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子ども自身にとっての主体的な学び

ドキュメント内 第1章 移動する子どもたちとことばの教育 (ページ 101-125)

第3章から第5章では、子どもが周囲の他者や学習対象との間で主体的な学びを育んで いく過程を支援者の視点および周囲の子どもたちの視点から考察してきた。一方で、この ように支援者や周囲の子どもたち、学習対象との間で育まれる主体的な学びは学びの当事 者である子ども自身にはどのように捉えられていたのだろうか。そこで本章では、学びの 当事者である子ども自身の視点から、子ども自身にとっての主体的な学びの意味を探って いくことを目指す。具体的には、3章、5章で取り上げた移動する子どもVを対象とし、

筆者がこれまでVに対して行ってきた支援および日本の学校での学習をV自身はどのよう に捉えていたのかをVの語りをもとに考察していく。まず、6-1.では、子ども自身の語り から学びの意味を探る意義をまとめる。また、支援者がVに対して行ってきた支援の概要 と本章で扱うデータの概要について述べる。続く6-2.と6-3.では、Vの日本での語りおよ び帰国後のオーストラリアでの語りをもとに、Vにとっての学びの意味を探っていく。そ して、6-4.では、Vの語りから見えてきたVにとっての主体的な学びの意味を考察する。

6-1. 子ども自身にとっての主体的な学びの意味 6-1-1. 子ども自身の語りから学びの意味を探る意義

第5章で述べたように、子どもたちにとって学ぶことは自らのアイデンティティを構築 していくことと深く結びついている。それゆえ、子どもたち自身が学びをどのように捉え、

どのように意味づけているのかということが子どもたちの主体的な学びの育成を大きく左 右すると考えられる。また、異なる言語や文化、習慣の狭間で第三の場所(Kramsch1993) を見つけていくこと、すなわち自分なりの学びを見つけていくことが求められている子ど もたちにとって、学びの経験を自分なりに意味づけていく過程は重要であろう。では、こ のような子どもたち自身の学びへの意味づけはどのようにして明らかにできるのだろうか。

人々の語りを収集し、考察を行っていくライフストーリー研究では、当事者が自らの経 験をどのように解釈しているのか、すなわち経験をどのように意味づけているのかを当事 者の語りを聞くことで明らかにしていく(桜井2002、桜井・小林2005)。つまり、当事者 が過去の経験について語ることを自らの経験を主体的に意味づけていく過程と捉え、語り から当事者の意味世界を明らかにしていくことが可能になると考えるのである。また、谷 口(2005)は、言語・文化間の移動によりリテラシーの発達が中断され、母語でも第二言語

でも十なリテラシーを身につけられなかった子どもが、成人した後に自らのライフストー リーを書くことで自己の分断された物語を捉え直し、連続性を回復していく様子を報告し ている。谷口の報告から、人が自らのアイデンティティを捉え直し、再び構築していく過 程において、自分自身の体験や経験を自分なりに振り返り、ことばにして表現していくこ とが重要な意味を持っていることがわかる。

これらの知見から、人は自らの経験を他者に語ったり書いたりする中で、改めて経験を 振り返り、自分なりに解釈し、意味づけていくことが可能になると考えられる。そこで、

本章では、子どもが自らの学びの経験を振り返り、語ったことばに注目し、子ども自身に とっての学びの意味を探っていこうと考えた。具体的には、これまで筆者が行ってきた支 援や日本の学校での学びを通して、周囲の人々や学習対象との関係の中で主体的な学びを 創り上げていく過程を子ども自身がどのように捉えているのかを子ども自身の語りから明 らかにしていこうと考えた。すなわち、主体的な学びを子ども自身の意味世界から読み解 くことを目指した。

なお、子どもたちの学びの意味を探るにあたり、筆者は子どもの語りを長期的なスパン の中で捉えることを心がけた。それは、次のような理由による。これまで移動する子ども に対して行われてきた研究の大半は、日本の学校現場での実践報告や取り出し教室での実 践報告、また、海外の現場での実践、実態の報告など、それぞれの現場での実践報告が中 心であった。それらの論考は教師や支援者と子どもたちとの関わりの中で育まれる学びの 実態を詳細に描き出しているという点で意義あるものである。しかし一方で、それぞれの 現場で見られた子どもたちの学びが、その後、時間や空間を越えたときにどのように連続 していったのか、またどのように広がっていったのかということは明らかではない。第1 章から繰り返し述べてきたように、子どもたちの学びは「今、ここ」にとどまるものでは なく、時間的なつながり、また空間的な広がりの中で動態的に育まれていくものである。

それゆえ、長期的、多元的な視野からことばの学びを追う視点が必要なのである。特に、

子どもたちの成長・発達との関係の中でことばの学びを考えるためには、時間軸・空間軸 のつながり・広がりを考えることは不可欠であろう。そこで、本章では、Vの語りを日本、

オーストラリアの移動を含めた約1年半という長期的な時間軸の中で追うことにより、Vに とっての学びの意味を探っていこうと考えた。具体的には、Vが日本に滞在していた約1年 3ヶ月間の記録に加え、帰国3ヶ月後に筆者がオーストラリアを訪問し、Vのその後の学び の様子を追い、記録した。そして、双方の記録をもとに、総合的な考察を行った。

6-1-2. Vに行ってきた支援の概要

Vの学びへの意味づけを探るにあたり、まず、筆者がVに行ってきた支援の概要をまと めていきたい。筆者はVが日本に滞在した1年3ヶ月の間、家庭での個別支援および学校 での入り込み支援を行ってきた。しかし、移動を繰り返しながら成長するVの支援にあた り、筆者は今ここでVに対して一体どのような支援を行っていけばいいのかと常に頭を悩 ませ、試行錯誤を繰り返しながら支援を行ってきた。以下では、このような試行錯誤の中 で筆者がVに対して行ってきた支援の概要について述べていく。次の表6-1.では、それぞ れの時期別の支援の概要および支援において筆者が目指していたものをまとめた。なお、

実際には表に示したように明確に時期が区切れるわけではないが、大まかな支援の流れを 示したものとなっている。

表 6-1. 支援の概要

時期 支援の概要 目指していたもの

2006.8 来日 初期日本語支援 基本的な日本語の習得

9 初期日本語支援、教科学習内容の理解 を目指した支援

教科学習内容の理解

10 ↓

11 V が学びに主体的に関わることを目 指した支援

・「手紙絵本プロジェクト」(3章)

Vが学びに主体的に関われること

12 ↓ ↓

2007.1 教科学習に V が意味を感じて取り組

むことを目指した支援

・「意味創り」を目指した支援(5章)

教科学習にVが意味を感じて取り 組むこと

「考えを表し→深め→伝える」

ためのことばの力を育てること

2~7 ↓ ↓

8 インタビュー ↓ ↓

9 ↓ ↓

10 ↓ ↓

11 帰国 ↓ ↓ 12

2008.1 2

3 追跡調査

インタビュー

表から、筆者がVに対して行ってきた支援は大きく三つに分けられることがわかる。ま ず、一つめは「初期日本語支援、教科学習内容の理解を目指した支援」、二つめは「Vが学 びに主体的に関わることを目指した支援」、そして、三つめは「教科学習に V が意味を感 じて取り組むことを目指した支援」である。以下では、それぞれについて簡単に概要を述 べていく。

筆者がまず始めに V に対して行った支援は、「初期日本語支援、教科学習内容の理解を 目指した支援」であった。来日当初、日本語がほとんど話せなかったVに対し、筆者はま ずはVが日本の生活で使うであろう基本的な日本語を教えた。そして、来日して1ヶ月ほ どが経ち、学校生活が本格的に始まると、そのような初期日本語支援に加え、学校での学 習を少しでも理解できるようにと教科書の内容を英語で翻訳したり、学校での学習内容に 合わせた学習を家庭支援に取り入れようとしたりしていった。しかし、このような支援を 数ヶ月続けるうちに、これらの支援はVにとって必ずしも有効ではないのではないかとい う疑問が湧くようになった。なぜなら、V本人がそのような学習にあまり積極的に取り組 もうとしなかったからである。悩んだ結果、筆者は単にことばの知識を増やしたり学習内 容をできるだけ多く理解させようとする支援ではなく、たとえ知識としての量は少なくと も、そこでの学びにV自身が意味を感じて取り組めるような学びの場面を創りたいと考え るようになった。秋田(2000)は、大人が考える「基礎から応用」という学びの順序は、学 び手である子どもたちから見た時に必ずしも意味が見出せる活動の道筋とはなっていない ことがあることを指摘している。つまり、学び手個人にとって意味のある学習の道筋とい う視点が欠落しているのだという。そして、秋田は学びの道筋を大人の視点で見るのでは なく、子どもたちが学び育つ道筋からみて意味のあるものへと組みかえていく必要性を指 摘している(秋田2000:7-8)。秋田の指摘はまさに目の前のVの姿そのものであった。

そこで、筆者が次に行ったのが「Vが学びに主体的に関わることを目指した支援」であ

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