第 16 章
16.3 等核 2 原子分子
この節では1s, 2s, 2p,· · · などの個々の原子軌道から,どのような分子軌道が形成されるかを見よう。まず はじめに,2原子分子の波動関数がn,λで特徴づけられることを示そう。
16.3.1 分子軌道の特徴づけ
原子の(1電子)波動関数は,
Ψn,l,m=Rn,l(r)·Θl,m(θ) Φm(φ) Yl,m(θ, φ) = Θl,m(θ) Φm(φ)とした
=Rn,l(r)·Θl,m(θ)eimφ Φm(φ) =eimφとした (16.28) と書けた。この波動関数は,主量子数n,方位量子数l,磁気量子数mという量子数でラベルされている。(念 のために言うと)lは角運動量の自乗の量子数であり,mは角運動量のz成分の量子数である。原子の波動関 数がn,l,mでラベルされるのは,原子が球対称であるためにハミルトニアンHˆ とˆl2とˆlz が可換であった からである。
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図16.6 2原子分子の楕円体座標。
一方,2原子分子は分子軸(これをぶ ん し じ く z軸にとる)
のまわりの回転に対して対称であるから,Hˆ とˆlz
だけが可換であり,ˆl2はこれらと交換しなくなる。
2原子分子の波動関数を楕円体座標*5 (ξ, η, ϕ)を 用いて表し,ˆlzの量子数をλで表すことにすると,
2原子分子の波動関数はnとλでラベルされるこ とになる。すなわち,
Ψn,λ=fn,λ(ξ, η)eiλϕ (16.29) と書ける。λはˆlz の量子数なので原子波動関数の mに相当し,λ= 0,±1,±2,· · · の値をとる。また ˆlz =−i~∂/∂ϕであるから,これをΨn,λに作用させると
ˆlzΨn,λ=−i~ ∂
∂ϕ
(fn,λ(ξ, η)eiλϕ)
=−i2~λ·fn,λ(ξ, η)eiλϕ 微分した
=λ~Ψn,λ 整理した (16.30)
を得る。すなわちˆlz の固有値はλ~であることが分かる。またΨn,λに対応するエネルギー固有値がnと|λ| で決まることを考えると,λ=±1やλ=±2の状態は2重に縮退していることが分かる。以上を基に,分子 軌道も原子軌道と同様に角運動量で特徴づけることができる。 具体的には,
• 角運動量の分子軸方向の成分の固有値λ~を記号で表す。
◦ |λ|= 0,1,2,3,· · · に対して,σ, π, δ, φ,· · · を割り当てる*6。
• 軌道の対称性で区別する。
◦ 分子中心に対して対称の場合は,上の記号の右下にgを添える。
◦ 分子中心に対して反対称の場合は,上の記号の右下にuを添える。
とまとめることができる。1番目の規則が少し難しいので,限定的だが次のように言い換えておこう。
*5 楕円体座標は220頁の14.3節で詳しく説明している。ただし,図16.6は14.3節とz軸のとり方が異なることに注意せよ。
*6 原子波動関数の場合は角運動量の記号としてs,p,d,f,· · ·(l = 0,1,2,3,· · ·)を用いた。分子軌道に用いるσ, π, δ, φ,· · · は s,p,d,f,· · ·に対応するギリシャ文字である。
16.3 等核2原子分子 245
• 分子軸を含む節面がない。つまり,分子軸に回転対称−→シグマσ 軌道き ど う
• 分子軸を含む節面が1枚ある。−→パイπ軌道き ど う
• 分子軸を含む節面が2枚ある。−→デルタδ 軌道き ど う
図16.7に同じ種類の原子軌道を2つ同位相で並べた図を示した。詳しくは次節以降で説明するが,s軌道の足 し合わせによってσ型の分子軌道が得られる。また,p軌道の足し合わせではπ軌道が得られ,d軌道の足し 合わせではδ軌道が得られる。図16.7を見れば,これらが原子軌道の対称性を強く反映することが分かる。
図16.7 2つの原子軌道から分子軌道の対称性を推測する。下段は分子軸方向(z軸正方向)から見た図 である。(a)s軌道を2つならべると,分子軸に関して回転対称(分子軸をつまんでくるくる回しても電荷 の正負がそのままの状態を維持する)となる。(b)p軌道(ただし,分子軸をz軸とした場合,pxとpyに 限る。)を同位相でならべると,分子軸を含む節面(下段の図に点線で表している。)があることが分かる。
(c)dx2−y2軌道を同位相でならべると,分子軸を含む節面が2枚あることが分かる。
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図16.8 2つの1s軌道から形成される結合性 軌道σg1sと反結合性軌道σu1s。軌道が分子 の中心(対称中心)に対して対称であるもの をg,反対称であるものをuで区別する。反 結合性軌道の符号に注目すると,分子の中心 を通るあらゆる直線上で符号を比べると,分 子の中心を境に符号が反対になる。これを反 対称という。
16.3.2 1s
a, 1s
bから
2つの1s軌道の線形結合で形成される分子軌道 には,線形結合をとるときの符号の違いによって 以下の2つの軌道がある。
1sa−1sb −→σu1s (反結合性軌道)
1sa+ 1sb −→σg1s (結合性軌道)
(16.31) この2つの分子軌道の概念図を図16.8に示した。
σg1sは2つの1s軌道を同符号で足し合わせるの で,2つの核間の電荷密度は大きく*7,核の電荷を 遮蔽する。このため,このσg1s軌道を電子が占め ると,2つの原子を結合させるように働く。(結合 性軌道)一方,σu1sは2つの1s軌道を異なる符 号で足し合わせるため,2つの核の間で分子軌道の 値が正から負へと変化し,中間で 0になる部分が
生じる。すなわち,核の中間で電荷密度が0になり,σg1sと逆の理由で結合の形成には寄与しないと理解で きる。(反結合性軌道)1sと同様に2s,3sから作られる分子軌道は全てσ軌道で,σg2s, σu2s, σg3s, σu3sとな る。2sと3sは1sと違って原子軌道に節があるので,これらから作られる分子軌道も節を持つ。
*7 219頁の図14.7と,その周辺の本文を参照せよ。
16.3.3 2p
a, 2p
bから
2p軌道には2px, 2py, 2pz の3種類がありs軌道の場合より複雑である。
2pza, 2pzbから
+ +
+ + +
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+ + +
図16.9 2つの2pz軌道から形成される結合性軌道 σg2pと反結合性軌道σu2p。
分子軸をz軸にとるのが慣例だから,3種類 ある2p軌道のうち,分子軸方向へ軌道を有 しているものを2pz とする。2つの2pz の 線形結合は同符号*8で足し合わせても,異 符号で足し合わせても分子軸に回転対称を 有し,それぞれを σg2pと σu2p で表現で きる。
2pza−2pzb −→σu2p (反結合性軌道)
2pza+ 2pzb −→σg2p (結合性軌道)
(16.32) 2pxa, 2pxbから,そして2pya, 2pybから
+ +
+ + +
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図16.10 2つの2px軌道から形成される結合性軌道 πu2pと反結合性軌道πg2p。
2つの2px の線形結合から形成される分子 軌道は分子軸に対称ではない。同符号で線 形結合をとるにせよ,異符号での線結合に せよ,形成される分子軌道の対称性はその
もと
素となった原子軌道の対称性を色濃く反映 する。原子軌道が分子軸を含む平面に垂直 に分布し,その上下で符号を変えること(図
16.10 参照)を考えれば,その線形結合で
得られる分子軌道も分子軸を含む平面で符 号を変えることを理解できる。すなわち,
これらはパイπ軌道と特徴づけられる。これはき ど う 2pyの線形結合から形成される分子軌道に ついても同じことがいえる。つまり,2pxa
と2pxb,2pyaと2pybからは,縮退した2種類の分子軌道πg2pとπu2pを形成する。これまで見てきたσ軌 道では,同符号による線形結合で形成されたものが対称性gで,異符号で線形結合したものが対称性uであっ たのに比べて,π軌道では逆になっていることに注意しよう。
2pxa−2pxb
2pya−2pyb
}
−→πg2p (反結合性軌道)
2pxa+ 2pxb
2pya+ 2pyb
}
−→πu2p (結合性軌道)
(16.33)
*8 座標の取り方が少し独特である。
16.3 等核2原子分子 251
−1/2−1/2 = −1 であることが分かる。(σg2pとπu2pは考慮しなくてよいのはもう明らかだろ う。)MS =−S,−S+ 1,· · · , S−1, S の関係からS = 1であることが分かる。結局,スピン多重 度2S+ 1 = 3である。
• 全波動関数が対称か反対称かを上の記号の右下にu,gで表す。
◦ u(反対称)軌道に偶数個の電子が詰まっているので全波動関数の対称性はgと決まる。
• 以上より,3Σgと決まる。
例:F+2
次はF+2 の基底状態の対称性を記号で表してみよう
• 電子配置を決める。F原子の電子配置は(1s)2(2s)2(2p)5であり,電子は9個ある。これがF+2 となると 17電子系になる。(16.36)式の順序を考慮すると,この17個の電子は次のように分子軌道に配置する。
(σg1s)2(σu1s)2(σg2s)2(σu2s)2(σg2p)2(πu2p)4(πg2p)3 (16.46) これは,すぐ前で見たO2より1つだけ電子が多い系であるから,図16.14で完全に満たされていない πg2p軌道のどちらかに電子が1つ詰まった状態と考えられる。
• 電子の詰まっている軌道のλの和をとって記号で表す。
◦ ∑
iλi= 0| {z }×2
σg2p
+ 1×2 + (−1)×2
| {z }
πu2p
+ 1 + (−1) + (1 or−1)
| {z }
πg2p
= 1 or−1なので記号はΠと決まる。
• 上の記号の左肩にスピン多重度2S+ 1を書く。
◦ Sを求めるために,まずMSがいくつなのかを勘定する。MS =∑
i(ms)i= 1/2−1/2+1/2 = 1/2 もしくはMS =∑
ms = 1/2−1/2−1/2 =−1/2 である。MS =−S,−S+ 1,· · · , S−1, Sの関
係からS= 1/2であることが分かる。結局,スピン多重度2S+ 1 = 2であることが分かる。
• 全波動関数が対称か反対称かを上の記号の右下にu,gで表す。
◦ u(反対称)軌道に偶数個の電子が詰まっているので全波動関数の対称性はgと決まる。
• 以上より,2Πgと決まる。
16.3.7 相関図
ここまでは,2原子分子の核間距離Rを一定として分子軌道のエネルギーを議論してきた。ここでは,2原 子分子の核間距離Rの変化に応じて,分子軌道のエネルギーがどう変化するのか概観しよう。これには相関図そ う か ん ず を用いるのがよい。相関図とは,
• 右端にR=∞に相当する分離原子の原子軌道エネルギー準位を描く。
• 左端にR= 0に相当するへ い ご う げ ん し
併合原子の原子軌道エネルギー準位を描く。
併合原子とは,等核2原子分子でR= 0として核を合体させて形式的に得られる原子のことである。例 えば,H2はR= 0でHeになる。
• 中央付近が分子軌道準位に相当する。
• 併合原子のエネルギー準位は分子軸方向の角運動量の絶対値|m|= 0,1,2,· · · に従ってσ, π, δ,· · · で表 し,原子の中心に対して対称gか反対称uかを下付きで添える。
という規則でエネルギー準位図を描き並べたものである。例えば,核間距離が無限大である場合は2個の独立 したH原子であったものが,核間距離が0でHe原子に併合するから,H2分子はその中間に位置するように 描く。分離原子の軌道と併合原子の軌道の相関は点線で結ぶ。この相関関係を表す点線に注目すると,
ဩਗঈા!!āāāāā!!!!!!!!!!!!!!!āāāāāā!!!!!!!!!!!!!!ယᆋঈા!ယા
図16.15 等核2原子分子の相関図。併合原子は球対称であるが,併合させる前の分子軸方向を形式的に特
別視し,この方向の角運動量の絶対値|m|= 0,1,2,· · · に従ってσ, π, δ,· · · で表す。例えば,2pz軌道は
|m|= 0であるからσ軌道,2pxと2pyは|m|= 1であるからπ軌道とする。また,p軌道は3種類とも 全て原子中心に対して反対称であるから,uを下付きにして2pσu,2pπuと表す。d軌道も同様に3dz2は
|m= 0|であるからσ軌道,3dzxと3dyz は|m|= 1であるからπ軌道,3dx2−y2と3dxyは|m|= 2で あるからδ軌道となる。また,3d軌道は全て原子中心に対して対称であるから,全てにgを下付きで添え る。原子軌道と|m|の対応は表9.6を,原子中心に対する対称性は図9.13∼9.16を参照せよ。
• 原子間距離が変わっても,分子軸の周りの対称性が変わらない。
◦ 併合原子のσg, σu, πg, πuは分離原子のσg, σu, πg, πuに対応する。
• 対称性が同じ軌道どうしは点線が交差しない。これをひ こ う さ そ く
非交差則という。
という特徴がある。例えば分離原子の1s軌道について考えると,1s軌道の線形結合により分子軌道として σg1s軌道とσu1s軌道が形成する。このσg1s軌道は併合原子の1s (1sσg)に移るのに対し,σu1s軌道は,同 じu対称性をもつ併合原子の2pz(2pσu)に移る。また,N2とO2の原子間距離に相当する箇所に縦に点線を 書くと,その間でσg2pとπu2pの順序が逆転していることも分かる。これは,16.3.4節で得た結論である。
図16.16に周期表の 第2周期に位置する元素の等核2原子分子の分子軌道エネルギーと電子配置を示した。
全体として,原子番号が大きくなるにつれてエネルギー準位は低下していることが分かる。とくに3σg準位の 低下が顕著で,N2とO2の間で1πuを下回る。