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企業寄付の公的責任戦略 - ケニアの事例から

ドキュメント内 著者 金子 鋭一 (ページ 106-136)

第4章では、設定された4つのリサーチクエスチョンに対して、ケニアの企業のweb調 査のみならず、半構造化面接を通じて、それらの回答を模索した。その過程で、企業は経済 的効果への期待は限定的で、むしろ、社会的効果の獲得を中心とした企業寄付の動機が確認 できた。またサブサハラ・アフリカで企業が貧困削減や開発といった公益に具体的にどのよ うに取り組んでいるのかについても明らかにした。とりわけ、サブサハラ・アフリカでのビ ジネス環境の厳しさの中で、企業寄付の戦略として、公益への関与による企業の負荷が相対 的に低い取り組みを採用する企業が多い中、負荷の高い活動を継続している企業も確認さ れた。

そのため、本章では公益への関与によって高い負荷を負っている企業の特性を、企業の支 援の環境面や条件面から明らかにする。その際に、歴史的な経緯と現在の状況を確認し、企 業がどのようなビジネス環境の中で、どのような負荷を背負いながら公益に関ってきたの か、そしてその際にどのような戦略を採用していたのかを著者の調査から分析する。また公 益への関与の負荷が相対的に低い企業の取り組みについても確認し、支援の形態の分類を 行う。

なお、上記検証に際して、ケニアの企業が採用していた公益への戦略的な取り組みの特性 を明確にするため、本章ではValente and Crane(2010)の公的責任戦略を活用する。Valente and Crane(2010)は、企業の公益への関与を、企業の裁量的責任の延長線上の取り組みとし て捉え、アフリカ、中南米、アジアの30カ国での企業の公益への関与を調査した結果、途 上国での企業の公益への関与を公的責任戦略(Public Responsibility Strategy)としてモデ ル化し、4つの戦略に分類した論文として知られる。本論文では、サブサハラ・アフリカと いう途上国の中でも最もビジネス環境の厳しい地域を選択しているため、多様な途上国の 公益への関与を分析し、それに基づいて作られたフレームワークを採用することで、本論文 での調査結果の特性を明らかできると考えられる。さらにその中で、企業が持続可能性を鑑 みて採用していた企業寄付の新たな戦略を浮かび上がらせ、さらに踏み込んだリサーチク エスチョンの回答を導き出すことに寄与できるはずである。

第1節 Public Responsibility Strategyの4つの戦略

まず本節ではValente and Crane(2010)による公的責任戦略を確認する58。Valente and

58 以下、特に記載がなければValente and Crane(2010)を参照。

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Crane(2010)は、途上国では基礎的な社会インフラの欠如や、行政の資源やキャパシティ不 足に起因する公的サービスの非効率性により、社会的課題への取り組みに大きな支障をき たしているという。そのため、途上国では企業が公益に関与をせざるを得ない状況が発生し ていると指摘する。またUN Global Compactのように、国際社会からも企業の公益への関 与の要請が高まっているが、これは企業が不確かな領域(uncertain territory)に踏み込むこ とを意味する。こうした効率的な公的サービスが欠如する環境下で、企業が公益に取り組む 場合の戦略をpublic responsibility strategy(以下、公的責任戦略)と定義した。そして、政 府の資源・キャパシティ不足、及びガバナンスの脆弱性に起因する公的サービスの課題に対 して、企業の関わり方を4つの戦略に分類した。Valente and Crane(2010)はこの戦略を、

political CSR、又はextended corporate citizenshipとも呼び59、企業寄付と同様の、企業 の裁量的責任の延長線上の取り組みとして捉える。またこの分類に際して、企業の公益への 関わりを確認するため、アフリカ、中南米、アジアの30社の事例研究と150人以上のイン タビューを実施している。そしてその調査を通じて 2 つの要素を公的責任戦略の分類の基 軸とした。1点目として、本業との関係性がある場合とない場合の2つに分けられる。前者 は本業が政府の役割を代替・補完するという認識や意思がなくても、本業が公的サービスに 関連し、政府の資源やキャパシティに課題がある際に、その補完を行える企業である。他方、

後者は本業との関係性はないが、本業の社会政治環境を強化し、競争コンテクストの獲得に 価値を見出す企業が上げられる。2点目として、企業が公的サービスを提供する場合と、公 的な目的を達成するために新たな政治経済インフラを創出する場合に分類している。前者 は民営化した企業が、公的サービスを提供する場合が一例として上げられる。また後者は、

マイクロファイナンスなど、企業が政治的な背景や経済的なコンテクストをイノベーティ ブな技術やアイデアで変化させ、それによって公的な目的を達成し、公共政策を変更させる 場合である。この2つの基軸を踏まえ、表5-1のとおり、企業が公益に関与する際の戦略を 4つに分類している。以下、この4つの戦略について確認する。

59 Valente and Crane(2010) p.55.

99 表5-1: Public responsibility strategyの4つの分類

出典: Valente and Crane(2010) p.59を著者が邦訳の上で、一部修正

公的サービスの提供 公的な目的のためのインフラ

1—補完戦略 2—支援戦略

取り組み範囲 *直接的な公的サービスの提供

*政府のキャパシティー・

ビルディング

*政府の活動/政策への介入

インパクト

*重要となる公的サービスの提供

*競争環境の創出

*至急の社会的な危機への対応

*組織への支援

*公共政策への影響

*公的な目的に関する意思決定 への影響

Key Challenges

*民主的枠組みと説明責任への対応

*依存からの転換

*不要な継続的コスト負担から の回避

*不信や表面的な関係性の克服

*不適切な評価方法だと 知らせる動機付け

企業への恩恵

*License to operate(LTO)

*企業に望ましい競争コンテクスト

*宣伝広報、渉外

*公的サービスの役割を止める

*コストを公的機関の負担に

*現地キャパシティの獲得

戦略採用の際の 理想的なシナリオ

*急ぎの対応が必要な時

*競争コンテクストが脅かされる時

*既存のサービス提供能力を 活用してサービスが増やせる所

*政府/組織の能力不足

*公的な目的と政策が不適切

挑戦を乗り越える 戦略

*取り組みへのオーナーシップの共有

*既存の組織/社会構造への関与

*相互の理解と協力

*アウトプットからインパクト への評価のシフト

3—代替戦略 4—刺激戦略

取り組み範囲 政府サービスの民営化 *代替的な経済モデル

*政府に影響を与えうる市場知識

インパクト *公的サービスの民間による提供

*民営化先の法規強化

公的な目的を達成する方法の 変更

Key Challenges

*公的サービスの課題の調整

*民間によるガバナンスに対する 法制化

*資源や支援へのアクセス

*組織の規範やバイアスの克服

企業への恩恵

*市場獲得や収益獲得の機会

*バリューチェーン上の重要な 取り組み

*起業家精神の増加

*代替的アプローチの拡大を保証

戦略採用の際の 理想的なシナリオ

*公的サービスへの価値提供

*政府に代替することによる ステイクホルダーからの圧力

政治経済インフラに変化が 必要な時

挑戦を乗り越える 戦略

*第三者による健全なチェック

*多様なステイクホルダーの 一つとの認識

*パートナーシップによる 決定的数量の確保

*漸進的取り組みを通じた粘り強さ と創造性

本業 との 関係性

あり 本業 との 関係性

なし

100 1-1. 補完戦略(Supplement strategy)

本業との関係性はないが、公的サービスで不足している資源を、企業寄付を通じて地理的、

又は機能的に補完する戦略である。しかし、この戦略には2つの課題がある。一つは企業の 準政治的役割(quasi-political role)に対して、コミュニティから抵抗が起こる可能性がある。

これは民主的な選択を経ていない企業が、公的サービスを提供することに起因する。実際、

提供するサービスは企業の意向や資金・活動の限界に影響を受けるため、必ずしも地域のニ ーズを充足できる訳ではない。もう一つは、自社単独での活動で、コミュニティからの大き な依存を回避する取り組みと、オーナーシップの共有の形成である。実際、成功している企 業は潜在的なインパクトを分析し、社会的コミットの前に代替的な資源提供者がいないか 確認している。そしてコミュニティへの意思決定に企業が加わり、そのニーズを把握し、企 業としてできることを明らかにしている。なお、本戦略を採用する最も適切な環境は、公的 サービスの提供不足によって喫緊の課題を抱えており、企業がそれを代替し、さらに拡張で きる場合である。

1-2. 支援戦略(Support strategy)

補完戦略と同じく本業との関係性はないが、企業の影響力を活用し、公的な目的の達成を 支援する戦略である。公的サービスの提供に直接関わるのではなく、行政のキャパシティ・

ビルディングへの支援を通じて、充足すべき公的責任のギャップを補完できるよう管理や 促進に焦点を当てる。そのため、支援戦略は組織キャパシティの形成に効果的となる。他方、

企業と行政・コミュニティの双方の責任の理解を通じ、自己統治(self-governance)と連帯し たオーナーシップという相互依存の関係を明確にしておく必要性がある。これが明確にな らないと不信を助長したり、表面的な関係に陥る。また補完戦略と異なり、短期で目に見え る結果を創出しづらく、長期の投資が必要となる。つまり、学校建設数等、評価可能な結果 (measurable outcomes)ではなく、政府やコミュニティのキャパシティの拡大という質的変 化に焦点をシフトさせることであり、その際のプロセスに焦点を当てることを意味する。こ のように支援戦略は、喫緊の公的サービスの提供不足に直面していないときに有効であり、

公的サービスの開発や運営に責任を持つ、持続可能で効果的な組織形成とキャパシティ・ビ ルディングに企業は重点を置くことになる。

1-3. 代替戦略(Substitute strategy)

企業の本業を通じた取り組みであり、且つ企業が公的サービスを直接提供する戦略であ る。特に途上国では、民営化による企業の市場参入がこの一例である。しかし、途上国の政 府が労働関連法規の非効果的な強化を行うリスクがある。そして新たなビジネスの開発や ビジネス・モデルの転換、そしてコストの削減を行う場合、公的観点から安定的なサービス の供給を優先すべきとのプレッシャーを受け、新たな取り組みへの妥協が求められる場合 がある。そのため、他の民間部門の戦略とは異なり、企業の既存のバリューチェーンの取り

ドキュメント内 著者 金子 鋭一 (ページ 106-136)

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