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南西諸島重要サンゴ群集広域一斉調査と画像解析

南西諸島重要サンゴ群集広域一斉調査と画像解析

酒井一彦

※1

・岡地賢

※2

※1琉球大学熱帯生物圏研究センター /※2有限会社コーラルクエスト

調査の概要

 本調査は、WWFジャパンと日本サンゴ礁学会保全委員会が共同で選定した、「南西諸島における保全 すべき重要なサンゴ群集域 154 箇所」に基づき、大隅諸島、奄美諸島、沖縄諸島、宮古諸島および八重 山諸島で、サンゴ群集の現地潜水調査を、共通の調査方法で実施したものである。各諸島域でサンゴ群 集調査やダイビング業などに従事し、本調査の趣旨に賛同する者が現地調査を実施し、調査で得たデジ タル画像を集約し、解析を行った。

 2008 年夏季に、大隅諸島を除く各諸島域で 5、大隅諸島で 3 の調査地点を設定した。調査地点は各諸 島域の比較的波当たりの強い礁斜面上部の、満潮時の水深が 3 〜 5  m の場所に設置した。各地点に、四 隅に鉄筋などのマーカーを打った 5 個の 1 × 1  m の固定方形区域を設置した。これらに加えて、各地点 で 20 m のラインを 10 m 間隔で 4 本設置し、各ライン上にランダムに 4 個の 1 × 1 m の方形枠を配置した。

調査区域に、4 つの 50×50cm の小区画に分割した 1 × 1  m の方形枠を置き、撮影用フレームを用いて 水中デジタルカメラによって、小区画それぞれを真上から 1 枚の画像に撮影した。固定方形区域は経時 的なサンゴ群集の変化を、同一対象物で追跡することを、ランダム配置の方形区域は 2008 年夏季におけ る、各地点および各諸島域間でのサンゴ群集の比較を行うことを目的とした。今回はランダム配置の方 形区域の結果のみを報告する。

 各小区画の画像をコンピュータに読み込み、液晶デジタイザ画面上で造礁サンゴ(以下「サンゴ」)お よびソフトコーラル群体の面積を計算し、サンゴは科レベルで同定し、ミドリイシ科は群体形別に分け、

ソフトコーラルは全てをソフトコーラルと同定し、群体ごとに分類群名と面積を記録した。4 つの小区 画のデータを合計し、1 × 1  m 内の分類群ごとの群体数と被度を集計した。複数の小区画に含まれた群 体については、同じ群体を複数回数えることのないよう密度の調整を行った。また画像から判別できる 範囲で、各調査区域内のサンゴの出現種数を記録した。

 サンゴの平均種数は諸島域間で有意に異なり、緯度が高いほど少ない傾向が見られ、八重山で最も多 く、宮古、沖縄および奄美で中間、大隅で最も少なかった。サンゴの密度は諸島域間で有意に異なったが、

南西諸島生物多様性評価プロジェクト  フィールド調査報告書

グループを形成することはなかった。しかし相対値(各地域でのサンゴ全体の群体密度または被度に対 する各科の比率の平均値)では、低緯度で相対的にミドリイシ科が多く、高緯度で相対的にキクメイシ 科が多かった。沖縄ではミドリイシ科の相対被度が隣接する諸島域よりも有意に小さく、相対群体密度 および相対被度ともに、ハナヤサイサンゴ科とアナサンゴモドキ科が、他の諸島域よりも有意に高かっ た。ミドリイシ科の相対被度が小さく、ハナヤサイサンゴ科とアナサンゴモドキ科の相対被度が多かっ たことは、沖縄では本来ミドリイシ科が優占すべきサンゴ群集が、回復していないことを意味すると思 われる。

 以上の結果から、南西諸島ではサンゴについて、緯度に関して被度と分類群の組成に緯度にそった傾 向があるが、沖縄はその傾向から外れることが明らかとなった。これは沖縄では人口密度が高く、陸域 の人間活動の影響が、サンゴ群集に負の影響を及ぼしている可能性を示唆する。

背景と目的

 サンゴ礁生物群集は、世界的に衰退傾向にあると言われている。衰退の直接的な原因は、食物連鎖と 棲み込み連鎖により、サンゴ礁生物群集の豊富な生物量と高い生物多様性を実現している造礁サンゴ(以 下「サンゴ」)が減少しているためである。サンゴを減少させる要因は、地域規模および地球規模の攪乱 に分けることができる。

 地域規模の攪乱要因のなかで最もサンゴに影響を及ぼしてきたのは、大量発生したオニヒトデによ る捕食である。南西諸島では 1970 年代に沖縄島でオニヒトデの大発生が起こり、サンゴが激減した

(Nishihira and Yamazato 1974)。その後オニヒトデの大発生域は他諸島域へと移動し、例えば八重山諸 島では 1980 年代にオニヒトデの大発生が見られ(小椋将弘  et  al.  1989)、これら地域でもサンゴが減少 した。オニヒトデの大発生後、速い場合には約 10 年でサンゴがオニヒトデ補食前の被度に戻るが(Colgan  1987)、沖縄島では 1980 年代以降にはオニヒトデが低密度ながら慢性的に出現するようになり(Sakai  et al. 1988)、サンゴ群集が回復してもすぐにサンゴがオニヒトデに捕食される場合も多くなっている(酒 井 2006)。

 近年地域規模でサンゴ礁を保全するためには、海水の富栄養化と藻食性魚類の過剰漁獲を避けるべき であるとことが、世界的な共通認識となりつつある(Bellwood et al. 2004)。海水の富栄養化と過剰漁獲 による藻食性魚類の減少は、ともに大型海藻の生育を促進し、サンゴ礁の固着性生物を、サンゴ優占か ら大型海藻に変える相転移(Phase-shift)をもたらす(例えば Hughes  1994)。また海水の富栄養化が、

オニヒトデ幼生の食物である植物プランクトンを増加させ、その結果オニヒトデ大発生の頻発化や慢性 的なオニヒトデの出現を引き起こす可能性も指摘されている(Brodie et al. 2005)。さらに海外では、十 分に処理されていない下水がサンゴ礁に流れ込むことによって、ヒトの腸内バクテリアが原因となって、

南西諸島重要サンゴ群集広域一斉調査画像解析

温によるサンゴの大規模白化が起こり始めた(Hoegh-Guldberg  1999)。特に 1997 年〜 1998 年には、世 界の多くのサンゴ礁で水温が平年の最高を 2℃以上上回り、大規模なサンゴの白化と、白化によるサン ゴの死亡が起こった(Wilkinson  1998)。1998 年夏季には南西諸島でも広範囲にサンゴの白化が起こり

(Fujioka 1999; 茅根創 et al. 1999; 谷口洋基 et al. 1999 ; 長谷川均 et al. 1999)、特に沖縄島ではサンゴの 死亡率が 80%を上回った場所も見られた(Loya  et  al.  2001)。近年、地球温暖化をもたらす主要な要因 である大気中の二酸化炭素の増加が海水を酸性化させ、サンゴなどの石灰化を行う生物の石灰化を阻害 し、温暖化とともに生態系レベルでサンゴ礁を劣化させる可能性も指摘され始めた(Hoegh-Guldberg  et  al.  2007)。さらに高水温と海洋酸性化が同時に起これば、サンゴやサンゴ藻の光合成が阻害され、よ り低い海水温でも白化が起こる可能性も実験的に示されている(Anthony et al. 2008)。今後地球温暖化 がさらに進行すれば、現在低緯度のサンゴ礁域に生息しているサンゴの分布が、より高緯度に移る可能 性も指摘されている(Hughes 2000; Hughes et al. 2003)。この可能性を検証するためには、低緯度から 高緯度にかけて、同一の方法でサンゴの変化をモニタリングする必要がある。また実験的に示された高 水温と海洋酸性化がサンゴの白化に及ぼす相互作用も、実際に野外で起こるのかをモニタリングするこ とも必要である。

 南西諸島は鹿児島県から沖縄県にまたがり、約 1000  km の範囲に広がる島嶼群である。南西諸島内の 主な島嶼群は、北から大隅諸島、トカラ列島、奄美諸島、沖縄諸島、久米島、慶良間列島、尖閣列島、

大東諸島、宮古諸島および八重山諸島である。南西諸島全域でサンゴ礁が見られ、サンゴ礁としては高 緯度にありながら、生物多様性が高い地域であると言える。例えばイシサンゴ目のサンゴについて言え ば、八重山諸島から沖縄諸島はオーストラリア東岸の同緯度地域とほぼ同じ種数が記録されており、奄 美諸島より北の諸島では、オーストラリア東岸の同緯度地域よりも 2 倍近い種のサンゴが記録されてい る(Veron 1986; Veron 1992)。この意味で南西諸島のサンゴ礁は、世界的にも貴重であると言える。

 WWFジャパンでは、南西諸島を包括的に捉え直し、生物多様性の観点から優先的に保全すべき地域 を、研究者をはじめとする利害関係者と共に抽出するプロジェクトに取り組んでいる。プロジェクトは、

多様な生物群(哺乳類、鳥類、両生・爬虫類、昆虫類、魚類、甲殻類、貝類、海草藻類、造礁サンゴ類)

や生態学的に重要なハビタット(自然林、自然海岸、サンゴ礁、藻場等)の情報を、GIS(地理情報シ ステム)を用いて抽出する生物多様性優先保全地域(BPAs)の選定と、保全上緊急性が高いテーマや 地域における現地フィールド調査から構成されている。本調査は、同プロジェクトにおける造礁サンゴ 類における現地フィールド調査の一環として、日本サンゴ礁学会保全員会と WWF ジャパンが共同で企 画、実施した。今後の地球規模での環境変化、すなわち地球温暖化と海洋酸性化が、将来南西諸島のサ ンゴにどのような変化をもたらすのかを追跡するための初期データを得、また現在すでに進行している 南西諸島での地域的な環境変化が、サンゴに影響を及ぼしているのかを検討することが本調査の目的で ある。