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本章では,第4章のせん断シミュレーションで作成した析出構造を拡大してらせん 転位を導入し,分子動力学法によりせん断ひずみを与え[¯110]方向に転位を運動させる シミュレーションを行った.対象は,比較的大きなTiO2析出物を持つ Fe-0.2wt%YO-0.4wt%TiO2および酸化物が微細に分散したFe-0.6wt%YO-0.2wt%TiO2とした.また,

Fe-0.2wt%YO-0.2wt%TiO2については,第4章で扱ったセルにらせん転位を導入し,

NEB法によるカッティングバリア評価も行った.以下に得られた結果を示す.

(1) Fe-0.2wt%YO-0.4wt%TiO2はせん断ひずみ約0.010,Fe-0.6wt%YO-0.2wt%TiO2 は約0.012で転位が動き出したが,応力-ひずみ曲線はεzx = 0.017までほとんど同 じであった.εzx= 0.017からの差は,微細析出したFe-0.6wt%YO-0.2wt%TiO2 が粗大析出のFe-0.2wt%YO-0.4wt%TiO2より応力上昇の鈍化が大きくなったた

めである.弾性剛性係数の行列式の変化も同様で,εzx = 0.016までほとんど同 じで,そこからFe-0.6wt%YO-0.2wt%TiO2の行列式低下が停滞したために,先 の応力-ひずみ線図を上下反転させたような挙動を示した.

(2) 比較的大きなTiO2析出物を持つFe-0.2wt%YO-0.4wt%TiO2の系では,大きな TiO2析出物と転位の切り合いにより多数の欠陥を残した.その際,[111]方向に おいて析出物を挟んですべり面が明確に変わる場合と変わらない場合があり,変 わる場合は交差部を起点とした転位ループの形成が確認された.すべり面を変え ないで析出物界面に欠陥を残したのはミスフィットによるものと推測されるが,

その詳細は現時点では不明である.

(3) 負のAES原子の分布を調べた結果,転位芯付近の原子はせん断シミュレーショ ン初期にはAESが負とならなかったが,転位が動き続けるときに転位芯のFe原 子AESがになっていることが分かった.

(4) 酸化物が細かく分散するFe-0.6wt%YO-0.2wt%TiO2の組成でもまた,(2)と同様 の転位ループ形成が見られた.その際,転位と析出物の切り合いから欠陥が生 じ,[111]方向へ動いた後,[¯110]方向へ欠陥が成長する過程が観察された.AES 負原子の分布を調べると,上記欠陥生成時に,析出物-母相界面から負のFe原子 が生じており,負のYO粒子も観察された.TiO2にはAESが負の原子は生じな かった.

(5) NEB法によりらせん転位がTiO2析出物(直径:2.89[nm],析出物間距離:11.1[nm]) をカッティングするときのエネルギー障壁を求めた結果,析出物中心よりわずか に前後にずれた位置でピークをとり,それぞれ1.189[eV/nm],1.222[eV/nm]で あった.転位が析出物中心にあるときは1.144[eV/nm]とわずかに低い値をとり,

エネルギー極小値をとることが分かったが,その谷が小さいためらせん転位は析 出物にトラップされないものと結論づけられる.

7 結 論

本研究では,第一原理計算により実際のY2O3,TiO2の自由エネルギー曲線を求めた 後,YとO,TiとOを陽に区別しない平均粒子と近似したポテンシャル関数にフィッ ティングして,ODS鋼中の酸化物分散形態のモンテカルロシミュレーション,分子動 力学法による変形シミュレーション等を行った.また,原子弾性剛性係数(AES)とい う基準を用いて変形中の個々の原子の力学状態について検討した.さらに,らせん転 位と析出物の相互作用について,分子動力学シミュレーションだけではなく,NEB法 によるエネルギーバリアの定量評価も行った.以下に本論文を総括する.

第2章では本研究で用いた分子動力学法,モンテカルロ法,AESによる力学評価手 法,NEB法について説明した.また,平均粒子のポテンシャルパラメータの決定方法 についても述べた.

第3章では,モンテカルロ法により酸化物分散形態の検討を行った.バルクでの検 討によりYO粒子は組成,温度に関わらず粒子数個程度のクラスターを形成し,シミュ レーションセル内に均等に分布するのに対し,TiO2粒子は比較的大きなクラスターを 形成し,その寸法はYO粒子の組成および温度条件によって変化することを明らかにし た.温度1000[K]と1400[K]でのTiO2粒子の析出物寸法を比較すると,やはり1400[K]

の方が粗大化する傾向が認められたが,YO粒子の組成が比較的高い Fe-0.6wt%YO-0.2wt%TiO2の組成では,1400[K]でもTiO2粒子の粗大化が抑制されていた.また,そ の他の原子や空孔の影響も検討し,Al原子の添加はもともと小さく分散するYO粒子 をより凝集しにくくすること,原子空孔はYO粒子の周囲に集中すること等を明らか にした.Σ5傾角対称粒界近傍についての検討では,結晶粒界近傍にTiO2粒子が特に 顕著に粒界に偏析するが,YO粒子にはそのような傾向は認められないことを明らか にした.

第4章では,酸化物分散形態による力学応答変化を調べるために,モンテカルロ法 により作成した様々な組成の単結晶バルクを対象に,(¯1¯12)面をすべり面とし,[111]

方向へ単純せん断させるシミュレーションを行った.酸化物が細かく均等に分散した Fe-0.6wt%YO-0.2wt%TiO2は,粗大TiO2析出物を有する他の組成に比べて高い弾性 限界を示した.応力ピーク前後の原子構造を観察した結果,析出物界面近傍から双晶 が発生し,ひずみの増加と共に互いに合体し成長することで応力急減しており,高い 弾性限界を示したFe-0.6wt%YO-0.2wt%TiO2の組成では,TiO2クラスターが小さく 界面からの欠陥生成が抑制されていた.また,AESの正負で内部構造変化を観察した 結果,比較的粗大なTiO2析出物を形成した系では,TiO2析出物-母相界面でAESが 負となるFe原子が集団的に発生し,そこが双晶変形の起点となっていた.一方,酸化 物が細かく均等に分散し,高い弾性限界を示したFe-0.6wt%YO-0.2wt%TiO2の組成で は,TiO2の界面だけでなくYO粒子周辺からもAESが負となるFe原子が様々な方向,

場所で発生,成長しており,負のAESとなったFe原子の不安定モード,方向が異な るため,界面からの双晶発生が抑制されることを明らかにした.

酸化物が粒界での力学特性に与える影響を調べるため,第5章では,Σ5ねじれ粒界 を導入した系の[001]方向への引張シミュレーションを行った.純鉄も含め,いずれの 組成もεzz = 0.06〜0.07近傍で第1応力ピークに達した後,εzz = 0.08近傍で下げ止ま

り,εzz = 0.011近傍まで同様の応答を示したが,以降は組成により応答が大きく異なっ

た.純鉄およびFe-0.6wt%YO-0.4wt%TiO2は第2応力ピークを示し粒界でへき開した が,その他の組成では第2ピークが不明確であり,特にFe-0.2wt%YO-0.4wt%TiO2で は第1ピーク後の最大応力を示したあと,へき開した系に比較して段階的に応力が減 少した.原子毎のポテンシャルエネルギー分布により構造の変化を調べた結果,いずれ の組成も,第1応力ピーク前後に発生した帯状の分布が各結晶領域全体に伝播した後,

追加発生したすべりによる変形が飽和したとき粒界のへき開または粒内き裂による破 壊が起こった.Fe-0.2wt%YO-0.2wt%TiO2ではすべりと粒界が交差する高エネルギー 領域から純鉄と同様へき開が生じた.Fe-0.2wt%YO-0.4wt%TiO2では粒界と結晶内部 のすべり交差部を接続するような粒内き裂が発生した.Fe-0.6wt%YO-0.2wt%TiO2

は完全に粒内からき裂が発生していた.Fe-0.6wt%YO-0.4wt%TiO2では粒界に偏析し たTiO2とその周囲のFe原子の間でへき開を起こすと同時に粒内き裂も認められた.

Fe-0.2wt%YO-0.4wt%TiO2とFe-0.6wt%YO-0.4wt%TiO2の粒界でのTiO2粒子の分布 の違いからむらのある,一部密集した構造が粒界-粒内交差すべりへのき裂発生を促し た可能性が示唆された.また,AES負原子の分布により内部構造変化を調べた結果,

Fe-0.6wt%YO-0.4wt%TiO2の組成において,引張後期でも最初の応力ピークで生じた

AES負原子が解消されず,2つの負のAES原子面が1つになるように変化し,最初の 応力ピーク後に導入された双晶欠陥間で結晶の回転または相変態を生じた可能性が示 された.

第6章では,第4章のせん断シミュレーションで用いたセルを拡大して(¯1¯12)面を すべり面とするらせん転位を導入し,せん断ひずみを与えて転位を運動させるシミュ レーションを行った.比較的大きなTiO2析出物を持つFe-0.2wt%YO-0.4wt%TiO2の 系では,TiO2析出物と転位の切り合いにより多数の欠陥を残した.その際,[111]方 向において析出物を挟んですべり面が明確に変わる場合と変わらない場合があり,変 わる場合は交差部を起点とした転位ループの形成が確認された.一方,すべり面を変 えずにTiO2析出物界面に欠陥を残したケースも観察された.これは界面の凹凸やミ スフィットに起因するものと思われるがその詳細は不明である.酸化物が細かく分散 するFe-0.6wt%YO-0.2wt%TiO2の組成でも,転位ループ形成が見られた.その際,転 位と小さな析出物の切り合いから欠陥が生じ,析出物間で[111]方向へ動いた後,[¯110]

方向へ欠陥が成長する過程が観察された.NEB法によりらせん転位がTiO2 析出物

(直径:2.89[nm],析出物間距離:11.1[nm])をカッティングするときのエネルギー障壁を

求めた結果,析出物中心よりわずかに前後にずれた位置でピークをとり,それぞれ 1.189[eV/nm],1.222[eV/nm]であった.転位が析出物中心にあるときは1.144[eV/nm]

とわずかに低い値をとり,エネルギー極小値をとることが分かったが,その谷が小さ いためらせん転位は析出物にトラップされないものと結論づけられる.

ODS鋼における原子シミュレーションでは,イオン結合,配位結合,金属結合を同 時に表現しなければならないという困難がある.本研究ではそれを「平均粒子」とい

う簡便なモデル化により回避した.このような大胆な近似に関わらず,以上の結果は 実験観察で得られた知見に符合するばかりでなく,原子論を起点としたより詳細な検 討を行うことに成功している.今後,高精度な原子間相互作用による検討や新たな実 験観察結果から,本論文で得られた知見が検証・比較されることで新たな知見が得ら れることを期待する.

参 考 文 献

(1) 木村晃彦,軽水炉高燃焼度化のための炉心材料に関する技術開発,革新的実用 原子力技術開発平成14年度成果報告書(2003)

(2) Ukai,S. and Fujiwara,M., Journal of Nuclear Materials,307 (2002), 749

(3) Schaeublin, R. Leguey,T., Spatig,P., Baluc,N. and Victoria,M., Journal of Nu-clear Materials, 307 (2002), 778

(4) Hayashi,T., Sarosi,P.M., Schneibel,J.H. and Mills,M.J., Acta Materialia, 56 (2008), 1407-1416

(5) 鵜飼重治,ODSフェライト−マルテンサイト鋼被覆管の組織制御技術開発,サ イクル機構技報 No.7(2000)

(6) 核燃料サイクル開発機構,株式会社コベルコ科研,残留α粒を有する高温強度 に優れたマルテンサイト系酸化物分散強化型鋼の製造方法,特開2005-76087,

2005-3-24

(7) 京都大学,北海道大学,日本原子力研究開発機構,株式会社コベルコ科研,スー パーODS鋼,特開2010-65302,2010-3-25

(8) McClintock,D.A., Sokolov,M.A., Hoelzer,D.T. and Nanstad, R.K., Journal of Nuclear Materials,392 (2009), 353

(9) Jitsukawa,S., Suzuki,K., Okubo,N., Ando,M. and Shiba,K., Nucl. Fusion, 49 (2009), 115006

(10) Zhang,C.H., Jang,J., Cho,H.D. and Yang,Y.T., Journal of Nuclear Materials, 386 (2009), 457

(11) Kishimoto,H., Alinger,M.J., Odette,G.R. and Yamamoto,T,Journal of Nuclear Materials,329 (2004), 369

(12) Miller,M.K., Kenik,E.A., Russell,K.F., Heatherly,L., Hoelzer,D.T. and Mazi-asz,P.J.,Materials Science and Engineering A,353 (2003), 140-145

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