第1節 本論文の要旨と結論
本論文では、企業が企業寄付を通じて途上国で公益に関わる事例が増えていることに対 して、公益に関与する際の企業寄付の効果とその戦略性について検証を行ってきた。その 中で、以下の仮説を設定して議論を進めてきた。まず、企業はなぜ自社のアセットを活用 してまで公益に関与するのか、という仮説である。次いで、先行研究での中心的な議題で ある企業寄付にどのような効果を期待し、その効果の獲得のためにどのような戦略を採用 しているのかである。またそこで期待される効果や戦略は、先進国と途上国で類似の性質 を持っているのか、それともと大きく異なった特性を持っているかという問いが3つ目の 仮説であった。さらに、実は企業が公益に関与する際の負荷は、必ずしも高くなく、途上 国での企業寄付の戦略を検証することで、企業がさらに公益に関われる余地が生まれるの ではないかとの仮説であった。
これに対して、企業寄付の中心的な研究地である英米諸国での先行研究をまず検証し、
先進国での企業寄付の動機や戦略性について、歴史的背景も踏まえて主要な議論を確認し た。次いで、途上国の検証にあたり、最もビジネス環境が厳しく、深刻な公的サービスの 課題を抱えているサブサハラ・アフリカを検証地域として選択した。そして、同地域の企 業寄付に関する先行研究のレビューを行い、4つのリサーチクエスチョンを設定した(RQ1
~RQ4)。
対象国については、サブサハラ・アフリカで40か国を超えることから、地理的バランス を考慮し、東部アフリカ、南部アフリカ、西部アフリカから11カ国を選択した。その際、
先行研究でも指摘されているとおり、サブサハラ・アフリカでは企業の情報開示が限定的 であり、基礎的な情報の入手が困難であることを踏まえ、企業情報の公開が義務付けられ る証券取引所に上場する企業を対象とすることで、その課題に対処した。なお、サブサハ ラ・アフリカでは証券取引所が14あったが、最終的に11の証券取引所に上場する企業に 絞り、各証券取引所に上場する全ての産業・企業を対象としたことは、既に述べたとおり である。
その結果、以下①~⑨の9つの点が明らかになった。まず①サブサハラ・アフリカの11 カ国の対象企業では、本業の一貫性の有無に関わらず、貧困削減や開発という公益に対し、
自社のアセットを活用して、幅広く関与していたことである。しかし、web上での記載は 記述的(descriptive)であり、企業寄付の動機や戦略を必ずしも明らかにするものではな かった。そのため、11カ国の web調査を通じて、最も積極的な活動を行っていたケニア
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を選択し、事例研究を行った。その結果、②サブサハラ・アフリカでの企業寄付の動機は、
(ii)企業寄付の効果の獲得と(iii)社会的責任の充足という利己的な動機と非利己的な動機の 複数の異なる動機を同時に持っていたことが明らかになった。他方、その効果は経済的効 果と社会的効果の両立を目指すというよりも、社会的効果の獲得が中心であった。また経 済的効果の獲得には否定的な回答も見られた。
このように、③自社のアセットを活用して公益に関わりながらも、経済的効果の獲得を 必ずしも必要としないとの企業のスタンスに対して、企業はステイクホルダーからの批判 はないとの理解を持っていた。特に調査した企業のほとんどが自社財団を設立しており、
企業寄付の主体的活動を自社財団にシフトしながらも、その財団の経営は企業本体の経営 層が兼任する事例が多く見られた。他方、企業寄付の選定基準を明確にし、専任組織がそ の基準に沿った案件を選定した上で、取締役会に上程しており、またその活動結果を定期 的に取締役会に報告していることから、企業寄付の制度化が果たされていたといえる。そ のため、自社のアセットを活用しながらも、経済的効果の獲得に影響されることなく、企 業寄付を継続することができるとの企業側の理解が確認できた。
こうしたケニアでの事例研究の特性を明確にするため、途上国で企業が公益に関与する 活動をモデル化したValente and Crane (2010)の公的責任戦略を活用した。それを通じて 明 ら か に な っ た こ と は 、 ④ ケ ニ ア の 事 例 か ら 、 公 的 責 任 戦 略 に お け る 「 補 完 戦 略 (Supplement strategy)」の採用が確認できた。これは本業との関係性はないが、公的サー ビスの不足を、企業寄付を通じて地理的、または機能的に補完する戦略である。また「補 完戦略(Supplement Strategy) 」と「支援戦略(Support strategy)」の双方を採用する事例 も確認された。「支援戦略」は「補完戦略」と同じく、本業との関係性はないが、「補完戦 略」による公的サービスの直接的な提供よりも、行政のキャパシティ・ビルディングの向 上を中心的な支援とする戦略である。さらに「刺激戦略(Stimulate strategy)」を採用する 事例も確認できた。これは本業を通じて既存の政治経済インフラの変化を促進し、公的な 目的に広く寄与するシステムの創出に関わる戦略である。その中で、⑤「補完戦略」か「刺 激戦略」のいずれかを採用した事例では、公益への関与の負荷は高いとは言えず、これら の戦略を採用していた企業は、むしろさらに取り組みを拡大しようとしていた。しかし、
「補完戦略」と「支援戦略」の双方を採用した事例や、「補完戦略」から「支援戦略」に中 心的な活動をシフトした事例では、キャパシティ・ビルディングの向上を戦略の中心に置 くこととなり、公益への関与の負荷が相対的に高くなることが確認された。
このValente and Crane(2010)の戦略ごとの差異を踏まえ、公益の負荷が高い事例を持続
可能性の観点からさらに詳細に分析したところ、⑥企業が公益に関与する際に導入してい た新たな 2 つの戦略が確認できた。一つは企業寄付の調整機能と再構築であり、もう一つ は、貧困削減や開発を意図した所得獲得とキャパシティ・ビルディングのために、「コミュ ニティ側の効果」を意図した企業側の「仕組み」の形成であった。
前者は、企業寄付の調整機能、つまり、企業としての責任を明確にし、他のステイクホル
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ダーとの役割や専門性を鑑みて、自社の責任と役割を低減しながら「退出」することである。
しかし、「退出」するだけでなく、持続可能で体系的な取り組みに転換するため、コミュニ ティに企業の役割と責任の理解を醸成し、新たな取り組み体制を「再構築」することであっ た。通常、企業からの資源の提供の停止、契約やプロジェクトの終了に伴う「退出」はよく 見られるが、結果としてコミュニティの課題の緩和や解決につながる持続可能性を「再構築」
できなければ、その負の効果はそこで経済活動を行う企業に「回帰」することとなる。その ため、ビジネス環境の厳しいサブサハラ・アフリカでは、「退出」と制度化された「再構築」、 そして何をどこまで企業が行うかの見極めを慎重に行いながら、企業が責任から「逃避」し たとコミュニティから批判を受けることがないような「均衡点」を明確にする、という企業 寄付の調整機能と再構築が公的責任戦略の上で不可欠な戦略であった。
今回明らかにした1つ目の戦略に対して、10年を経てマガディソーダ社にヒヤリングを 実施したところ、CDP委員会は瓦解し、マガディソーダ社がSWOT委員会の全ての費用を 負担する状況になっていたことが確認された。つまり、Valante and Craneの中で「支援戦 略」として描かれていたキャパシティ・ビルディングを現地の組織や行政機関が身に付け、
実際に発展させていくのは容易ではなく、とりわけ再構築後の資源の継続的な獲得の目途 が立たず、結局「回帰」が起こっていたのである。それに対して、長年の経験からマガディ ソーダが採用した 2 つ目の戦略は、同社の貧困削減と開発の活動を通じて、コミュニティ の資源やキャパシティを向上させるという「コミュニティ側の効果」に結び付ける「仕組み」
の構築であった。具体的には、同社の調達への入札参加やアウトソーシングを通じて、コミ ュニティが試行錯誤を繰り返しながら、ビジネスのスキルを改善し、提供する財・サービス の品質の向上を通じて顧客満足に繋げ、コミュニティが自らの所得獲得のキャパシティ拡 大に結び付けられる「仕組み」を企業が意図して形成していたことであった。実際、マガデ ィソーダでは、コミュニティの落札比率は契約金額ベースで全体の17%程に達していた。
しかし、サブサハラ・アフリカでは、こうした企業側の「仕組み」が整備されないまま、
コミュニティが単に組織を作り、ビジネスに取り組んでも、サービス品質、市場アクセス、
輸送費、納期、安定的な数量の提供など様々な課題に直面し、それらの条件を満たせず、ビ ジネスとして継続できない事例は有りにも多い。その意味で、キャパシティ・ビルディング の観点からも、企業が企業寄付の中でこうした「仕組み」を戦略として形成する意義は高い といえる。とりわけ、アフリカでの企業寄付では、こうした厳しい環境と社会との密接な結 びつきを理解する必要があり、そこにおける企業寄付の位置付けが、公的サービスに代替・
補完する決定的な資源となる場合があることを踏まえる必要がある。
さらに公益への負荷が低い企業でも貧困削減や開発といった公益への関与が広く見られ ることから、この負荷の差が何に起因しているのかを企業の置かれた諸条件や環境から分 析した。著者はこの分析結果を踏まえ、⑦調査対象企業の企業寄付を 3 つの支援に分類し た。すなわち、「コミュニティ支援」、「VP支援」、そして「プロジェクト支援」である。こ の3つの支援では、「期間」、「地理的特性」、「支援対象」、「公的責任戦略」の選択、そして