第3章では、子どもと支援者との間で主体的な学びがどのようにして育まれていくのか を考察した。一方、子どもたちにとって学校生活において支援者や教師よりも身近な存在 であり、接する機会が多い他者は周囲の子どもたちであろう。それゆえ、子どもたちの学 びを捉える上で支援者との関係だけでなく、周囲の子どもたちと移動する子どもとの間で の学びの様相を明らかにしていくことが重要であると考えた。そこで、本章では、移動す る子どもKと周囲の子どもたちとの授業中のやりとりに注目し、子どもと周囲の子どもた ちとの関係性の中でどのような学びが育まれていくのかを探っていく。具体的には、日本 語がほとんど話せない状態で授業に参加し始めた K が周囲の子どもたちとことばを使っ てどのようなやりとりをしているのか、また、どのような関係を築いているのかを明らか にし、それらがKの授業参加にどのように関係しているのかを考察する。まず、4-1.では、
子どもたち同士のやりとりが子どもの学びにどのような有効性を持っているのかを理論的 知見をもとにまとめる。そして、4-2.から 4-4.では、K の授業参加をことばのやりとりに 注目して捉え、そこで見られた授業参加の様子を「Kのことばの使い方の変化」と「Kと 周囲の子どもたちとの関係性の変化」の二点から分析する。最後に4-5.では、本章の知見 を踏まえ、子どもと周囲の子どもたちとの間で育まれる主体的な学びについて考察を行う。
4-1. 周囲の子どもたちとのやりとりが支える子どもの主体的な学び
4-1-1.学習者同士の学び合いが支える学び
客観主義パラダイムから構成主義パラダイムへ学習観の転換に伴い、学びは「知識の習 得」というよりも具体的な意味のある実践活動に従事すること(佐伯1995:22)だと考え られるようになった。つまり、学びが個人的いとなみから共同体全体のいとなみとして捉 えられるようになったのである。そして、共同体の中での学びでは教師と学生のやりとり だけでなく、共に学びの共同体に参加している人々の学び合いが大きな意味を持ってくる。
それは、共同体を構成するメンバーとのやりとりを通して、共同体全体のいとなみとして 知識が構築されていくと考えるからである。近年、日本語教育において「協働学習」「ピア ラーニング」といった学習者同士の学び合いに注目した学習のアプローチ(佐藤1999、池
田・舘岡2007)が盛んに取り上げられるようになっているのも、このような新たな学びの
可能性が徐々に認知されてきている結果といえよう。
では、年少者日本語教育の世界では、このような学習者同士の学び合いはどのように扱 われてきたのだろうか。年少者日本語教育においても、学習者同士の学び合いが大きな可 能性を持っているということが認識され始めている。それは、日本語教育学会のパネルセ ッションで野山ら(2006)が年少者日本語教育における協調的学習活動の可能性について取 り上げていることからもわかる。しかし一方で、移動する子どもたちにとって学びの共同 体に参加し、周囲の子どもたちと学び合うことには難しさもある。その最も大きな原因は
「ことばの壁」である。ことばの壁がない母語話者同士の学び合い(佐藤1999)や同じよ うにことばの壁を抱える日本語学習者同士の学び合い(池田・舘岡2007)とは異なり、母 語話者の子どもたちが大半を占める中で一人ことばの壁を感じ、学習に参加していく移動 する子どもたちにとって、共同体の中での学び合いには上記の佐藤、池田・舘岡らの実践 とは異なる難しさがあると考えられる。つまり、移動する子どもたちはことばの壁がある ことでなかなか周囲の子どもたちとの関係を築けず、授業の文脈にも関わっていけないの である。
一方で、石井(2006b)は年少者日本語教育に子どもたち同士の学び合いの活動である「協 調的学習活動」を取り入れることは、以下の三点において意義があるとする。一つは、対 話を基本とする学習活動により、理解を助ける言語情報が豊富化、多様化し、子どもの理 解の助けになること、そして同時に、子どもたちが自分の理解を他者に伝えることで言語 情報をより適切な形式・内容にしていくことができるようになることである。二つめは、
移動によって人間関係が分断している子どもたちにとって、他者との関わりを促し仲間作 りにつながる活動となること、そして、それが情緒的な安定や学習意欲向上にもつながっ ていくことである。三つめは、状況に埋め込まれた意味のある学びの場での学習が学びの 場に参加するための言語能力の獲得につながることである。
以上から、移動する子どもたちが周囲の子どもたちとの学び合いの場を活用していくた めには、学び合いの活動に参加していくためのことばの力を身につけていくことが必要で あることがわかる。つまり、周囲の子どもたちとの関係を築き、学びの共同体に参加して いくためのことばの力を育てることにより、子どもたちが学びに主体的に関わっていける のではないかと考えた。なお、これまでの年少者日本語教育研究では、学校と地域、学校 と家庭、教室同士の連携などという意味での「協働」の実践は試みられてきた(齋藤2005、 山脇・横浜市立いちょう小学校編2005 など)ものの、教室にいる子どもたち同士の学び 合いを取り上げ、そこでどのようなことばの力が育まれているのかという視点から考察を
行ったものは、筆者の管見する限り見当たらない。そこで、本章では、子どもが周囲の子 どもたちとやりとりをする中で学び合いの活動に参加していくためのことばの力をどのよ うに育んでいくのかを明らかにしていきたい。
4-1-2. 本章の目的
本章では、移動する子どもKと周囲の子どもたちとの間で教室での学び合いの活動に参 加していくためのことばの力がどのように育まれていくのかを明らかにすることを目的 とする。具体的には、日本語がほとんど話せない状態で授業に参加し始めたKの授業への 参加過程を約1年半にわたって追い、授業への参加に向けてKと周囲の子どもたちがこと ばを使ってどのようなやりとりをしているのか、また、それがKの授業参加にどのように 関係しているのかを探っていく。まず、4-2.では、K の授業参加の様子をことばのやりと りに注目して捉える。そして、4-3.4-4.では、Kの授業参加と周囲の子どもたちとのやりと りがどのように関係しているのかを、「K のことばの使い方の変化」、「K と周囲の子ども たちとの関係性の変化」の二点から探っていく。
4-2. K の授業参加の様相
4-2-1. 分析方法:ことばのやりとりから授業参加を捉える
Kの授業参加とことばの関係を探るため、まずKの授業参加に伴い教室内でどのような ことばのやりとりが行われているのかに注目した。観察記録に見られた教室内のことばの やりとりについて「誰から誰に向けたやりとりなのか」、「どんな内容のやりとりなのか」
に基づいたコーディングルールを作成し、コーディングを行った。作成したコーディング ルールは次の表4-1.のとおりである。なお、やりとりの主体、つまり誰が始めたやりとり なのかを明らかにしたいと考え、やりとりが始まってから終わるまでを1エピソードとし、
エピソードごとにコーディングを行った。
表 4-1. コーディングルール コード名 (表記時の略称) 定義
K→児童 (KS) Kから児童に対して自発的に成された発話。
K→児童(複数)(KSS) Kから(特定の児童ではなく)複数の児童に対して自発的に成
された発話。
K→教師 (KT) Kから教師に対して自発的に成された発話。
独り言的な発話 (P) Ohta(2001)に従い、以下の3点を満たす発話を独り言的な発話 とした。
1)音量が下がっている発話(フィールドノーツの記載からわ かる範囲とした)。
2)教師や児童からの質問に対する答えやコメントではない発 話。
3)その発話に対し、教師や他の児童から応答が無い発話。
児童→K (SK) 児童からKに向けて自発的に成された発話。
児童・K (SS) 個人対個人のやりとりではなく、Kを含む児童数人のやりとり に発展している発話。
みんなの声への参加 (みんな)
復唱、斉唱など複数の児童によって成されている発話にKが共 に参加しているもの。
教師→K
〔個別の働きかけ〕(TK)
教師がK個人に対して話しかけ、働きかけをしている発話。な お、授業の流れの中で他の児童と同じように、Kを指名し発話 しているものはこれに含まない。特別な働きかけというニュア ンスを持つもの。
教師:児童への翻訳依頼 (T:S翻訳)
授業の流れの説明、自らの発話内容の説明など、教師が児童に 対して K に翻訳するようにと明示的に依頼している一連の場 面。
教師―児童のやりとりへの介 入 (TS介入)
K以外の児童が教師と個人的なやりとりをしている場面に突然 Kが参加していく発話。
全体の発話への食いつき:
K→教師 (TSS→KT)
TSS:教師が全体に対して(特別K個人に向けているのではな い)行った発話。TSSに対し、他の児童たちが反応しない中、
Kが1人発話しているもの。
全体の発話への食いつき:
K→教師・児童→教師 (TSS→KT ST/SST)
TSSに対し、他の児童たちも反応しているが、中でもKの反応 が一番早いもの。
全体の発話への食いつき:
児童→教師・K→教師 (TSS→ST/SST KT)
TSSに対し、他の児童たちの反応に続いてKも反応を見せてい るもの。
そして、コーディングルールに従ってコーディングしたやりとりをそれぞれのコード別 に時期ごとに換算した。なお、時期の区分にあたっては、小学校の学期の変わり目に従い、
4期に分けた(第Ⅰ期:2002/5/10-7/12、第Ⅱ期:2002/10/4-12/13、第Ⅲ期:2003/1/10-3/14、