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琉球列島の飛沫転石帯に生息する十脚甲殻類

南西諸島生物多様性評価プロジェクト  フィールド調査報告書

琉球列島の潮上帯転石域に生息する十脚甲殻類

田・伊藤, 2007, 2008)。

 しかしその一方で、飛沫転石帯の環境は、護岸や道路拡張工事などの影響によって急速に失われてい る。現在までに、飛沫転石帯の環境や生息する生物を保全するための取り組みはほとんど皆無である。

その最大の理由は、飛沫転石帯に生息する生物の種組成、生態分布、現存量などに関する研究が行われ ていないことであると思われる。 

 本研究では、琉球列島の島々の海岸域に見られる「飛沫転石帯」に生息する十脚甲殻類相を解明し、生 態分布や体サイズ組成などの定量的情報を得ることで、「飛沫転石帯」という海岸の微環境を陸生十脚甲 殻類がどのように利用しているかを明らかにすることを目的とする。

2. 材料と方法

 「飛沫転石帯」の十脚甲殻類相を解明するために、2008年6月8 〜 12日に奄美大島および加計呂麻島、同 年8月6 〜 11日に石垣島にて飛沫転石帯の調査を行った(図1)。 調査は、1)トランセクト法およびコドラー ト法を用いた定量的調査と、徒手による定性的調査、両手法を用いて行った(図2)。定量的調査において は、陸側の基点(基点から満潮位線までは5˜15m)から汀線までの間について、汀線と垂直方向にトラン セクトラインを設置した。このトランセクトラインに沿って、1mごとに50×50cmのコドラートを3個ず つ、満潮位線まで設置した。コドラート内に出現した陸生十脚甲殻類は徒手にてすべて採取し、10%ホ ルマリン溶液にて固定して研究室に持ち帰り、種同定を行った後に体サイズや性を記録した。また、ト ランセクトラインの地形断面を記録するために測量を行った。  一方、トランセクトラインの両側のおお よそ25 〜 50m以内の範囲において、10 〜 20分の間に転石の間や転石の下を無作為に探索する定性調査 を行った。 

 なお、調査地では、国指定天然記念物「オカヤドカリ類」が生息しているため、奄美大島および加計呂 麻島では、鹿児島県の現状変更許可(鹿教委指令第48号)を受け、採集されたオカヤドカリ類はその場で 同定、計測後放流した。また、石垣島では、文化財保護法(昭和25年法律第214号)第125条第1項の規定に よる現状変更許可申請を行い、すべての個体を採集した。

 また、飛沫転石帯の無い島での十脚甲殻類の生息状況を調べるため、南大東島において、同年9月1 〜 3日に海岸域での調査を実施した。南大東島は隆起環礁の小島で、島の周囲は海水面から切り立った岩礁 域となっており(図13A)、内陸部に向かって20 〜 80mほどは目立った樹木が生えていなかった。この岩 礁帯にはコンペイトウガイなどの貝類が生息しており、飛沫帯に相当する環境であると思われる。本研 究では、この岩礁帯を徒歩にて各地点で1時間〜 1時間30分程度探索した。なお、南大東島においてはオ カヤドカリ類の採集は行わず、目視記録のみにとどめた。

南西諸島生物多様性評価プロジェクト  フィールド調査報告書

所の海岸において定性的採集調査を行った(図1、13 〜 14、表3)。

 その結果、調査地から計5科15属19種の十脚甲殻類を採集することができた(図15 〜 17、表4)。なお、

各調査地点における環境特性(地形断面および底質記録)や十脚甲殻類の生態分布などの定量的データの 解析は現在進行中であるため、本報告では、各島における十脚甲殻類相と分布パターンを示す。

3−1)奄美大島および加計呂麻島の飛沫転石帯における十脚甲殻類相

 奄美大島および加計呂麻島の飛沫転石帯では、16種(ナキオカヤドカリCoenobita rugosus  H.Miline  Edwards,  1837、 ム ラ サ キ オ カ ヤ ド カ リC. purpureus Stimpson,  1858、 オ カ ガ ニDiscoplax hirtipes  Dana,  1851、 ヤ エ ヤ マ ヒ メ オ カ ガ ニEpigrapsus politus  Heller,  1862、 ム ラ サ キ オ カ ガ ニGecarcoidea lalandii  H.  Milne  Edwards,  1837、 オ オ カ ク レ イ ワ ガ ニ Geograpsus crinipes  (Dana,1851)、 カ ク レ イ ワ ガ ニ Geograpsus grayi  (H.  Milne  Edwards,  1853)、イワトビベンケイガニMetasesarma obesum  (Dana,  1851)、

フ ジ テ ガ ニClistocoeloma villosum  (A.  Milne-Edwards,  1869)、 ベ ン ケ イ ガ ニSesarmops intermedium  (De  Haan,  1835)、フタバカクガニPerisesarma bidens  (De  Haan,  1835)、カクベンケイガニParasesarma pictum  De  Haan,  1835、ミナミアシハラガニPseudohelice subquadrata  (Dana,  1851)、ヒメアシハラガニHelicana japonica (Sakai & Yatsuzuka, 1980)、ヒメケフサイソガニHemigrapsus sinensis Rathbun, 1931、ミナミア カイソガニCyclograpsus integer H. Milne Edwards, 1837)の十脚甲殻類が採集された。これらのうち、ヤ エヤマヒメオカガニ、ムラサキオカガニ、イワトビベンケイガニの3種は、奄美大島からの初記録として 報告された(鈴木ら、 2008)。

 奄美大島および加計呂麻島における十脚甲殻類16種の分布パターンを図18 〜 20に示した。奄美大島で は、集落の周辺では海岸部の護岸化が進められているが、それ以外では比較的良好な飛沫転石帯が残っ ていた。奄美大島の道路は、海岸線に沿って造られている場合が比較的少ない(山道を迂回したり、トン ネルを利用する)、ことが飛沫転石帯が残されている要因であると思われる。これらの海岸では、オカヤ ドカリ類、ヤエヤマヒメオカガニ、イワトビベンケイガニなどが採集された。 

 加計呂麻島の赤崎(St.10)と木慈(St.11)の飛沫転石帯においては、フジテガニ、カクベンケイガニ、ミ ナミアシハラガニ、ヒメアシハラガニなど、通常河川河口部やマングローブ域に生息するカニ類が多産 しており、ヤエヤマヒメオカガニやイワトビベンケイガニは見られなかった。マングローブの生育は確 認されなかったが、内湾的環境でであった。

 一方、奄美大島の小湊(St.17)の海岸では、フジテガニ、カクベンケイガニ、ミナミアシハラガニ、ヒ メアシハラガニなどと共に、ヤエヤマヒメオカガニやイワトビベンケイガニも採集された。

3−2)石垣島の飛沫転石帯における十脚甲殻類相

 石垣島の飛沫転石帯では、12種(ナキオカヤドカリ、ムラサキオカヤドカリ、オオナキオカヤドカ

琉球列島の潮上帯転石域に生息する十脚甲殻類

 石垣島における十脚甲殻類13種(メガロパ幼生を含む)の分布パタンを図21 〜 22に示した。この結果か らは、島の北部の海岸環境に多種の十脚甲殻類が分布していることが明らかであり、良好な海岸環境が 残されていることを示している。 

 島の南部においては、観音崎(St.11)において良好な飛沫転石帯があり、実際にオカヤドカリ類、オカ ガニ類、ベンケイガニ類が採集されている(図21、 22)。但し、観音崎を挟むように人工護岸が整備され ており、飛沫転石帯は僅かしか残されていない。現地の人からの聞き取り調査では、観音崎には夏の夜 にヤシガニが集まるとのことであった。実際に、藤田・永江・組坂は、石垣島調査終了後の2008年8月11 日に、観音崎にて放卵直後のヤシガニを確認した(藤田・永江・組坂、 未発表の観察データ)。したがって、

観音崎周辺は、石垣島の南部に残された貴重な自然海岸環境として極めて重要であり、保全していく必 要がある。

 一方、白保海岸は転石が多量に集積しており(図10A)、一見良好な環境のように思われたが、ナキ オカヤドカリのみが僅かに採集されただけであった。同様の傾向は真栄里海岸(図10B)でも確認され た。両調査地点に共通する特徴として、転石帯の後背地が開発の影響を受けていることが挙げられる(図 12F)。詳しい因果関係は不明であるが、転石帯が極度に乾燥しているなど、十脚甲殻類にとって好まし くない環境要因が存在している可能性が考えられる。 

3−3)南大東島の海岸環境と十脚甲殻類相

 南大東島の海岸では、奄美大島や石垣島で見られたような飛沫転石帯は見られなかったが、岩礁海岸 の窪みに集積した転石の下からは、カクレイワガニ、ミナミアカイソガニ、ハワイベンケイガニが採集 された。ただし、ミナミアカイソガニは、満潮時などに時折海水の影響を受けると思われるような環境(転 石が濡れていたり湿り気を帯びているような状態)の転石帯で確認された。また、同所にてムラサキオカ ヤドカリとナキオカヤドカリが目視確認された。ミナミアカイソガニとハワイベンケイガニは、南大東 島からの標本に基づく初記録であると思われる。  

 南大東島における十脚甲殻類4種の分布パターンを図23に示した。ナキオカヤドカリ、カクレイワガニ、

ミナミアカイソガニは複数の調査地点で確認され、それぞれの調査地点で複数個体(2 〜 5個体)が確認さ れた。ハワイベンケイガニは1か所の調査地点でのみ採集されたが、複数個体(3個体)が確認された。

 したがって、本研究では、奄美大島や石垣島の飛沫転石帯で優占的に見られた種(例えばヤエヤマヒメ オカガニやイワトビベンケイガニなど)を発見することは出来なかった。南大東島は沖縄島から約360km 東方にある太平洋上の孤島であるが、生息する陸水産コエビ類相はすべて琉球列島の広域分布種であ り、その要因の一つとして沖縄島や宮古諸島からの海流が南大東島に達することを挙げている(松井ら、 

2007)。また、藤田・砂川(2008)は、多良間島の海岸における十脚甲殻類相の調査を行った際に、カクレ イワガニやオカヤドカリ類が多数見いだされたのに対して、ヤエヤマヒメオカガニとイワトビベンケイ