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福祉国家と移民政策

ドキュメント内 序 章 (ページ 89-109)

はじめに

移民に関する問題設定、分析レベル、理論は多岐にわたる。ブレッテルとホリフィール ドは、学問分野ごとに主な問題設定を次のように整理している[Brettell and Hollifield 2008:

3-9]。「移民現象が起こり、その傾向が継続する要因は何か」(経済学)、「移民が流入し居 住する空間的なパターンはどのように説明されるか」(地理学)、「法律は移民現象にどのよ うに影響を及ぼすか」(法学)、「移民はどのように社会的に包摂され、排除されるか」(社 会学)、「移民は受入れ国の人口構成にどのような変化をもたらすか」(人口統計学)、「移民 はどのように文化の変容に影響を及ぼし、民族的アイデンティティに作用するか」(文化人 類学)、「移民の経験をどのように理解するか」(歴史学)。

そして「国民国家が移民の受け入れ(入国と定住)にどのように対応するか」、「国家が 移民をコントロールすることが難しいのはなぜか」という問題は、政治学の範疇にある。

そして自由主義諸国が実際には歓迎していない移民をなぜ受け入れるかについて、90年代 の主な国際比較研究では、国家にそれぞれ異なるモデルがあることが指摘されてきた。

フリーマン[Freeman 1995]は、政治エリートが、移民受け入れを望んでいる自らのク ライエントとなる特定集団に便宜をはかろうとするクライエンテリズムの論理や、利益団 体政治のプロセスを通じて、移民受け入れに否定的な世論と乖離した寛容な政策が実施さ れる傾向にあるとした。ただし、移民をめぐる各国の歴史の違いにより、移民政策には3 つの形態(mode)があると指摘した。すなわち、①開拓移民により建国された英語圏の諸 国(米国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド)、②戦後のポスト植民地主義およ びゲストワーカー・プログラムのもとで一時的労働力として南側諸国からの移民を受け入 れた欧州諸国(イギリス、フランス、ドイツ、オランダ、ベルギー、スイス、スウェーデ ン)、③近年になって移民の受け入れが始まった南欧諸国(イタリア、スペイン、ポルトガ ル、ギリシア)である。

ヨップケ[Joppke 1998]はこうしたフリーマンのモデルに対し、まず、欧州諸国では政 治過程よりも司法過程による説明の方がより説得力があるとした。また、移民受け入れに おいて欧州諸国のなかでも、ドイツのようなゲストワーカー型レジームと、イギリスのよ うなポスト植民地主義型レジームとでは、道徳的な縛りにおいて異なる論理が働いている とした。

国家が移民の入国と定住への対応を決めるうえで、利益団体政治や国家の道義的要素の ほかに重要な要素として、福祉国家がある。欧州のほとんどの国で、第二次大戦後70年代 初めまでに社会保障制度が導入された。同時に戦後の経済成長により1950年代には労働力

不足が明らかになり、政府や経営者は移民労働者を受け入れることでこれに対応した。福 祉国家の制度や権利の内容は、家族呼び寄せや定住の選択のような移民の行動を決定する 誘因として働く[Borjas 1990]。

福祉国家は福祉サービスの受益対象を特定することを前提としており、その意味で移民 は福祉国家の受益対象を画する境界線に影響を及ぼす。同時に、高度に発達した福祉国家 をもつ移民受け入れ国では、移民が財政的負担を増やすことで、公的な重荷になるという おそれがある[Hollifield 2008: 186]大規模な移民は公的財政を破産させ、たとえば社会サ ービスを破たんさせる原因にもなりうるとみられる。福祉国家は移民を社会的に包摂する 要因にもなれば排除する要因にもなるのである。

移民政策を福祉国家の観点から眺めるとき、法律や政策の法的要素、権利や制度、利益 などの政治的要素、所得格差、労働市場の需給関係、経済構造といった経済的要素、ネッ トワークや社会資本といった社会的要素が関連してくる。ホリフィールドは、移民の流入 が続くうえで、労働力の需要やネットワークといった経済的、社会的な要素は必要条件で はあるが十分条件ではなく、十分条件は政治的および法的な要素であると主張する

[Hollifield 2008: 195]。

欧州では 80 年代末から旧ソ連やユーゴスラヴィア、東欧諸国からの移民が急増し、そ れ以降、欧州各国で移民の福祉国家の受益資格へのアクセスは重要な政治問題になった。

特に90年代には、失業した移民が福祉国家の負担になり、国民の権利と特権を害している として移民排斥を主張する極右勢力が台頭した。極右勢力からの圧力を背景に、政府は移 民受け入れを制限するようになった。一方で、出生率の低下と高齢化により、高技能の人 材と低技能労働者の両方への需要が高まってきている。こうして移民の脅威は、福祉国家 の基盤を揺るがす変化と、それをめぐる政治的葛藤と密接に結びついてきている。

しかし、南欧諸国の移民をめぐる様相は、高度に組織化された福祉国家とは異なるとの 指摘もある[Geddes 2003b: 167]。南欧の福祉国家には、大陸欧州の保守主義的な福祉国家 と類似の、しかし一層程度の著しい特徴が指摘される。すなわち、所得保障は正規の労働 市場に包摂された常勤労働者に厚く、雇用の不安定な労働者には極めて不十分である。医 療は税を財源とする普遍的な国民医療サービス方式をとり、社会サービスと社会福祉では 家族の連帯や民間のイニシアチブに強く依存する。そして不十分な住宅政策や家族政策は、

女性就労率の低さや少子化と関連づけられてきた。

本章では、移民政策が福祉国家との関係で決定づけられる構造について、南欧福祉国家 のスペインを事例とし、政治的な要素から考察する。第1節で欧州の移民受け入れ先行国 における政策の推移を概観し、第2節で南欧への移民流入の要因を挙げ、スペインにおけ る「移民」像をみる。第3節では、スペインの出入国管理政策、とりわけ特別合法化が実 施される理由を、外国人法の特徴と移民現象が政治化した様相から論じる。第4節では、

移民の社会統合政策について、スペイン福祉国家の特徴と社会保障制度との関係から検討

する。結びに、イタリアとの異同からスペインの移民政策の特徴にふれ、近年のEU 移民 政策との関連について考察する。

スペインの移民政策に関する主な西語文献として、政治学、法学、社会学等幅広い視点 から移民現象を分析し、執筆者と政治や行政、労組、NGO関係者との対談を収めたデル・

アギラ編[Del Águila, coord. 2005]、過去20年間の移民現象を入国管理や労働市場、社会 権、地方自治体の視点から、法学、社会学的に検討したアハとアランゴ編[Aja y Arango eds.

2006]がある。また、シドブ財団国際年報[Anuario Internacional CIDOB、以下CIDOB]

は対外政策の部でスペインの移民関連政策や出来事、統計をまとめている。主な英語文献 として、入国管理政策の推移とその政治化についてコーネリウス[Cornelius 2004]、移民 の社会統合をめぐる多層的ガバナンスとNGOの役割についてアグレラとディエツ[Agrela and Dietz 2006]がある。

日本では、スペイン農業に着目した国際労働移動の研究[中川 2000]や、社会学的な 移民政策研究において南欧への言及もある[久保山 2001, 2002; 小井土 2003]。しかし、

福祉国家の観点からスペインの移民政策を政治学的に検討した研究はない。スペインの移 民政策を福祉国家との相互関係から考察することは、移民受入れの後発国であり、少子高 齢化のなかで本格的な移民労働者の受入れが論じられている日本にとっても意味があるも のと考える。

第1節  欧州諸国の移民政策

欧州諸国への移民の流入は、建国に移民が重要な役割を果たした北米やオセアニア諸国 と異なり、第二次大戦後の現象である。欧州諸国では戦後の経済成長により1950年代には 労働力不足が明らかになり、政府や経営者は移民労働者を受け入れることでこれに対応し た。移民労働者にはふたつのタイプがあった。まず、ほとんどすべての欧州諸国は、一時 的ないわゆるゲストワーカーとして受け入れた。フランス、イギリス、スウェーデンなど は長期滞在や家族の呼び寄せに比較的寛容であったが、ドイツ、オーストリア、スイスな どは短期滞在の移民労働者をたえず循環させることで、定着化を妨げた。なかでもドイツ は高度の国家統制を通じて移民の受け入れ、権利や労働条件を制限した。また、イギリス、

フランス、オランダは植民地もしくは元植民地からの労働者を活用した。公式に募集はし なくとも、雇用の機会を知り入国の権利を得ていた植民地の住民が移民労働者となるのは 容易で、1950年代に増大した。植民地時代に宗主国は住民に対しイデオロギー的な統合の 方式として一定の市民権を与えていた場合もあり、移民労働者の入国を促進し、家族の呼 び寄せや定住化を招いた。60年代には宗主国の政治的および経済的な地位が後退し、コミ ュニティレベルでの問題が増加したために、制限的な政策で元植民地からの移民受け入れ

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