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空所のない連体修飾節

ドキュメント内 連体修飾節の日中対照研究 (ページ 63-109)

4.1 はじめに

第2章で考察した主要部外在型連体修飾節では、修飾節内に空所が存在する。本章で扱 う修飾節も、主要部は修飾節の外にあるが、主要部に対応する空所がないという特徴を持 つ。例文(1)は空所のある典型的な主要部外在型で、寺村(1992)の言う「内の関係」に あたる。それに対して(2)と(3)には主要部に対応する空所を設定することができない。

(1) a. [男が ei 焼く] サンマi b. [ei 階段を降りる] 男i

(2) a. 夜トイレに行けなくなる話 (Matsumoto 1997:48)

b. 帝王切開した傷跡 (楊2011:3)

(3) a. 男がサンマを焼く匂い

b. 誰かが階段を降りてくる音 (寺村1992:199)

例文(2)と(3)は空所が存在しない点では共通するが、大きな違いもある。

まず、(2)のタイプは、下のように述語を補うことによって空所を設定することが可能 である。そのため寺村(1992)はこれを「短絡の内の関係」と呼ぶ。

(2’) a. [ei 聞くと]夜トイレに行けなくなる話i

b. 帝王切開して[ei できた]傷跡i

これに対して(3)では、空所を入れるための述語を補うことさえできず、主名詞を修飾 節の中に埋め込むことができない。寺村(1992)はこの修飾構造を「外の関係」と呼ぶ。

なお、寺村(1992)の「外の関係」には、同格節あるいは内容節と呼ぶべきものも含ま れている。これは上で見てきた例文とは異なり、(4)に見られるとおり、修飾節は主名詞 の内容の具体的な説明である、英語にも存在する、「という」の挿入が可能、などの特徴を 持つ。通言語的に見られる現象であり、日本語と中国語で大きな違いも無いことから、本 論文では4.3節で簡単に見るにとどめ、詳しくは扱わないこととする。

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(4) a. the fact that the student bought the book (Comrie 1998: 70)

b. 学生が本を買った(という)事実

さて、空所のない構造は日本語のみならず、中国語にも見られる。(5)はその例である。

(5) a. 露露 弹 钢琴 的 声音 (Zhang 2008:1006)

lùlù tán gāngqín de shēngyīn ルール 弾く ピアノ DE

「(直訳)ルールーがピアノを弾く音」

b. 我 闻到了 妈妈 炒 菜 的 味道。 (Zhang 2008:1006)

Wǒ wén dào le māmā chǎo cài de wèidào 私 嗅いだ 母 炒める 野菜 DE 匂い

「(直訳)私は母が野菜を炒めた匂いを嗅いだ。」

(5)は日本語の例文(3)と同じく、主名詞の“声音(音)”と“味道(味、匂い)”は 修飾節の中に埋め込むことができない。また(3a)をそのまま中国語に直訳することもで きる。このように一見すると(3a)と(5)のような修飾構造が両言語に存在し、対応して いるように見えるが、上の(4)を中国語に翻訳すると(6)のように非文となってしまう。

(6) a. * 晚上 不敢 一个人 去 洗手间 的 话 (cf.2a)

wǎnshàng búgǎn yīgèrén qù xǐshǒujiān de huà 夜 できない 一人で 行く トイレ DE

b. * 做 剖腹产 的 伤口 (cf.2b)

zuò pōufùchǎn de shāngkǒu する 帝王切開 DE 傷跡

空所のない修飾構造はどちらの言語にも存在する。しかし日本語には「短絡した内の関 係」と「外の関係」のどちらの修飾節も見られるのに対し、中国語には「外の関係」修飾 節しかない。本章では(3-6)のような空所が現れない修飾構造を中心に考察し、この修飾 構造の特徴を見出し、対照研究を行うことで両言語の相違点を明らかにする。

以下、4.2節では短絡した内の関係について、4.3節では外の関係について、日本語と中 国語の比較を行う。

59 4.2 短絡した内の関係

4.1節で見たように、日本語の連体修飾構造は大まかに「内の関係」と「外の関係」に分 けられる(寺村 1992)。「内の関係」には「短絡した内の関係」という特殊な構造もある。

本節は主に「短絡した内の関係」を中心に考察し、日本語における「短絡した内の関係」

修飾構造の特徴を明らかにした上で、中国語との比較を行う。

4.2.1節は日本語における「短絡した内の関係」修飾構造を、先行研究に基づいてまとめ、

研究課題を整理する。それに基づき、日本語における「短絡した内の関係」修飾構造の特 徴とその成立に課される条件を考察する。4.2.2 節では中国語との対照研究を行う。4.2.3 節は「短絡した内の関係」修飾構造に対する考察のまとめである。

4.2.1 日本語における短絡した内の関係

「内の関係」を持つ関係節には主名詞を埋められる空所がある。(7)のように空所は「ガ」

「ヲ」をはじめとするさまざまな格助詞を取る名詞に対応しうる。

(7) a. サンマを焼く男 (寺村1992:192)

(その)男がサンマを焼く(「ガ」格)

b. 女房が近所の者から聞いた話 (寺村1992:193)

女房が近所の者から話を聞いた。(「ヲ」格)

c. 彼が会った人 (寺村1992:224)

彼が(その)人に会った。(「ニ」格)

d. 華山が自殺した物置小屋 (寺村1992:227)

物置小屋で華山が自殺した。(「デ」格)

e. 男がやって来た町 (寺村1992:229)

男が町へやって来た。(「ヘ」格)

f. 血のしたたる出刃ぼう丁 (寺村1992:230)

出刃ぼう丁から血がしたたる。(「カラ」格)

g. 彼が見合いした女性 (寺村1992:234)

彼が(その)女性と見合いした。(「ト」格)

寺村(1992)は、「内の関係」には(8)のように、さらに特別な構造が存在すると述べ ている。

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(8) a. 頭のよくなる本 (寺村1992:214)

b. その本を読めば頭がよくなる。 (寺村1992:214)

(9) a. 彼女が腹を痛めた娘 (寺村1992:214)

b. その娘を産むために彼女が腹を痛めた。 (寺村1992:214)

(8, 9)の場合、「本」と「娘」にどのような助詞をつけても、修飾節に戻すことができ ないように見える。しかし寺村(1992)は、これらの例文では主名詞とつながりが深い動 詞「読む」と「産む」が省略されていると考え、この現象を「内の関係の短絡」と呼んで いる。このような構造は実は珍しくはない。以下にその他の「短絡した内の関係」による 修飾構造を示す。

(10) a. 戦国武将がわかる絵事典(書籍名)

[ei 読めば] 戦国武将がわかる絵事典i

b. 子宮外妊娠や胞状奇胎などという病気になる妊娠もあります。 (BCCWJ)

[ei すれば] 病気になる妊娠i

c. 男を感じるお酒です。 (同上)

[ei 飲めば] 男を感じるお酒i

d. 血液がサラサラになる食べ物ってありますか。 (作例)

[ei 食べれば] 血液がサラサラになる食べ物i

e. 中国産の痩せる石けんも、半年ほど爆発的に売れた。 (BCCWJ)

[ei 使えば] 痩せる石けんi

(10a)は(8)と同じく、主名詞「絵事典」とつながりの深い述語動詞「読む」が短絡 されたと考えられる。同じように(10b)では「する」、(10c)では「飲む」、(10d)では「食 べる」、(10e)では「使う」というような述語動詞が短絡されたと考えられる。

4.2.1.1 先行研究及び問題点

Matsumoto(1997)はフレーム意味論と語用論の立場から上で見た「短絡した内の関係」

にアプローチしている。Matsumoto(1997)によると、これらの用例の意味理解には、(11)

に示す五つのフレームと語用論的推論が、認知に決定的な役割を果たしている。

61 (11) a. Predicate Frame

b. Nominal Frame c. Composite Frame d. Host or Construal Frame e. World-view

(Matsumoto 1997:58)

Matsumoto(1997)は例文(12a)の「頭がよくなる本」という文において、「本」と「頭

がよくなる」は直接関係づけられる訳ではなく、「本」が「読む」というプロトタイプ的な 行為やイベントを喚起することによって、「本を読むこと」と「頭がよくなること」が関係 づけられると主張する。さらにその際、常識的な世界観フレームによる支えも必要とされ、

それによって、「本を読むこと」と「頭がよくなること」が因果関係として成立する。その ような因果関係(「車を運転すれば頭がよくなる」)を想定しにくい(8)の容認度が低下す ることはその証拠である。このように様々な言語表現の背後にあるフレームが機能して、

修飾節と主名詞を関係づけることができるという。

(12) a. 頭がよくなる本 (Matsumoto 1997:48)

b. ?? 頭がよくなる車 (Matsumoto 1997:48)

これに対して、いわゆる「短絡した内の関係」は短絡していないという分析もある。

Kameshima(1990)は、例(13)には「隠された空所(hidden gap)」が存在すると述べて

いる。大島(2010)も主名詞は「デ」格によって連体修飾節の中に入れられるため、一般 の「内の関係」修飾構造と考えるべきであると主張している。

(13) その本で頭がよくなる。 (Kameshima 1990:256)

確かに用例(13)では、一見主名詞を修飾節内に埋め込むことができるように見える。

しかし(14)のように主名詞が人の場合、「デ格」で戻すことはできない。さらに(15)の ように述語動詞が「タ形」をとる場合、主名詞を「デ格」で修飾節に埋め込むと、「翻訳し て得た金」ではなく、「翻訳のためにお金を使う」という意味になってしまう。Kameshima

(1990)や大島(2010)ではこの種の修飾構造が説明できない。したがって、やはりこれ らの文は単なる内の関係ではないと言える。

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(14) a. [[高校入試に絶対受かる]家庭教師]を探しています。

(Matsumoto 1997:43)

b. # その家庭教師で高校入試に絶対受かる。

(15) a. 翻訳した金 (Matsumoto 1997:49)

b. その金で翻訳した。

「短絡した内の関係」による修飾構造の特徴に関し、張(1992、1997)は無標の可能表 現を表していると主張する。張は可能表現に関する従来の研究を検討し、日本語における 可能表現が、有標の可能表現と無標の可能表現に分けられるとした上で、無標の可能表現 は寺村(1992)のいう「短絡した内の関係」修飾構造の特徴の一つであるという。

まず有標の可能表現については、その形式を(16)のように示している。

(16) a. 動詞の未然形+可能の接尾辞れる・られる

b. 五段活用動詞の語尾 - u → -e -ruの形を取るもの(いわゆる可能動詞) c. サ変動詞の語幹+できる

d. 動詞の連体形+ことができる e. 動詞の連用形+うる(える)

(張1992:237)

一方、可能表現のマーカーを用いて表記されない無標の可能表現を「結果可能表現」と 呼び、動作主の動作がなされた後、動作主に意図された出来事が結果的に動作主の思い通 りに実現することができるかできないかを表すとした。張によれば、日本語の「捕れる、

受かる、分かる、みえる」のような無対自動詞と、「(手が)上がらない、(病気が)治らな い、(命が)助からない」などのように他動詞の対応を持つ有対自動詞の否定形は結果可能 の意味を表す。例(17)の述語動詞は、いずれも結果可能表現である。

(17) a. このけがでは、手術をしても助からない。 (張1997:79)

b. 屋上に上がれば、富士山が見える。 (同上)

c. 切符は、片道より往復を買えば、安くなる。 (張1997:83)

d. 熱帯の植物を日本へ持ってきて植えても育たない。 (同上)

張はさらに短絡した連体修飾節には、有標・無標の結果可能表現が現れるという。

ドキュメント内 連体修飾節の日中対照研究 (ページ 63-109)

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