集 落 の 日 常 生 活 の 維 持 に お け る目 に 見 え な い 存 在 :高 齢 者 & 他 出 子
本文の第2部において、これらの「目に見えない存在」を対象とし、彼らの農村を維持していく上での可能 性等を検討し、明確にすることをメインの目的としたのである。対象にすべき存在は多様ではあるが、本論 文においては、高齢者と他出子に焦点をあてた。
高齢者は、現在までさまざまな側面から研究対象となっており、農村社会の中でもっとも注目を集めてい る存在の一つである。しかし、地域を運営し、維持していく側面においては多くの場合は見落とされており、
そのため本文において目に見えない存在だとして捉えた。
一方他出子は、都市農村交流論の中でも“赤の他人”と言われる都市住民と区別されず、見落とされて いる。そして、農村との関係の場合は、Uターン論の中でのみ位置づけられてきている。このような中、地域 の日常生活の維持や存続の側面において総合的に評価されることはない。そのため本文において、出身 集落の維持および存続の側面からみて目に見えない存在としたわけである。
集落の日常生活と高齢者の位置づけ
現在の農村住民の多くは高齢者からなっている。とりわけ1990年代まで、高齢者というのは、要介護者と いう枠組みの中で捉えられ、農村社会において問題を解決する側というより、むしろ農村社会の問題の一 つとして考えられていた。1990年代以降、世界全体において「アクティブ・エイジング」の発想が強まり、日 本においても農村高齢者は部分的に農業の担い手論の中で対象とされたりしてきたが、農村全体の維持 論においてのその可能性は現在もほとんど検討されていない。そこで、第4章では、農村高齢者の社会的 位置づけや彼らの農村の日常生活を維持していく上での可能性を議論し、明確にしようとした。
要約すれば、現在農業は、主に高齢者によって支えられている。ほとんどの高齢者はほぼ毎日田んぼ に出て、農作業をしている。もちろんのことながら、この「関わり」には多くの場合経済的な狙いはない。現 代社会において、働くことは経済性によって評価されることが多く、高齢者が行っている農作業はほとんど 目立っていないわけである。しかし、彼らのやっている作業の重要性を次のような問いをかけることによっ て明確にできる。「農村高齢者は、約一ヶ月間田んぼに出ず、農作業を行わなかったら農地はどうなるの だろうか」。農業というのは、多種多様な機能をもっており、その一つは自然を守ることである。農村高齢者 が目立たなくても、日本全国において環境保全活動を一生懸命にやり続けている集団であることを認めざ るを得ないだろう。
そして、もう一つの役割は、地域組織の運営や維持に関することである。現在の農村社会において、農 業をベースとした農協組織や地域の日常生活に関する老人会、葬式組、部落会、神社、町内会などのさ まざまな組織運営や維持は高齢者によって担われていることが圧倒的に多い。このような視点からみると、
高齢者は地域組織を通して、地域社会全体の維持において非常に重要な役割を持っているといっても過 言ではないだろう。
ここで、もう一つ言うべきことは、農村高齢者の定義についてである。本文の第4章において詳細に検討 したように、農村における60代の社会および生産の側面での位置づけを考え直し、彼らの現状に適する 新たな枠組みを検討する必要があることが確認できた。現在もそうだが、高齢者というのは未だに生物学 的年齢で捉えられている。しかし、第4章における分析結果からも分かるように、とりわけ農村における60代 の人々は日常生活においても生産側面においても生物学的年齢よりも社会(生産)的年齢で捉えられる べきである。
そして最後に、本文においてできなかったが、今後において農村の維持問題の側面からみて高齢者を 類型化する必要も出てきている。多くの調査を行い、農村高齢者と一緒に時間を過ごし、農村地域で長期 間考察をしてみると、農村高齢者は一つの年齢の基準だけでまとめられるのは非常に難しいのではない かと考えるようになった。高齢者も地域の運営・維持においてさまざまな役割を担っている。このような現状 がある中で、農村高齢者を年齢基準のみならず、他の側面も考慮した上で再検討し、それぞれの側面に おいての高齢者像を描く必要があるのではないかと考えている。これにより、行政等もどの高齢者にどのよ うに対応すべきかを明確にできるし、新たな政策を展開する第一歩となる。
集落の日常を維持する上でもう一つの「目に見えない存在」:他出子
農村社会においてもっとも根本的でありながらむずかしい問題は、後継ぎ問題であろう。そして、その問 いに対してもっとも可能性を持っていると考えられるのは,間違えなく他出している子どもたちである。彼ら は都市住民であり、居住している都市と深い社会経済的関係を持っている。しかし、都市住民でありながら
、出身集落とまだ社会関係を維持しており、ときには集落の一員として見なされる場合もある。このような現 状があるにもかかわらず、彼らの出身集落の日常生活を安定化させ、維持していく上での役割はほとんど 検討されていない。他出子は現在まで主に二つの側面から研究対象とされている。その一つ目は、親の 介護等に関する彼らの役割であり、比較的に「介護福祉論的な立場」からの研究領域となっている。そして
、もう一つは、「Uターン論」であり、社会科学領域において他出子が最も研究されているタイトルである。し かし、この二つの側面からの研究は、「定住人口論」を視野に入れている嫌いがあるように思われる。すな わち、他出子を出身集落に戻す、出身集落で暮らしてもらうことによって農村の維持を図ろうとしている。
われわれの研究においても若干Uターン傾向が見られてはいるが、他出子全員が出身集落にもどって
、そこで暮らすとは限らない。例えば、50代のAさんは、家族もっており、家を市内で購入している。すべて を「捨てて」までして、実家に戻るとは簡単に言い切れないだろう。また、夫のAさんがUターンしたいとして も、妻のBさんはそれにどこまで従うかは不明である。妻のBさんの立場から考えると自分の地元でもない、
夫の出身集落に暮らし始めることは非常に勇気がいる。このようなことも考慮せず、ただ「彼らは帰れば農 村が維持できる」という考え方に固執している現在の農村維持政策には一定の限界がある。
そこで、他出子の農村・農業を維持していく上での可能性をさまざまな側面に分けて分析し、それぞれの 側面において多様な他出子パターンが出ることを考慮した上で、他出子の類型化を第5章で試みた。第5 章においては、まず他出子の実家および農業に関する一般動向を検討し、そして次に、親への生活サポ ートや農業、そして家の将来という異なった側面においての他出子の類型化を行った。結果としては、他 出子という一つの言葉ですべてをまとめようとしているが、それぞれの項目や課題における他出子像は多 様である。今後の地域維持政策等ではこのような点を考慮する必要があるだろう
高齢者と他出子の農村の現状を維持する上での役割に関する研究は、農村の「今日」を考える上で非 常に重要な意味を持っていることは言うまでもない。とりわけ他出子に関する第5章のような研究はほとん どなされておらず、農村の維持・存続問題においては、今後注目を集めるだろう。2009年の日本村落研究 学会(以下、村研と省略)では、他出子に関する報告数は近年に比べて増加しており、さまざまなアプロー チ方法が見受けられた。例えば、2007年の第55回の村研では、他出子に関する報告は一つ(著者報告)、
続いて翌年の2008では、二つ(一つは著者、一つは徳野貞雄・木村亜希子氏)であった。2009年まで他 出子に関する報告や論文は著者が属する研究室を軸に展開されていたが、2009年の村研では、(著者の 報告も含めて)4つほどの報告が他出子に関するものであった20。他の西日本社会学会や社会分析学会と いった学術組織においても同様の現状だが、村研というのは農村研究においてもっとも専門的な学術組 織であるためそれを取り上げた。それで、日本村落研究学会の例からも分かるように、他出子研究は今後 の農村社会研究に欠かせない研究課題の一つとなりつつある。よって第5章で論じた他出子の分析は、農 村維持・存続研究においては新たなパースペクティブをもたらす可能性も否定できない。
しかし、高齢者と他出子の集落の維持についての研究は、あくまで農村の現状をどうするかを考える際 のツールであり、これらの分析を評価する際に、農村に関するミクロ的な側面での研究として位置づけ、評 価することが最も適切だと思う。ここで、より重要なことは、農村に関する基礎分析枠組みを再構成すること である。現在、日本全体において人口が減少していくことは確実であるにもかかわらず、農村地域の維持・
存続を都市人口との交流をもって実現させようという人口交流論的な活性化論がいまだに強い。従来のパ ースペクティブそのものを人口および世帯の減少を前提にし、縮小しながらも存続できる社会経済システ ムを考えるという、より現実に適する方向で再構成しなければならない。これをより大きく言えば、人口交流 による地域経済の活性化という従来の人口増加型社会のモデルから、より現実的な縮小論的なパースペ クティブへの転換を意味している。ここで、都市農村交流論を全面的に否定しているわけではない。第5章 で分析した他出子も都市農村交流論の中で捉えられている。しかし、彼らは他の都市住民「赤の他人」と 区別するべきである。他出子は実家および農業と深い関係を維持しており、ときにはお盆・正月やまつりの 際に直接集落とも関係をもったりしている。そのため、他出子を他の都市農村交流論的活動と区別し、本 章での人口交流論的な活動は他出子を除いてのものを指している。