本章では、AREA モデルが成り立つか否かについて実証的に検討する。第 4章で述べた 通り、先行研究においてはAREAモデルの検討が行われているものの、その妥当性は疑わ しい。そのため、再度AREAモデルの妥当性について検討する必要があるであろう。
WilsonとGilbert (2008)は、情動持続をもたらす要因が他にもある可能性を認めながら
も、「情動喚起刺激について説明できないこと」が最も情動を持続させると主張している。
しかし、「説明できないこと」が他の要因に比べて情動を持続させるか否かは明確ではない。
そこで、研究 1、2、3 においては、他の要因よりも説明の欠如の方が情動を持続させるの かを検討する。
研究 1 では情動喚起刺激に対する説明の欠如という要因と比較する要因として、出来事 と自己との関連性を用いる。我々は日々経験する様々な出来事のうち、全てを自己に関連 させ認知資源を割くことができないため、自己にとって重要な出来事に対してのみ自己に 関連させて認知処理を行う。自己との関連性が強い出来事は自己にとって重要な出来事で あり、自己との関連性が弱い出来事は自己にとって重要性が低い出来事である。情動喚起 刺激の重要性が情動持続に影響を与えることは繰り返し示されてきているので(Verduyn et al., 2009; Verduyn et al., 2011)、本研究では情動喚起刺激が自己に関連していることが、
情動喚起刺激に対する説明の欠如よりも情動を持続させるか否かを検討する。もし AREA モデルが正しければ、情動喚起刺激を説明できないことが、情動喚起刺激が自己に関連し ていることよりも情動を持続させることが示唆されるであろう。
そこで本研究では、ポジティブ情動喚起刺激に対して自己関連性を高める説明を行った 時には、そのような説明を行わなかった時に比べて情動が持続するという仮説を立てる。
また一方で、自己関連性を低める説明を行った時には、そのような説明を行わなかった時 に比べて情動が持続しないという仮説を立てる。先行研究においてAREA モデルは必ずし も支持されていないため、本研究ではAREA モデルが誤りとしたうえでしたうえで仮説を 立て検証する。本研究でポジティブ情動を扱う理由は、Wilsonらの一連の実証研究がポジ ティブ情動に限定されており比較がしやすいためである。
本研究では、偽の性格検査の結果として与えられるポジティブなテストフィードバック に対して説明の操作を加えることにより仮説の検討を行う。具体的にはポジティブフィー ドバックが自己に当てはまるという認知処理をさせるか(自己関連高説明条件)、自己に当て はまらないという認知処理をさせるか(自己関連低説明条件)、あるいは自己に当てはまるか 当てはまらないか分からないという認知処理をさせるか(説明なし条件)によって操作を行 う。ここで、説明なし条件でフィードバック結果に対する不確実性を高める/低めるよう な認知処理を行わせているのは、説明の欠如が不確実性を高めるというWilsonらの一連の 研究(e.g. Wilson et al., 2005)に倣うものである。また、比較を容易にするために、テスト
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フィードバックも説明操作も行わない条件も設ける(統制条件)。これにより、テストフィー ドバックおよび説明操作により変動する情動を、他の手続きを一定にした上でより精細に 検討することができる。説明操作の後、情動測定を 2 度行う。2 度の情動測定の間には 5 分間のフィラー課題を実施する。そして情動の変化量が説明操作によって影響を受けるか を検討する。具体的な仮説は以下の通りである。1. 自己関連高説明条件の参加者は、自己 関連低説明条件の参加者よりも情動がより長く持続する。2. 自己関連高説明条件の参加者 は、説明なし条件の参加者よりも情動がより長く持続する。3. 説明なし条件の参加者は、
自己関連低説明条件の参加者よりも情動がより長く持続する。
方法
参加者および条件分け
東京都内の大学に通う学生23名が実験に参加した(女性10名、男性13名。平均年齢20.04
歳、SD = 1.19)。参加者のうち春学期の授業期間中に参加した学生には期末の成績加点が行
われ、夏休み中に参加した学生には謝礼として 1,000 円の図書カードが渡された。また、
参加者はランダムに以下の 4 つの条件に下記の通りの人数で分けられた:自己関連高説明 条件(6名)、自己関連低説明条件(6名)、説明なし条件(6名)、統制条件(5名)であった。参加 者は実験について説明を受けた後、同意して実験に参加した。また、本研究は筆者の所属 する大学の倫理審査委員会からの承認を受けている。
手続き
参加者はカバーストーリーとして、「10年後の性格を予測すると称された性格検査」およ び「認知課題が感情へ及ぼす影響を検討する実験」の、2つの別々の研究への参加を求めら れた。参加者は最初にパソコン上で性格検査に回答した後、検査で高い得点を獲得したと いう偽のテストフィードバックを通してポジティブ情動状態に誘導された。具体的には、
10年後の性格について「全体的にとても良い」とフィードバックされた。また、測定され たと称する5つの性格特性(i.e. 社交性、共感性、協調性、誠実性、受容性)の全てにおい て、一般的な成績(各性格特性ともに60点前後)に比べて良い成績(各性格特性ともに 80点 以上)を獲得したとフィードバックされた。また結果の用紙には、各特性について、その特 性で高得点をとることが意味する行動が5つ記載されていた(Table 3)。参加者は1分間検 査結果を読んだあと、性格検査結果に関する質問紙へと回答を求められた。この質問紙で は、参加者は自分が割り当てられた条件に応じて説明の操作を加えられた。操作はフィー ドバックされた結果の用紙に記載されている各特性が予測する行動について、「10年後のあ なたに当てはまりそうな項目」(自己関連高説明条件)、「10年後のあなたに当てはまらなそ うな項目」(自己関連低説明条件)、「10年後のあなたに当てはまるか当てはまらないかよく 分からない項目」(説明なし条件)を選択することで行われた。参加者は各特性について行 動を2つずつ選択した。特性が5つあるので、参加者は合計10個の行動を選択した。その
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後操作チェック項目に回答を終え、検査結果の用紙および質問紙は回収された。次に参加 者は認知課題が感情へ及ぼす影響を検討する実験に参加した。統制条件の参加者は、性格 検査結果のフィードバックを受けず、また性格検査に関する質問紙にも回答することなく 認知課題を用いた実験に参加した。認知課題を含む実験では、最初に情動の測定が行われ たのち(Time 1 の測定)、認知課題が行われた。認知課題の内容は、紙面に書かれたアルフ ァベットの中からa, b, cを見つけて○をつけるものであり、課題の成績は実験とは無関連 であると告げられた。参加者は認知課題に 5 分間取り組んだ後、改めて情動が測定された
(Time 2 の測定)。参加者は最後にディブリーフィングを受けた。実験の真の目的に気づい
た参加者はいなかった。
Table 3. Traits and behaviors written on the test feedback paper (Study 1)
操作チェック
説明の操作チェックとして、「全体としてテスト結果は自分に当てはまる」「全体として テスト結果は自分に当てはまらない」「全体としてテスト結果が自分に当てはまるか当ては まらないかよく分からない」の3項目に回答した(1=まったくそうは思わない、7=とてもそ う思う)。
情動測定
情動はScale for Positive and Negative Experience (Diener et al., 2009)のうち一般的感 情と考えられている6項目7件法で測定された。具体的には、ポジティブな気持ち(1 = ま
A-1: 明るく陽気に人と接する D-1: 相手にきちんとした返事・意見をする A-2: 誰とでも分け隔てなく話せる D-2: 約束事は守る
A-3: 積極的に人と関われる D-3: うそをつかない A-4: 初対面の人にでも自分から声をかける D-4: 良心的な対応をする
A-5: 相談を持ち掛けられる D-5: 人に物事を教えることがうまい
B-1: 相手の気持ちを考えられ、思いやりがある E-1: おおらか
B-2: 人の気持ちに敏感 E-2: 人からの意見を素直に受け入れられる B-3: 困っている人を見ると助けてあげたくなる E-3: 人に嫌味を言われても気にしない
B-4: 他人の苦しみが分かる E-4: 相手が話しやすい雰囲気を作るのがうまい B-5: 気配り上手 E-5: 人の話を聞くのがうまい
C-1: 誰にでも親切である C-2: 相手を信頼する C-3: 何事にも協力的である C-4: 温和で人が集まりやすい C-5: 謙虚である
この得点が高い人は、一般的に・・・ この得点が高い人は、一般的に・・・
協調性
この得点が高い人は、一般的に・・・
社交性 誠実性
この得点が高い人は、一般的に・・・ この得点が高い人は、一般的に・・・
共感性 受容性
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ったくポジティブでない、7 = とてもポジティブ)、ネガティブな気持ち(1 = まったくネガ ティブでない、7 = とてもネガティブ)、良い気持ち(1 = まったく良くない、7 = とても良 い)、悪い気持ち(1 = まったく悪くない、7 = とても悪い)、快適な気持ち(1 = まったく快 適でない、7 = とても快適)、不快な気持ち(1 = まったく不快でない、7 = とても不快)、で ある1。1、3、5番目の項目がポジティブ項目、2、4、6番目の項目がネガティブ項目であ る。
結果
スコアリング
Time 1とTime 2の情動状態について、ポジティブ3項目と反転させたネガティブ3項
目の平均を計算し、情動得点を算出した。
操作チェック
説明操作が十分に効いているかを検討するために、操作チェック項目の測定値が、条件 間で異なるかを検討した。この際、説明の操作を行われなかった統制条件は除いて分析を 行い、自己関連高説明条件、自己関連低説明条件、説明なし条件の間に差があるかを一元 配置分散分析を用いて検討した。その結果、「全体としてテスト結果は自分に当てはまる」
については条件間で有意な差は見られなかった(F (2, 15) = 0.32, p = .733; 自己関連高説明 条件: M = 4.83, SD = 1.33; 自己関連低説明条件: M = 5.00, SD = 1.79; 説明なし条件: M =
4.33, SD = 1.37)。また、「全体としてテスト結果は自分に当てはまらない」についても条件
間で有意な差は見られなかった(F (2, 15) = 1.90, p = .183; 自己関連高説明条件: M = 3.17, SD = 1.17; 自己関連低説明条件: M = 2.00, SD = .63; 説明なし条件: M = 3.00, SD = 1.41)。
さらに「全体としてテスト結果が自分に当てはまるか当てはまらないかよく分からない」
についても条件間で有意な差は見られなかった(F (2, 15) = 1.21, p = .327; 自己関連高説明 条件: M = 4.83, SD = 3.17; 自己関連低説明条件: M = 3.17, SD = 2.40; 説明なし条件: M =
4.17, SD = 1.47)。上記3項目の全てにおいて条件間で差が見られなかったのみならず、平
均値のパターンを見ると、自己関連高説明条件の参加者の方が自己関連低説明条件の参加 者よりも自己に当てはまらないと考える傾向があり、自己関連低説明条件の参加者の方が 説明なし条件の参加者よりも説明ができないと回答している傾向がある。したがって、説 明の操作は成功していなかったと考えられる。そこで、以降の分析では統制条件を除いた3 条件(自己関連高説明条件、自己関連低説明条件、説明なし条件)を併せて分析に使用するこ ととした。
記述統計量
Time 1とTime 2の情動得点に関する記述統計量はTable 4の通りである。