」とすることは無 意味だと考えている。また子どもが話を聞くという行為を支えるのは、母親など周囲の大 人との良好な関係性と、それによる精神的な安定、自分の話を聞いてもらっている経験が 重要だとしている。これらの語りから、マユミさんには保育や子どもに対する明確な意識 があるということがうかがえる。
実際の就学準備ということについては、実子が、ユウキ君よりも1歳年長であるために、
就学時に自身が困ったことを、保護者とのクラス懇談の際に話題にしていた。
うちの子どもはね、ランドセルを背負って、給食エプロンと体操服を持って歩いて学校に 行くというところで、もう本当に大変だったんですね。勉強とか授業とかよりも、まずが
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重い大きな荷物を持って徒歩で通学するということが(笑い声)そりゃそうですよね、園 まで送って行ってもらって、タオルしか入っていない軽い通園バック持って保育園に行っ てたんですもんね。それが4月になった途端、ランドセルは重いわ、中に教科書入ったら もっと重いわ、両手に体操服と給食エプロンって(笑い声)「え、つまづくとこそこ?」っ ていう(笑い声)。いやでも実際、これは私の反省でした。重いもの持たさずに、歩かさず に一年生まできてしまったからね。なかなか余裕がなくって、そういうことがしてあげら れなかったんですね、っていう言い訳(笑い声)やから、お母さんたちにはそういう準備 した方がいいと思うよ~って言いました。恥を忍んで(笑い声)(お母さんたちの反応はど うでした?)笑ってましたよ。でも、みんな保育所に預けている家庭ってそうなんよね。
両親も忙しくて一緒に歩くとか、そういう時間が取れないんです。やったらいいのは分か ってる、それは分かってるんやけど、出来ないんですよね。私は自分が子育てしながら仕 事してみて、やっぱりすごく大変だったから、お母さんたちのしんどさっていうのは理解 できるし、理解したいと思っています。あと、小学校のトイレも困りました。和式ってこ の頃ないんですよね。子どもの通っていた保育が園も洋式だったので。で、小学校に行っ たら、トイレが・・・っていう所にちょっとびっくりしたみたいです。まぁそういう私自 身の失敗談を伝えて、就学までにいろいろな経験をしておいた方がいいですよね、ってい う話をしました。(20XX+1 年 2 月 15 日の語りより)
マユミさんは就学準備についても、自身の母親としての経験を通して担任している子ど もの母親らに助言を行っているが、マユミさんにとっても子どもの就学は不明点が多く、
小学校へ持参する荷物の多さ、小学校までの徒歩通学など、子どもが実際に就学して初め て困難さを実感できる思わぬ事象があったようだ。マユミさんはこういった就学時の自分 の経験を母親らに開示することで、子どもがスムーズに就学できるようにという意識であ ったと思われる。マユミさんは自らも働く母親であり、子育てと仕事を両立することへの 困難さを味わっていた。「(子どものために)やったらいいと分かっているけど、出来ない」
という語りは、保育所に子どもを預ける母親の多忙さや疲労を、マユミさん自身が実感と して持っていた感覚であろう。サチコさんが、マユミさんからの関わりについて「あたた かく受け止めてくれた」と語ったことは、マユミさんの子育て経験が影響を与えていると 思われる。川池(2008)は、保育所に子どもを預ける保護者よりも年齢層が高くなる経験10 年以上の保育者は、保育者経験の浅い保育者と比べて、保護者の子育て能力を低く見る傾 向があることを報告している。しかし、マユミさんは自らの保育者としての経験に加え、
自らの子育て上の苦労や困難という経験を踏まえて、保護者に寄り添うという方法で支援 を行っていることが明らかになった。