本章の概要
製品開発の開発下流で行われるシステム統合テストなどでは,機能組織間に跨る問題の 発生や,その原因の特定や解決などの難しい問題が発生しやすい.これらの問題の発生は開 発日程の遅延や開発経費増大など,プロジェクトに負の影響を与える.また,製品開発が行 われるマトリックス組織のプロジェクト軸ではプロジェクト体制を構築する必要があるが,
効果的な手法が必要である.本章は,リスクと考えられるCFPに対し,事前抑止と発生時 の迅速な対応を可能にするチーム体制の構築と,プロジェクト全体のプロジェクト体制を 構築するする手法について論じる.この手法で用いるツールがERAMであり,このERAM を用いた手法は,学際的プロジェクトや,複数のチームから構成されるプロジェクトにおい てCFPへの対応とプロジェクト体制の構築に応用することができる.
83
第1章 序章と,第2章 先行研究において,製品開発は,マトリックス組織で行われ ることが多く,マトリックス組織では,開発下流において組織横断的な問題が多く発生 し,開発遅延や開発経費の増大を招いており,さらに,プロジェクト軸の統制力が弱く,
プロジェクトの円滑な推進の障害となることを指摘した.
本章は,マトリックス組織という組織構造から生じるこれらの問題に対処する組織横断 的問題解決手法とその効果を論じる[除村2016a], [Yokemura2017b],
[Yokemura2010].
なお,本手法は製品開発を中心に論じるが,「3.6.2 ERAMの応用」で述べるよう に,本手法は大学での学際的プロジェクトや,複数の機能別チームから構成される大規模 システム開発プロジェクトなどにも応用できる可能性がある.
3.1 ERAMに求められる機能
製品開発では,V字モデル開発が行われる場合が多い.V字モデル開発とは,図3.1に 示すような開発モデルである.この開発モデルにおいて開発は,要求定義から概要設計,
詳細設計の順に作業工程を進み,出荷(受け入れテスト)で終わる.このモデルの左側で 定義・設計を行い,右側でテストを行い,左右の対応に対してテストが実施される.例え ば,概要設計の作業工程の成果物を検証するテスト工程はシステムテストの作業工程とな る.
要求仕様定義
概要設計
実装 詳細設計
単体テスト 統合テスト
システムテスト
出荷(受け入れ)テスト 定義・設計 テスト
図3.1 V字モデル開発
このV字モデル開発の右側のテストは,単体テスト→統合テスト→システムテスト→
出荷(受け入れ)テストと開発工程が流れていく.単体テストは,開発を行っている機能
84
組織内でのテストであり,統合テスト以降のテストでは,各機能は組み合わされ,製品と しての機能が仕様通り動作しているかの検証が行われる.このため,統合テスト以降の開 発下流のテストでは,複数の組織が関係するCFP が発生し,以下のような状況が発生し やすい.
CFPの発生時に生じやすい状況
(1) 問題の発生原因を見つけるために,問題が組織間でたらいまわしされる.
(2) 問題を見つけても,解決責任者にされそうなので,放置してしまう.
(3) 問題解析に時間がかかりそうなので,他の早く解決できる仕事を優先させて,その 問題はしばらく放置される.
(4) 問題解析は関係者を集めて実施しないと難しいそうなことがわかると,チーム編成 の会議などが必要になり時間を浪費する.場合によっては,誰が会議開催するかで もめ,時間を浪費することもある.
(5) 問題の原因が見つかると,解決や検証の活動で時間を使ってしまう.
(6) 問題が解決されると,その発生原因の責任を明確にしたり,再発防止の会議が開催 され,時間が消費される.
CFPが発生するとこのような状況が発生しやすく,開発遅延の大きな要因となる.
プロジェクト開始時にプロジェクト関係者,特に技術関係者は,そのプロジェクトで発 生が予測されるリスクに関して,以下のような感触を持つことができ,リスクを抽出する ことができる.ここで,リスクは先に述べた重要課題の意味であり,その多くは,新規技 術の導入や,新たな変化点,使用環境の変化によって生じる.
プロジェクトで発生が予測されるリスク
(1) 新規導入技術の目標品質,信頼性を達成できるだろうか.
これは新規技術そのものの完成度に対するリスクだけでなく,新規技術を既存シス テムに組み込むことによる全体の円滑な動作などのリスクも含む.また,熱の発 生,電磁気対応,性能,省エネなど,システム全体に影響する仕様への影響も考慮 する必要がある.
(2) 新しい材料,部品,潤滑剤などの使用に対し,耐久性などに対する懸念を感じる.
(3) 新しい動作環境,新しい業界製品標準などの仕様に適合できるか.
(4) 市場環境の変化に対応したテストケースとなっているか.
(5) 一段と難易度の高いシステム仕様を達成できるか.
(6) 過去の失敗事例や経験の基づき不安な事項がある,など.
これらリスクに対し,開発上流において,機能組織内で解決すべきリスクに対して,リ スク対応計画を作成し,リスク軽減などの対応が実施される.しかし,組織横断的リス
85
ク,すなわち,CFPに対しては,開発上流において組織間連携が弱い場合が多く,開発初 期に認識や懸念はしても,自分が責任者になることを躊躇し,実際に対応するなどのアク ションは実施せず,CFPへの対応が弱くなる傾向になる.また,CFP発生時には時間を 浪費することが生じやすい.本論文で述べる,ERAMは,CFPに対し,積極的に責任を 明確化し,CFP発生の事前抑制や,発生時対応の迅速化を図るためのチーム体制を構築す るツールである.
責任を明確化するツールとしては,「2.4.1 責任分担表 (RAM)」で述べたRAMがあ り,この機能は,アクティビティーに対する責任者や責任組織の明確化に限られる.RAM の考え方をCFPに拡張したものがERAMであると考えられる.
マトリックス組織では,CFPに対する対策に加え,プロジェクトマネジャーがプロジェ クトを統率できるプロジェクト体制を構築することが必要である.このプロジェクト体制 とは,プロジェクトの意思決定を行い,機能組織を含むプロジェクト関係者に対し決定事 項の実行を指示し,また,プロジェクトの現場での状況を迅速に把握し,プロジェクトマ ネジャーに伝達できる情報経路を持つプロジェクトの組織構造である.このようなプロジ ェクト体制ができていないと,機能組織側の力が強くなるため,プロジェクトマネジャー は,現場の状況に迅速に対応できず,対応や意思決定が遅れたり,機能組織のマネジャー の意見への対応や意見の調整などに追われる状況が発生しやすい.これらの仕事は,プロ ジェクト全体の責任者であるべきプロジェクトマネジャーが主に行う仕事ではなく,プロ ジェクトマネジャーは指揮官として,プロジェクトをきちんと統制できるプロジェクト体 制を構築することが求められる.ERAMはCFPに対するチーム体制を構築することに加 え,CFPのチーム体制をプロジェクト全体体制の中に組み込み,特にCFPに対する対応 力のあるプロジェクト体制を構築することができる.つまり,ERAMは,CFPに対応す るチーム体制とそのチーム体制をプロジェクト全体体制に組んだプロジェクト体制構築を 行うツールである.このようなツールは,以下の事柄を実現することが望まれる.
CFPに対応するために実現が望まれる機能
(1) 開発下流で発生が予測され,複数の組織が関係し,リスクとも考えられる解決が 難しい重要なCFPの対応に責任を持つチーム体制を構築できること.
(2) CFPの発生を抑制することができること.
(3) 開発下流で CFPが発生した場合に,迅速に把握し,その解決を迅速に実行でき ること.
(4) CFP の情報把握や対応の指示が迅速にできる情報経路を構成するプロジェクト 体制が構築できること.
(5) 人間の行動特性を考慮していること.
(6) リーダーやメンバーの責任意識向上,一体感醸成を図ることができること.
86
3.2 ERAMの基本的アイデア,構造,及びERAMを機能させる方法 3.2.1 ERAMの基本的アイデア
CFPに対応するために実現が望まれる機能を実現するための基本的アイデアは,CFPに 関する専門家から構成されるチームを構成することである.まず,プロジェクトの円滑な進 行に障害となる可能性のあるCFPを,事前に洗い出し,次に,洗い出したCFP に関係す る専門家から構成されるチームを作る.このチームをWG と呼ぶ.WGは,CFPに対し て事前対応を実施しCFP発生の事前抑制を行い,さらに,CFPが発生した場合に迅速な対 応を実施する.
また,マトリックス組織では,プロジェクトマネジャーによるプロジェクト軸の統制力 が弱いという問題に対し,CFPに対応するWGを階層構造に組み込むことでCFPへの対 応力や統制力を強化したプロジェクト体制を構築することができる.さらに,その階層的 構造をプロジェクト情報管理システムにマッピングすることで,プロジェクト情報の一元 的な管理が可能になり,プロジェクト内の情報共有,コミュニケーションの促進をはか り,プロジェクトの円滑な遂行を実現することができる.
プロジェクトマネジメントの書籍でリスクへの対応は,リスクの特定,リスクの分析,リ スク対応計画の作成,などの手順の記述が多い.責任を持ってこれらを確実に実施する人を どのように組織化するかは,これら手順を実施するための重要な基盤となる.
3.2.2 ERAMの構造
ERAMは,内側構造と外側構造の2つの内部構造を持っている.内側構造は,先に述べ た基本的アイデアのWG構築に関係し,外側構造は基本的アイデアのプロジェクト体制構 築に関係している.
(1) ERAMの内側構造 図3.2に内側構造を示す.