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常楽院法流の音楽(《妙音十二楽》より)

ドキュメント内 盲僧による琵琶付法要の構成と音楽 (ページ 133-148)

第 4 章 音楽分析

第 2 節 常楽院法流の音楽(《妙音十二楽》より)

常楽院法流の法要で、琵琶を用いるのは、《妙音十二楽》という寺院法要の〈釈文〉+〈十 二楽〉の部分である。この部分では、一貫して琵琶の演奏がなされる中で、〈釈文〉と〈十 二楽〉という演目が交互に演奏(唱)されるので、両方を示すときには、〈釈文〉+〈十二楽〉

と記すことにする99

〈釈文〉は、琵琶の伴奏を伴って琵琶や盲僧行の由来、功徳などを説く盲僧固有の演目 で100、かつては、玄清法流でも用いられ(成田 1985: 41)、つい近年までは常楽院法流の永 田法順が檀家法要で唱えていた。現在でも、常楽院法流の寺院法要《妙音十二楽》で聞く ことができる。

《妙音十二楽》では、その主題部で〈十二楽〉とともに〈釈文〉が演唱される101。常楽 院法流の《妙音十二楽》で用いられる〈釈文〉は、「うちまき」、「年号」、「妙音の巻」、

「わたまし」、「釈迦の段」、「琵琶の釈」、「はんごんの釈」、「勝負わけ」、「 本ほんぎょう経 」、

「夢の段」、「星の段」、「回向」の 12 段の物語からなっている。

一方、〈十二楽〉は、笛と打楽器類(太鼓、手拍子)による器楽合奏曲で、12 の小曲から なり、それぞれに〈松風〉、〈村雨〉、〈杉の森〉、〈軒の水〉、〈五調子〉、〈六調子〉、

〈七つ撥〉、〈八つ橋〉、〈忘れ撥〉、〈盤渉〉、〈鳳の声〉、〈後生楽〉という名が付 けられている。

以下で対象とするのは、第 3 章の第 2 節で挙げた図表3-6aの中で示した《妙音十二楽》

の次第における〈釈文〉+〈十二楽〉の部分である。この部分を対象とする理由は、一貫

99 第 3 章の第 2 節の「図表 3-6a《妙音十二楽》の次第と構成」参照。

100 但し、第 2 章の第 1 節で紹介した図表 2 の過去の視聴覚資料を見れば、常楽院法流の盲 僧である福貴島順海は、〈金光明最勝王経堅牢地神品第十八〉の読経で琵琶を演奏してい る例もある。これは、琵琶の伴奏で唱えられているのは〈釈文〉の類ではなく、経典であ るので、玄清法流で見られたような琵琶付読経といえる。常楽院法流の盲僧が琵琶付読経 をする例は、少なくとも視聴覚資料では他に見当たらないが、かつては盲僧個人の裁量に よって、〈釈文〉の伴奏のみならず、いろいろな試みがなされていたのであろう。

101 2010 年に没した延岡の永田法順は、常楽院法流の中では、定期的に檀家法要を行って いた最後の盲僧で、檀家法要のなかで〈釈文〉を唱えていた。永田の伝えたすべての〈釈 文〉は CD 化されている〈川野,小島 2005〉。また、《妙音十二楽》の中で用いられる〈釈文〉

は、永田の〈釈文〉とは詞章が異なる。但し、2009 年までの一時期、永田が《妙音十二楽》

で〈釈文〉を担当していたことがあり、その時は永田の伝える詞章を用いていた(本節の図 表 3-2 を参照)。

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して琵琶が演奏されるとともに、法要の主題部全体をなしており、その音楽が法要におい て重要な役割を果たしているからである。

《妙音十二楽》は寺院法要なので、第 3 章の第 1 節で述べたように、琵琶以外にも笛と 打楽器類(太鼓、手拍子)を伴う。まず、〈釈文〉+〈十二楽〉がどのような形で合奏され るのか、その構造を確認し、その上で、〈釈文〉と〈十二楽〉について、声と楽器のパート ごとに見ていくことにしたい。

1. 〈釈文〉+〈十二楽〉の構造

〈釈文〉+〈十二楽〉の合奏の構造は、以下の図表 3-1 のとおりである。琵琶を伴う〈釈 文〉と、笛と打楽器類による〈十二楽〉という演目が同時進行する。導師が、『十八道法』

102に基づく「堅牢地神秘密供養法」という密教儀礼の修法を行っている中で、まず琵琶、

そして〈釈文〉という順で演奏(唱)が始まり、その後は、鏧子の合図で〈十二楽〉の演奏 と〈釈文〉の演唱が交代を繰り返す。〈釈文〉は、どこまで読むか決まりはなく、鏧子の 合図があれば、曲(詞章)の途中でも休止し、鏧子が鳴らない限りは連続して次の曲に進む。

〈十二楽〉の演奏は、1 曲あたりの曲の長さに応じて適宜繰り返す103。曲の区切れ目に、

鏧子を鳴らすことになっているが、回数は鏧子の合図を鳴らす盲僧の判断しだいである。

〈十二楽〉の 12 曲目が適宜数回繰り返され、演奏が終わると、最後に〈釈文〉の演唱と 琵琶の演奏が残り、続けて次の演目である〈回向神楽〉に入り、琵琶と〈釈文〉は、演奏(唱) を終わるという構造になっている。その際、琵琶と〈釈文〉は、演奏(唱)の途中でも、〈回 向神楽〉の演奏が始まると、演奏(唱)を終わる。

なお、導師を勤めている栗山光人によれば、以前は〈釈文〉も琵琶と同様に休止しない で演唱していたが、〈十二楽〉と同時に演奏される部分では〈釈文〉の詞章が聞き取れな いので、2011 年から〈十二楽〉の部分では、〈釈文〉は休止することにしたとのことであ った(栗山光人談。2013 年 5 月 21 日)。実際に、筆者が 2010 年以前に収録した視聴覚資料 は、〈釈文〉も琵琶と同様に休止しないで演唱されている。

102 第 3 章の第 3 節(1-1)を参照。

103 常楽院法流所属の盲僧である藤耕円(晴眼者)によれば、基本的には、1 曲あたり 3 回ず つ繰り返すという(藤耕円談。2013 年 10 月 11 日)。

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図表 3-1 《妙音十二楽》の主題部から後置部へかけての進行表(星野和幸作成)

進行 修法 導師 「堅牢地神秘密供養法」(『十八道法』) 釈文 琵琶 定旋律の繰り返し

釈文 釈文 釈文 釈文

十二楽 合奏 1 曲目 2 曲目 3 曲目 12 曲目 〈回向神楽〉

2. 〈釈文〉

〈釈文〉を受けもつ声と、それに伴う琵琶のパートを見ていく。これらの 2 つのパート は、それぞれ別の人が担当し、音楽的に関連しているとはいえない。しかし、過去の視聴 覚資料に残された常楽院法流の盲僧であった西浄心のインタビューからは、声の調子に合 わせて琵琶を演奏するといった趣旨のことがわかる〈薦田 2005〉。今は亡き福貴島順海や 永田法順も、檀家法要では、琵琶の弾き語りで〈釈文〉を語っていた。従って、ここでは 両パートをセットで捉え、パートごとに見ていくことにする。

西がどのような意味合いで「声の調子を合わせる」ということを言ったのかは、本人が 故人となった現在では知る由もないが、常楽院法流の盲僧は、檀家法要で〈釈文〉の伴奏 に琵琶を用いるので、他の楽器が加わる寺院法要である《妙音十二楽》でも、恐らく琵琶 を〈釈文〉の伴奏とするのが本来の形であったのであろう。但し、筆者が取材した《妙音 十二楽》の練習の様子からは、現在の盲僧たちは、両パートを合わせる練習はしておらず、

実際の法要の中でも 2 つのパートは同時に演奏されるものの、後述のようにリズムや旋律 の面で互いに関係を持つことはない。

2-1 声のパート

まず、声のパートによって演唱される〈釈文〉の詞章は、前述のように、「うちまき」、

「年号」、「妙音の巻」、「わたまし」、「釈迦の段」、「琵琶の釈」、「はんごんの釈」、

「勝負わけ」、「本経」、「夢の段」、「星の段」、「回向」の 12 段の物語からなってい るが、実際の法要では、上演時間に合わせて、これらの内から任意の段をいくつか演唱し ている。いずれも、民俗学者の村田熙によって字起こしされており(村田 1996: 99-112)、

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2012 年に晴眼者の盲僧(津島法信)が詞章の演唱を担当するようになってからは、この字起 こしを見ながら唱えるようになった。ちなみに、筆者が調査したときには、以下の図表 3-2 で示した段が唱えられていた。2010 年以降、演目が固定したことが見て取れる。

図表 3-2 過去 5 年間の《妙音十二楽》における〈釈文〉の演唱曲目(星野和幸作成)

視聴覚資料 演唱者 曲目(段の題目) 星野 2009b 永 田 法 順

(盲人)

『五郎王子の物語』より「文撰段」(二段目)から「四方立」(三段目)まで。

星野 2010 下池田浄純 (盲人)

「うちまき」「年号」「妙音の巻」「わたまし」「琵琶の釈」「釈迦の段」

星野 2011c 下池田浄純 (盲人)

「うちまき」「年号」「妙音の巻」「わたまし」

星野 2012h 津島法信 「うちまき」「年号」「妙音の巻」「わたまし」「釈迦の段」

星野 2013 津島法信 「うちまき」「年号」「妙音の巻」「わたまし」「釈迦の段」

ここで、採譜から読み取れる音楽的特徴について見てみたい。採譜したのは、収録した 視聴覚資料の中では、会場全体の様子がわかるアングルで撮影し、なおかつ最もはっきり 詞章が聞き取れる 2012 年の津島法信による演唱〈星野 2012h〉(付録 DVD)である(譜例 D)。

譜例として挙げたのは、冒頭部分である。玄清法流の長崎県内の実例と同じく、続く部分 でも、旋律が全体として大きく変化することがないため、冒頭部分だけでも、全体の特徴 を示すことができるからである。

詞章は和文体で、1 人で演唱され、その旋律は同音反復が基本で、時折、即興的に音高 が上下する。実例として、〈釈文〉の「うちまき」の冒頭部分を以下の譜例 D に挙げる。

音高を辿っていくと、まず変ホ音を基本として同音反復し、2 段目の「こーくーを~」の 部分の「こ」で一時的に長 2 度下行するが、再び変ホ音に戻り、3 段目の「そもそも」の 部分では、長 2 度上行し、ヘ音になり、次の「かんじょー」の「ー」の部分で元の変ホ音 に戻っている。これは、変ホ音を中心とした、単純な 3 音旋律であることがわかる。

また、リズムを見ていけば、詞章が和文体であることで、1 拍に仮名 1 文字、もしくは 2 文字となっていることがわかる。拍は明確だが、拍節、つまり拍子はあまりはっきりしな い。

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全体として、文意上の分節と息継ぎの位置とは一致しておらず、通常の読経のように、

ずらずらと続け読みをして、息が足りなくなったら息継ぎをするという形で演唱している。

そのため、旋律には規則性が見出せない。これは、ある程度の即興性が見られるといえる。

譜例 D 〈釈文〉から「うちまき」の冒頭部分(津島法信による演唱)(付録 DVD)

以上のような〈釈文〉が、実際の法要でもともと何段唱えられていたのか、具体的な記 録が残っていないので確かめようがないが、後述する〈十二楽〉が 12 曲すべて演奏するこ とを考えれば、〈釈文〉も 12 段すべて唱えるのが本来だったのではないだろうか。しかし、

今日、任意の段しか唱えられないのは、第 3 章の第 2 節で述べたように、法要自体が無形 文化財としてイベント的に運営され、現在では 13 時から始められ 14 時頃には終わるとい う当日のタイム・スケジュールが決まっているので、法要を長くできないという事情があ ると考えられる。また、2011 年まで〈釈文〉は盲人の盲僧が担当していた関係で、担当す る盲僧がどこまで詞章を暗記で唱えられるかという事情もあったことは、容易に想像でき る104。結果的に、12 段から任意の段をいくつか唱えることになったのであろう。また、前 述のように、以前は〈釈文〉も琵琶と同様に休止しないで演唱していたが、2011 年より〈十 二楽〉の部分で〈釈文〉を休止するようにした関係で、実際に唱える段数が、さらに少な くなったということもいえる。

104 但し、2010 年と 2011 年に〈釈文〉を担当した盲人としては最後の語り手である下池田 浄純(1932 生)は、「はんごんの釈」と「本経」以外は、大方記憶しているという。また、

下池田は、上野浄徳から〈釈文〉を習ったという。全盲ではなく多少視力があったので、

詞章の字を大きく書いたものも見て覚えたという(以上、下池田浄純談。2011 年 10 月 12 日)。

ドキュメント内 盲僧による琵琶付法要の構成と音楽 (ページ 133-148)