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参加民主主義理論では、政治的活動への参加が、人々にもたらす教育的機能が主張され てきた。つまり、市民は政治的活動への参加を通じて教育され、民主主義に必要な個人的態 度や心理的資質を獲得していくため、参加を拡大していき、人々が政治的決定に携わることで、

最終的に政治の機能は上手くいくと考えられてきた(蒲島,1988;中谷,2005; Shingles,1981;

Putnam, 1993; Verba et al.,1995)。また、実証研究においても、国民が政策決定に参加する機 会の多い制度を持つ国家の方が、国民の政治システムに対する信頼感の安定性が高く、日本 においても、市民が直接参加する制度を持つ自治体の方が行政パフォーマンスに優れている ことが明らかにされている(中谷,2005)。したがって、どのような市民が、どのような状況の下で政 治的活動に参加するのかという問いに答えるということは、単に政治的アクターとしての市民の 行動原理を説明するということにとどまらず、民主主義の下で、政治過程に様々な要求が入力 されていく動態を明らかにするということを意味する。本研究によって得られた新たな知見が、こ の問いにどのように答えるのかを整理すると以下の通りである。

まず、2章の分析では1970年代から現在に至る約30年分のデータを用いたが、この間日本 の政治情勢は、選挙制度の変更や政権交代、政党再編などを経て大きく変化し、また、バブル 経済とその崩壊、その後 10 年に及ぶ不況など、有権者を取り巻く経済情勢も大きく変化した。

しかしながら、各政治的活動への参加率や参加志向率、被動員率などの政治参加に関する有 権者の行動パターンや意識の分布は 70 年代から現在にかけて安定しており、参加に至るメカ ニズムは変化していないということがわかった。このことは、市民の政治参加メカニズムがそのと きの政治論争や政治経済の情勢といった文脈とは独立して存在しているということを示唆して いる。

本研究では適応学習と社会的アイデンティティによって政治参加を説明する新たなモデル を構築した。適応学習や社会的アイデンティティは、どちらも人間が進化の過程で獲得してきた 性質であり、当然政治行動以外の人間の行動にも応用できるメカニズムである。また、投票と投 票以外の政治的活動を同じモデルで説明することを試みた。その意味で、本研究のモデルは

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これまでの政治参加モデルよりも、普遍性の高いものをめざしているといえる。

そして、4 章で述べたように、このモデルのシミュレーションでは、有権者の若い時期(選挙権 を得た最初の選挙)での投票経験と支持政党の連勝が、その後の参加に大きな影響を与えて いる可能性があることが示され、これは Plutzer(2002)などこれまでの実証研究における知見と 一致することもわかった。適応学習による参加モデルは、世代間の投票率の違いを説明する可 能性のあるものである。選挙権を得た初めての選挙での有権者の行動が、その後の参加行動 に極めて重要な影響を及ぼしているという知見は、政策的な見地から見れば、選挙の啓発また は教育活動などを若年層に重点的に行うことで高い効果を得られる可能性を示唆している。ま た、候補者や政党などの政治エリート側の戦略としても、有権者の若い時期に肯定的な評価を 得ることが、その後の安定的な支持基盤の形成につながるということを意味している。

4 章では、ライカーらの投票参加モデルとの予測力の比較もおこなった。比較の結果、適応 学習にもとづく参加モデルの方がより高い精度で実際の投票行動を予測できることが示された。

この結果は、これまでの投票参加・投票行動研究のみならず、政党間競争や選挙研究にも留 保をつけるものである。なぜならば、ライカーらのモデルは期待効用理論にもとづくモデルであ り、政党間競争モデルなどで前提とされるダウンズの中位投票者理論もまた、有権者が自らの 効用を最大化させるという期待効用理論に基づいているからである。トゥベルスキー、カーネマ ンによるプロスペクト理論など、近年行動経済学や実験経済学において、期待効用理論に代 わる人間の行動原理を構築しようとする研究が進んでいるが、非金銭的なインセンティブの存 在を考慮せざるを得ない政治学においては、より積極的に新たな人間の行動メカニズムを模索 する必要があると考えられる。

5 章では、シミュレーションによって得られた理論的予測を基に、投票以外の政治活動への 参加が強化学習によって行われている可能性を検証した。分析では市民の政治的活動への 参加経験とその活動に対する評価に着目し、これらの要素が市民のその後の活動に及ぼす影 響を推定した。分析の結果、市民による政治参加は異なる2つのメカニズムによってなされてい ることが示された。すなわち、参加経験の全くない市民は、参加を依頼されることではじめてそ の政治的活動に対して有していた拒否感を低下させ、その活動に参加していく。しかしながら、

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その経験が市民にとって満足できるものでなければ、その後動員を受けたとしても、継続的に 参加することはない。一方で、既に政治的活動に対して参加した経験を持っている市民は、自 らの経験に対する評価をもとに次回の行動を決定していくことがわかり、市民は投票以外の政 治的活動に対しても理論モデルで示した適応学習によって政治参加を行っている可能性が高 いことが示された。

また、実証分析では、投票・投票外という活動の種類を問わず、動員の効果は参加経験のな い市民に限定されるということも明らかになり、「集団、組織への加入」によって「その組織から動 員」される結果、「政治的活動に参加」するという、これまでの政治参加研究で多く主張されてき た構図が否定されることになった。そこで 6 章では、個人の属する社会集団と政治参加との関 係について、個人の有する集団に対する社会的アイデンティティに着目し実験によって検証を 行った。

実験の結果、社会集団への帰属意識の活性化が有権者の投票参加を促進させることが 明らかになった。そして、その集団への帰属意識が活性化するかどうかは、その集団を とりまく社会の状況に左右されるということが示唆された。実験では、帰属意識を活性 化させるために有権者が有している複数の帰属意識を同時に意識させた上で、有権者に 葛藤を引き起こさせるという手法をとったが、現実の社会では、このような葛藤以外に も帰属意識を活性化させる要素は多くあると考えられる。今後、帰属意識の活性化をも たらす要素を明らかにすることによって、「集団への所属」が「政治参加」を促進させる メカニズムをより詳細に解明することにつながると考えられる。

本研究では、コンピュータによるシミュレーション、統計解析、そして実験と社会科学の様々 な分析手法を用いて有権者の行動メカニズムを明らかにしようとしてきた。数理モデルによるモ デリングとシミュレーション、及び傾向スコアや実験といった政治学では比較的新たな実証手法 の活用は、これまで帰納的な分析が多かった政治行動論に対して、より厳密でかつ実証可能 なモデルの構築の可能性を高めるものである。本研究はこのような新たな行動論の構築に貢献 できると考えている。

最後に今後の課題について述べる。本研究では、個人の参加メカニズムとして適応学習を、

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個人と社会との関係が及ぼす政治参加への影響については社会的アイデンティティに着目し て分析を行ってきた。しかしながら、実際の社会においてこれら2つの参加メカニズムは、相互 作用していると考えられる。今回は、それぞれのメカニズムの存在を検証し、個々のメカニズム の強さを確認するためにそれぞれ分離して分析を行ってきたが、今後の課題としては、この2つ のメカニズムが社会においてどのような相互作用を引き起こしているのか、そのことが社会全体 にどのような影響を与えているのかを検証する必要があると考えられる。複数のミクロのメカニズ ムが互いに影響を及ぼすことによって、マクロでは「創発(Emergence)」という予想外の変化が 起きうることが、様々な分野において確認されてきているからである。上記2つの参加メカニズム が相互作用したときの民主主義システム全体の変動を探るということを、次の研究課題とする。