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メインバンク制と 3 仮説

ドキュメント内 監査サービスに対する価値評価 (ページ 63-66)

第5章 .第二次大戦後のわが国における監査への需要

第二節 メインバンク制と 3 仮説

第3章で述べた監査サービスに対する需要を説明するための 3 つの仮説(Wallace[1985])

では、「監査サービスに対する代替財が存在しない」、あるいは、少なくとも「他の同種の サービスがあったとしても、受容者にとって監査サービスが最も高い効用を与えるサービ スであると認識されている」ことが前提とされている。

たとえば、監査における「モニタリング仮説」が成立するためには、監査がモニタリン グ手段として最も効果的かつ効率的に機能するサービスであると、需要者において認識さ れていなければならない。

もし、監査に代わる別のモニタリング手段が有効かつ廉価に機能している場合には、代 替的モニタリング手段としての監査の相対的地位は低くなり(伊豫田[2003]175 頁)、監査 への第一義的な需要は生じないであろう。

佐久間[2013]は、「四半期報告書制度(金融商品取引法第 193 条の 2 第 1 項)」導入(2008 年)前の時期における、四半期財務情報への「自発的な」監査の適用状況をもとに、メイ ンバンクの持株比率を考慮の上、監査人のモニタリングとメインバンクのモニタリングと の関係と調査した。その研究によると、両者にはトレードオフ関係が存在しているという

(佐久間[2013]75-77 頁)。

「メインバンク」とは、わが国で、とりわけ金融機関や企業、あるいは規制当局の間で 使われる慣用的な表現であり、その法的な定義は存在していない(AOKI・H. Patrick[1994]

邦訳 15 頁)ものの、通例「メインバンク関係」において定形化された事実(メインバンク の機能)としては、まず「株式保有」と「人材派遣」があげられる。

そして次に、研究者により異なるものの多数の意見としては「高い融資シェア(共同融

38 たとえば、山一證券の不正会計(飛ばし)に関する1998年4月4日付の 『日本経済新聞

(朝刊)』の記事の見出しは「山一飛ばし参考人招致、疑惑解明また空振り――松野氏、責任、

会計士に転嫁」となっており参議員院予算委員会の参考人招致について次の記載がある。

「・・・大蔵省としての責任を問われた松野氏は「粉飾決算が六年間もなぜ監査で発覚しなか ったのか不思議に思う」と答弁。山一側の公認会計士の「責任」を持ち出して、五時間に及ぶ質 疑を締めくくる一幕もあった・・・」(*松野氏:松野允彦元証券局長)

資を含む)」や、「経営危機時の対応」、「決済口座保有」「長期的・固定的・継続的・総合的 取引関係」等もあげられる。(緑川[2008]11-15 頁)

このように、企業にとってメインバンクは、「株主」、「経営者(役員派遣の場合)」「債権 者」「コンサルタント」「資金管理者」等の地位を複合的に有する特殊なステイクホルダー なのである。

しかし、このようなメインバンクの地位は、当該企業に対する情報の蓄積や収集におい ては高い効果を発揮するであろうが、それのみではモニタリングに関して監査人を代替す る存在とは成り得ない。

なぜなら、監査では、単に情報を収集するだけでなく、収集した情報を統合し、一定の 結論39を導出するという処理能力が要求されるからである。

この点、わが国の典型的な銀行においては、正確な経理会計事務の処理や、企業資産の 評価、キャッシュ・フローの分析についての教育が実施されている(AOKI・H. Patrick[1994]

邦訳 368 頁)ことから、銀行職員は監査人に劣らない分析や評価能力を有していることが 多いと考えられる。また、「人材派遣」がメインバンクの機能の一つとしてあげられている ことからも、銀行職員の有能さは裏付けられるであろう。

また、「経営危機時の対応」がメインバンクをして可能であるということは、メインバン クには充分なコンサルティング業務を提供できる能力があることを示しているものと解さ れる。

加えて、メインバンクが当該機能を発揮するであろうとの「期待」は、企業危機に対す る保険的機能を利害関係者に認識させるものである。

そして、これらの機能が、「メインバンク制」という暗黙の契約にもとづき提供されてき た可能性は高いと考えられる(AOKI・H. Patrick[1994]邦訳 272-273 頁)。

以上のようにメインバンクの機能は、監査におけるモニタリング仮説や保険仮説の成立 を阻害するものであるといえよう。

メインバンク制とは、メインバンクと企業との間での長期的取引関係を維持し、それに よって利潤の最大化を図ろうという動機から生じたものであり、メインバンクによる与信 調査や人材派遣等を通じて行われる監査類似行為(「メインバンク監査40」)はあくまでもメ インバンク制の付随的機能でしかない。

しかしながら、長期的取引関係の下で行われる「メインバンク監査」は、スポット市場 から提供される「公認会計士監査」よりも情報優位に立つものであると考えられる(伊豫 田[2003]174 頁)。

さらに付随的機能であるからこそ、「メインバンク監査」の実施者である銀行は、それに 39 たとえば、財務諸表に対する結論(監査意見の内容)は複数の勘定科目において入手され た情報を統合し、財務諸表全体として評価することによって得られる。

40 メインバンク制の下で、メインバンクが提供する監査類似サービス(機能)のことを「メ インバンク監査」と呼ぶことにする。この言葉遣いをするときには、公認会計士による通常の監 査を、特に「公認会計士監査」と呼ぶことがある。

要する費用を意識的に考慮する必要はない。

そこで、「メインバンク監査」の報酬についても、当該銀行の主たる業務からの利益に転 嫁することができる、つまり、「メインバンク監査」の場合には、監査報酬の妥当性につい ての複雑な議論を回避することが可能となるのである。

しかしながら、その一方で、メインバンクは企業にとって債権者や株主等という直接的 な利害関係者であることから、「メインバンク監査」は常にモラルハザードの危険性をはら んでいる。

たとえば、会社が特定の株主に対して利益の供与を行うことを禁止する規定(会社法第 120 条)や、社債管理者が自らの情報優位性を悪用して、社債発行会社が債務不履行になる 直前に自らの社債に対する担保や償還を受けた場合等には損害賠償責任を負うとの規定

(同法 710 条)は、株主や債権者のモラルハザードが存在することを前提とし、それを牽 制するものである。

また、たとえモラルハザードが生じていなくても、そもそも「メインバンク監査」では

「監査報告書」が公告されるわけでもないことから、一般投資家は「恐らくメインバンク 監査が行われているであろう」との推認をするにとどまる。つまり、公認会計士監査にお ける「公開性」、言い換えれば、潜在的投資家を含む一般投資家に対する公共財的な情報提 供機能が「メインバンク監査」にはないのである。

このような曖昧さのあるメインバンク監査の下では、企業の財務情報に対する信頼性は 一般公衆に対して付与されるとは限らないのである。

以上のように、メインバンク監査はモニタリング機能や保険機能を有してはいるが、当 該サービスは必ずしも公共財的な特性を有しているとはいえないのである。

そのため、わが国における監査への需要は「情報仮説」をもって説明する余地があると 考えられる。

なお、ここで注意すべき事は、情報仮説における情報の受益者は一般公衆(潜在的な投 資家を含む一般投資家)であり、それに対して「メインバンク監査」が提供するメインバ ンク監査の受益者は、せいぜいが銀行と企業、および密接な利害関係を有するステイクホ ルダー(たとえば、労働者や大株主など)に限定されることである。

いずれにせよ、第4章でみたように、公認会計士監査に対する社会的認識の向上が十分 に促されなかったわが国においては、公認会計士監査サービスに対する潜在的需要はあっ ても、未だ認識されるには至っておらず、その影響の一つの表れが、現在における日米の 監査報酬の差に表れているのではないであろうか。

ドキュメント内 監査サービスに対する価値評価 (ページ 63-66)