第 17 章
17.5 炭素原子の混成軌道と分子の形
य़ਗ
य़ਗ
य़ਗ
図17.6 (a)アセチレンを構成する炭素原子のsp混成軌道を考えるための座標のとり方。(b)sp混成軌道 でσ結合をつくり,(c)混成軌道に関与しなかったpy軌道とpz軌道でπ結合を作る。これにより炭素原 子間に三重結合が形成する。
このように,s軌道1に対してp軌道1の重みからなるこの混成軌道をsp混成軌道と呼ぶ。sp混成軌道のエ ネルギーはs軌道とp軌道のエネルギーの平均に等しく次式で与えられる。
Esp = Es+Ep
2 (17.17)
2つの炭素原子がそれぞれのsp混成軌道によって単結合を形成する場合,混成軌道による結合は結合軸の周 りに対称であるからシグマσ けつごう結合となる。これに対して,混成に寄与しなかった炭素原子の2py軌道と2pz 軌道は
パイ
πけつごう結合を形成する。このσ 結合とπ結合2つでさんじゅうけつごう三 重 結 合を形成する。
17.5 炭素原子の混成軌道と分子の形
炭素原子はsp3混成軌道,sp2混成軌道,sp混成軌道の3種類を利用して分子を形づくる。これらの混成軌 道は,分子(もしくは分子の局所に)に特徴的な形をもたらす。sp3混成軌道は分子に3次元的な広がりをも たらすのに対し,sp2混成軌道は分子を平面内におさめ,sp混成軌道は分子に直線的構造を与える。また,sp3 混成軌道は自由に回転するという特徴がある。
図17.7 (a)sp3混成軌道,(b)sp2混成軌道,(c)sp混成軌道で炭素原子が結合された状態と分子の形。
17.5.1 混成軌道のなす角度
これまでに説明した3つの混成軌道はそれぞれ次のような角度をなす。
• sp混成軌道:180◦
◦ s軌道1つとp軌道1つの混成によって2つのsp混成軌道がつくられる。これらは等価であり,
軌道の向きは直線内に限定されるので,2つの軌道は必然的に180度異なった方向を向く。
• sp2混成軌道:120◦
◦ s軌道1つとp軌道2つの混成によって3つのsp2混成軌道がつくられる。これらは等価であり,
3つの軌道は平面内に限定されるので,360◦/3 = 120◦の角度をなす。
• sp3混成軌道:109.47◦
◦ s軌道1つとp軌道3つの混成によって4つのsp2混成軌道がつくられる。これらは等価であり,
4つの軌道は3次元空間に分布する。3次元空間内で,ある任意の点から4本の等価な直線を描い た場合,それらの直線はお互いに109.47◦の角度をなす。(証明はすぐ次の 演習問題 で。)
演習問題 4本の等価なsp3混成軌道が各々109.47◦の角度をなすことを*3,幾何学的に示しなさい。
図17.8 sp3 混成軌道のなす 角を求めるための図。
解答 図17.8にsp3混成軌道により形成されるメタンCH4の 中心炭素原子と2つの水素原子を含む長方形を描いた。これは,
図17.3で中心炭素原子と(1,1,1)位置の水素原子,(−1,−1,1) 位置の水素原子を含む面を抜き出したものと考えればよい。図 17.3に描かれた立方体の1辺の長さは2であるから,図17.3の 長方形の短辺の長さは1,長辺の長さは2√
2である。sp3軌道 に挟まれる角度を2θとすると,これは,
tanθ=
√2
1 (17.18)
から求められる。関数電卓でこれを求めれば*4,θ= 54.7356...を得るから,sp3混成軌道のなす角は109.47◦ という結論を得る。
図17.9 ダイヤモンド構造。
全ての結合がsp3混成軌道で 作られている。
ダイヤモンド構造
図17.9にダイヤモンドの結晶構造を示した。ダイヤモンドは全 ての結合が原子間距離134 pmのσ 結合で,sp3混成軌道より 作られていている。すなわち,ダイヤモンドを形づくるC−C結
合は全て109.47◦ をなし,完全に等方的な構造をとる。この構
造をダイヤモンド構造という。ダイヤモンド構造は非常に硬く,
高い熱伝導性を示すが電気を通さない。これらの特徴的な物性 は,結晶構造が共有結合で形成されていること,全ての共有結合 がsp3混成軌道で等価であることで説明される。また,シリコ ンSiもダイヤモンド構造を示す。
*3 109◦28と示しているテキストもある。これは109度28分を意味し,28分は28/60=0.47◦であるから,当たり前だが109.47◦ と同じ意味である。
*4 逆三角関数θ= tan−1√
2を用いる。逆三角関数についてはC.1.7節を参照せよ。
17.5 炭素原子の混成軌道と分子の形 271
図17.10 アレン分子 H2C3H2 は両 端のHCH面が直交する。
演習問題 アレン分子C3H4の両端のHCH面は直交す る。理由を述べよ。
解答 図17.10にアレン分子を示した。この図では左端 のHCHを水平においた。アレン分子の分子軸を z軸と して,水平面をxz面としよう。すなわち,鉛直方向をy 軸とする。最も左の炭素原子はsp2混成軌道を形成し,2 つのH原子と1つの炭素原子(アレンの中心炭素原子)
とσ結合を形成している。左端の炭素原子のp軌道のう
ち,混成軌道に関与しないpy 軌道と中心炭素原子のpy 軌道がπ結合を形成して二重結合を形成する。(図
17.11 参照)すると,中心炭素原子は右端の炭素原子との二重結合を形成するのにpy軌道を使えず,必然的
にpx 軌道で二重結合を形成することになる。中心炭素原子の残りのp軌道であるpz 軌道はs軌道と混成し て両端の炭素原子とのσ結合を形成する。右端の炭素原子に注目すると,中心炭素原子と二重結合しているの はpx 軌道であるから,残りのpy軌道とpz 軌道がs軌道と混成してyz面内にsp2混成軌道を形成する。こ のyz面は鉛直面であるから,右端のHCHは左端のHCHと直交することになる。
य़ਗ
य़ਗ
図17.11 C=C=C結合においてπ結合を形成するp軌道。
17.5.2 その他の混成軌道
前節まででsp3混成軌道,sp2混成軌道,sp混成軌道の3種類を説明したが,これら以外にもd軌道を含む 混成軌道がある。これを表17.1にまとめた。表中にd2sp3とsp3d2がある。使われている軌道の種類と重み
表17.1 混成軌道と分子の形。[8]
混成軌道 立体構造 結合角 例
sp 直線 180° C2H2,HCN,BeH2,HgCl2
sp2 正三角形 120° BF3,NH+3,C6H6
sp3 正四面体 109.47° CH4,NH+4,SiH4,SO24− dsp2 正方形 90° Ni(CN)24−,AuCl−4 sp3d 三方両錐 90°120°180° PCl5,AsF5,SbCl5
d2sp3 正八面体 90° Co(NH3)3+6 ,PtCl26− sp3d2 正八面体 90° CoF36−, SF6
だけみれば同じだが,順番が異なる。これは,Co(NH3)3+6 とCoF36−で比べてみると
Co(NH3)3+6 d2sp3−→3d:4s:4p = 2:1:3 (17.19)
CoF36− sp3d2−→4s:4p:4d = 1:3:2 (17.20)
という具合に,混成に関与する軌道が異なる。Co(NH3)3+6 はな い き ど う さ く た い
内軌道錯体と呼ばれ,CoF36−はが い き ど う さ く た い
外軌道錯体と呼
ばれる。なお,表中の三方両錐は聞き慣れないが, のような形を言う。