5.1 はじめに
本章では、連体修飾節を要求する一部の名詞が、文法化して形式名詞化する現象につい て、日本語と中国語を対比させながら、考察する。
日本語の連体修飾節は、第4章で述べたように「内の関係」修飾構造と「外の関係」修 飾構造に大別されている。(1)のように「内の関係」による修飾構造は、修飾節に主名詞 を埋め込む空所があるのに対し、「外の関係」修飾構造による構文は(2)のように修飾節 に主名詞を埋め込む空所がない。
(1) a. 風が吹きとばした看板 (寺村1992:222)
b. 彼が会った人 (寺村1992:225)
c. 彼が中国語を教わった彼女 (寺村1992:232)
(1') a. [風が [看板を] i吹きとばした] 看板i
b. [彼が [(その)人に] i会った] 人i
c. [彼が [彼女に] i中国語を教わった] 彼女i
(2) a. 友人が詐欺師にだまされたという話 (益岡1994:11)
b. 外国人に日本語を教える仕事 (益岡1994:16)
c. スキ焼などの料理を出す商売 (寺村1992:283、益岡1994:9)
日本語のコピュラ文には、主名詞である述語が(2)のような「外の関係」修飾構造にな る場合、「人魚構文」という一種の奇妙な構文が見られる。(3)はその例である。
(3) a. 政府は米の輸入を認める見込みだ。
b. 雪は夕方まで続く予想です。
c. 政府は野党と話し合う段取りだ。
(角田2011:57)
意味の面では、例えば(3a,c)の「政府」は国の機関であり、見込みではない。党五面 で言えば、文の前半「政府は米の輸入を認める」、「雪は夕方まで続く」、「政府は野党と話 し合う」という部分が動詞述語文であり、そのまま文として成立するが、その後ろに「見
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込みだ」、「予想です」、「段取りだ」という「名詞+コピュラ」が接続し、文全体が名詞述 語文となっている。すなわち、前半は動詞述語文であるのに、後半は名詞述語文となって いる。このことから、角田はこの構文を「人魚構文」と名付けている。
この構文は世界的に見ても珍しく、日本語以外にはアジアの七つの言語とアフリカの一 つの言語にしか見つかっていない(角田2012:3)という。本章では日本語に見られる人魚 構文を手がかりにし、中国語の人魚構文の特徴を明らかにした上で、日本語との対照研究 を行う。
5.2 日本語の人魚構文
前節で紹介したように、人魚構文はコピュラ文の一種であり、文の前半は動詞述語文で あるのに、後半は名詞述語文である。日本語の人魚構文は、以下の構造と特徴を有する。
(4) a. It has the structure shown in (5).
b. The subject of the 'Clause' and the 'Noun' are not coreferential.
c. The 'Clause' can be used as a sentence by itself.
(5) Prototype of the mermaid construction:
[Clause] Noun Copula.
(Tsunoda 2013:16)
つまり人魚構文は「[節]+名詞+コピュラ」という構造を持ち、節と名詞の関係が同一 指示的ではなく、節の部分だけで文として成立する。
例えば次の人魚構文の例(6)では、述語名詞はいずれも連体修飾節を伴っているが、修 飾節の「花子は名古屋に行く」、「学生は毎週レポートを提出する」、「彼は自家用車を購入 する」だけでも問題なく成立するにもかかわらず、その後ろに「予定だ」、「決まりだ」、「考 えだ」が接続し、文全体が名詞述語文になっている。これらの名詞述語文は、もし連体修 飾節の部分がなければ、「*花子は予定だ」、「*学生は決まりだ」、「*彼は考えだ」のように 非文となってしまう。
(6) a. 花子は名古屋に行く予定だ。 (角田2011:65)
b. 学生は毎週レポートを提出する決まりだ。 (角田2012:6)
c. 彼は自家用車を購入する考えだ。 (川島2016:51)
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角田は人魚構文の文末名詞を、(7)のように実質名詞、形式名詞と後接語「の」という 3種類に分類し、これを文法化の程度の違いであるとしている。
(7) a. [政府は米の輸入を認める]意向だ。(実質名詞類) (角田2011:56)
b. 「太郎は明日東京へ行く」つもりだ。(形式名詞類) (角田2011:58)
c. 学生が一生懸命勉強している。[試験がある]のだ。(後接語「の」類)
(角田2011:60)
実質名詞類の場合、表2-1に示すように12の名詞群がある。これらの実質名詞は、意味 の希薄化が起き、モーダル、証拠性、アスペクト、時などの意味を表す(角田2011)。
文末名詞のタイプ 具体的な名詞
1 「意志」の類 予定、計画、方針、魂胆、企み、意向、所存、狙い、構え、
姿勢、気、気持ち、考え、決心、決意、覚悟、戦術など。
2 「段取り、見込み」の類 段取り、運び、見通し、見込み、予想、方向、流れ、など。
3 「感情」の類 感じ、気、気持ち、気分、思い、心境など。
4 「状況、結果」の類
模様、様子、気配、状態、情勢、有様、形、格好、始末な ど。
5 「印象、雰囲気」の類 印象、感じ、感触、趣、雰囲気、ムードなど。
6 「習慣」の類 傾向、風潮、慣わし、風習、習慣、癖、生活など。
7 「人間の性格」の類 性格、性質、性分、気質、たち、タイプなど。
8 「役目」の類 役目、役割、責任、決まり、掟、立場、資格、宿命、定め、
身の上など。
9 「体の特徴」の類 体、体つき、体格、体質、表情、口ぶり、姿勢など。
10 「無生物の構成」の類 作り、構造、内容、仕組み、設計、システム、スタイルな ど。
11 「時間の関係」の類 時間、前、後、直前、直後、途中、最中など。
12 「疑い」の類 「疑い」のみ。
表 5-1 人魚構文の文末に見られる実質名詞
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角田(2011、2012)はこれらの12種類の人魚構文を「モーダル・証拠性」、「アスペクト」、
「その他」という3種類にまとめている。具体的な用例は(8-10)に示す。
モーダル・証拠性: [1]「意志」、[2]「段取り、見込み」、[3]「感情」、
[4]「状況、結果」、[5]「印象、雰囲気」、[8]「役目」、
[12]「疑い」
アスペクト: [6]「習慣」、[7]「人間の性格」、[9]「体の特徴」、 その他: [10]「無生物の構成」、[11]「時間の関係」
(8) モーダル・証拠性
a. 一行は十九日に軍のヘリで下山する予定だったが、(略)。
(現代日本語書き言葉均衡コーパス、以下BCCWJ)
b. また被災地では二十五日夕方から雨が降る見込みだ。 (BCCWJ)
c. 商品市場も後場は反発した感じですので、(略)。 (BCCWJ)
d. 甲板は傾いていて、かなり意識してバランスをとらないと立っていられない状
態であった。 (BCCWJ)
e. その時ハッと思い出したけど、この人、よくこんなハンティング帽を被ってる
印象だ。 (BCCWJ)
f. われわれがいないあいだに、だれかが船に入ってくるのを阻止する役目だ。
(BCCWJ)
g. 県警は前知事を逮捕した。調べでは建設業界から一千万円をもらった疑い。
(BCCWJ)
(9) アスペクト
a. 家ごとに門松さしている。この島では正月の他に節句と盆にも立てる慣わしだ
そうだ。 (BCCWJ)
b. フランクスは、(略)どちらかと言えば物静かで、孤独を愛する性格だったよう
である。 (BCCWJ)
c. 太郎は丁度出かける前だった。 (角田2012:7)
(10) その他
a. ベラは、いくら食べても太らない体質だった。 (BCCWJ)
b. この車は時速300キロで走る構造だ。 (角田2012:7)
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しかしこの分類では、「役目、立場」と「決まり、宿命」が同じ類に属したり、「だ」を とらない「疑い」が含まれたりするなど、アドホックな部分も多い。
川島(2016)は人魚構文の統語的特徴に着目し、二つのタイプがあると述べている。川 島(2016)は「とりたて詞「シカ」は同一の最小節内で否定辞と共起しなければならない」
(久野1999)ことから、節の大きさ、すなわち節が主題を含むかどうかという統語的差異
があることを見出している。
(11) a. 太郎は子ども達の面倒を見る立場だ。 (川島2016:56)
b. * 太郎しか[こどもたちの面倒を見ない立場]だ。 (川島2016:54)
(12) a. 太郎は来月会社を辞める見込みだ。 (川島2016:56)
b. [太郎しか会社を辞めない]見込みだ。 (川島2016:54)
(11)の場合、とりたて詞「シカ」と否定辞が同一節内で共起していないため非文であ るが、(12)では同一節内で共起していることになり、文法的である。つまり両者の違いは、
「シカ」で取り立てられた部分(もとの文であれば「Xハ」の主題部分)が節内に含まれ るか否かにあり、日本語の人魚構文には、(13)に示されている二つのタイプがあると考え られる。
(13) i Xハ[・・・・・・・・・・N]ダ ii [Xハ・・・・・・・・・・]Nダ
または 認知主体ハ[(Xハ)・・・・・・・・・・]Nダ
(川島2016:50)
川島(2016:50)は、(i)は「X ハ-N ダ」という構造を基底とした名詞文であるのに 対し、(ii)は「文」に「Nダ」が下接し、構造的には名詞文らしくないという。なぜなら、
(ii)に属している(12)の場合、(14)のように動詞文に助動詞が下接した文として捉え られ、補文が埋め込まれた動詞文に近いとも言えるからである。
(14) 太郎は来月会社を辞める{ようだ/そうだ}。(cf.12)
川島(2016)は残念ながら、(13)の二タイプがどのような意味に対しているのか述べて いない。本研究では角田の分類を修正し、モーダル・証拠性類は(13ii)のタイプで(14)
のような助動詞に近く、それ以外は(13i)のタイプに属すると提案したい。
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(15) a. モーダル・証拠性:
[1]「予定、計画」、[2]「見込み」、[3]「感じ」、[4]「状況、状態」、
[5]「決まり、習慣」
b. 個体レベル(individual predicate)・局面:
[6]「性格、性質」、[7]「役目、責任」、[8]「体の特徴」、
[9]「無生物の構成」、[10]「時間の関係」
修正後の両タイプの用例に川島(2016)のテストを適用すると、(16, 17)に示す統語的 相違があることが分かる。つまり、(13)の分類は(15)の意味と対応しているのである。
(16) モーダル・証拠性
a. 代表チームしか行かない予定だ。(「予定、計画」)
b. 太郎しか会社を辞めない見込みだ。(「見込み」) d. アメリカ企業しか成長しない感じだ。(「感じ」)
e. 社長しか債務を把握していない状況だ。(「状況、状態」) f. 男しか土俵に上がれない決まりだ。(「決まり、習慣」)
(17) 個体レベル・局面
a. * 太郎しか困っている人を助けない性格だ。(「性格、性質」)
b. * 花子しか子供の世話をしない役目だ。(「役目、責任」)
c. * 花子しか太らない体質だ。(「体の特徴」)
d. * この車しか時速200キロ出ない構造だ。(「無生物の構成」)
e, * 太郎しか出かけない前だった。(「時間の関係」)
この節では、日本語の人魚構文について見てきた。日本語の人魚構文はいずれも「[節]
+名詞+コピュラ」という構造を持つが、通常の連体修飾構造とは異なり、連体修飾節の 部分だけで文として成立し、修飾を受ける主名詞が実質的な意味を失う一方で、名詞群ご とにモーダル・証拠性、個体レベル・局面という機能的な意味を表す。
人魚構文は日本語で多く見られるが、世界的に見れば珍しい構文であり、研究も盛んに 行われてはいるが、中国語に同じ構文が存在するか、存在するとすれば、日本語の人魚構 文とどのような相違点を示すかについて、十分に研究が進んでいるとは言えない。これら の点について、次節で考察する。