はじめに
市民社会組織に関するサラモンらの国際比較研究[Salamon et al. 2004]は、各国で市民 社会セクターが果たす役割は、歴史、制度、政治社会、文化的文脈により多様であること を指摘した(社会起源説)。そしてエスピン=アンデルセンの福祉国家の3類型を基礎に、
非営利セクターの4類型を示した(非営利セクター・レジーム)。北欧諸国の社会民主主義 モデル、アングロサクソン諸国の自由主義モデル、大陸欧州諸国の保守主義コーポラティ ズムモデル、そして日本や発展途上国の政府優位モデルである。
この非営利セクター・レジームにおいて、スペインとイタリアは大陸欧州型の福祉パー トナーシップ・モデルに分類されている。このモデルでは、国家は組織化された宗教勢力 を前に、社会福祉にかかるサービス(以下、「社会サービス」とする)を自ら提供するより、
宗教系の民間ボランタリー組織に委ねてきた。非営利組織はその財源の半分以上を公的セ クターから得て、主に社会サービスの領域での活動に従事する。このモデルの特徴は、大 規模な市民社会セクターが有給スタッフによりサービスを提供するという点にある。しか し、こうした福祉パートナーシップの特徴は、スペインとイタリアでは同様にみられない ことが指摘されている[Salamon et al. 2004: 45]。比較福祉国家研究においても、南欧福祉 国家は大陸欧州型との類似性を指摘されながら、そのサブ・カテゴリーもしくは別の一群 として分析されることが多くなってきている。そこで福祉の供給における公的セクターと 第三セクターとの関係についても、南欧の事例を検討する意義があると思われる。
本章ではスペインの福祉国家と第三セクターとの関係をとりあげる。同国ではフランコ 総統による 40 年間近い権威主義体制を経て、ボランタリーな組織の成立は欧州諸国のな かで後れ、市民社会の弱さが指摘されてきた。しかし、90年代には同国の第三セクターの 発展における「歴史的転換」が生じたと評価されている[Ruiz de Olabuenaga 2005: 3]。
ペストフの福祉トライアングル・モデル[ペストフ 2000: 48]は、「第三セクター」を、
ボランタリー・非営利組織とともに協同組合や共済組合も含む、「非営利セクター」より広 範な概念としている。こうしたヨーロッパ型アプローチに対し、スペインの「第三セクタ ー」概念は、この用語が移入された経緯や、90年代末にスペイン国内の有力研究者らが「第 三セクター」を「非営利セクター」と同様にみなした影響もあり、米国型に寄っていた。
用法は一定しないものの、公益の認められたアソシアシオンおよび財団を中心とする非営 利組織が第三セクターの核とされている[Cabra de Luna y Lorenzo García 2005 : 4-5]。スペ イン国内の主な先行研究では、「社会的な」(‘social’ もしくは ‘de Acción Social’)第三セク ターもしくはボランタリー組織等の表現が用いられている[Pérez-Diaz y López Novo 2003:
35]。本論文では「第三セクター」をスペインにおける用法にしたがって論述する。タイト ルや本文中で「ボランタリー・セクター」を用いる意味については、論述のなかでふれる こととする。
スペインにおける主な先行研究として、まず、カリタス系のフォエサ財団より出版され たロドリゲス=カブレロ編[Rodríguez Cabrero 2003]は、スペインの「社会的なボランタ リー組織」の展開を、制度的枠組み、社会経済的側面、公共政策や事例を含めて多角的に 論じる。つぎに、赤十字財団の協力を得てスペイン労働社会問題省より出版されたペレス
=ディアスとロペス=ノボ編[Pérez-Diaz y López Novo 2003]は、スペインの「社会的な 第三セクター組織」の実態について、一般理論、スペインの歴史、制度、統計からアプロ ーチする。さらに、自治州レベルに目配りしている国際比較研究として、バレンシア自治 州の後援で公共経済・社会協力国際情報調査センター(CIRIEC)から出版された、南欧諸 国の第三セクターの状況を国別に論じるモンソン他[Monzón et al. 2003]がある。
サラモンらの比較研究は、市民社会組織全般の経済規模や活動領域、財政構造の国際比 較を主な目的としており、福祉供給体制の特徴との関連について分析を掘り下げていない。
アスコーリらの比較研究[Ascoli and Ranci 2002]は、社会サービス領域における第三セク ター(非営利セクター)の役割に焦点をしぼり、福祉制度改革とりわけ民営化が公的セク ターと第三セクターの関係にいかに影響したかを欧州6カ国の事例で検討している。本論 文ではアスコーリらの比較研究と同様に、特に社会サービス領域における第三セクターと 公的セクターとの関係について、福祉供給体制の特徴を念頭に、歴史的、制度的、政治社 会的な視角から検討する。
第1節では、スペインにおける第三セクター概念の沿革と、法的枠組み、主要団体を概 観する。第2節では、スペインにおける90年代のボランタリー・セクターの展開を理解す るうえでの三つの文脈を提示する。第一の文脈はスペイン福祉国家の成立と類型、第二は 地方自治制度(擬似連邦制といわれる自治州体制)、第三はカトリック教会との関係である。
第3節では、スペインの社会サービスにおける公的セクターとボランタリー・セクターの 関係について、ボランティアをめぐる論議を中心に検討する。むすびに、スペイン福祉国 家におけるボランタリー・セクターの位置づけと課題にふれたい。
本論文は以上のとおり、90年代を中心に、スペインのボランタリー・セクターの展開を、
歴史、制度、政治社会的文脈から検討する。これにより、福祉ガヴァナンスにおいて、ボ ランタリー・セクターの促進に内包された両義性と政治的含意を示唆する事例を提供した い。
第1節 第三セクターの概念、法制、様相と三大団体
ランチは、サラモンらの社会起源説を社会サービス(高齢者、障害者や子どものケア等、
狭義の社会サービス、‘social care’)に適用し、社会サービスにおける第三セクターの役割 と国家の支出の程度から4つのモデルを提示する。すなわち、①補完性モデル(ドイツ)、
②第三セクター独占モデル(イタリア、障害者ケアでのスペイン)、③国家独占モデル(ノ ルウェー、施設ケアについてのフランス、子どものケアについてのイギリス)、④市場独占 モデル(施設ケアについてのイギリスおよびスペイン)である。同じ国においても社会サ ービスのカテゴリーにより供給体制が異なっている。社会サービス供給主体に関する各国 間の相違は、福祉モデルのみならず、社会サービスの領域で国家、家族、第三セクターが 形成してきた関係と役割の特殊性を反映し、公共政策、市民のイニシアチブ、宗教勢力の 複雑な複合に基づいて構築されている[Ranci 2002 : 32]。
第三セクターが独占的な供給主体となっているイタリアとスペインでは、国の役割は低 位であり、同時にケアの担い手として家族に対する強い期待がある。このモデルの特徴と して、サービスが細分化され、国家と第三セクター間の調整がなく、特定の利益団体が政 策決定プロセスおよび国家補助手続きに強く影響力を行使することが挙げられている。以 下、スペインの事例について、歴史的文脈からみていきたい。
1−1 社会サービスの供給体制の沿革
スペインの国家レベルで第三セクターに近い概念が示されたのは1849年慈善法である。
そこで「公的なるもの」と「私的なるもの」が区別され、財団に関する規範が示された。
1889年民法において財団法人の規定が置かれた。アソシアシオンの歴史は浅く、フランコ 体制後期の1964年にアソシアシオン法が制定された。自由な結社が抑圧されていた当時の 政治体制においては、翌年の政令で「公益」の名のもとに行政の過大な自由裁量が可能に なった。
フランコの権威主義体制では、国民の統制および懐柔策として裁量的に福祉が施され、
国家の役割はきわめて周辺的なものであった。家族給付や疾病保険、住宅等への公的な社 会支出は、1958年に歳入の0.5%、1972年にいたっても0.6%程度であったとされる[Monzón et al. 2003 : 28]。社会福祉はもっぱら一部の、体制と特別の関係にある私的団体によって担 われた。社会福祉において非営利組織が国を代替、補助する関係は、1942年のカトリック 教会に関連したカリタスの設立から始まった。続いて、公的企業として認可されたオンセ
(ONCE;スペイン視覚障害者協会)、政府の管理下にある赤十字といった団体が加わった
[Martín Cavanna et al. 1998 : 39]。これらは次節でみることにする。
体制移行後、78年憲法はアソシアシオン(結社)の権利(第34条)、財団設立の権利(第 22条)を保障した。しかし、こうした概念が国法によって具体化されたのは90 年代後半 であった。財団については、「財団および民間の公益活動参加への財政インセンティブに関 する法律」(1994 年法律第30号)、および同改正法である「非営利組織の財政制度と文化