• 検索結果がありません。

移動力の低い昆虫類の分布調査(奄美大島)

屋富祖昌子

元琉球大学農学部

 

はじめに

 モリバッタ属(直翅目、バッタ科)は、日本では琉球列島(奄美諸島を含む)にのみ分布する短翅のバッ タで、奄美諸島に生息するアマミモリバッタ(Traulia ornata amamiensis  Yamsaki,  1966)、沖縄諸島のオ キナワモリバッタ(T. ornata okinawaensis  Yamasaki,  1966)、西表島にのみ分布するイリオモテモリバッ タ(T. ishigakiensis iriomotensis  Yamasaki,  1966)、石垣島と竹富島に分布するイシガキモリバッタ(T. ornata okinawaensis  ishigakiensis  Yamasaki,  1966)、そして与那国、波照間島に分布するヨナグニモリバッタ(T.

ornata okinawaensis Yamasaki, 1966)の5亜種が記載されている。これまで宮古島の個体群は、イシガキモ リバッタとされていたが(市川他編、2006)、加地雅人(2005)による野外観察と判別分析の結果から、別 亜種とすべきであることが判明した。従って琉球列島のモリバッタは、宮古島からの未記載の1亜種を加 えて、合計6亜種が存在することになる。

 各島での生息範囲については、イリオモテモリバッタとヨナグニモリバッタは海岸から山地まで、イ シガキモリバッタ(宮古島個体群を含む)とオキナワモリバッタは平地から山地、そしてアマミモリバッ タは山地の林に生息するとされている(市川他編、2006)。この記述から、南から北に行くに従って、生 息場所が海岸から次第に山地へと変わっていく傾向が見られる。アマミモリバッタは沖永良部島、徳之 島、加計呂麻島、奄美大島から採集されており、奄美大島は本属の北限となる。さらに、奄美大島では、

アマミモリバッタは南部の山地に生息するとされている(同上)。

 今回の調査の目的は、本亜種が奄美大島北部の平地には生息しないのかどうか、それを確かめることである。

調査方法

 奄美大島の調査は、2008年11月13-15日に北部山地および平地で行った。山地は、金作原、三太郎峠、

本茶峠、円の林道である。平地の調査は大勝、観察の森、小宿で行った。いずれも見つけ捕りとし、食 草であるクワズイモ、サンニン、クマタケランの株があれば食痕の有無を確かめた。この調査は今後も

移動力の低い昆虫類の分布調査(奄美大島)

結 果

 奄美大島の山地では、円の林道で成虫一頭を目撃しただけであった。金作原では、クワズイモの群落 が林道沿いや林床にも多くあったが、食痕も無く、幼虫・成虫ともに目撃もされなかった。三太郎峠、

本茶峠も同様であった。古い林道や山地の旧道沿いにはクワズイモの他にアオノクマタケランも自生し ていたが、食痕はあってもモリバッタは採集も目撃もされなかった。平地でも、雨と低温のためにモリ バッタは採集できなかったが、12月13日に龍郷町大勝の農道から♀3頭、♂2頭が採集され、奄美大島北 部では平地にも生息していることが確認された(写真1)。平地ではサトウキビ畑周辺のサンニンによく付 いていることも明らかとなり、これはその後も繰り返し観察された。また、大勝では、人家で植栽され ているユリ科植物の花を食害している例も見つかっている。

 徳之島の個体群(写真2)は、伊仙町の平地からやや山がちになる道路沿いのクワズイモの葉から♀3頭 が採集された。室内飼育の結果、1♀が2卵塊を砂の中に産み込んだ。この卵塊を沖縄島に運び、室内に一ヶ 月以上おいたが、孵化は見られなかった。

考 察

 加地(2006)は、2005年11月23-26日に大和村と龍郷町から♀35♂36頭を得ているが、平地か山地かの区 別は書かれていない。今回、同じ時期でありながら、山地でも平地でもモリバッタは幼虫、成虫とも採 集されなかったが、これは雨と一週間以上続いた低温のためと考えられる。その後の継続的調査によっ て、奄美大島では北部の平地でも本種が生息していることが明らかとなった。平地の個体群は、農道や 小川付近の明るい場所で、サンニンからよく採集されている。奄美大島や沖縄島では山地林内から林縁 の比較的薄暗い所を好む(市川他編、2006)とされているが、そのようなところではサンニンよりもむし ろアオノクマタケランが多く、これらの食草の生育場所の違いが、本亜種の山地と平地の個体群におけ る明るさの好みの違いに影響しているのかも知れない。また、継続中の採集において、モリバッタは「い る所にはいる」という局所性が強く、これは沖縄島や宮古島、石垣島、西表島等で見られる傾向と同じで ある。若齢幼虫の食草への食いつき、あるいは飛翔力が殆んどないことから成虫の交尾相手との遭遇に 関わる要因があるのかもしれない。

 徳之島の個体から得られた卵塊は孵化させることが出来なかったが、これは沖縄に運んだ後に湿度の 調整に失敗したためと考えられる。沖縄島以南では年2化の可能性(市川他編、2006)が示唆されているが、

奄美諸島の亜種も同様であるのか、あるいは周年発生するのか、野外の齢構成の季節的変化と、室内飼 育による実験が必要であろう。

南西諸島生物多様性評価プロジェクト  フィールド調査報告書

写真1:アマミモリバッタ♀。奄美大島、龍郷町大勝。2008 年 12 月中旬、本田紘一採集。

写真2:アマミモリバッタ♀。徳之島、伊仙町。2008 年 12 月中旬、本田拓海採集。