マウスにおける
DPP-4阻害薬アナグリプチンによる 軽度インスリン抵抗性改善と肝臓における代謝変化
1 はじめに
肝臓は小腸で吸収されたグルコースが到達する最初の臓器であり、門脈より流入したグ ルコースをグリコーゲンおよび脂肪酸合成に変換して摂食による急激な血糖上昇を抑制す る。血糖値の低下に応じて、肝臓中のグリコーゲンがグルコースに変換され、全身へ供給 される。一方、空腹時にはグルカゴン刺激による糖新生が血糖を供給する役割を担う。上 記のグルコース代謝が障害を受けると、耐糖能異常が生じる。具体的には、肝臓において インスリン感受性が減弱すると、インスリン基礎分泌による糖新生の抑制が障害され、空 腹時の血糖値が上昇する。さらに、脂肪組織におけるインスリン作用の減弱は、インスリ ンによる脂肪異化の抑制を解除し、遊離脂肪酸の血液への放出を促進する。末梢組織で使 用されない遊離脂肪酸は肝臓に取り込まれるが、VLDLの生成が脂肪酸のエステル化速度 に追いつかなくなると、肝臓への脂肪蓄積が増大し、後に炎症を伴う非アルコール性脂肪
肝疾患(NAFLD)へと進行する。このため、メタボリックシンドロームの診断基準に空
腹時血糖値および血中脂質が含まれており、これらは一次予防に用いられている。
一方で食後高血糖の増大は、小腸における糖質の消化吸収速度に依存する。小腸では粘 膜上皮細胞の管腔側にナトリウム依存性糖輸送担体(SGLT1)が発現し、グルコースを能 動輸送によって取り込む。血管側にはグルコース輸送体(GLUT)2 が発現し、細胞内の グルコースを門脈へ送り出す。空腹時のGLUT2は細胞内小胞に存在し、グルコースの流 入刺激を受けると血管側細胞膜上へ輸送されるが、インスリン刺激により再び細胞内へと 戻る。しかしながらインスリン抵抗性では膜上から細胞内へのGLUT2逆輸送が阻害され る[86]。さらに近年、SGLT1は重度の肥満で発現が増大し、小腸におけるグルコース吸収 速度を増大させることが明らかとなった[87]。したがって、インスリン抵抗性を発症する と、末梢組織においてグルコースの取込みが低下するとともに、肝臓において糖新生が増 大する。さらに、小腸からのグルコース吸収速度が亢進することで、食後高血糖がさらに 増大すると考えられる。
食後高血糖を抑制する薬剤の1つに DPP-4阻害薬がある。DPP-4阻害薬は、インク レチンの半減期を延長することによって血糖依存的にインスリン分泌を促進し、食後高血 糖を抑制する[88]。このため、薬理作用としてインスリン分泌能の改善、HbA1c低下、食 後2時間値の改善などが報告されている[89,90,91,92]。さらに、グルカゴン分泌を低下さ せることによって、糖新生による血糖上昇を抑制する[88]。それゆえ、DPP-4阻害薬の食 後高血糖およびインスリン抵抗性による糖新生をともに抑制できる治療薬といえる。さら に最近の知見では、DPP-4阻害薬の投与によって血中脂質濃度が低下すること[93,94]が報 告された。しかしながら、DPP-4阻害薬による肝臓への作用は、グルカゴン分泌低下を介 した糖新生抑制以外は明らかになっていない。
そこで本研究は、脂肪エネルギー比率62 %の高脂肪食を与えて軽度インスリン抵抗性 を発症させた C57BL/6Ncr マウスにDPP-4 阻害薬アナグリプチンを投与し、その肝臓を
用いて発現マイクロアレイ解析を行ない、DPP-4阻害薬によるインスリン抵抗性抑制機構 および肝臓脂質代謝改善機構の解明を行なった。
2 材料と方法 2-1 実験動物
5 週齢雄性の C57BL/6Ncr マウスを日本エスエルシー株式会社より購入し、温度 23 ±
2 ℃、湿度50 ± 10 %、明暗サイクル12時間の条件下で飼育した。1週間の馴化後に14
時間絶食下で空腹時血糖および体重を測定し、差がないよう8匹ずつ3群に分けた。馴化 期間の飼料は AIN-93M [95](オリエンタル酵母工業株式会社)を与えた。群分け後は、
通常食対照(NC)群には AIN-93M、高脂肪食対照(HF-C)群は AIN-93 をベースとし 脂肪エネルギー比率 62%の HFD-60(オリエンタル酵母工業)、アナグリプチン添加高脂 肪食(Ana)群にはHFD-60にアナグリプチン(株式会社三和化学研究所)を0.3 %添加 した飼料を与えた。飼料の組成はTable 1に示した。飼育期間中の飼料は水とともに自由 摂取させた。飼料は1日おきに交換し、摂餌量を測定した。体重測定および行動、病態の 観察を週に一度行った。インスリン抵抗性発症のモニタリングのため、4 週間に一度空腹 時血糖の測定を行なった。14時間絶食(20:00-10:00)の後に尾静脈より採血(10:00−12:00) し、自己血糖測定器(グルテストミントおよびミントセンサー;株式会社三和化学研究所)
を用いて測定した。また、血漿および末梢血白血球 RNA の採取も同時に行なった。血漿 はヘパリンリチウム含有微量毛細管(テルモ株式会社)を用いて尾静脈より採血し、エッ ペンチューブへ移した後に氷上で保管した。血餅形成を確認したら3,500 rpm、4 ℃、30 分間遠心分離し、上清を解析まで−80 ℃で保管した。末梢血白血球 RNAは、ヘパリンリ チウム微量毛細管(テルモ株式会社)を用いて尾静脈より採血し、PAXGeneTM(日本ベ クトン・ディキッソン株式会社)の入ったエッペンチューブへ移した後に転倒混和し、室 温で24時間静置の後、解析に使用するまで−80 ℃で保管した。28週齢時にインスリン負 荷試験(ITT)を行い、インスリン抵抗性を評価した。インスリン負荷試験はインスリン
(ヒューマリンR注 100単位/mL;日本イーライリリー株式会社)を0.1 %牛血清アルブ ミン-生理食塩水(0.9 % v/v NaCl)に溶解して1匹あたり0.75 U/kg 体重を腹腔内投与し た。インスリン投与前を 0 分とし、インスリン注入から 20 分おきに血糖値を上述の自己 血糖測定器で測定した。インスリン注入前よりも血糖値が上昇した個体については解析か ら外した。マウスの解剖は37週齢時に行なった。解剖(10:00-13:00)はイソフルラン麻 酔下のもと開腹して下大静脈より血漿および末梢白血球 RNA 用に採血を行なった後に、
生理食塩水を灌流させ、臓器に貯留した血液を除いた。肝臓および腓腹筋を摘出し、液体 窒素で固定後、-80℃で保存した。本研究は、山梨大学動物実験規程および山梨大学動物実 験指針に則り、山梨大学動物実験倫理員会の承認の上、執り行われた。
2-2 生化学分析
血漿インスリン濃度はレビス インスリンマウス U(株式会社シバヤギ)を用いて測定 した。
2-3 肝臓の総脂質抽出および総コレステロール、総胆汁酸の測定
肝臓総脂質はJ. C. Garcia-Canaverasらの方法[96]で行なった。凍結した肝臓に4 ℃の メタノールを加えてホモジナイズし、4 ℃で一晩撹拌した後に2100 × g、4 ℃、10分間 遠心分離した。上清を回収後に 50 ℃、60 分間蒸留し、メタノール/H2O(1:1)を加えた ものを検体とし、測定まで-80 ℃で保管した。総コレステロールはコレステロールEテス トワコー(和光純薬工業株式会社)を、総胆汁酸は総胆汁酸テストワコー(和光純薬工業 株式会社)を使用して測定した。
2-4 RNA 解析
C57BL/6Ncr マウス肝臓から Chomczynski らの方法[67]にて酸性グアニジンチオシア ネートを用いて抽出した。総 RNA サンプル(250 ng)を、SupseScriptTM Ⅲ Reverse
transcriptase(ライフテクノロジーズジャパン株式会社)を用いて添付の説明書に従い
cDNAへと変換した。RNAレベルの定量はLight Cycler 480システム(ロシュ・ダイア グノスティックス株式会社)および SYBR Green Ⅰ(ロシュ・ダイアグノスティックス 株式会社)にてcDNAをPCR増幅させ、内部標準および解析遺伝子の閾値サイクル数(CT 値)を測定した。得られた値はデルタ-デルタ法[69]を用い、内部標準遺伝子に対する解析 遺伝子の相対発現量を算出した。リアルタイム RT-PCR に用いたプライマーの配列は Table 6に示した。
2-5 ウエスタンブロッティング
C57BL/6Ncrマウス肝臓からのタンパク質抽出およびドデシル硫酸ナトリウムポリアク
リルアミドゲル電気泳動による分子量別の分離、Immobilon トランスファーメンブレン
(メルク株式会社)への転写、免疫抗体ブロッティングおよびシグナル検出は第一章と同 様の方法を用いた。一次抗体はp-GYS2(Ser641)(CSTジャパン株式会社)、GYP2(サ ンタクルーズバイオテクノロジー)、PEPCK(サンタクルーズバイオテクノロジー)、PGC1
(サンタクルーズバイオテクノロジー)、p-AMPKα(Thr172)(CSTジャパン株式会社)、
AMPKα(CSTジャパン株式会社)、p-AKT(Ser473)(CSTジャパン株式会社)、AKT(CST ジャパン株式会社)、p-ACC(Ser79)(CSTジャパン株式会社)、ACC(CSTジャパン株 式会社)、FASN(CSTジャパン株式会社)、SREBP1(アブカム株式会社)、PPARA(サ ンタクルーズバイオテクノロジー)、ACOX1(サンタクルーズバイオテクノロジー)、
CPT1A(株式会社メルク)、CYP2B10(株式会社メルク)、CYP7A1(サンタクルーズバ
イオテクノロジー)を用いた。
2-6 マイクロアレイ解析
マイクロアレイ解析は第一章と同様の方法を用いた。ハイブリダイゼーションを行なう チップはマウス1.0 ST array(アフィメトリクス・ジャパン株式会社)を用いた。シグナ
ルは1,426検出されたが、Ana群においてHF-C群と比較して発現が2倍に増大していた
遺伝子数が7つ、2分の1以下に発現が減少していた遺伝子が3つであった。HF-C群に おいてNC群と比較して発現が2倍以上に増大していた遺伝子は22、2分の1以下に発現 が減少していた遺伝子が10であった。Ana群およびHF-C 群において発現が増大してい た遺伝子を PubMed における遺伝子機能によって以下 7 つのグループに分類した;
energy/metabolism、immune response /stress、signal transduction、transcription、 transport、other、unknown。Table 4にGene Ontology(GO)annotationとPubMed ID