生物が個体として存在するために
7-1.
細胞はたがいに影響しあい、さまざまな情報や物質をやりとりする「細胞間の情報伝達」
生物は、光、熱、音、化学物質、磁気など外部環境からの多種多様なシグ ナルに応答・適応する仕組みを備えています。多細胞生物の体内の細胞は周 りの細胞と細胞外液という環境からのシグナルを受け、それに応答します。
細胞間で情報を交換する方法として下記の 3 種類の方法があります。
1)シグナル伝達物質を受容体で受け取る。
2)お互いの細胞表面分子が結合して細胞を刺激する※ 1。
3) 隣接する細胞を結合させるギャップという構造を利用して物質を伝達す る※ 2。
シグナル伝達物質
シグナル伝達物質には、ホルモン、局所的化学伝達物質(サイトカイン)、
そして神経伝達物質などがあります。これらは情報を伝える距離に違いがあ ります。
① ホルモン
内分泌細胞によって、合成・分泌され、血流に乗って全身をめぐり、その ホルモン受容体を発現する標的細胞に作用します。
② 局所的化学伝達物質
近くの細胞に情報を渡します※ 3。白血球細胞が出すサイトカインなどはす ぐに分解されたり、細胞に取り込まれるので、1 mm 以下の範囲の細胞にし か作用できません。
※ 1 上 皮 細 胞 か ら 神 経 に 分 化 する 細 胞 は Delta(デルタ)という膜貫通タンパク質 を表面上に発現し、周りの細胞が神経細 胞に分化するのを妨害します。一方、周 りの細胞は Notch(ノッチ)と呼ばれる 受容体を細胞表面に発現しており、Delta からのシグナルを受け取ると、神経細胞 にならずに上皮細胞として維持されます。
※ 2 2 つの細胞が十分に接近すると細胞膜を 横断するギャップ結合と呼ばれる細胞間 チャネルができます。タンパク質のような 大きな物質は移動できませんが、分子量 1,000 以下の低分子、たとえば ATP、ア ミノ酸、あるいは中間代謝物を細胞間で 共有できるようになります。
※ 3 局所的化学伝達物質(サイトカイン)を 分泌した細胞自身が受け取って反応する 場合は、オートクラインと呼び、近傍の 細胞に化学物質が作用する場合は、パラ クラインと呼びます。がん細胞はオートク ライン作用によって自身の生存や増殖を 促進することがあります。
③ 神経伝達物質
神経の軸索末端から放出されます。神経軸索末端と神経伝達物質の受容体を 持った神経細胞とはシナプス(シナプス間の距離は 20 − 30 nm) という構造 を形成しています。刺激をうけた神経細胞は軸索に沿って電気的刺激を高速で 伝えます。軸索末端に達した電気シグナルは化学シグナルに変換され、細胞外 に放出された神経伝達物質はシナプスを拡散し、次の神経細胞の受容体に結合 します。
また、シグナル伝達物質は、大きさと親水性で二つのグループに分類できま す。一つ目のグループは、小さくて疎水性が高い分子で、標的細胞の細胞膜を 透過できるグループです。これらの物質は、細胞内に入ると細胞内タンパク質 を直接活性化するか、細胞内受容体タンパク質と結合します。もう一つのグ ループは、大型で親水性が高い分子で、標的細胞の細胞膜を通過できないグ ループです。細胞膜上にある受容体(細胞表面受容体)に結合して情報を伝え ます。
細胞内受容体
疎水性低分子は細胞膜を透過し、細胞内酵素を活性化したり、細胞内受容体 タンパク質に結合します。ステロイドホルモン、甲状腺ホルモンは細胞膜を透
局所的化学伝達物質
ホルモン 神経伝達物質
軸索
シナプス 血液
シグナル伝達物質の種類
細胞接触
情報伝達物質と受容体 ギャップ結合
細胞間シグナル伝達の方法
過し、細胞質あるいは核にある受容体タンパク質と結合します。ホルモンが 結合した受容体は活性化し、核内で転写調節因子として働き、遺伝子の発現 制御を行います。
細胞表面受容体
細胞表面の膜貫通型受容体は、シグナル伝達物質(リガンド)と結合する と立体構造が変化し、情報を細胞内に伝えることができるようになります。
細胞表面の受容体は大きく 3 つのタイプに分けられます。
① G タンパク質共役型受容体(GPCR)
このタイプは受容体がリガンドを結合すると、細胞内の G タンパク質を活 性化して、その後の反応を引き起こします。G タンパク質にはアデニル酸シ クラーゼを活性化する Gs タンパク質、不活性化する Gi タンパク質、そして ホスホリパーゼ C を活性化する Gq タンパク質などがあります。
② 酵素共役型受容体
このタイプは、細胞内ドメインに酵素活性がある受容体です。酵素活性を もつ別のアダプタータンパク質が結合している場合もあります。受容体がシ グナル伝達物質を受け取ると酵素部分が活性化して細胞内に情報が伝達され ます。
③ イオンチャネル共役型受容体
細胞外リガンドが結合すると、チャネルを開放あるいは閉鎖します。神経 系や筋肉細胞などの電気的に興奮する細胞にみられます。
細胞表面受容体に結合する物質は、受容体の活性を阻害したり、促進した りできるので、細胞表面受容体は創薬の重要な標的です。製薬業界は、特定 の細胞表面受容体に結合し、設定した効果だけを発揮できる低分子物質を探 しています。
いきものコラム 「巨大な神経が研究に役立っているイカとアメフラシ」
軟体動物であるイカやアメフラシは巨大な神経細胞を持っており、神経の活動を記録する実験を簡単に行うことができます。
そのため、神経系の基礎研究で、半世紀以上にわたり、研究材料として使われています。イカの神経細胞は特に軸索が大きく、
アメフラシの神経細胞は細胞体が大きいという特徴があります。
1963 年には、イギリスのアラン・ホジキン教授とアンドリュー・ハクスレー教授が、イカの神経軸索に金属製の電極を用 いて膜電位とその変化を記録して解析した功績によって、ノーベル医学生理学賞を受賞しています。
2000 年には、コロンビア大学のカンデル教授が、アメフラシを用いて脳の高次機能のメカニズムを探る研究を行い、ノー ベル医学生理学賞を受賞しています。
◁ ホジキンらが実験に用いた 大西洋イカ
◁ アメフラシの一種 アメフラシの名前の由来は、アメ
フラシが海水中で紫色の液をだす と、それが雨雲がたちこめたよう に広がるからと言われます。
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7-2.
外からもらった情報を伝える仕組み「細胞内の情報伝達」
シグナル伝達物質が、特定の細胞の特定の受容体に特異的に結合すると、細 胞内の他の分子へ次々と伝達されて、最終の標的となる分子に到達します。そ の結果、標的である酵素が活性化や標的となる遺伝子の発現が誘導が起きま す。
G タンパク共役型受容体 (GPCR) を介した細胞内シグナル伝達 GPCR は、細胞表面受容体の最大ファミリーでヒトでは 900 種類以上ある といわれています。また、光、におい、ホルモン、神経伝達物質、局所化学伝 達物質など膨大なシグナルに対する細胞の応答を仲介します。光受容体、嗅覚 受容体、味覚受容体(一部)なども GPCR です。非常に多くの細胞機能に関わっ ているので、創薬標的になっており、また実際に既存の薬品の多くが GPCR を介して作用しています。
GPCR は、1 本のポリペプチド鎖が細胞膜を 7 回貫通する構造をしています。
細胞外シグナルが GPCR に結合・作用すると、タンパク質構造が変化し、細 胞質側にある G タンパク質を活性化します。G タンパク質は、α、β、γの 3 種類のサブユニットからなり、活性化されたαサブユニットは結合していた GDP を GTP と交換します。活性化された G タンパク質はイオンチャネルを 活性化したり、膜に結合している酵素を活性化します。最も多く G タンパク 質の標的となる膜結合タンパク質は、アデニル酸シクラーゼとホスホリパーゼ
GTPGDP GDP
α βγ
GTP
α シグナル分子
GPCR
ホスホリパーゼ C
ホスファチジルイノシトール -4,5- 二リン酸
ジアシルグリセロール (DAG)
小胞体 イノシトール 三リン酸
Ca2+チャネル Ca2+
G タンパク
IP3 IP3
PKC
カルモジュリン カルモジュリン 依存性キナーゼ GTP GDP
GDP
α βγ
GTP
α シグナル分子
GPCR G タンパク
転写調節因子 遺伝子発現の活性化
平滑筋の収縮
核
核膜 細胞膜
グリコーゲンの分解
ATP cAMP
アデニル酸シクラーゼ
P ホスホリラーゼ P キナーゼ
ATP ADP P グリコゲン
ホスホリラーゼ
NF-κB
NF-κB
Raf
MEK
MAPK
P
P
P
MAPK
P
ERKP FosP 細胞質
プロテインキナーゼ A プロテイン
キナーゼ A
プロテイン キナーゼ C
GPCR を介した細胞内シグナル伝達