第6章 . 監査サービスの供給
第四節 監査の供給曲線
この節では、(公認会計士による)監査サービスの供給曲線(供給関数)を導出したい。
前節までに見てきたように、わが国やアメリカ等では、監査報酬はタイムチャージ方式 に基づき算定されている。この事実は監査サービスの供給曲線の形状を考える場合に一つ の示唆を与えてはくれるが、このことだけから監査サービスの供給曲線についてすべてを 知ることはできない。
なぜならば、たとえばわが国においてはタイムチャージ方式の実施は、ガイドラインとし て日本公認会計士協会によって実施を推奨されているものであるとはいえ、それが多くの 場合に実施されていることは図表6-1に見られるように、あくまでも監査サービスの取引が 行われたあとに判明する事後的知見にすぎないからである。
つまり、言うまでもなく図表6-1は、需要曲線と供給曲線が交わった均衡における選択の 結果の推移を示しているものである。このことから分かることは、タイムチャージ方式で の報酬設定は供給者たる監査法人のみならず需用者たる企業によっても受け入れられてい るということである。
供給曲線は、供給者の生産技術に依存して決まってくる。したがって、ここでは監査と いうサービスの生産の技術的特性について検討する必要がある。
監査サービスの生産に関して顕著な事実は、第1章で見たように、それが極度なほどま
でに労働集約的であるという点であろう。
われわれは監査サービスの市場を考えるにあたって、監査のサービスの量は質で代理さ せることができると想定した。一方、監査サービスの生産が極度に労働集約的である事実 から監査の品質は労働投入量と正の関係があるものと思われる。
さて、監査報酬はタイムチャージ方式に基づき算定されているため、簡便的に労働投入 量は監査時間で示されると仮定する。
生産量たる q を増加させるためには、労働投入量、つまり監査時間を増加させなければ ならない。
ところで、第5章で述べたように、監査はリスク・アプローチのもと実施される。
2002年(平成14年)1月25日公表の『監査基準』の前文はリスク・アプローチについ て次のように述べている。
「リスク・アプローチに基づく監査は、重要な虚偽の表示が生じる可能性の高い事項につ いて重点的に監査の人員や時間を充てることにより、監査を効果的かつ効率的なものとす ることができる。」
監査を「効果的かつ効率的」なものとするとの文言は、証明力と費用対効果を兼ね揃え た監査手続の必要性を求めるものと考えられる。
リスク・アプローチによる監査手続においては、監査資源の制約の下で、最も「効果的 かつ効率的」な監査手続が第一に選択され、当該手続を実施後、さらに余剰労働力があれ ば、第一の手続よりも劣位な効果的かつ効率的な監査手続が追加的になされることとなる。
換言すれば、監査サービスの供給をさらに 1 単位増やそうとするときには、より(費用 対効果の低い)困難な手続きを実施しなければならないので追加的費用は増大する可能性 が高い。
このように考えると、監査サービスの生産に関しては限界費用逓増の法則が妥当するも のと思われる。一般に、供給曲線は限界費用曲線と一致するので、監査サービスの供給曲 線は、一般的な財の供給曲線と同様に、右上がりの形状として描かれることになる。図表 6-4のS-S線がそのようにして描かれた監査サービスの供給曲線である53,54。
53 なお、監査サービスは一般公衆に便益を与えるという点で需要面においては公共財的な性格 があるが、他の公共財(放送サービス、治安維持サービスなど)の供給の場合と同様、供給者に とっては私的財との違いはない。
54 次章で詳しく議論するように、監査サービスの供給の決定に際して、特に米国では訴訟リス クなどのリスクプレミアムを考慮する必要がある。
しかし、わが国ではその種のリスクは比較的小さいものと思われる。この節で導入した供給曲 線はリスクプレミアムが小さいか存在しない環境下での供給曲線である。
したがって、特に米国の監査サービス市場を考察するときには、S-S線に類するリスクフリー の供給曲線にリスクプレミアムを上乗せさせる必要がある。
図表 6-4 わが国における公認会計士監査サービスの供給曲線
S
監査サービスの量
(質で代理)
監査サービスの価格
S