第 3 章 盲僧の宗教活動(法要)
第 2 節 法要の構造
1. 盲僧の寺院法要の実例
本項では、寺院法要を実例ごとに現在のものと過去のものをそれぞれに比較しつつ紹介 する。まず、玄清法流の現行の《初観音星祭護摩供養会》と《夏祈祷きうり加持大護摩供 養会》を取り上げて考察し、その後で過去の例を《地神法楽》2 例と《玄清法印法要》を 挙げて比較する。次に、常楽院法流の《妙音十二楽》を、現行のものと過去のものを挙げ て考察した上で比較する。
1-1 玄清法流
図表 3a のとおり、実際に取り上げる玄清法流の寺院法要は、現行の 2 例と過去の 3 例で ある。それぞれの視聴覚資料に関する情報も合わせて記載している。
62
図表 3a 玄清法流の寺院法要の実例 (星野和幸作成)
玄清 法流
寺 院法 要
現行 の法 要
【実例 1-1】《初観音星祭護摩供養会》
2012 年 1 月 17 日、成就院(福岡県福岡市南区)。〈星野 2012a〉。
【実例 1-2】《夏祈祷きうり加持大護摩供養会》
2012 年 7 月 15 日、妙音寺(福岡県糟屋郡篠栗町)。〈星野 2012f〉。
過去 の法 要
【実例 1-3】《地神法楽》現在は廃絶。レコード〈田辺 1975〉。
【実例 1-4】《地神法楽》現在は廃絶。詳細不詳。音源の情報あり(永井 2002:61)。
1954 年、観世音寺(福岡県太宰府市)。〈永井 1954〉。
【実例 1-5】《玄清法印法要》現在は廃絶。〈宇佐資料〉。
先行研究で言及されている玄清法流の琵琶を用いた寺院法要は、成就院の《初観音星祭 護摩供養会》(1 月)、《先祖大施餓鬼供養会》(8 月)、《地神法楽》(10 月)であり(平野 1975:
27)、他には大分県内(詳細は不詳)の《玄清法印法要》が報告されているのみである(松岡 1975: 54-56)。しかし、これらの内、実際に法要の次第が文章によって紹介されているの は、レコード〈田辺 1975〉に収録されている成就院の《地神法楽》【実例 1-3】のみであ る。レコードに付属する解説書の中で、その法要の次第が紹介されている。その他には、
民俗学者の松岡実によって録音された《玄清法印法要》〈宇佐資料〉【実例 1-5】と、永 井彰子所蔵の録音から観世音寺で行われた《地神法楽》〈永井 1954〉【実例 1-4】は、法 要全体を収録しているので、それらの視聴覚資料を聴くことで、法要の次第を把握するこ とができる。いずれも、廃絶しているので、現行の法要とは異なる過去の法要の次第とい うことになる。
ここでは、まず現行の実例(1-1-1)として、成就院の《初観音星祭護摩供養会》【実例 1-1】と、妙音寺の《夏祈祷きうり加持大護摩供養会》【実例 1-2】を取り上げ、次に過去 の実例(1-1-2)として、成就院の《地神法楽》【実例 1-3】、観世音寺の《地神法楽》【実 例 1-4】、大分県内の《玄清法印法要》【実例 1-5】を取り上げることにしたい。ちなみに、
現行の 2 例の内、【実例 1-2】の法要は、先行研究ではまったく報告されていない。
63 1-1-1 現行の実例(玄清法流)
まず、玄清法流の現行の寺院法要を 2 例挙げる。
【実例 1-1】《初観音星祭護摩供養会》
会場となる成就院は、天台宗の別格本山で、玄清法流の統括寺院であることは、第 1 章 で既に述べたとおりである。
この《初観音星祭護摩供養会》は、毎月 18 日の観世音菩薩の縁日に行なわれる法要の 1 つで、中でも新年の最初の月である 1 月に行なわれる法要は、「初」という頭文字が付き、
「初観音」という略称で呼ばれることが多い。宗派を問わず全国的に、観世音菩薩を本尊 として祀っている寺院において行われている法要である。地域によっては、その前日にあ たる 17 日に行われている寺院もあり、成就院の場合も 17 日に行われている。また、成就 院の境内にある掲示板によれば、「毎月 17 日 観音護摩供養」となっているので、毎月こ の種の法要を行っていることがわかる。いずれの場合も、観音菩薩を供養することで、現 世利益を願うという意味合いがある。
また「星祭」とは、「星ほし供く」ともいい、主に密教系の寺院で行われる祈願儀礼の一種で あり、占星術による星回りによってもたらされる参拝者の災厄を祓い、良運をもたらそう とするものである。初観音は、年の初めの月に行なわれることから、この 1 年を無事に過 せるようにという意味合いがある。
写真 1 《初観音星祭護摩供養会》の様子(2012 年 1 月 17 日成就院 星野和幸撮影)
成就院において、琵琶付法要は、この 1 月 17 日の《初観音星祭護摩供養会》と、8 月 6
64
日の《先祖大施餓鬼供養会》であるので、年に 2 回行われているということになる。ここ では、筆者が調査した前者を扱うことにする。以下の図表 3-1 で、法要の次第を示す。
図表 3-1 《初観音星祭護摩供養会》(成就院)の次第と構成
(〈星野 2012a〉より星野和幸作成)(所要時間 40 分)
*は天台宗の一般的な経典を載せた『台宗課誦』に収録されているもの。
次第(演目) 楽器75 要素(宗) 出典 備考
前置 部
※半鐘が鳴る。入堂・列立 半鐘、 引 鏧いんきん 開会・着座・導師登礼盤 なし
〈着座讃〉
(〈四智讃漢語〉)
なし 天台他 〈略出念誦経〉
(大正蔵 18 p.248A)
終って「早バチ」
(鐃、鈸)。
「前方便」 りん鈴 天台他 『十八道法』。
〈表白〉 なし 天台他 『十八道法』。
「発願」 鈴 天台他 『十八道法』。
「五大願」* 鈴 天台他 〈不動尊八大童子軌〉
(大正蔵 21 p.32C)
『十八道法』。終 って金剛鈴を振鈴。
主題 部
〈延命十句観音経〉*
六反
太鼓 天台他 〈仏祖統紀〉
(大正蔵 49 p.345C)
〈聖不動経〉* 二反 太鼓 天台他 不明
(修験聖典 p.32)
〈聖観世音菩薩真言〉 太鼓 天台他
〈不動明王真言〉 太鼓、拍子木 天台他
〈観音経〉(偈) * 琵琶、太鼓、
拍子木、突拍子
天台他 〈法華経普門品〉(偈) (大正蔵 9 p.57c)
琵琶:坂本清昭 終って鈴を鳴らす。
〈般若心経〉* 数反 琵琶、太鼓 天台他 〈摩訶般若波羅蜜多心 経〉(大正蔵 8 p.848)
引き続き、琵琶弾 奏。読経中に転読。
終って鈴を鳴らす。
「大般若加持」(転読) 天台他
75 以下、玄清法流の法要で用いる主要な楽器については、第 4 章の第 1 節(1-2-3)を参照 のこと。その他、半鐘は小型の釣鐘、鈴は小鉢型の仏具で読経の時などにたたいて鳴らす もの、引鏧は柄付きの鈴。
65 後置
部
〈後唄〉* なし 天台他 〈仏説超日明三昧経〉
(大正 15 p.532A) 列立・退堂 なし
藤井と横道の説に従い、まず全体を見ると、主となる加持・祈祷を行なう部分は〈延命 十句観音経〉から〈般若心経〉までであるので、ここまでを主題部とすることができる。
そう考えれば〈延命十句観音経〉の前まで、つまり、法要の始まりを告げる半鐘が鳴り、
式衆が入堂する部分から、本尊に対して法要の目的達成を願う「発願」と「五大願」まで を前置部と捉え、終りの挨拶にあたる〈後唄〉からを後置部と捉えることができる。
【実例 1-2】《夏祈祷きうり加持大護摩供養会》
会場となる妙音寺は、玄清法流所属の寺院であるので、天台宗の寺院であるが、真言宗 の開祖、弘法大師(空海)を祀る「日本三大新四国霊場76」の 1 つである「篠栗四国霊場」
の札所でもある。そのため、普段から妙音寺と関係を持つ信者の人たち以外にも、霊場を 巡る参拝者が多く訪れている。今回の取材中にも、巡礼者が堂外から参拝をしていた。こ うした宗派を超えた様相は、地方の寺院ではけっして珍しいことではない。
住職の城戸清賢は、玄清法流において若手僧侶への盲僧琵琶の指導的立場を担い、盲僧 琵琶の第一人者ともいえる。しかし、この法要では、城戸は住職であるので、導師を勤め ており、琵琶は式衆の若手僧侶によって弾奏された。ちなみに、城戸清賢の父親である城 戸亮賢(1920-2005)も盲僧(晴眼)で琵琶を弾き、以前にレコード〈田辺 1975〉(CD 復刻〈日 本コロムビア 1996〉)の中で、〈般若心経〉の実演が紹介されている。
この《夏祈祷きうり加持大護摩供養会》という法要は、文字通り、胡瓜を加持すること から俗に「キュウリ加持」とも称され、そのキーワードで探索すれば、全国的に密教系の 寺院で多く行われている法要であることがわかる77。毎年、土用の丑の日あたりの時期に 行なわれ、胡瓜に疾病、厄難を封じ込め、暑い夏を無病息災に過せるように祈願する意味 合いがあり、加持をし終わった胡瓜は、土に埋められるそうである。
76 「小豆島霊場」(香川県)、「知多四国霊場」(愛知県)、「篠栗四国霊場」(福岡県)。全国 的に有名な真言宗の寺院を連ねた「四国八十八カ所霊場」をモデルとしているが、これら の 3 つの霊場は、いずれも宗派は様々である。
77 2013 年 3 月時点で、インターネットの検索エンジン(Google もしくは Yahoo)で検索する と、寺院や参拝者のホームページなどから約 14000 件のキーワードが検出された。
66
妙音寺では、この法要は毎年 7 月の「海の日」前日の午前中に行われている。今回の取 材では、法要は午前中に同内容のものが 2 回行われ、いずれも最初に法話と挨拶が 10 分程 あり、法要自体は 40 分程であった。以下の図表 3-2 で、法要の次第を示す。
写真 2 《夏祈祷きうり加持大護摩供養会》 (2012 年 7 月 15 日妙音寺 星野和幸撮影)
図表 3-2 《夏祈祷きうり加持大護摩供養会》(妙音寺)の次第と構成
(〈星野 2012f〉より星野和幸作成)(所要時間 40 分)
*は天台宗の一般的な経典を載せた『台宗課誦』に収録されているもの。
次第(演目) 楽器78 要素(宗) 出典 備考
前置 部
※半鐘が鳴る。 半鐘 始まりの合図
「前方便(総礼・礼尊)」
導師登礼盤
鏧 子
けいす
、 大法螺
天台他 『十八道法』。大法
螺は導師が吹奏。
〈着座讃〉(〈四智讃漢語〉) なし 天台他 〈略出念誦経〉
(大正蔵 18 p.248A)
〈表白〉 なし 天台他 『十八道法』。
「神分・礼仏・真言」 磬 天台他 『十八道法』。
「発願」 磬 天台他 『十八道法』。
「五大願」* なし 天台他 〈不動尊八大童子軌〉
(大正蔵 21 p.32C)
『十八道法』。
78 以下の主要な楽器については、第 4 章の第 1 節(1-2-3)参照。なお、鏧子は、読経の際 に用いられる大鉢型の打楽器。磬は読経の節目に導師がたたく釣り下げ型の金属板(まれに 石板)。
67
〈開経偈〉* 鏧子 天台他 不明
主題 部
〈般若心経〉* 琵琶、太鼓 天台他 〈摩訶般若波羅蜜多心 経〉(大正蔵 8 p.848)
琵琶:村山清暁
〈不動明王真言〉(胡瓜加持) 太鼓、突拍子 天台他 終って金剛鈴を振鈴。
「大般若加持」(転読) なし 天台他 読経中に転読。終って 鏧子を鳴らす。
〈観音経〉(偈) * 太鼓 天台他 〈法華経普門品〉(偈) (大正蔵 9 p.57c)
後置 部
〈回向〉* 鏧子 天台他 〈法華経化城喩品〉
(大正蔵 9 p.24C)
藤井と横道の説に従い、まず全体を見ると、主となる加持・祈祷を行なう部分は〈般若 心経〉から〈観音経〉までであるので、この部分を主題部と捉えることができる。そう考 えれば〈般若心経〉の前まで、つまり、堂内に祀られている仏に対しての挨拶にあたる〈三 礼〉で始まり、読経の始まりを告げる〈開経偈〉までを前置部と捉え、〈観音経〉の後の
〈回向〉を後置部と捉えることができる。〈回向〉は、法要の締めくくりの時に、法要の 功徳を願う文句である。
1-1-1a 現行の実例(玄清法流)の比較
上記で見た 2 つの法要はいずれも、第 3 章の第 1 節で述べたように天台宗の一般寺院で も行なわれている法要である。しかし、その中で琵琶を用いる点に、盲僧寺院としての特 徴があらわれている。また、両者の次第は、大方同じ構成を持つ。つまり、両者はいずれ も、護摩を焚くということで本尊を供養して、生きている人への現世利益を目的とした対 他儀礼の内の祈願儀礼である。【実例 1-1】(図表 3-1)は除災と幸福を、【実例 1-2】(図 表 3-2)は健康増進を目的としている。しかし、細部をみると両者の法要の次第にはいくつ かの違いを指摘することができる。
【実例 1-1】(図表 3-1)と比較すると、【実例 1-2】(図表 3-2)は、いくつかの演目が省略 されている。例えば、前置部では、入堂・列立、開会・着座の部分が省略されている。そ の代わりに、主題部の前で〈開経偈〉が唱えられている。主題部でも唱えられている演目