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第 5 章 結論
前章まで、ソマリア、ボスニア、コソボの各事例について、「人道的介入における武力行 使はなぜ成功・失敗したのか」という問いに対して、軍事・外交関係の観点から解答を示 してきた。本章ではまずそれを簡単に振り返りながら、3事例に共通するポイントを抽出す る。そして、そこからさらに考察を進めて、最後に、人道的介入における武力行使に関す る有益な一般的知見を得て議論を締めくくりたい。
第 1 節 有効な軍事・外交戦略の欠如
表5.1.は3事例の概要である(ボスニアの事例は2つの段階に分けて考えている)。
表5.1. 3事例の概要
事例 武力行使の目的 武力行使の結果 任務と武力行使の関係
ソマリア
(希望回復作戦)
人道援助活動にとって 安全な環境の確立
成功(但し、長期的には外交 交渉にマイナス影響)
任務>武力行使
ボスニア①
(限定空爆)
安全地域の保護 失敗 任務>武力行使
ボスニア②
(周到な力作戦)
外交交渉の進展
(コンタクト・グループ 案をベースにした交渉の 開始)
成功 任務=武力行使
コソボ
(同盟の力作戦)
外交交渉の進展
(ミロシェビッチに和平 案を受諾させる)
成功(但し、長期化と副次的 被害の面では失敗)
任務=武力行使
直接/間接アプローチ ソマリア
(希望回復作戦)
直接アプローチ
…武力行使と外交交渉が切り離される ボスニア①
(限定空爆)
直接アプローチ
…武力行使と外交交渉が切り離される ボスニア②
(周到な力作戦)
間接アプローチ
…武力行使と外交交渉が組み合わされる コソボ
(同盟の力作戦)
間接アプローチ
…武力行使と外交交渉が組み合わされる
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軍事・外交関係の観点から見た、武力行使の成功・失敗の要因 ソマリア
(希望回復作戦)
成功の要因:外交交渉と切り離されることで確保された、武力行使の限定性
ボスニア①
(限定空爆)
失敗の要因:戦場の情勢が外交交渉に直接反映される、軍事・外交関係の構造が マイナスに作用(介入側の曖昧な軍事・外交戦略と、非介入側の明確な対 応のギャップ)
ボスニア②
(周到な力作戦)
成功の要因:戦場の情勢が外交交渉に直接反映される、軍事・外交関係の構造が プラスに作用
コソボ
(同盟の力作戦)
失敗の要因:楽観的な見通し、NATOの結束を維持する必要性、副次的被害の懸 念、政治目的の不明瞭さ
成功の要因:NATOの結束、政治目的の明確化、外交交渉の質的変化
まず確認しておきたいのは、「任務=武力行使で、直接アプローチ」というケースがない ことである。「任務=武力行使」のケースである周到な力作戦と同盟の力作戦は、ともに間 接アプローチの武力行使である――武力行使が外交交渉の手段として用いられている。直 接アプローチを採用した希望回復作戦と限定空爆は、「任務>武力行使」のケースだった―
―敵と戦うことはあくまで介入部隊の任務の一部に過ぎなかった。やはり人道的介入に関 しては、介入主体が一切交渉を考えず軍事力だけに頼って敵を物理的に排除して、問題を 解決しようとする可能性はかなり低いということだろう。2001年のアフガニスタン戦争や 2003年のイラク戦争のような形は、およそ人道的介入については考えられない。介入主体 にとって現実的な選択肢は、リスクの低い限定的な武力行使によって直接人道的危機に対 処するか、それとも限定的にせよ本格的にせよ武力行使を外交交渉の手段として用いて(基 本的には空爆という形で)、それによる紛争の政治的解決を通じて間接的に危機に対処する かの、2つに絞られるのではないだろうか。つまり「直接アプローチの限定的な武力行使」
か「間接アプローチの武力行使」のどちらかということである。以下では考察の対象をこ の2つに絞りたい。
次に、「成功」という結果が多いとはいえ、必ずしもそこから武力行使や介入に関する楽 観的な知見を導き出せるわけではない。むしろ注目すべきは、成功/失敗に関わらず、共 通して有効な軍事・外交戦略が形成されていなかった事実である。ソマリアの事例は、直 接アプローチの成功例だが、その成功は、アメリカが介入部隊の任務や武力行使を極めて 限定的なものに設定した結果、達成された短期的な結果であり、より広い、長期的な視点 から見れば、そのマイナス影響が外交交渉に及んだ事実が浮かび上がってくる。武力行使 は成功したが介入は失敗したのである。周到な力作戦と同盟の力作戦も成功例だが、成功 という結果に至るまでのプロセスを詳しく見れば、その成功が、事前に準備された軍事・
外交戦略の直接の産物だったとは言い難い。前者は軍事・外交戦略が曖昧だったにも関わ、、、、
らず、、
成功した例であり、後者は戦略に部分的な曖昧さを抱えつつ、しかも 2 つの面(長期 167
化と副次的被害)での失敗を経て、最終的に何とか成功した例である。唯一の失敗例の限 定空爆では、介入主体内部の軋轢のせいで軍事・外交戦略が固まらなかったことが、失敗 の要因になっていた。
以上のように、3事例に共通するのは、その内実は様々であるにせよ有効な軍事・外交戦 略が形成されなかったという事実である。だとすれば、1つの疑問が浮かんでくる。人道的 介入においては、有効な軍事・外交戦略の形成に一定の限界があるのではないか。言い換 えれば、外交交渉との関連で武力行使を計画・実践することには、一定の限界ないし不確 実性が伴うのではないか。その限界が具体的にどのようなものか、次節で考えてみたい。
第 2 節 武力行使の限界
本節では、武力行使の限界を明らかにすることを目的として、いくつかの段階を踏んで 議論を進める。まず、直接アプローチと間接アプローチの選択にまつわる限界を、次いで 両アプローチそれぞれの限界を明らかにし、最後にそれらを1つの視点から総括する。
(1)直接/間接アプローチの選択と武力行使の限界
介入主体が武力行使を構想、計画する時にまず必要なのが、直接アプローチをとるか(外 交交渉と切り離すか)、間接アプローチをとるか(外交交渉と組み合わせるか)という選択 である。
ソマリアの事例では、アメリカが明確な意志をもって直接アプローチを選択した。なぜ そうしたかといえば、ソマリア紛争の政治的解決は極めて困難であり、せいぜい実現でき そうなのは人道的危機を緩和することぐらいだというのが、アメリカの認識として固まっ ていたからである。武力行使を外交交渉と組み合わせて紛争解決に取り組むなど、到底考 えられなかった。これに対して国連が武装解除との関連でその組み合わせを求めたが、ア メリカはこれを受けつけず最後まで直接アプローチを貫徹した。すなわち、ここではアメ リカによる軍事行動および武力行使の決断と、直接アプローチの選択が表裏一体をなして いたのであり、しかもそれは外交交渉の回避という消極的な文脈でなされていた。外交交 渉は紛争の政治的解決を目指す活動である。そのような活動に関与すれば、それだけ紛争 に深入りすることになる。深入りすれば、武力行使に伴うリスクも高くなる。アメリカは これを避けたかったのである。介入主体の政治的動機が弱い場合には、直接アプローチが 選び取られる可能性が高いといえるだろう。
上記のリスクの高さをある意味で実証したのが、ボスニアの限定空爆だったといえる。
介入側の軍事・外交戦略としては、しっかり外交交渉と組み合わされた武力行使ではなか ったにも関わらず、空爆を受ける側のセルビア人勢力からは外交交渉の展開に影響するも のとみなされた。つまり、セルビア人勢力の反応は事実上、外部主体が外交交渉への関与
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を通じて紛争に深入りしてくることへの反発であった。つまり、直接アプローチの武力行 使である限定空爆がセルビア人勢力の反発を招いて失敗した経緯は、介入主体が武力行使 と外交交渉を組み合わせて紛争の政治的解決に取り組むことのリスク、つまり間接アプロ ーチのリスクを実質的に示したわけである。
また、これとは別に、ボスニアの限定空爆は興味深い示唆をもう 1 つ含んでいる。限定 空爆の軍事・外交戦略が明確に固まらなかったのは、アメリカとヨーロッパの間で足並み が揃わなかったからだが、なぜそうなったかといえば、当時外交交渉の焦点となっていた 和平案、ヴァンス・オーウェン案に対する評価に違いがあったからである。すなわち、こ の時介入主体が 1 つの明確な間接アプローチでまとまりきれなかったのは、ソマリア介入 におけるアメリカと国連の軋轢に見られたように、武力行使と外交交渉を組み合わせるこ と自体の是非をめぐって意見が割れたからではなく、交渉のテーブルに乗せる和平案の中 身をめぐって意見が割れたからである。介入主体が間接アプローチを選択するには、主体 の間で和平案について合意を形成しておく必要がある。相手に強制する和平案があって、
初めて介入主体は武力行使に踏み切ることができる。和平案という要素が武力行使の正統 性を支えているといってもよいだろう。あるいは、武力行使の正統性の一部は和平案ない し外交交渉の正統性だともいえる。ここで一旦ソマリア介入に話を戻すと、あのような破 綻国家では外交交渉の正統性が低かった(成功の見込みが立たなかった)からこそ、武力 行使は限定的な形でしか正統性を確保できなかったともいえるのである。
間接アプローチの武力行使である周到な力作戦と同盟の力作戦は、介入主体の中で和平 案について合意があったからこそ実行が可能になった。周到な力作戦に関していえば、1995 年夏までに、アメリカ、ヨーロッパ、ロシアの間でコンタクト・グループ案という和平案 が固まっていた。また、もう少しさかのぼると、武力行使を担うNATOのリーダーである アメリカが、介入プロセスの途中(1994年春)から外交交渉を主導するようになり、和平 案作りに深く関与しはじめ、さらにビハチ危機(1994年秋)を契機として武力行使と外交 交渉の組み合わせを強く意識するようになったことが大きい。同盟の力作戦で当初から明 確に間接アプローチが選びとられたのも、同じくアメリカ、ヨーロッパ、ロシアの間で和 平案に関する考えがまとまっていたからである。もちろん、アメリカにとってみればボス ニアとコソボのどちらの場合も、外交交渉に関与して紛争に深入りすることには大きなリ スクが伴ったが、ソマリアとは違いヨーロッパの同盟国および自国の安全保障に関わる問 題だったことから、そのリスクを受け入れて武力行使の決断に踏み切れたのである。
このように考えると、直接/間接アプローチの選択において重要なのは、介入主体が人 道的危機の深刻さや性質をどのように認識しているのかということよりも、介入主体が外 交交渉や和平案に関してどのような政治的判断を下すのかということになる。言い換えれ ば、重要なのは介入主体の目から見て、これから行われる予定の外交交渉、あるいはすで に行われている外交交渉が、リスクを冒してでも武力行使で後押しする価値があるのかど うかということなのである。すでに指摘したように、外交交渉の正統性が武力行使の正統
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