本研究では、国や文化の間の移動を繰り返す中で成長・発達を続ける子どもたちの主体 的な学びを支えることばの教育とはどのようなものであるかを探ってきた。本章では、こ の問いに対する筆者なりの答えを提示することを目的として、本研究で明らかになった知 見を改めて見つめ直し、総合的な考察を行っていく。まず、7-1.では、本研究の背景と目 的を述べ、第3章から第6章で得られた知見をまとめる。続く7-2.から7-4.では、第3章 から第6章で得られた知見をもとに、移動する子どもたちが主体的に学ぶとはどのような ことか、主体的な学びはどのようにして育まれるのか、また、主体的な学びは子どもたち の学びをどのように支えていくのかを考察する。そして、7-5.では考察を踏まえ、移動す る子どもたちの成長・発達を支えるためのことばの教育に向けた視点を提示する。最後に、
7-6.で今後の課題を述べる。
7-1. 本研究のまとめ
7-1-1. 本研究が目指したもの
本研究は、移動する子どもたちに対することばの教育を子どもたちが本来持っている主 体的な学びの側面に注目して捉え直し、子どもたちの主体的な学びを支えていくためのこ とばの教育のあり方を明らかにするという目的のもとに行われた研究である。その背景に は、これまで子どもたちに対することばの教育が教師や支援者が子どもにどう働きかけて いくかということを中心に語られることが多く、子どもたち自身の主体的な学びをどう支 えていくのかという視点からの語りがあまり見られなかったのではないかという疑問があ る。確かに、日本語の力が十分ではない子どもたちにとって、教師や支援者が果たす役割 は大きい。しかし、教師や支援者からの支援はずっと与え続けられるわけではない。現に、
教師や支援者からの懸命な支援によって、やっとの思いで高校に合格した子どもが 1 年も たたないうちに高校を退学してしまうという事例も後を絶たない。また、高校に入ったこ とで、これまでのような手厚い支援を受けられず、学ぶこと自体に意欲を失ってしまう子 どもも多いという。このような子どもたちの姿を見る中で、筆者はことばの教育を通して 育てていくべき力とは、単に教師や支援者の支援を受けながら学校生活を送っていく力だ
けではなく、その先にある子どもたちの長い人生の中で子ども自身が主体性を発揮し、自 ら主体的に学びに関わり、主体的に学びを創っていく力ではないだろうかと考えるように なった。しかし、子どもたちは本来主体的に学ぶ力を持っていながらも、移動による学び の時間的・空間的分断により、その主体的に学ぶ力を発揮していくことが困難な状態に置 かれている。
そこで、本研究では、子どもたちの成長・発達の要となることばに注目し、ことばの教 育の中で子どもたちの主体的な学びを支えていくことができないだろうかと考えた。そし て、移動する子どもたちの主体的な学びを支えることばの教育の構築に向けて、子どもの 主体的な学びについて考察を行っていくことを目的とし、以下の三つの研究課題を立てた。
1)移動する子どもたちが主体的に学ぶとはどのようなことか 2)主体的な学びはどのようにして育まれるのか
3)主体的な学びはどのように子どもたちの学びを支えるのか
子どもたちの主体的な学びを考察していくにあたり、第2章では主体性に関する理論的 な知見を整理し、本研究の視座をまとめた。主体的な学びに注目するという考え方の背景 には、「受身的な学び手から能動的な学び手へ」という学習者の捉え方の転換、「個として の学びから関係の中での学びへ」という学習の捉え方の転換、そして、「知識を与えること から学びの場をデザインすることへ」という教師・支援者の役割の捉え方の転換があるこ とを述べた。また、これまで行われてきた主体性研究を概観し、移動する子どもならでは の主体的な学びを探っていくためには、子どもたちの学びをさまざまな人や対象との関係 性の中で多元的に捉える必要があること、また、子どもたちの学びを教師や支援者の視点 からだけでなく、子ども自身の視点も含め、多角的に考察していく必要があることを論じ た。
以上を踏まえ、本研究ではVとKという二人の移動する子どもの学びの様相をそれぞれ 1 年半近くにわたって追う中で、子どもたちの学びをさまざまな人や対象との関係の中で 捉え、周囲との関係性の中で見られる主体的な学びとはどのようなものか、また、どのよ うにして主体的な学びが育まれていくのかを支援者の視点、周囲の子ども達の視点、そし て子ども自身の視点から多角的に考察することとした。
まず、第3章では、子どもと支援者の関係を取り上げ、支援者の子どもへの関わり方に
注目して主体的な学びを探った。続く第4章では、子どもと周囲の子どもたちとの関係に 注目し、子どもと周囲の子どもたちの関係性の中で主体的な学びが育まれていく様子を追 った。第5章では、再び子どもと支援者の関係を取り上げ、子ども自身の学びに対する関 わり方に注目して主体的な学びを探った。そして、第6章では、子どもの語りに注目し、
周囲との関係性の中で育んできた主体的な学びを学びの当事者である子ども自身はどのよ うに捉えていたのかを子ども自身の視点から探った。
7-1-2. 第3章から第6章の知見のまとめ
第3章では、移動する子どもVと支援者との間で育まれる主体的な学びを探った。日本 語がほとんど話せない状態で来日したVに対し、筆者がどのように支援を行っていったの か、またその支援のあり方によって V の学びにどのような変化が生じたのかを考察した。
考察の結果、支援者である筆者が支援の方向性を転換したことにより、Vの学びに様々な 変化が生じる様子が明らかになった。
支援を始めた当初、筆者は日本語がほとんど話せなかったVに、必要なことばや学習項 目をとにかく教えなければと、教えるべき内容を「どう教えるか」ということを懸命に考 えていた。しかしある時、ことばを使う相手や環境によってVのことばの力が大きく異な っていることに気づき、教えるべき内容を「どう教えるか」という支援から、Vにとって 意味のある学びを創り出すために、「何を教えるか」、「何のために教えるのか」ということ をVとのやりとりの中で考えていく支援へと支援の方向性を大きく転換した。そして、こ のような支援の方向性の転換に伴い、Vの学びにも様々な変化が生じるようになったので ある。具体的には、Vの学びには大きく三つの変化が見られた。一つは、Vが自分の思い を表現するために自ら進んで文章を書いたり(事例3-3)、自分の考えをより明確に伝える ために支援者と熱心にやりとりをする(事例 3-4)ようになったことである。また、二つ めは、自分自身で学習のスケジュールを管理したり(事例3-5)、自分の書いた日本語の文 章に間違いを見つけ、自己訂正をする(事例 3-6)といった自分の学習を自分で管理する 場面が見られるようになったことである。そして、三つめは、徐々に自分ができることに 自信を持ち、教室の学習場面でも積極的に学びに取り組み始める姿が見られるようになっ たことである(事例3-7)。
つまり、支援者が学びの捉え方を変え、Vとのやりとりの中で支援を創っていこうと支 援の方向性を変えたことにより、Vが学びに主体的に取り組む場面が生まれていく様子が
考察された。
第4章では、移動する子どもKと周囲の子どもたちとの間で主体的な学びが育まれてい く様子を探った。日本語がほとんど話せない状態で授業に参加し始めたKが、周囲の子ど もたちとことばを使ってどのようなやりとりをし、それが授業参加にどう結びついている のかを明らかにした。考察の結果、Kと子どもたちが互いに相手を一人の主体として受け 止め、やりとりをすることにより、両者の間に「教える―教えられる」という固定的な関 係ではない対等な関係性が築かれていく様子が明らかになった。そして、そのような「相 互主体的な関係(鯨岡2006)」の中でKが授業に主体的に参加していくようになったので ある。具体的には、K が自分から積極的に意見や考えを伝えようとする様子(事例4-1)、 また、授業に参加していく際に、わからないことや自分の力だけではどうにもならないこ とがあるときに周囲の子どもたちに助けを求める様子(事例 4-3,4-5,4-7)、授業に一人の 主体として参加するために周囲の子どもたちと対等な関係を築いていく様子(事例 4-8,4-9)などが考察された。
第5章では、再び移動する子どもVと支援者の間での学びの様子を取り上げ、子ども自 身の学びに対する関わり方に注目し、主体的な学びを探った。支援者とVの間で行った「意 味創り」を目指した支援を通して、Vがどのように学びと向き合い、どのようなプロセス を経て学びを自分のものとし、学びに主体的に関わるようになっていったのか、また、そ の過程でどのようなことばの力を育んでいったのかを明らかにした。考察の結果、意味創 りの支援を通して、V が次第に学習を自分のものとして管理するようになり(事例 5-4)、 学習内容に対し、自分なりの意味を感じ、自分なりに学習に向き合っていく様子(事例5-5) が明らかになった。また、支援を通して、Vにとってことばが単なる学ぶべき知識として ではなく、自分の考えを表現する媒介、自分の考えを深めていく媒介、自分の考えを相手 に伝えていく媒介となっていく様子が考察された。
以上から、Vが学習内容や学習への参加に自分なりの意味を感じること、そしてことば を自分にとって意味のある媒介として使っていくことにより、Vが学びに主体的に関わっ ていく様子が明らかになった。
第6章では、子ども自身の語りに注目し、主体的な学びがどのように作られていくのか